カスタム・ソウル・オンライン(CSO)

田所舎人

4日目

 ネムレスはアキラをテントまで送り、ゆっくりと休むように優しく言葉を紡いだ。
 アキラはネムレスと離れることに一抹の不安を抱えつつも、ネムレスの言う通り大人しく床に就いた。
 そして、今度はネムレス自身が森へ足を踏み入れた。


 テントから大きな欠伸が聞こえたかと思うとテントからゆうきが顔を覗かせた。
「ネムレスさん、朝早いんだね」
「なんだか目が冴えて」
 そう答えるネムレスの服装に違和感を覚えるゆうき。
「その服、初期装備の防具だよね。どうしたの?」
 インベントリから水を取り出し、桶に水を溜めて顔を洗うゆうき。
「防具の耐久値が0になって着用不可になったんで、仕方なくこれに着替えたんですよ」
 ネムレスは適当に薪を追加しながら答える。
「ああ、そんなに頑張ったんだ。そんなに裁縫スキル高くないけど、良かったら修繕しようか?」
「できるんですか?」
 ゆうきは桶をインベントリを仕舞いながら裁縫道具を取り出す。
「店売り品の革防具なら、店売りの糸で充分直せるよ。糸だけだと最大耐久値の半分ぐらいしか直せないけど、革細工スキルでなめした革があれば最大値近くまで直せるんだけどね。まぁ応急処置だね」
「じゃあ悪いけど、お願いするよ」
 革防具のセットを手渡す。
「本当にボロボロになったんだね」
「途中から上半身裸で戦う事になった程だよ。おかげで裸ってスキルが手に入った」
「裸!?」
「うん。たぶん、防具スキルの一種だと思う。革防具と違って、ステータス補正がAGIになってるから、素早さ重視なんだろうね」
 ゆうきは驚きつつも手元を狂わせない。針に糸を通して、ボロボロになった革防具に針を刺すとスキルが自動で発動したのか一瞬で元通りになった。
「はいできた」
 仕上がった革防具をネムレスは受け取る。革防具の革そのものの劣化は繕えなかったが、十分に使えるレベルで直っていた。
「ありがとう。糸代っていくらでした?」
「いいよ。情けは人の為ならずっていうからね」
「分かりました。巡り巡ってゆうきさんに何か返せればいいんですけど」
 インベントリのリストを眺めると昨晩から今朝にかけて手に入れた熊やら猪やら、鹿の革や肉がごちゃごちゃしていた。
「ゆうきさん。革細工ってこんな材料を使うんですか?」
「ちょっと見せてね」
『トランプルボアの肉×35
 トランプルボアの皮×31
 ハグベアーの肉×26
 ハグベアーの皮×23
 トワイライトディアの肉×1
 プランスディアの肉×7
 プランスディアの皮×4』
 これらが昨夜から今朝にかけての戦果だ。
「ああ、これだけの皮があれば上等だと思うよ。ところで、このトワイライトディアってどんなモンスターだった?」
 トワイライトディア、夜明け近くなりキャンプ地に戻ろうとしている途中に偶然居合わせた鹿型のモンスターだ。通常の鹿型モンスターのプランスディアは後脚が発達しており、逃げ足が速いことが特徴でそれ以外は現実世界の牡鹿のままだ。しかし、トワイライトディアはプランスディアに比べ二回り程小さい雌鹿、光る粒子のようなエフェクトを纏わせていたことが最大の特徴だろう。
 ネムレスはそれをそのままゆうきに伝える。
「たぶん、新種のモンスターかもしれないな。名前からして夜明けの短い時間にだけ出現するタイプだと思う」
「ってことはUMA?」
「たぶんね。こういうことはシオンさんが詳しいと思うけど、女性陣はもう少しかかるかな」
「皆、寝起きが悪いの?」
「いや、むしろ寝起きは良いんだけどね。まぁ俺達と違って気にする事が多いからさ」
 含みのある言葉をゆうきは言うが、それをネムレスは十分に理解できなかった。
「まぁいいか。そういや、革細工の話の続きだけど、これってどうやったら加工できる?」
「素材としての皮を使える革にするためには刃物となめし液が必要かな。あいにくなめし液は僕も、たぶんチームの全員が持ってないから、街に戻ったらやってみよう。これだけの分量があればかなりの修練ができると思うよ」
 ゆうきはそこで言葉を区切り、ゆうきは視線をテントに向けた。
 テントからまだ眠そうな顔のツカサが出てきた。寝癖で髪がいつにも増してゆるふわ感が強調されていた。
「ツカサ君。おはよう」
「おはようございます。ネムレスさん」
 ツカサは目を擦るが、リンゴが地上に自由落下するが如く椅子に座り卓上に突っ伏した。
「ツカサ君はチームで一番寝起きが悪いんだ」
 ゆうきは苦笑いする。彼にとっては日常なのだろう。
「低血圧かな?」
「この世界に血圧が関係するかどうかは疑問が残るけどね」
 確かにと言ってネムレスは笑い、ゆうきも笑う。
「今日はこのあと、何をするんですか?」
「たぶん、北にある古城をクリアするつもりだと思うよ」
「その古城の敵って強いの?」
「そこはPT人数に制限があって最大で6人でしか入れない。6人揃って平均レベル12以上なら安全だとは言われてたかな」
「6人のパーティーが二つあって中で合流はできる?」
「確かできなかったはず。そういった制限がある場所ってパーティー単位でそれぞれに同じ地形が用意されてるって話をシオンさんから聞いたから」
 こういったPT毎に用意されるダンジョンをインスタンスダンジョンと呼ぶ。
「なるほど」
 現状の平均レベルは14であり、推奨レベル+2程であれば余裕はありそうだ。
