十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~ 農家の息子が魔女になる

田所舎人

図書館と鶏腿肉の白菜ロール

食堂に訪れた五人。既に食堂は多くの学生や研究生、研究員がテーブルについている。
学校に在籍する全ての人間、つまり三百人の収容が可能な程に広い食堂は八人掛けの机が規則正しく並べられ、卓上にはランプが置かれている。夕食もここで食べるためだろう。
 ナノが食堂の敷居を跨いだ途端、多くの視線を受けた。
四百以上の瞳が自身に集中する光景にしものナノもたじろいでしまう。
「立ち止まらずに。さっさと進みなさいよ」
 テラが立ち止まったナノを後ろから押す。物怖じしないというか、人の視線に慣れたテラだからこそ動じない。朝の涙を浮かべていた彼女とは別人のようだ。
「おう、悪かった」
 ナノは人目を振り切り、クローネ達に習ってカウンターで料理を受け取り五人で同じテーブルに着く。
不思議と周囲は空いていた。
貴族が食べる物だから豪勢な物だと期待したが、意外にも白米、ほうれん草の胡麻和え、鶏腿肉のロール白菜、チキンスープといった貴族でなくとも食べられるメニューばかりだ。使われている物も旬のもので特別な手法で栽培されたものでもない。ごく普通の一般料理である。
「なんか、少ないな」
 ナノはぼやく。どの料理も美味そうなことに間違いはないが、如何せん量が少ない。腹の半分も満たなさそうである。
「この学校には男性はゼプトさんしかいませんから、量が自然と女性向けに調整されるんですよ。足りないならおかわりもしていいんですよ」
 ナノのぼやきにクローネが助言をしてくれる。おかわりができるなら一度の量が少なくても気にならない。
「そっか、分かった」
 そして、五人の昼食が始まった。
テラもマイもミリもさすが貴族といった風体、物静かに食べる姿を見れば確かに作法が身体に染み渡っている。
特にあれだけ身体を縮こまらせていたミリが背筋を伸ばして食べる姿は絵になる。
それに比べるとクローネはやや作法がぎこちない。
――そういえば、クローネの父さんがパン屋って言ってたけど、クローネは貴族じゃないのか? でもクローネはダインって姓を持っているんだよな。
ナノは疑問を抱きつつも料理に手をつける。
静かな食堂で局地的な音源が現れた。カチャカチャといった食器音、ズズズといった啜り音。明白あからさまな異分子。
再び無数の視線がナノに注がれる。しかし、ナノは気にしない。目の前の料理が美味いからだ。
ほうれん草の胡麻和えは柔らかく味醂みりんと醤油が染み込んでおり、噛めば噛むほど味が染み出てくる。
鶏腿肉の白菜ロールもまた美味い、鶏肉から溢れる旨みが白菜に染み渡り、口一杯に味が広がる。
チキンスープは柔らかい人参にんじん、透明な玉葱たまねぎ、そして艶々した鶏肉が煮込まれ、塩と胡椒でさっぱりとした味付けになっており、野菜の甘味と鶏肉の旨みがスープに染み出ている。
女性に対しての配慮なのか硬い物が無く、どれも柔らかくなるように調理がされている。
ナノにとってこれらのメニューは食事というよりも最早飲み物である。
結局、ナノは三回おかわりすることで満足した。
おかわりするために立ち上がる度、テラとミリの表情がころころ変わるのが面白い。
テラは、意地汚いわね。まだ食べるの? 食べ過ぎじゃない? といった表情。
ミリは、本当におかわりするんだ。またおかわりするの? そんなに食べて平気なの? といった表情。
二人の表情の三段変化は面白い。
それに比べてマイは無表情に箸を動かしていた。


昼食も終え、午後の授業を行う。しかし、このままではナノが正しい発音ができないという問題を解決できない。クローネが正しい発音を何度繰り返そうとも何が正解で何が間違いかナノは分からない。
「あなた、いつまで基本魔術の練習をしているの?」
 クローネがナノのことで頭を捻っている間にテラがナノに声をかける。
「フォースの魔術が上手くいかないんだよ。クローネは発音が悪いって言ってるんだけど」
 テラは何かを思案した素振りをした後、黒板に向かいforceと書いた。
「あなた、これが読めるかしら?」
「なんだ? そのクルクルしたもの」
 ナノには見慣れない何かが書かれていた。やけに丸みを帯びており、それが何らかの記号のようにも見える。
「あなた、音字おんじは習ってないのかしら?」
「おんじ?」
「魔術を使うための言葉を文字にしたものよ」
 ――魔術のための言葉?
