異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第273節

 カズキが振るった魔剣カオスによって魔王は倒れた。
 黒光りする堅牢な鎧は原型を留めることなくひしゃげ、どう手入れをしたところで再び人が着れる形に戻ることはないだろう。それほどまでに圧倒的な力によって潰されているからだ。
 そして、その圧倒的な力を振るったカズキ自身もまた血を流しながら倒れている。
 魔王によって肘から先を切り飛ばされ、両の腕が宙を舞い、血を滴らせながら床に転がっている。
 両者相打ち、ただし魔王は即死、カズキは瀕死だ。
 両腕を失い、ショック死をしてもおかしくない中、カズキの苦悶の表情を浮かべながらも息はしている。脈を打つたび、ドクドクと血は流れ血溜りを広げいく。


「「カズキ様!!」」


「主!!」


 その身が自由となったアイリス達はカズキの身体に駆け寄った。


「そんな!! カズキ様!!!」


 アイリスは近寄り、治癒の魔術を使う。浅い切り傷なら数秒で、深い切り傷でも数分で治る。腕を失うよな重傷でも才あるものならば数十秒で止血をすることができる。そして、アイリスは才あるものだった。それでも、カズキの流血は止められない。まるで、アイリスが施す魔術の一切が効いていないかのようだ。
 そんな様子に痺れを切らしたフランが上着を脱ぎ、これ以上血が流れないようカズキの腕を縛ろうとする。しかし、流れてしまった血は戻らない。


「また……こんな……主!! 主!!!」


 フランは手当をしながらも、何度も何度もカズキの耳元で呼びかけた。しかし、カズキの意識は戻らない。苦悶の表情を浮かべ、顔色はみるみる白くなり、息は浅く、脈は弱くなる。
 この絶望の中、ハリソンだけが魔王の骸に歩み寄る。既に鎧だけとなり、中身は無い。
 ハリソンは鎧からカオスを引き抜く。しかし、ハリソンはカオスをすぐさま手放してしまい、カオスは床に転がり、カランカランと金属音を上げた。


「ただの人間が我に触れるな」


 それは命令というよりも警告だった。


「貴方様はカズキ様の味方とお見受けしました! どうか、カズキ様を救うためお力を貸してください!」


 ハリソンはカオスに触れぬよう、それでも頼み込むように両手を付き、カオスの刀身に顔を近づける。


「……良かろう。だが、我は自由に動ける身体を持たぬ。我をカズキの傍まで運べ。ただし、我に触れる者は我が意思に関わらず、魔力を奪われる。その覚悟の上で運べ」


 カオスは自ら動けないから運べ、ただし触れれば魔力を奪うと言う。剣の形状から親指の先ほどの魔石へ形状を変えた。


「我をカズキに飲ませろ」


「私がやります!!」


 アイリスは立ち上がり、カオスを手に取る。


「う……」


 不快を訴える呻き声が漏れるも、アイリスはカオスをカズキの元へ運ぶ。一歩一歩を重ねる度、顔色は悪く、膝は笑い、歩調も崩れる。それでも、決して止まらず、倒れたカズキの元へ歩み寄る。


「カズキ様……」


 苦悶の表情すら表に出さなくなったカズキの口元に触れ、カオスの魔石をその口に入れる。
 ふっとアイリスの体から力が抜ける。それをフランが抱き留めた。


「後はアタイに任せろ」


 フランはアイリスとカズキを担ぎ上げ、安静にできる場所まで運び出した。ハリソンもカズキの両腕を抱え、後に続く。
 謁見の間を出ると数多の足音が階下から響いてきた。
 二人を担ぐフランの前へハリソンが身を出し、魔力を活性させる。
 そして、階段を上がってきたのは兵士達だった。それも、あの戦場に居たと思われるロトやアーサー、クリスの親衛隊員達だ。中には普通の軍隊員もいる。