「行くかどうかはシオンさんの最終決定があっての話だけどね」
 ネムレスは行けたらいいなと思いつつ火が弱くなった焚火に薪をくべる。


「今日の予定だけど、午前中は各人のレベル上げ。午後からは北の古城を攻略しに行きます」
 朝食後、皆がお茶を啜っているところでシオンは断言した。
「既にレベル15になっているネムレス君以外の全員。私も含めて五名はレベリングに行きます。ネムレス君は特別メニューとしてスキルの熟練度を上げる訓練をしてもらいます」
 シオン以外の全員がチームリストを開くと、確かにネムレスのレベルが前日の13から現在の15に上がっている。
「特別メニューってなんですか?」
「それは後から説明します。他に質問は?」
「古城ってどんなところなんですか?」
「古城は盗賊系の人型モンスターが多くいる。今までの野生動物型のモンスターとは一風変わった戦い方が求められる。それと、古城は盗賊の根城のため罠や宝箱といったギミックもあると確認している。最奥には盗賊の頭領のモンスターがいて、そいつを倒せばダンジョンクリアとなる。何か質問は?」
 ツカサが手を上げる。
「何かなツカサ君」
「ボクは前と後ろのどっちがいいかな?」
 前もって考えていたかのように躊躇うことなく自分の考えを話す。
「その場所場所の地形にもよるけど、基本は前衛がいいと思うわ。何か所か見渡しのいい場所があるから、そこだけは後衛をお願いするわ」
「分かりました。レベリングの時は前衛スキルを上げるようにした方がいいよね」
 次に手を上げたのはあやのだった。
「ツカサが前に出るなら、今日は両手剣でいいか?」
「そうね。ボス以外は両手剣で行ってもらって構わないわ」
「分かった」
 メンバーからこれ以上質問はなさそうだ。
「では、古城の詳細なデータを配布するわ」
 綺麗な字で書かれた資料に目を通す。
 城自体はコの字型の大きな敷地を持つ建物のようだ。2つのフロアからなり、ボスは2階の広間にいることが分かる。
「ボスは最上階の謁見室にいるの。各階のフロアボスを倒し、最後にダンジョンボスを倒す事が目的になる。質問はあるかしら?」
 次に手を挙げたのはゆうきだ。
「宝箱は通常のタイプですか?」
「情報によると通常のシリンダー型と魔法型の二つ。ゆうきには通常の宝箱を開けてもらう事になる」
「ああ、鍵開けは任せてくれ」
 それ以上はないようだ。
「ダンジョンの流れは分かってもらえたと思う。今回はネムレス君がチームに馴染んでもらうための遠征であり、隊列や役割は色々と試させてもらう」
 ネムレスが手を上げる。
「具体的にはどういったことですか?」
 シオンは楽しそうにインベントリを開き、卓上に所狭しとカードを並べる。多種多様な武器や防具、生産道具のカードだった。
「これらを使いこなしてもらいます。君はレベルは高いのにスキルの熟練度が低すぎてソウルスキルを使いこなせていません。よって、これらの武器を扱ってもらいます」
 刀剣から弓、布防具から金属防具。小盾、中盾、大盾。針からなめし液から揃っていた。
「シオンちゃん。さすがにそれ全部をネムレスさんにやらせるのは大変なんじゃ……」
 不安そうな表情を浮かべるアキラが弱弱しくシオンに抗議をする。
「夜に一人で森に入るような人は多少大変な目にあってもいいんです」
 シオンの言葉はどちらに向けられた言葉かは分からない。
「では、10分で準備をしてください。その間にネムレス君には特別メニューについて話があります」
 全員が席を立ち、インベントリやステータスを開く中、アキラがネムレスにこっそり耳打ちをする。
「頑張ってください」
 そして、ささっとアキラは立ち去った。
「さてと、ネムレス君。これらはすべてネムレス君にあげよう。遠慮しなくても大丈夫だ。伝手でタダで手に入った代物だからな」
「じゃあ、遠慮なく」
 30枚を超えるカードをインベントリに収納する。
「さてと、特別メニューのことだけど、ゆうき君に話は聞いてたみたいだけどまずは昨日刈り取った皮を全てなめして革製品にしてもらう。百聞は一見に如かず。さっきのカードの中から刃物、昨日使ってたダガーでもいいだろう。それを手に取ってドロップした皮を手に取ってみろ」
 シオンの命令に従ってダガーとトランプルボアの皮を手に取る。すると、ウィンドウがポップした。二つの項目があり『手動』と『自動』と表示されている。
「生産スキルは手動と自動の二つがあり、手動だと時間がかかる代わりに素材の消費が少なく熟練度が上がる。逆に自動だと素材の消費が多くなる代わりに短時間で熟練度が上がる。今回は自動でやってみるといい」
 ネムレスが『自動』をタップすると手元にあった『トランプルボアの皮』が『トランプルボアの革』のカードに変化する。
「手持ちの皮は全部なめしてしまえ。あとは手に入れた肉を全て保存食に加工したほうがいいだろう。該当するスキルは『料理』で上昇ステータスはMND。必要なアイテムは肉と燻製なら薪、塩漬けなら塩。それが終わったら森で採取をしてもらおうかな」
 特別メニューの説明が一通り終わった所でネムレスが質問する。
「俺はなんでレベリングしないんですか?」
「それは簡単な話、誰かが突出してレベルが高い場合、パーティーバランスが悪くなる。よって、チームメンバーの足並み、レベルをある程度揃える必要がある。ネムレス君の場合、レベルが高くなってはいるが、生産スキルを上げてないため他のメンバーよりもCPが余り気味。だから、そのアンバランスさを整えるための特別メニュだ」