 そんなものがあるのかとナノが思っていると、テラとナノのやり取りを聞いていたクローネがふと顔を上げる。何かの光明が見えたといった表情。
「ナノ君! あなた読み書きができるって言ってたけどの程度できるのかしら?」
「えーっと、平字ひらじ仮字かりじ感字かんじは一通りできるぜ」
 『あ』は平字『ア』は仮字は『亜』は感字。
「じゃあ、音字は?」
「音字? 知らん」
 聞いたこともない。おんなら知ってる。
 クローネの表情が明るくなる。それは探している物が見つかったような安堵に近い表情。
「分かったわ。ナノ君が魔術を学ぶ上で必要なことが」


 詰まるところ、ナノにとって必要な物は異なる言葉の型だった。
 外界から得た物を自分の知っている型に嵌め込み内界に保存し、それを外界に出す時、本来の形では無くなる。ならば今まで使っている型とは違う型を与えることで本来の形を保ったまま内界に保存し、外界に出すことができる。
 人間だれしも無意識において自分の知っている物と観念づけて記憶する。それは悪いことではないが、それが過ぎれば固定観念となる。
 そして、ナノが魔術を学ぶための最初に経る段階は基本魔術を使う以前の言葉の段階だった。
「テラさん。ありがとう、おかげでナノ君が魔術を使うための一歩が踏み出せたわ」
「どういたしまして。ですが、私が彼に助言をしたのは授業の進行が遅くなるからです。決して彼のためではありません」
 利己的な発言である。しかし、自分のために誰かに手を貸すという姿勢は好感が持てる。
「俺からもありがとうな。やっぱ早く魔術を使ってみたいからな」
「お礼なんていいから早く音字を覚えなさい。時間が足りないなら放課後に図書館に行ってみるといいわ。あそこなら音字を覚えるための参考書だってあると思うわ」
 テラはなんだかんだと困っている人を放ってはおけない性質たちらしい。そしてさらっと気になる単語を聞いた。
「図書館ってなんだ?」
「図書館も知らないの? あなたって本当に無知なのね」
 面と向かって言われるのは初めてだが、確かに知らないことは多い。
「まぁ知るために学校に来てるんだからな」
「それ以前の問題よ。あのね、図書館っていうのは魔道書グリモアや学校で研究された資料が蔵書されている場所よ。本ぐらい読んだことあるでしょ?」
 絵本なら。
「あるぜ。で、それはどこにあるんだ?」
「校舎の一階の北側よ。行けばすぐ分かると思うわ」
「分かった、行ってみるよ。ありがとう」
 ――本がたくさんあるってことは百冊ぐらいだろう。
 テラは興味を無くしたようにナノから離れて魔術の練習を始めた。
「テラさんって頑張り屋さんでとってもいい子なの」
 クローネがナノの耳元で囁く。
「頑張り屋?」
「うん。本当ならお城でお姫様として不自由せずに一生暮らしていけるのに態々(わざわざ)魔女学校に入るって決めたらしいの」
「そうなのか?」
「ええ、魔女学校に入学する人は何らかの目的を持ってるものなの。テラさんならお兄さん魔女としての力で補佐がしたいとか、マイさんなら神木を守る舞姫としての力を身につけるためとか、ミリさんならお姉さんのようになりたいとかね」
「皆、ちゃんと目的を持ってるのか」
「そうよ。だからナノ君も早く目的を持てるといいわね」
「まぁ俺の当面の目標は音字を覚えることだな」
「そうね」
 クローネは笑ってからナノから離れる。マイやミリにも指導をするつもりらしい。
 ナノはとにかく二十六種類の文字の形を覚える事が最優先である。
 他の三人が実技の中、ナノ一人だけが座学という奇妙な室内は放課後まで続いた。


 放課後、時刻にして三時過ぎ。
ナノは早速図書館に向かう事にした。
校舎は広いが、南北を軸に左右対称の形状をしており構造自体は分かりやすい。そのため、図書館にもすぐ到着することができた。
木製の扉を開に手をかけ開くと扉の隙間からは独特の匂いが漏れ出た。