「その方をこちらへ!!」


 兵士の一人がフラン達に声をかけ、他の者達が道を作る。これにはハリソンも戦意を失い、活性させた魔力を鎮静させる。


「……フランさん、ここは彼らに従いましょう」


「……分かりました」


 フランは二人を担ぎ直し階段を下り、城内にある医療室へ運び込んだ。そこでも熟練の治癒魔術の使い手達がカズキの回復に努めると、一切の効果が発揮されない。


「こうなったら……」


 フランは自らの手をじっと眺めた。


「カズキ様……」


 ベッドに横たわった血の気のないカズキに寄り添うアイリスは目に涙を浮かべ、赤く目を腫らしていた。


「このままじゃ、あの魔王の言うバッドエンドね」


 静まった室内にレオに肩を貸したロイスが現れた。


「ロイスさん」


 ハリソンが立ち上がり、ロイスとは反対側のレオの肩に手を貸す。


「ごめんなさい」


 二人はカズキの隣のベッドにレオを横たわらせる。


「ありがとう」


 ロイスは礼を言って近くの椅子に座り込み、大きく息をついた。いつものようなハイテンションな様子はない。


「皆、カズキなら大丈夫よ」


「それはどういう意味ですか?」


 ロイスの言葉にハリソンが聞き返す。


「そのままの意味よ。もう大丈夫。放っておいても助かるわ」


「本当ですか!?」


 アイリスが半ば問い詰めるようにアイリスに走り寄る。


「ええ。どういうわけか分からないけれど、カズキの中に魔力が存在しているわ。何をしているのか分からないけれど、失った物を新しく創造している。……治癒でも回復でもなく、創造。私達にはできない所業を彼の体内で誰かがやっているわ」


「それはカオスさんです」


 アイリスが誰かという部分に対し、ハリソンが答えた。


「カオスさん? それって何者?」


「カズキ様が所有していた喋る剣です。おそらく、魔宝石の類かと」


「そういえば、確かに魔王に物理的な攻撃をしていたわね。それを可能としたのが、そのカオスさん?」


「はい」


「そう。なら、そのカオスさんに任せておいて大丈夫よ。直に意識も戻るはずよ」


「本当ですか!?」


 アイリスは嬉しそうにロイスの手を握る。


「ええ。それに、カズキには生きてもらわないと困るもの」


「それはどういうことでしょうか?」


 ロイスの微妙な言い方にハリソンが尋ねた。


「そうね。簡単に言えば、カズキに爵位が贈られるってことよ。そうね、具体的には決まっていないけれど救国の英雄に相応しい爵位なら、伯爵でも少し足りないかもしれないわね」


 その言葉にこの場にいる全員が驚いた。


「俺が伯爵か……」


「カズキ様!?」


 いつの間にか意識を取り戻したカズキにアイリスが駆け寄った。


「ああ……良かった。……生きてた……生きてた……」


 カズキは涙声になりながら、アイリスの頭を撫でた。


「カズキ様!? 腕!! 腕が!?」


 カズキの腕、斬り飛ばされた断面から先に浅黒い肌の色をした腕が生えていた。
 アイリスはハリソンが持ってきた腕とカズキの腕を見比べる。
 切り飛ばされた腕は兵士の手によって丁寧に布で巻かれている。ハリソンはその布を剥ぎ取り、確認するが布の中には確かに二本の腕があった。


「これってどういう……」


 カズキを含め、この場にいる全員が戸惑いの色を見せた。


「我の力だ」


 カオスの声だ。


「カオス、お前が助けてくれたのか」


「我だけではないがな。貴様の体内にあった微量な魔力を寄せ集め、我と貴様とを強引に繋ぎ、我の力で腕を創造した」


「微量な魔力って……俺に魔力なんてないぜ?」


「自由に使える魔力は確かにないが、貴様は我が世界にて飲食をしなかったわけではあるまい?」


「……まぁ食ったには食ったけど……」


「あれらにもまた、魔力は宿っておる。それを口にし、血肉となった時点で貴様も僅かながら魔力を持っていたのだ」


「なら、この世界の物を食べたら俺も魔力を持てるようになるのか!?」


「いや、貴様は既に魔力を持っている」


「え……?」


「我は既にお前と繋がっている。この状態で魔力を持たぬと思っているとすれば、とんだ愚か者だ」


「ってことは……」


「ああ、貴様は我の力を己が身で扱うことができる。……訓練次第だがな」


「マジか!!」


 つい数分前まで死に瀕していた人間とは思えない動きで喜びを身体中で表現した。
 カズキはベッドが軋む程に飛び上がり、アイリスは目に涙を浮かべ、フランはオロオロし、ハリソンは茫然とし、ロイスは笑った。


 こうして、カズキの長い異世界物語は幕を閉じた。

「異能力で異世界充実 ―非現実の扉―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く