「分かりました。とにかく俺は生産スキルを上げればいいんですね」
「そういうこと。上げられるだけ上げてしまいなさい。じゃあ、私もレベリングに行ってくるから」
 そう言ってシオンもまた森へと向かった。


 そして正午。一人、また一人とキャンプに戻ってくる。
「おかえりなさい」
 ネムレスはそろそろ皆が帰ってくるだろうと保存加工した肉と採取した山菜でスープを作っていた。
「ネムレスさん、すみません。料理は私の役割なのに」
「気にしないで、これも特別メニューの一環だから。ただ、パンが無いからアキラさんにそっちを準備をしてもらえたら助かるかな。森で取った果物があるから、使えたら使って」
「分かりました。すぐに準備しますね」
 アキラは手早く果物の種やへたを取り除き、鍋に詰め、砂糖を塗して蓋をし、火をかける。すると、アキラの手元にウィンドウがポップする。ウィンドウには『短縮』のコマンドがあるためそれをタップした後に鍋の蓋を開けると手品のように果物がジャムになっていた。あとはポーションを入れるような空き瓶にジャムを詰めて完成。
 昼食はジャムを塗ったスライスされたパンとトランプルボアの肉と山菜のスープ。ゆうきとあやのの分量は他の人に比べて2倍だ。
 食後、シオンは一服にと煙管に刻み煙草を詰め火を付ける。
「ふぅー」
 紫煙をくゆらせるシオンはチームリストに表示される全員のレベルが15になったことを確認する。
「さてと、食後で眠くなるだろうがこれから古城に向かう」
 インベントリからカードを取り出し、リリースするとカードは馬車になる。
「あやの、御者は頼むぞ」
「ああ」
「ゆうきは馬車の、特にあやのの護衛をしてくれ。飛び道具が来るかもしれないから小盾を装備しておくように」
「うん。あやのさんは僕が守るよ」
「ツカサはソウルBで私と一緒に周囲の警戒、進行方向に対して右が私、左がツカサ」
「分かった」
「アキラちゃんは少しの間だけど休んでおきなさい」
「……ええ」
「ネムレス君は背後の警戒、弓を構えて索敵スキルでも磨きなさい」
「了解」
 全員の確認が取れた所でテントや机、椅子等をカード化してインベントリに収納する。
「出発!」
 シオンの掛け声と共にあやのは手綱を振るい、馬車は発進した。


 道中、野盗や野獣に襲われることなく無事に古城前へとたどり着いた。
 全員が馬車から下り、シオンが馬車を収納する。
「話には聞いていましたけど、大きなお城ですね」
 ネムレスの隣に立つアキラが城を見上げながら言う。
 アキラが言うとおり、古城は高い。窓の数からして二階建てであることは分かるが、窓のサイズからして一般家屋と違い各階層がとても高い事が伺える。
 壁には蔦が生え茂り、手入れがされていないことが分かる。しかし、人の出入りがある。周囲に草木が生えている中に轍があるからだ。
「城門を通ればダンジョンに入ったという扱いになる。つまり、その先からは通常より強い敵が現れる。基本的には見敵必殺でいいが、突っ込みすぎて一人にならないように注意すること。敵だけを見ずに味方の位置にも気を付けて気を引き締めて」
 いつものクールで事務的なシオンだが、その表情は少しばかり強張っている。
「シオンちゃん、もう少しリラックスしよう?」
 その雰囲気を察してか、アキラはシオンの手を握る。すると、強張った表情は少しだけ緩んだ。
「ありがとう。アキラちゃん」
「いいの。シオンちゃん、いつもありがとう」
 アキラはシオンの手を放し、ネムレスの隣に立つ。
「では、行きましょう。インスタンスダンジョンはモンスターのリポップがないから、全階層を隈なく探索しましょう」
 パーティーリーダーのシオンが城門をくぐることで、全員が入場扱いとなる。
 まず、ネムレス達は一階の各部屋を見て回る。手入れされていない廻廊は砂や土で汚れ、割れた壺や傷んだ絵画が飾られていた。シオンの情報によれば、一階には使用人が控える部屋や衛士が控える部屋、厨房や倉庫がある。このダンジョンに存在するモンスターは思考ルーチンから見回りをしたり、部屋で寝ていたりとすることが多いが、その全ての情報があるわけではないため、油断はできない。
 しかし、出会ってしまう時は出会ってしまう。曲がり角に影が四つ。
「前衛!」
 シオンのその一言でゆうきとあやの。遅れてツカサとネムレスが前に飛び出す。
 飛び出す四人に対して、敵側も構えを取る。
 革鎧に短剣を持つローグシーフLv11。
 金属鎧に両手剣を持つローグファイターLv10。
 その二人からやや後ろに離れた所に更に二人。
 革鎧に弓を持つローグアーチャーLv11。
 布服に両手杖を持つローグメイジLv10。
 敵で最も反応が早いのがシーフだった。真っ先に飛び出したゆうきにシーフは短剣を一閃。しかし、ゆうきは慣れた手つきでそれを自身の短剣で弾く。シーフは先手を取ったつもりが、取らされた事に気づいたのはあやのの両手剣がナイフを弾かれてがら空きとなった自身の脇を袈裟切りされた時だった。シーフのHPはその一撃で八割を失い、ゆうきの短剣での一突きで絶命した。、
「ファイア・エンチャント!」
 若い男の声、メイジがファイターの両手剣に付与魔法を施し、両手剣は炎を纏った。シーフが稼いだ少しの時間で詠唱が完了したようだ。
