異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第88節

 何者かの声は黒水晶から聞こえてくる。その時のアベルはそう思いました。
 周りから見ればアベルがただ黒水晶に触れているだけ。それなのにタインはひどく驚きました。
 なんでもその黒水晶に触れたものは魔力を奪われ、場合によってはその場で気絶する者もいたからです。
 そこでアベルは生まれつき魔力を持たないことを店主やタインに話しました。すると、店主はその黒水晶をアベルに譲ると言い、アベルはその申し出を受る前にアベルは黒水晶に問いかけました。
 貴方は何者ですか。その問いに、我は魔神なり、と黒水晶は答えました。
 魔神とは万物の源、魔を司る神。創造神にして唯一神。
 今の黒水晶という姿は無駄な魔を削ぎ落とした末の姿ということ。
 そのような信じられない話を聞きました。


 店主曰く、黒水晶は魔王という存在に対する数少ない有効手段であることも教えられ、アベル、シーク、トールの三人は言いようのない気持ちを抱きました。
 その時、アベルの胸中に抱いた思いは失った平和、そして故郷の奪還でした。
 トールは店主にそのような物があるのでしたら、今すぐにでも軍に渡すべきではないですかと問い、店主はその黒水晶を扱える存在が今までいなかったこと。少なくとも店を構えてから今まで誰も適合者がいなかったことを教えてくれました。
 つまり、選ばれし者。それがアベルという存在でした。


 魔王の討伐を強制はしないし、自由に扱ってもいい。そう言う店主は黒水晶自体の価値とは違い、雑な扱いをしました。
 しかし、アベルにはそれを受ける決心ができませんでした。
 魔王への有効手段。
 それを受け取るということはすなわち、魔王を討伐するということ。
 それをアベルは分かっていたからです。


 その日、アベル達は街を出ずに一泊することにしました。
 結局、その日中にアベルは決心をすることができず悩んだからです。
 そんなアベルにシークとトールは何も声をかけませんでした。それはきっと、アベルにとってとても重要な意味を持つからです。
 しかし、夜が明けるとアベルは黒水晶を受け取る事にしました。魔王を討伐するという意思のもとの決断です。
 そして、何故かタインもアベルと共に魔王討伐に同行すると言い出しました。
 アベルの決定にシーク、そしてトールも納得し、最後まで付き合うこととしました。
 アベル達四人が魔王に挑むと決めた時、黒水晶は自身の一欠片をシーク、トール、タインのそれぞれに渡しました。
 それは神器。魔神を宿していた核の一部。魔神の意志は宿らず、力の一部だけが宿った物。
 神器はそれぞれに形を変えました。
 シークの神器は巨大な戦斧。
 トールの神器は長い杖。
 タインの神器は短剣。


 その後、四人は長い年月をかけて世界を回った。
 村を救ったり、国を救ったり、時にはあらぬ疑いをかけられたり。
 その旅の道中、神器には次第に意志が宿ったそうだ。
 そうした冒険の末、アベル達は魔王を討伐したそうだ。






「今話した中に出て来た神器。それらが今もこの大陸のどこかに隠され、魔人達はそれらを狙っている」


「……忘れられた話だってあんたは言ってたけど、どうしてそれを知っているんだ? 既に忘れられたんだろ?」


「簡単な話さ。ワシはアベルに会ったことがあり、本人から直接教えてもらったのさ」


「会ったことがある? それってどれぐらい前の話だよ」


「千年より長く、二千年より短い頃だな」


「……千年……」


「今は人種名でアベルやシーク、トールやタインって呼ばれておるが、あいつらの名前がそのままついたんだろう。今の話はかなり脚色しておるが、実際はもっと悲惨な時代だった」


「悲惨ってどれぐらい?」


「多くの国が滅び、百万人以上いた大陸の人口が数千人までに減った。各地で散り散りになり、交易も途絶え、独自の人種へと進化していったのもあの時代だったか」


「進化?」


「昔は今で言うアベル人しかいなかった。そこから、頑強な肉体に進化したシーク人。卓越した魔力を持つよう進化したトール人。独自の技術と知性を受け継いだタイン人。その下を辿ればアベル人に行き着くわけさ。まぁアベル達が魔王を討伐したその後についてはワシは知らんが、故郷に帰って復興したんじゃないかと思うがね」


「……なら、アベルが持っていたという黒水晶は?」


「行方知らずだが、あの方は随分とアベルと仲が良かった。きっと魔王との戦いが終わったからといって手放してはいないはずだ」


 それであんな所に安置されていたわけ……か?


「待ってくれ。アベルの故郷がどこにあるか知ってるか?」


「今で言えばサニングがある場所だ」


「まさか、アベルが陽の国の王族ってことは……」


「それはないな。元々アベルは農民の出自。平和が訪れれば故郷で再び農業を行い、人々が飢えないようにしたいと言っていたからな」


「……そうか」


 なら、どうしてカオスはあんな誰の目にも留まらない場所に封印されていたのだろうか。

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