無数に並ぶ机と椅子、カウンターにはやけに広いつば広帽を被った魔女が着るローブを羽織ったクローネと同じぐらいの若い女性が座っている。室内は外界とは隔離されていると錯覚を覚える程に張り詰めた静寂を保っていた。
女性と目が合う。
こっちに近付く。
 じろじろと見られる。
「どうかしたか?」
 女性はスカイブルーの丸い瞳をくりくりさせながらナノの瞳を覗き見る。所作の一つ一つが大げさな人だ。
「あなたが噂のナノ君ね!」
 保たれた静寂は女性の大きな一言で壊された。
「私、クローネの同期生のルクス・ユーロ! 君の事はナノ君って呼ぶから私のことはユウちゃんって呼んでね!」
 やけに無駄に大げさに元気で明るく夏場の湿気のようにまとわりつくような女性だった。
「……ユウちゃん?」
 疑問形なのは自分の耳を疑ったせいだろうか。
「そう! ユウちゃん。私、研究生なんだけど、この図書館の司書代理で受付嬢をやってるお姉さん!」
 普段からそうなのだろうが、静かだと思われた図書館で聞く声は二割増しである。そして自分のことをお姉さんという人を初めて見た。
「俺、音字の勉強のために来たんだけど」
「あら、そうなの? だったらちょっと待ってね~」
 ユウちゃんはホルダーから杖を抜き、またしてもナノが聞き慣れない呪文を口にすると本棚から数冊の本がユウちゃんの手元にやってきた。
「これが音字の本だよ。こっちが綺麗な音字の書き方でこっちが音字の発音の仕方。あ、でも図書館内は私語厳禁だから静かにしないとダメだよ!」
 大きな声で説明してくれるユウちゃん。声が妙に高いのは作っているからだろうか。
「で、こっちが音字の筆記体。日誌とか手記とかはこっちが使われることが多いから覚えておいて損は無いよ。あとあと、こっちが音字の歴史――」
 ユウちゃんは、これもあった、あれもあった、と次々に思い出したように本を寄せ集めてはナノにこの本がいいよ、こっちの本もいいよと続けざまに説明しつづけた。本が好きな人らしい。
「とりあえず、この本とこの本を読むかな」
 ナノは最初に取り出された二冊を手にとった。
「そう? じゃあ、あそこの机と椅子使っていいから、何かあったら呼んでね。それと、この図書館内では魔術の行使は厳禁だから忘れないでね」
 その中にユウちゃんは含まれないらしい。
「分かった。ありがとう」
 ナノは席についてふと振り返るとユウちゃんが本棚から取り出し、高く積まれた数十冊の本が全て本棚に収められていた。そして、ユウちゃんと目が合い、手を振ってきたので振り返してから手元にある本を開いた。
数分間、『音字の綺麗な書き方』を読んでいると机の脇に湯呑が置かれた。ふと視線を上げるとユウちゃんがいる。ついでにとお茶菓子まで置いてくれた。
「喉が渇いたら飲んでね」
 ニコリと笑うユウちゃん。その後ろの柱には飲食禁止の張り紙がある。
「ありがとう」
 ナノは一口お茶に口をつける。その味は今朝飲んだ物と同じ味だった。
「この葉っぱ……」
「えーっと、このお茶って優しいおじ様から貰ったお茶葉なの! とってもかっこいい人! 美味しいでしょ? このお茶菓子もさっきおじ様から頂いた物なの」
 それは犬の糞のような茶色くポロポロした棒状の何かだ。光沢を持ち、砂糖をまぶしてある。
「これ、なんだ?」
「えーっと、おじ様はかりんとうって言ってたかな」
 見た目に少し抵抗があるが、ひとつまみしてみる。表面は少しベタつき、持ち上げると粉が落ちる。
 一口食べてみると油で揚げているようでサクサクといった音を立て、表面に塗られた蜂蜜が甘い。これはお茶に合う。
「これ、美味いな」
「でしょ! おじ様が作るお菓子は美味しいんだから」
 ユウちゃんはかりんとうを一つ食べると、やはりサクサクという音を立てる。
「じゃあ、ゆっくりお勉強してね」
 お尻を振りながらカウンターへと戻るユウちゃん。視線を外し再び読書に耽る。