 ゆうきとあやのの背後から、今度はネムレスとツカサがファイターに走り寄る。
 まずはツカサが片手メイスでファイターの脇腹を殴打しつつ、ファイターの反撃の炎剣の一撃を盾で受ける。ファイターの怒りに任せた一撃はファイター自身の姿勢を大きく崩していた。
「足払い!」
 ネムレスが昨晩の内に習得した槍技壱之型『足払い』で金属の脛当てを物ともせずファイターを横転させ、とどめに兜の隙間に槍を突きたてた。HPゲージがその一撃で全消失した。
「危ない!」
 その直後、ツカサが身を挺してアーチャーから放たれた3連続の矢を盾で受け止め、ネムレスを守った。
「助かった」
 ネムレスが冷や汗が流れるような悪寒を感じている間にシオンの詠唱が完了する。
「エクスプロージョン!」
 シオンの魔法がアーチャーの眼前で炸裂する。身を焼く熱と衝撃にも似た突風がアーチャーを襲い、それに巻き込まれたメイジが詠唱を中断され、孤立する。勝機は無いと見限ったメイジは逃亡しようとするが、先回りしたゆうきによってあっけなく屠られた。
「パーティー戦の初戦にしては上々ね。ソロでのフィールドモンスターとの戦いと違って、一対一にはなりにくいから、ネムレス君はそのあたり気を付けてね」
 シオンがいつの間にかネムレスの背後まで来て、ネムレスの戦い方に感想を述べる。その言葉にネムレスはなるほどと感心していた。
 戦利品はパーティーインベントリに一時的に収納され、経験値も等分に分配される。


 着々と一階を捜索、戦闘をこなしてクリアリングし、最後に倉庫を調べようとした時だった。
「この部屋、何かおかしくないか?」
 口数の少ないあやのが口を開いた。
「あやの、何がおかしいか言えるかしら?」
 シオンの言い方にネムレスはなんとなく違和感を覚える。
「……狭い……と言えばいいか?」
「狭いね。ゆうき、少し調べてもらえるかしら?」
「ちょっと待ってね」
 ゆうきはインベントリから水や蝋燭といったアイテムを取り出し、周囲を調べる。
 水で床の傾斜や隠し床扉の有無や、蝋燭の火で隠し扉が無いか。しかし、それらで特別な情報は得られなかった。
 念のためにとシオンが魔法的な痕跡がないかを調べると特に引っかかることはなかった。
 ネムレスはじかんを持て余して手を天井に伸ばすように背筋を伸ばすと、不意に天井が低いなと思った。
「なぁアキラ」
「どうかしたかしら?」
「なんか、倉庫って割には天井低いよな。もう少し高かったら、背の高い棚とか入れられるのにさ」
「そう? 天井低いかしら」
「俺、槍使うから部屋が広い狭いを気にするんだけど、他の部屋は全部同じぐらいの天井の高さだったのにここだけ低いっておかしよな」
 と、ネムレスは自分が何を言ってるのかと、ゆうきとシオンが何を調べているのかが結びつく。
「あやのさん」
「何だ」
 ゆうき以外の男は等しく他人だと暗に示す態度で返事をする。
「もしかして、狭いって天井が低いってことないですか?」
「……そうだな。確かに上からの圧迫感はあるな」
 ネムレスは槍を手にして天井を突いてみる。すると、石造りであろうと思っていた天井は発泡スチロールのように簡単に持ち上がる。もしかしたら、発泡スチロール以上に軽いかもしれない。
「これ、持ち上がりますよ?」


 どうやらネムレス達が立っていた入口の丁度真上に五十センチ四方の板のようなものをずらし、隠し天井裏に入ることができそうだった。力があるネムレスが軽いツカサを持ち上げる形でツカサに天井裏を調べてもらった。すると、ツカサは一辺が十センチ程の立方体の箱を発見した。
「これ、なんですかね?」
 ツカサはそれをゆうきに渡し、ゆうきは鍵がかかっていないことを確認するとそれを開けてみた。中に入っていたものは指輪だった。
「ゆうき君、それは何かしら?」
「これ、ユニークアイテムみたいですね。アイテムの名称はお喋りな指輪チャッターリングってアイテムみたいですね。……このテキスト変ですね。効果欄には不明って書かれてます。一応、呪いは無いようです」
「誰か指輪のスロットが空いてる人いないかしら?」
 パーティーで指輪のスロットが空いてるのはネムレスだけだった。
「ネムレス君。これを指に嵌めてくれないかしら?」
 ネムレスはその銀色の光沢を持つ無飾の指輪を受け取り右手の人差し指に嵌めてみた。
「おうおう、俺様の持ち主ってのはお前か。えーっと、Namelessか。よろしくな。俺はお喋りな指輪(チャッターリング
、気軽にチャットって呼んでくれ。いやー、俺様が作られて初めて嵌めたのが女で無いことが残念だが、まぁしょうがないからお前で妥協してやるよ」
 捲し立てるように話すお喋りな指輪チャッターリング、チャットはぺちゃくちゃと話す。
「一応、俺様の能力について説明しとこうか。俺様が装備されている間は俺様が周囲の状況を完全に記憶して、それを話すことで再現できる。これが一つ目の能力で『再現する語りリバイブ』。もう一つは俺様が武器を取り込んで、好きな時に俺の身体を取り込んだ武器に変容できること。これが『変容する指輪トランスレイト』。ただし、装備の耐久値は俺様の値になるから気を付けろよ」
 あまりにも饒舌な指輪。パーティーのそれぞれが視線だけで物語る。『どうやって黙らせればいいんだ』と。
 そこで半ば強引にネムレスが口を挟む。
「チャットはアイテムでいいんだよね?」
