異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第100節

 ヨハンの猛勢、その中で活路を見出そうとした時、森から木々の倒れる音が耳に入る。
 まるで荒れ狂う暴風によって薙ぎ倒される木々の悲鳴のような軋み音が森中に響き渡った。
 一体誰が起こしたのだろうと逡巡した時、それはおそらくカズキ様かミズキ様によるものだろうと推察した。あのような思い切りの良さはあの方達特有の物なのかもしれない。
 それは私にとってそれは羨ましくもあり、欠けているものでもあった。
 最小の労力で最大の効果を。それが物事の理想的な在り方である。そして私もその考えに異論を挟むつもりはない。戦争ならば自軍の疲弊、被害を最小限に止めて敵軍に多大な損害を与える。それが素晴らしい事は誰にとっても理解できることだ。
 しかし、私はその考えに縛られていると追い詰められたこの時にさえ改めて実感させられる。
 最小の労力で最大の効果を。それが叶わないからこそ、私はカズキ様からの提案を受けて代償を覚悟でヨハンに一人で挑むことにしたのだ。
 そう。
 今程の力を持たなかったカズキ様を私は知っている。
 肉体的には人並み以上に優れてはいたが、魔術による加護も持たず、黒い剣一本を携え、魔王に一人挑むその姿を。そして、その身をかけて魔王を倒したあの雄姿を。
 あの姿に心が震えた事を今でも覚えている。そしてこうも考えた。私も倒すべき相手を目の前にした時、全てをかけて戦えるだろうかと。
 私にはまだかけられる物がある。出し惜しみはしない。

「遍く・有形なる・事物は――」

 流石というべきか。私の覚悟を瞬時に読み取ってか、私の古式詠唱の頭の三小節で危険を読み取ってか、攻撃の手が一段と高まった。

「――疾く・時を・去り――」

 私は既に覚悟を決めた。
 そうすると気は楽になった。
 ヨハンが振るう刃が手足を切り裂こうとも気にならない。

「――砂塵を経り霧散とす――」

 これより私が発現する魔術はロウ家に伝わる禁術。
 もとよりこの術は魔族を滅ぼすための禁術。
 形有る物全てを滅ぼす禁術。
 術者をも滅ぼす禁術。

「――『風化』!」

 私の腕を切り裂こうとしたヨハンの剣は私の肌に触れた瞬間、切っ先だけが形を失った。
 その異様な光景に危機を感じたであろうヨハンは瞬時に距離を取る。

「その魔術……一体何だ?」

 私は腕に付着した塵を振り払った。その塵は先程まで剣であり鉄であったものだ。

「――」

 言葉を発しようとしたが、声が出ない。代わりに口の中にザラザラとしたものが溢れ出る。
 既に私の体は先程までのそれとは違う。それが禁術による代償。
 私がこの腕で触れたものは全て塵と化し、自身から生ずる全てもまた塵と化し、魔力を宿す言葉さえ、塵となる。
 宝玉の恩恵のためか身体強化だけは程度は落ちるが持続している。そして先程まで私の周囲を漂っていた魔力は全て塵と化し、まるで私だけが砂塵の中を歩いているかのような有り様だ。

「声も出せぬようだな……それではまともに魔術も使えないだろう」

 例え声が出せたとしても私にはもう魔術は使えないだろう。

「……その魔術……禁術の類だな」

 さすがヨハン。見るだけで分かるようだ。
 ロウ家に伝わる禁術『風化』。それは物質を擬似的に悠久の時を経たかの様に劣化させ、最終的には塵と化す術だ。
 あらゆる物質は魔力によって構成されており、魔術によって物質を創造することもできる。しかし、術者の力量によって魔術によって生み出された物質は長時間存在することもあれば、短時間で瓦解することもある。それは物質を構成する魔力の濃度に比例する。要するに物質の存在とは魔力の濃度によって決まる。
 『風化』はその濃度を限り無く薄くする術だ。これはカオス様が行うような吸収とは異なり、魔力そのものを散逸させる力であり、取り戻すことはできない。
 この禁術を生み出したロウ家初代は数多くの魔人を倒し、『無手』の二つ名で呼ばれるほどだった。
 しかしその初代もこの術の反動により、晩年は常に術を使ったかのように物に触れることができず、また死体を残さずこの塵のように風に乗って消え去ったという逸話が残されている。
 それは二度と家族と触れ合うことができないという事を意味した。
 私にとって最後に賭けたものは文字通り、家族との触れ合いだ。

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