 また数分後、今度はざわざわとした音が聞こえ、視線を本から外した。どうやら誰かが扉を開けたらしく、そこから音が入ってきたらしい。あたりを見渡すと黒髪の小柄な少女が階段を下りていた。
 マイだ。
 ナノは立ち上がり、階段に駆け寄る。
「図書館内は走っちゃダメ!」
 そう言ってユウちゃんがナノに駆け寄ってくる。
「ああ、ごめん」
 ナノはユウちゃんに軽く頭を下げ、階段下を見ると階下は光源が無いためか暗い。既にマイの姿は無く、更に下に続く階段がある。聞き耳を立てると階段を降りる足音が聞こえる。
「あれあれ? ナノ君、マイちゃんが気になるのかしら?」
 片手にかりんとうを盛った皿を乗せて腰を妙にくねらせて笑っている。
「ユウちゃん、この図書館ってどれぐらい下まで続いてるんだ?」
「えーっと、分かんないけど前に調べたときは……とりあえず地下百階は超えてるんじゃないかな」
 前に調べたときは、という前置きが気になったがそれよりも今はマイだ。
「ちょっと気になるから降りてくる」
「じゃあ私も」
 ユウちゃんは階段を駆け下りるナノを追走する。足音はずっと下から聞こえる。
 図書館は一階から地下一階、二階と続き、ユウちゃんが言うにはこれが百回を超えているらしい。
lightライト
 ユウちゃんが杖先を光らせ光源を作る。周囲を見渡すには十分な光だ。
「ナノ君、足元気をつけて」
「ああ、ありがとう」
 ユウちゃんが生み出した光を頼りに更に下へと下りる。
 地下五階、十階、十五階、二十階――。
 下る足音が聞こえなくなった。この近くにマイはいるみたいだ。
仮にマイがユウちゃんの様に光魔術を使っていればすぐ分かる。そう考え、各階を調べるがどこにも光はない。まるで黒髪の少女が暗闇に溶けてしまったみたいに見つからない。
「ユウちゃん、マイがどこにいったか分からないのか?」
「そうね……姿隠しの魔術でも使っているかもしれないわね」
「魔術ってそんなこともできるのか?」
「昼間に外で姿を消すっていうのは凄く難しいのだけど、これだけ暗い場所なら自分の周囲を闇魔術で暗くすればよっぽど光源を近づけないと分からないわね」
「そうなのか……」
 半ば諦めていたナノの視界の隅に白蝋はくろうのような白い肌を持つ人影を見た。
 咄嗟に走り出した。
ユウちゃんの傍を離れると闇に慣れていないナノの眼が光を取り込もうと動くのを感じた。
十数秒もすれば闇にも慣れ、白い肌を持つ黒髪の少女が必死に本棚から本を取り出そうとしていた。しかし、手が届かず、背伸びをしても届かない。片足立ちをしても届かない。本棚に足をかけるのも躊躇ためらわれ、周囲には椅子がない。図書館ルールで魔術を使って本を取り出すこともできない。八方塞がりといった様子。
ナノはマイの後ろに立ち、両手でマイの脇に手を差し込み持ち上げる。軽い。
マイは文字通り地に足がついてないことに驚き、身動みじろぎをするが地に足が届かない。
「ほら、欲しい本取れよ」
 急に持ち上げたのが悪かったのか、声をかけたのが悪かったのか、あるいはその両方なのか、マイは振り向きざまに腰を入れた肘打ちをナノの頬に命中させる。しかし、痛んだのはマイの方だった。
一度床に下ろすとマイは座り込んでひじさすりながらプルプルと震えている。当たり所が悪かったらしい。
ナノはというと怪我一つしていない。地に足がついておらず、体重も軽いマイの肘打ち程度ならばナノは傷つかない。
「…………」
 まだプルプルしている。
 本棚から四、五冊を抜き取りマイの目の前に置いてやるとプルプルした身体はぴたりと止み、一冊を掴み取ると脱兎のごとく走り出した。
 ぽかんとした顔。
 呆気にとられる。
 開いた口が塞がらない。
 ナノの表情はどの形容でも正鵠を射る。
 マイの黒髪がなびく後ろ姿を眺めて、その場に立っているとユウちゃんがひょっこりと顔を出した。
「あらあら、女の子を泣かしちゃダメじゃない」