「ああ、俺様はレア度で言えばユニーク。一応、メタ的な情報とかも持ってるから話題には事欠かないぜ。そうそう、ユニークってのは同じ物が二つとないって意味だ。まぁ似たような性能のアイテムが無いとも断言できないが、俺様と全く同じ能力を持った全く同じ姿のアイテムは無いだろうさ。折角だから、俺様の能力を実際に見せた方が早いか。装備欄を開いて、俺様を指定してみろ。コマンドに『アイテムを与える』って項目があるだろ?それを指定して、お前が持ってるその槍を選んでみろ」
 NPCかつ、アイテムに言われるがままにすることに首をかしげつつも言われたとおりにする。すると、チャットは小さく発行した。
「よし、これで俺様は槍に『変容する指輪トランスレイト』できるようになったぞ。使い方は魔法の詠唱と同じで音声認識だからな。俺様に槍になって欲しけりゃ『槍』と唱えりゃ槍になる。あと、音声コマンドも詠唱と同じで編集ができるから、暇があったら編集してみるといいぞ。元に戻す時は俺様の名前を呼んでくれ『チャット』だ。こっちは編集できないからな」
 チャットは聞かれていない事もペラペラと話してくれる。おかげで、知りたい事のほとんどは知ることができた。
「じゃあ、早速。槍!」
 すると、チャットは与えた槍と寸分たがわぬ姿へと変容した。そして、この状態だとチャットは喋ることはできないらしい。
「これ、どうします?」
 ネムレスが皆に聞く。既成事実ではないが、このチャットはネムレスのことを持ち主と認めているようだが、このアイテムが誰に帰属しているかは疑問の余地がある。
「私はネムレスさんが持つといいと思います」
 ここではっきりとした意見を言ったのがアキラだった。
「そうだな。私もそう思う」
 それに同意を示すのがシオンだった。他の皆も同様の反応だ。
「この指輪、チャットの機能は二つ。『再現する語りリバイブ』と『変容する指輪トランスレイト』。『再現する語りリバイブ』に関してはチャットが言った通りの機能だと思うわ。そして、『変容する指輪トランスレイト』は武器の出し入れが頻繁なプレイヤーにとって重宝するアイテムという推測は容易に立つわ。その性質と相性が良いのがネムレス君という事」
 それ以上の理由がいるかしら? といったシオンの表情から、ネムレスはこの指輪を引き取らねばならないこととなった。
「チャット」
「おう、呼んだか」
 槍は2,3秒の時間を経て指輪へと変容する。
「改めてよろしく。俺はNameless、ネムレスって呼んでくれ」
「おう、ネムレスだな。よろしく。そういや、お前達はココに何しに来たんだ?」
 改めて聞かれ、ダンジョン攻略中であることを思い出した。


 一階のクリアリングを全て済ませたネムレス達一行は二階へと歩みを進める。
 ネムレスが現在装備している装備はチャットが変容した槍だ。そして、チャットが変容できる装備はシオンから貰った装備アイテム全てとなっている。
 二階へと階段を登るとボスがいる広間に通ずる大扉があるだけだ。
 お互いが互いの顔を見合わせ、無言で頷き扉を開く。
 扉や柱に設置されたランプが次々に灯っていき、部屋を爛々と照らす。
 奥に見える大柄の人影。それがボスであることは一目瞭然だ。そして、この広間に一歩でも踏み込めば、それは即戦闘を意味することは容易だ。
 ネムレスは槍を携え、ツカサは盾をしっかりと掴み、ゆうきは短剣を忍ばせ、あやのは大剣を構える。
 アキラが防御魔法を全員に行使する。
「プロテクション!」>全員
「レジスタンス!」>全員
 そして、シオンが付与魔法を前衛組に行使する。
「ファイアエンチャント!」>あやの・ツカサ・ネムレス
「ウィンドエチャント!」>ゆうき
 準備は整った。
 敷居を跨ぐと大柄の人影が立ち上がる。全長二メートル半はあるかという規格外の大きさであり、両手鈍器をそれぞれ片手に持つという馬鹿みたいな腕力が見て取れる。こう言えば伝わりやすいだろうか、片手剣の二刀流のスケールをそのまま大きくして、片手剣を両手で持つような巨大な鈍器に持ち替えればそれがそのままボスの姿だ。
「やっと来たか」
 ボスが口を開く。”百人殺し”のガイムの二つ名の持ちのダンジョンボス。
「待ちくたびれたぞ。猛者の悲鳴を久しく聞かず、疼いていた所だ」
 ガイムが歩みを進めるたびに金属鎧の鳴らす音が広間に響く。
「逃がさんぞ!」
 パーティーの背後の大扉は自動で閉まり、退路は断たれた。事前情報が無ければ少しは慌てるところだが、シオンの入念な事前準備がパーティーが浮足立つ事を防いでいた。
 そして、扉の閉まる音と同時に戦闘に入る。
 最初に動くのはツカサだ。盾役として敵のヘイトを稼ぐ事が今の彼の仕事だ。そして、あやのとネムレスがガイムのサイドから攻撃を仕掛ける。最後にゆうきはガイムの背後からバックアタックを仕掛ける。短剣の能力は素早い攻撃と背後への攻撃のダメージボーナスが発生すること。
 ガイムの一撃は重く、それを間髪入れず連続攻撃を仕掛けてくる。右手の振り下し、左手の薙ぎ払い、右手の薙ぎ払い、左手の袈裟切り、尽きることない攻撃、それも上、右、左と打ち分けられる攻撃はツカサの持つ大盾をもってしても凌ぎ切る事は難しそうだ。
「ハッ!」
