異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第70節

「なるほどね。ここから私達の隠れ家を見張ってたわけね」


 異空間も解け、マンションの屋上に現れる俺達。屋上の際に立ったトラスが自分達の隠れ家を見下ろしていた。


「チッ、面倒だな。降りるにしても鍵が掛かってやがる」


 バンは屋上唯一の出入り口の扉のノブを何度も回すが開きそうにない。


「仕方ないわね。ヘラかサンガに助けに来てもらいましょう」


 エイジが携帯を取り出して連絡を取ろうとする。ヘラとサンガというのはファットとブラッドが戦っている二人の名前だろう。
 そういえば異空間を解いたことで向こうでの戦闘はどうなっただろうか。さすがに住宅街の中で戦闘を続行するとは思えないが。


「サンガ。そっちは終わった? そう。なら迎えに来てもらえるかしら? 私達の隠れ家から見て左前のマンションの屋上。……ええ。ノーさんとバンのおかげで何とかね。能力者二人を人質にできそうよ。……待ってるわね」


 エイジは通話を切りメンバーにその通話の内容を伝えた。少なくともあと数分はこの場に留まるようだ。その間に異空間を再生成できるだけの魔力を溜めなければ。


「さてと、少し時間ができちまったな。おお、良く見たらこの女、結構かわいいじゃん」


 バンは能力を使えなくなったクロを舐めまわすようにジロジロと見る。


「茶髪野郎。クロちゃんに変なことしたら殺すぞ」


「はぁ? 殺すつったって今のお前は無能力者なんだよ! 面白いよなぁ!? 自分だけが特別だって思ってる能力者が能力を失った時ってのはさぁ! そりゃあ惨めなもんさ! 能力さえあれば? 能力なんか無くなって立つことぐらいできるだろう?」


 バンは挑発的な態度を見せてくる。
 今の俺は異空間を再生成するために魔力を蓄えている状態。魔術を使えばそれだけ再生成にかかる時間が増える。時間が経てば相手は確実に援軍が来る。そうすれば確実に逃げられる。
 俺は武器も持たず、身体強化も無く立ち上がった。


「へぇ。能力が使えないってのに立ち上がってくるんだ? いいぜ。かかってこいよ」


 バンは懐からナイフを取り出す。それに対して俺は素手だ。
 今の俺は異世界における相対的な強さや魔術による身体強化もない、ごく普通の一般人。
 大して相手はナイフを持つ敵だ。実力は未知数だが、奴の能力の性質上、体術が優れている可能性が高い。
 それに対して俺は武術を学んだことや身体を鍛えたこともない。だけど、命を張った戦いなら経験している。
 俺は構えてバンと対峙する。


「構えはてんで素人なのに目付きだけは悪くないねぇ。近接系能力者なら能力が使えなくなってもそういう面をする奴がたまにいるが、遠距離系の能力者でそういう面する奴は初めてだ。面白いねぇ」


「ニーサン、やめて! きっとブラッドさんやファットさんが来ますから! だから、私の事は……気にしないでください……」


「いいや、気にするね」


 過度な緊張を解き解すため俺はクロに笑って見せた。
 クロの辛そうな顔を見るのが俺も辛いが、辛い時こそ笑うんだ。俺が笑えば少しでもクロに希望を与えられるから。
 俺は一歩踏み出してバンの間合いに入る。


「ほらよ!」


 バンの一撃目は前に突き出した俺の左手に命中した。冷たいような熱いような刺激が一瞬にして腕に走り、続けて痺れたような感覚があった。


「もう少しで骨まで届いたんだがな。お前、わりと良いもん食ってんだな」


 喰らった俺本人がどれだけの負傷をしたのか分からないが、バンにはある程度手ごたえが分かるようだ。
 俺は冷静を保つよう自分自身の負傷状態と把握する。出血の量からして、たぶん動脈までは行ってない。静脈を切断された程度だろう。腱が少し傷付いたのか、指を曲げるのに違和感がある。


「怪我して怯えちまったのか? そんなんじゃ女の子にモテないぜ。ほら、カッコいいところ見せてみなよ」


 バンの動きはレオやファットに比べれば圧倒的に遅い。それでも、その遅いバンより俺は遅い。素の身体能力の低さに自分で笑いが出そうになる。


「そうだな。カッコいいところを見せないとな」


 俺は笑った。笑ってテンションを上げた。魔力が満ちていく感じがする。
 血が流れて本当の意味で緊張が解けたようだ。リラックスして頭が冴える。なのにテンションが上がり続ける。


「クロちゃん、今助けるからね」


「カズキ。魔力が満ちた」


「ありがとう。カオス」


 俺は満ちた魔力を解放した。

「異能力で異世界充実 ―非現実の扉―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く