「マイ、泣いてたのか?」
「ううん、顔を赤くしてただけ」
 この人は何も考えていないんじゃないだろうか。
「それよりもこんな暗がりで二人で何してたのよ」
 むふふと笑うユウちゃんはどこかおばさん臭い。
「高い所の本が取れないみたいだったから抱えてやったんだよ」
「ってことは、マイちゃんに触っちゃったんだ」
「ん? まずかったのか?」
「うんにゃ、別にいいんじゃないかな」
 ユウちゃんは立ちぼうけのナノの手を取り引っ張る。
「とりあえず、上にあがろ。そろそろ日が傾く頃だろうしさ。本は貸出可能だから読みたい本は寮に戻って読んだらいいよ」
「そんなことできるんだ」
「マイちゃんもたぶん貸出かな」
 二人は長い長い階段を登った。本当に深いところまで降りていたようだ。
 ユウちゃんがカウンターの上に置いてある紙をナノに見せた。
「これが貸出カード。ここにマイちゃんのサインがあるでしょ」
 ナノはそれを受け取り見てみる。そこには確かに『624-カンデラ・マイ』と書かれていた。頭の624は恐らくナノ達六二四期生という意味なのだろうと推測できる。
「俺も同じように書けば借りれるのか?」
「もちろん。本の一番後ろに貸出カードが入ってるからそこにサインして提出して頂戴。返却期限はないんだけど、二週間以上が経過していて且つ他の人が読みたいって言った場合だけ催促するから、その時は一度図書館に来てね」
「分かった」
 ナノは机の上に置いてあった二冊の本から貸出カードを抜き取ろうとした。
 本の間からするりと一枚の紙が落ちた。何かが書かれている。
 ナノはそれを拾って読んでみた。
『あまり私に近づかないでください。
 肘を当ててすみませんでした。
本を取っていただきありがとうございました。
カンデラ・マイ』
そんな三文と差出人の名前が書かれていた。
箇条書きなあたり思いついた言葉をとりあえず連ねたといった感じがする。
その手紙をポケットにしまって貸出カードを抜く。
「ユウちゃん、書くものある?」
「ナノ君、知らないの? 杖の柄ってペンになってるんだよ」
 そういってユウちゃんが杖の柄を回転させるとペン先が現れた。
「おお! なんだこれ!」
 ナノは興奮した。
「いつでも書けるようにって工夫した結果らしいよ。インクに体液を混ぜると足りない魔素を補ったりできるし、メモを取ったり計算もできるし便利」
 ユウちゃんがカウンターから紙を取り出して螺旋を描く。
heatヒート
 杖先を今し方書いた螺旋に向け呪文を唱える。
螺旋の周囲が徐々に茶色く変色し黒くなったかと思うと発火した。
「おお!」
 火がない所から急に火が現れた。それもペンで描いた螺旋からだ。
「自分の体液だから魔術の干渉が楽なの。だから簡単に発熱、発火まで行くってわけ」
 ユウちゃんに魔術の実演をしてもらった。
しかし、図書館で紙を発火させるユウちゃん。この人は本当に大丈夫なのだろうか。
「じゃあ、本を借りてくか」
 自分の杖も確かにペンが仕込まれていることを確認しながら『624-ナノ』とマイに見習って二冊の貸出カードに記入した。
「はい、確かに受け取りました。あ、そうそう。折角だからこれ、お土産に持って行って」
 ユウちゃんが最後まで持っていたかりんとうを袋に入れて持たせてくれた。
「ありがとう」
「いいのよー。それよりも、また遊びに来てね。マイちゃんはいっつもあれぐらいの時間帯に遊びにくるから何か話したい時は図書館においで」
 図書館は私語厳禁ではなかったのだろうか。
「分かった」
 ナノは図書館を出ると窓の外は確かに日が傾いていた。西日が眩しい。
 結局の所、マイとはきちんと話すことができなかった。ただ、マイはナノに一枚の手紙を残してくれた。
たぶんいい子だ。



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