異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第73節

 魔族は通常、同一個体を生み出さない。そして、魔術的な変装や分身も行わない。それは彼らの特質するべき点だ。
 しかし、目の前のヨハンはその点を軽々と越えた。


「この場は退かせてもらいましょう」


 二人となったヨハンは転身し、二手に分かれて逃げる。どちらが本物で偽物か、はたまたどちらも本物か。
 咄嗟にどちらを追跡するべきか迷い、見失った。
 それはフランさん達も同様で、ヨハンの存在とその奇抜さに呆気にとられていた。


「あれがヨハン……ですか」


 剣を仕舞うフランさん。


「あの技術。並大抵の物じゃないですね」


 ルディもまた槍を仕舞う。


「私自身、ヨハンがあそこまで強いとは知りませんでした」


 優秀な部下であり、剣の腕も右に出る者はいないと知っていた。しかし、私の知っているヨハンは決して全力は出していなかったのだ。剣の腕だけではない。あの分身の力。明らかに魔族のそれを逸脱している。


「――ハリソン。いつまで私を待たせるのですか?」


 突如として呼びかけられる。ヨハンのせいで忘れていたが、こちらとて重要な問題だ。


「すみません。えーっと、貴女のお名前は?」


「名はありません……そうですね。太古の主に名を授けたと言いましたね。では、ハリソン。貴方が私に好きに名を付けなさい」


「私が……ですか」


 この剣に宿る意志は間違いなくカオス様に連なる者。恐らく、魔族の位の高さとしては魔王に匹敵するであろう存在だ。それに名を付けるとは気が引ける。しかし、名が無ければ不便でもある。
 そこでふと、剣の刺さった樹を見てみた。それはシャラの木と呼ばれ、森の国でもよく見かける樹木だ。森の国の繁栄の象徴ともされ、春には白く綺麗な花を咲かせる。


「――サラ」


「それが私の名ですね?」


「はい」


 シャラの木の発音を少し変えただけだが、覚えやすい名前だ。
 私はサラ様を手に取り、木の根から抜く。
 カオス様を手に取った時のような脱力感は無く、問題は無い。


「サラ様。これでよろしいでしょうか?」


「ええ。早く太古の主、カオス様の所へ向かってください」


 向かえと言われるが、そう易々と戻る訳にはいかない。


「すみませんが、私達は先ほどの男を捕まえるためこの国に訪れました。それを放棄することはできません」


「…………」


 私の言葉を受け、サラ様は少し黙った。


「……仕方ありませんね。私が力を貸しましょう。先ほどの者を捕えれば、私をカオス様の下へ運んでくれますね?」


「はい」


「少しお待ちなさい」


 そう言うと先ほどの小動物型魔獣を含め様々な小型の魔獣が寄り集まってきた。


「彼らは私の従者。戦闘能力は高くありませんが、私の耳目として働いてくれます」


 サラ様がそういうと小魔獣達はヨハンが逃げた方向へと散って行った。


「この森に居る限り、彼らと私は繋がっています。このままこの場に留まるもいいですし、移動するのもいいでしょう」

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