 ガイムの連続攻撃は全てツカサに注がれている。そこにあやのの鋭い振り下し一撃がガイムの右手に叩き込まれる。あやのの剣技の一つ、一刀両断だ。金属製の籠手ごと両断しそうな一撃はガイムの動きを鈍らせることを通り越し、怯ませる。右肩を大きく落とし、あと少し攻撃を加えれば膝を突きそうだ。
 動きの止まった大男はただの木偶と変わらないというようにネムレスとゆうきが攻撃を仕掛ける。
 ゆうきの鎧の継ぎ目を突く鋭い一撃、特殊なエフェクトが炸裂する。短剣による背後への攻撃で高確率で発生するクリティカルダメージだ。
 そして、ネムレスの唯一の槍技の足払い、通常攻撃による足元への攻撃ならば金属の脛当てで簡単に弾かれるだろうが、技スキルならば話が違う。広間という環境も味方につけ自身の身長程もある槍を最大限利用したフルスイングのような一撃を左足に加える。
 流れるような連撃にガイムは左膝を付く。この時点でガイムのHPバーの2割を削っていた。
「エクスプロージョン!」
 詠唱が見計らったように完成。膝を付くガイムの眼前で強烈な爆風が炸裂し、ガイムは後へと倒れ込む。
 仰け反り値が最大値まで達したガイムは少しの間だが無防備となる。そこに全員が怒涛の攻撃を仕掛ける。攻撃志向全振りの絶え間なく吹き付ける嵐のような連続攻撃を浴びせる。
 僅か数秒の間にガイムのHPバーはガリガリと減少し、半分にまで減っていた。そして、丁度半分になったところでガイムの周囲にオーラのエフェクトが発せられ、ガイムが立ち上がった。
「攻撃が来るわ! 全員、三メートル離れて!」
 シオンのスキル、『ラプラスの悪魔』を通じて見える世界ではガイムを中心とした半径三メートルの球状の空間が赤く明滅している。それはその空間に攻撃が仕掛けられるという前兆だ。
 シオンの掛け声と共に全員がバックステップで距離を開く。
 その直後、ガイムはその場の空間にある物全てを粉微塵にしようとする連続技が繰り出される。”百人殺し”の二つ名に相応しい技であり、その空間にいる全ての人間、それが仮に百人だとしてもその百人ともが磨り潰されるような恐ろしい技が振るわれていた。事前情報が無く、またシオンの掛け声が無ければ自身が粉微塵になっていたことが否定できない。それは盾を持つツカサも同様だっただろう。
 百人殺しの連続技が終わるもガイムが漂わせているオーラのエフェクトは消えない。それは攻撃力・防御力が上昇しているバフのエフェクトだ。ここからが後半戦、より厳しくなる戦いの幕開けだ。
「リカバリー!」
 連撃を耐えたツカサに対し、アキラがスタミナ回復呪文を施す。
 ガイムと距離を置いた前衛の面々はもう一度距離を詰め直す。ツカサがメイスを振るい、その重厚な鉄板鎧に浸透するような一撃を加え、ネムレスとあやのがサイドから連撃を加える。
「バックアタック!」
 ガイムのヘイトが他三人に向けられた瞬間、ゆうきが条件付き必中クリティカルの短剣技を繰り出す。そして、短剣に毒でも塗っていたのか、ガイムに毒の状態異常が付与されていた。毎秒最大HPの0.5%程のダメージが継続的にガイムを蝕む。
 時折、ガイムのヘイトがゆうきに向かうも、ツカサがヘイトコントロールをし、巧みに攻撃を自身へと向けさせる。
 ツカサのタンク、あやのとネムレスのメインアタッカー、ゆうきのサブアタッカー、シオンのマジックアタッカー、アキラのヒーラーが上手い具合に噛みあっていた。
 ガイムのHPバーが25%を切ったところで、ガイムが何かを取り出す。赤色の液体が入った瓶であり、それはプレイヤーの誰もが直感的に理解できる代物だ。
「今がチャンスよ!」
 シオンの掛け声と共にアタッカーの面々は痛烈な連撃を加える。ガイムが取り出したアイテムはポーション。HPが25%を切ることを条件に使用される回復アイテムであり、最大HPの半分が回復するアイテムだ。
 連撃を加え、仰け反り値を十分蓄積させればダウンさせることでスキルの中断ができただろうが、そうは上手くはいかなかった。HPバーが10%を切ったところでみるみるHPバーが伸び、50%を超過するまでに回復してしまった。しかし。
「あとは単調な攻撃が来るだけ、一気にしとめるわよ!」
 シオンの指示はそれを最後に、シオンの長大な詠唱が紡がれる。そして、各々が持つ武技と魔術の全てをボスに打ち込まんとする。
「一刀両断!」
「足払い!」
「アイススパイク!」
 腕を切り飛ばすあやのの剣戟、脚の腱を絶たんとする容赦無い薙ぎ払い、そして視る者の胆を冷やすほどの巨大な氷の杭。その全てを受けたガイムは貯まりに貯まった仰け反り値がオーバーフローし、ダウン+スタン状態になる。
 残りHPは30%もない。一瞬の隙が命取りになる戦闘で数秒という時間は丁寧に料理にしても釣りがくる。気絶したガイムは再び立ち上がることなくHPを全損させた。
 ボスを倒したことによるファンファーレがどこからか聞こえてくる。これでダンジョンが攻略された事を実感できるのかもしれない。
「皆、お疲れ様」
 アキラは安堵の表情を浮かべて皆を労う。そして、皆も肩の力を抜いて気を楽にする。そして、突然ウィンドウがポップし、十分後にダンジョンの外へ転送される旨の内容が記されていた。
「それじゃあ、報酬の分配を始めるわ」
 ネムレス以外の全員がドロップインベントリを開き、遅れてネムレスも開く。
「まず、取得したお金はいますぐにチームの運営資金を天引きして均等に分配。アイテムに関しては鑑定してから必要な物を後で分配しますね」
