異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第82節

 うっすらとした意識の中、朝の寒さから布団を引っ張り頭まで被ろうと布団を掴もうとする。すると、柔らかい感触が手に伝わる。人肌程度に温めた水を入れたナイロン袋のように柔らかく形を変え、強く掴むと弾力を感じる。いつまでも触っていたくなるような触り心地のいい感触。幸せに触れるのならきっとこんな感触に違いない。


「あの……カズキさん」


 女性の声が聞こえる。アイリスやフラン、アンバーやジェイドでもない。
 そもそもここは現代だ。向こうの世界にこんな寝具は無いはずだ。
 段々と覚醒する意識の中で昨日の出来事を振り返った。


「ああ……すまん」


 俺は幸せの感触を手放し、目を閉じたまま謝った。


「……いいですよ。怒ってませんから」


 衣擦れの音が聞こえる。


「それより、お腹が空いたんですけど冷蔵庫にある食材を使っても良いですか?」


「……ああ、好きに使ってくれ。ついでに俺の分も作ってくれたら嬉しい」


「そのつもりです」


 ワンルームのためキッチンはすぐそこだ。寝返りを打って目を開けばキッチンに立つシルヴィの姿が見える。


「カズキさんは可愛らしいエプロンを持ってるんですね」


 夏の間でもクーラー使わない期間は常時裸のため、料理するときに服を着るのが面倒くさいからとエプロンを用意している。跳ねた油が熱いからだ。
 水色の生地で胸元に黄色いひよこがプリントされており、PIYO PIYOと鳴いているデザインだ。


「使わせてもらいますね」


 シルヴィはそういいながらエプロンを身に着ける。


「ああ」


 そういえば、今更だが女性を自宅に招いたのは初めてだな。
 朝から女性の手料理をこっちの世界で食べられるとは夢にも思っていなかった。


「シルヴィは料理を良くするのか?」


「そうですね。ヘラさん達に料理を良く作ってましたから下手ではないですよ」


「なら楽しみにしておこう」


 俺は起きて欠伸をしながらベランダに出る。
 すっかり陽は上っており、もうすぐ昼になろうかとしていた。随分と寝ていたらしい。
 深呼吸して体内に巡る魔力の存在を知覚する。
 魔力は頭髪の毛先からつま先まで隅々に渡り存在している。身体を構成する全てが魔力由来の組織となり、自律的に動いている。人間の体は無数の小さな細胞で構成された集合体であるかのような真実と錯覚の狭間に陥るような不安感を覚える。
 自己同一性の崩壊。
 思考する自分と肉体の自分が少しだけ乖離しているような感覚。
 今までは無自覚だったが、今では分かる。俺の肉体は既に人間のそれではなくなっている。
 肉体は人のそれと同じ性質を持っている。傷つけば血も流れ、火に触れれば火傷もする。だが、根本の部分が違う。
 まるで擬態だ。
 ……もしかしたら、俺の肉体は魔人に近いのかもしれない。俺の肉体はカオスという核を取り込み、その結果として死地を脱した。魔石を核とした人間は魔人と何の違いがあるのだろうか。
 思考の海に漂う途中で美味しそうな匂いが部屋の中から漂ってきた。


「カズキさん。できましたよ」

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