 パーティーにおけるドロップ品の取得には大きく分けて二つ。ランダム取得とパーティーリーダーによる分配がある。野良パーティーではランダム取得が多く、チームメンバーや友人同士でパーティーが構成された場合はリーダーによる任意分配がある。鑑定スキルが十分に高い場合は街で鑑定をする必要もなくこの場で鑑定ができてしまうが、今回は街での鑑定をするようだ。
 気づいてみれば、自身のレベルが上昇しているv。ボスを倒したことにより、パーティーメンバーで割っても余りある程の経験値が入手できたようだ。
「さてと、ネムレス君を交えての初めてのダンジョン攻略はつつがなく終了。デッドラインを超えるようなダメージも貰わずに済みました。大成功だと言えるでしょう」
 あとはパーティーリーダーのシオンにより、ダンジョン外への転送。そして、街への帰還という手筈になった。


 街へと帰還すると、冒険者の店を中心にやや慌ただしく騒がしい雰囲気が漂っていた。
 ネムレス達は鑑定やダンジョン攻略中に遂行したパーティークエストの報告等をするため、冒険者の店の扉を開いた。
「やけに騒がしいけど、何かあったのかしら?」
 シオンが手近なプレイヤーに尋ねる。
「それがよ、美人で人気のあったNPCがプレイヤーと結婚するなんて話題が持ち上がってさ。皆、浮足立ってんだよ」
「NPCと結婚?」
 その話にアキラが小首をかしげる。
「ああ、なんでもギャルゲーや乙女ゲーの主人公みたいにNPCの話を親身に聞いたり、デートを繰り返せばNPCと付き合えるって話らしいぜ」
 そういえばとネムレスはNPCの姿を思い浮かべてみる。この世界ではNPCとは大きく分けて二種類いる。事務的な態度を取るアイテムの売買をするNPCとまるで人間のように振る舞うNPC。後者を細分化すれば更に二種類いる。それは、元プレイヤーのNPCと本来のNPC。
 その大別とこのプレイヤーが言っている話を掛け合わせると何か、形容し難い予感を抱く。
「NPCと結婚なんて、ゲームプレイヤーの一種の夢みたいなもんだからな。どうやったらNPCとお近づきになれるか、みたいな率直に言えば下世話な話が蔓延ってるわけさ」
「それで、栄えある噂の中心人物はどなたかしら?」
「あれ、シオンも意中のNPCがいるのか?」
「私はアキラちゃんがいるから別に困ってないわ」
「ああ、そっちの気か。まぁいいや、その中心人物ってのが誰かは分かってねぇんだよ。噂だけが独り歩きしてるみたいで、当人が誰かって話は全く分からねぇ」
「……」
「シオン? どうかしたか?」
「いえ、大丈夫よ。呼びとめて悪かったわね。貴重なお話ありがとう」
「これぐらいいいさ。それじゃあな」
 話していたプレイヤーはさっさと店を出て行った。彼もまた浮足立っている一人なのだろう。
「貴方達はどう思うかしら?」
「僕にはあやのちゃんがいますから」
 と当然のように断言するゆうきと頬を朱に染めるあやの。
「ボクは……よく分かりません」
 ツカサはNPCと結婚という言葉にピンと来てない様子。
「それって何か不味いんですか?」
 そして、ネムレスは質問に質問で返す形となる。
「不味い……どう思ってネムレス君がそう質問するのかは気になる所だけど、それは置いといて。立ち話もなんだから、先にチームルームに行っててちょうだい。先にクエスト報告と鑑定を済ませてから話しましょう」


 シオンを除いた5名がチームルームでお茶でも飲みながら談話して十数分。話題の中心は先ほどの話だ。
 NPCとの結婚。ただでさえ、現実に似通った体感でNPCではあるが異性と触れ合える世界。
 この世界ではたった一つの不平等、ソウルスキルを除けば基本的に公平な世界だ。現実世界の家柄や学歴・経歴は一切関係ない。戦闘でレベルを上げて、お金を稼げば質素な暮らしから裕福な暮らしも可能だろう。
「NPCと付き合うってどういう感じなのかな」
 ネムレスはアキラに話を振る。
「どういう感じって、普通のお付き合いじゃないんですか?」
 アキラは当然のように返す。プレイヤーもNPCも平等だという考えから来たものかもしれない。
「アキラはNPCでこの人カッコいいなって思ったり、話してみたいって思った人いない?」
 まるで芸能人で付き合ってみたい人は誰? のような実りの無い話のような口触りだが、ネムレスは実際は違うような気がしている。
「私はまだそういうNPCとは出会ってませんけど……。あやのちゃんはどうですか?」
「私はゆうきがいればそれでいい」
 間髪を入れずに答える。というか、この人の解答は予測が付く。
「ツカサさんは? この人可愛いなってNPCっていますか?」
「ボクは……」
 ツカサはチラチラとアキラの方を見る。
「今の所いないかな」
 まるで、早くこの話を終わらせたいといった不自然な態度になっている。暖かい湯呑を両手で持つ仕草はどことなく本心を隠しているように映った。
「ネムレスは?」
 アキラの矛先はネムレスに向けられる。
「俺はいないかな。というより、ローズクォーツの面々が面々だからな」
 ネムレスは美人が多いと言おうとして、それを言外に追いやった。
 アキラは明るくて気配りができ、料理ができる女性。
 シオンは知的でユーモアがあり頼りになる女性。
 あやのは一途で健気で信頼のおける女性。
 その全員が全員、美人ぞろいと来ている。ただし、あやのはゆうきの恋人である。
「それはどういう意味なのかな」
 アキラは爛々と光るような瞳をネムレスに向ける。
「気にするな」
 ネムレスはすっと手を伸ばしてアキラの頭を鷲掴みにして、ね繰り回す。傍から見れば、乱暴に頭を撫でているようにも見えるかもしれない。
「二人とも、いつの間にかすごく仲良くなってるね。具体的には今朝から」
 そんな二人のやり取りを見てツカサが言う。
「まぁ色々あったからな」
「色々ありましたから」
 別に隠すわけではないが、無暗むやみに人との約束を公言する事もはばかられる。お茶を啜り、お茶を濁す。
「ただいま」
 戦闘用の服装から普通の服装に着替えたシオンが帰ってきた。
「シオンちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、アキラちゃん」
 シオンはアキラをギュッと抱いて頬ずりをする。眼福。肉感のあるシオンに埋もれるアキラ。
「あれ、あやのちゃんとゆうきくんは?」
 ラウンジにいるのはネムレス、アキラ、ツカサの三名。残りの二人はベッドルームにいる。
「今呼んできますね」
 ツカサが立ち上がって男性用ベッドルームへと向かう。


 六人掛けの円卓に全員が腰かける。そして、どこから出したのかホワイトボードが用意されている。
「これからチーム会議を始めます。議題は『ギルドに所属するか』です」
 シオンが議題を述べた直後、
「ちょっと待ってください!」
 突然、立ち上がって声をあげたのがツカサだった。何かの琴線にでも触れたかと思う程に湧きあがった激情で声を上げた。
「ギルドって……なんで今更!」
「ネムレス君がここに入った今、ローズクォーツは正式なチーム。そして、チームにとってギルドに所属することは悪くない話だってことは分かるでしょう?」
「それで……」
 ツカサの言葉はそれ以上続かない。何かと葛藤するかのような表情を浮かべ、耳まで赤くなっている。
「ツカサさん、いいんです」
 アキラがツカサに笑いかける。ネムレスにとっては見慣れた笑顔だが、ネムレスを除く面々は沈痛な表情を浮かべている。
「アキラさん……」
 ツカサは静かに席に着くが、その顔は俯き気味だ。
「続けていいかしら?」
 シオンの声に対し他の誰も反論はない。
「ネムレス君も初耳かもしれないから、まずはギルドについてお話ししましょう。ギルドは複数のチームが同じ目的で所属する集会。たとえば、今日のようにダンジョンを攻略するためやレアなアイテムを手に入れるため、親切な所では初心者のためのギルドもあるわ。そして、以前の私達もギルドに所属していたわ。ギルド名は『サバイブ』。文字通り、生き残るためのギルドってわけ。でも、急造のギルドの稚拙な指揮。ゲーム感覚が抜けてない事もあったのでしょうね。設立して僅か数日で死者を十数人出したわ」
 ネムレスはここで傍と気づいた。元々ネムレスの席にいたまだ名も知らないプレイヤーのこと。そして、アキラが心に傷を負った切っ掛け、そしてツカサがギルドに対し激昂する理由。全てがつながる。
「さて、今回何故ギルドに入るという議題を挙げた理由をまず話しましょう。今、私達はギルドに入らないかという勧誘を受けているの」
 これにはゆうきが手を挙げた。
「勧誘ってどこからですか?」
「それは私から話すわ」
 アキラが席を立ってホワイトボードに3つのチーム名を書き連ねる。
朝凪あさなぎ』『アダマス』『†堕天使†』
「これらのチームから勧誘を受けているの」
 この中でアダマスというチーム名にネムレスは聞き覚えがあった。
 アキラは書き終えて静かに席につき、シオンが続ける。
「『朝凪』はある一人のプレイヤーからなるチーム。あやのちゃんがココに入る前に一度勧誘を受けたことがあると言ってたわね。『アダマス』は以前、合同でクエストを受注したことがあるわね。『†堕天使†』に関しては特に面識が無かったと思うのだけど、どうやらネムレス君の知り合いらしいわ」
 そう言うシオン。しかし、全く持って聞き覚えがない。
「向こうのチームリーダーはコルトって名乗ってたわ。聞き覚えはないかしら?」
 聞き覚えがあった。金髪に銀翼を持つ男口調の少女だ。
「一度だけパーティーを組んだことがあったかな」
 ネムレスのその一言でシオンは納得した様子だった。
「その人も含めて、各チームリーダーがネムレス君と面識があるそうなの。それで、なぜか今挙げた三つのチームと私達のチームの計4チームでギルドを作らないかって話になってるわけなの」
 ようやくここまで話がこぎ着けたといった感じだ。つまり、ネムレスと面識のある各チームリーダーがローズクォーツと一緒にギルドを建てないかという話だ。
「この話、受けるならチームメンバー全員の認可が必要となるわ。突然の話で困惑するかもしれないけど、少しでも考える余地があるなら、明日に各チームとの交流会があるの。そこでお互いの親睦を深めてみるのも悪くないと思うのだけれど、どうかしら?」
 どうかしらと聞かれても、参加する以外の選択肢が無いようにも思える。
「一応、貸衣装としてフォーマルな服装も用意されてるわ。場所はメールでマップ情報を後で送るわね」
 用意が良いというよりも、あらかじめ決まっていた事のように感じる。
「さて、何か質問はあるかしら?」
 ないです。

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