異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第272節

「幸福世界(世界よ笑え)」


 悦楽の王と鍔迫り合いをし、目の前にいたはずなのに瞬間的に姿消えた。
 けたたましい笑い声。まるで俺を囲むように耳障りな笑い声が聞こえる。それは侮蔑の笑いや嘲りの笑い、そういった不快な笑い声が周囲を埋め尽くす。
 アイリス達もあれだけ心配した表情を浮かべていたのに、今では満面の笑みで目に涙を浮かべながら大笑いしている。
 周囲を見渡すと悦楽の王はどこにもいない。ただただ、笑い声だけが周囲に木霊している。


「出てきやがれ!!」


 俺は苛立ち、カオスを振るった。それは柱に当たり、弾かれる。
 ジーンとした感触が手に伝わる。
 おかしい。カオスならこんな柱ぐらいスパッと切れるはずだ。柱を斬るつもりが無かったから、剣筋が通ってなかったからとかではなく、純粋に弾かれた。柱には俺がつけた傷が無く、表面は滑らかだ。


「――すまない。私一人で裏方もやっているのでね。待たせたかな」


 黒い鎧を身に纏い、黒き剣を携えた悦楽の王が柱の陰から出てくる。


「今は幕間、誰も見ていない。言わば、舞台裏だ」


「どういう意味だ」


「今、この空間を私の魔術によって切り取っている。前回のように君の勝手で退場されては困るからね」


 俺は嫌な予感がして、咄嗟にIGBを後ろ手に持ち、手を突っ込んでみる。するとすんなり手は向こう側へ通じる。あくまであいつがいう空間を切り取るというのは、異世界たるこの世界の一部を別の空間へ移す事。だが、例外的に俺の能力は使えるようだ。


「あの空にあるのは私の魔術、『銀幕シルバーカーテン』。日が昇っている間だけ使える魔術でね。あのステンドグラスのように色付の光を通すのさ」


 なるほど。あの空にある映像はそういう理屈でなっているのか。


「観客を待たせるのも悪いと思ったけれど、君ときちんと話したいと思った。この活劇にカーテンコールはないからね」


「……何を話したいんだ」


「君自身についてさ。君はお喋りで様々な知識を惜しげもなく教えてくれる。なのに、君自身の事についてまるで分からない」


「そりゃそうさ。俺は異人だ」


「異人。それは異国の人という意味だけかい?」


「それはどういう意味だ? 俺はこの国にとっては間違いなく異国の人間さ」


「そういう意味ではない。君と我々、いや、この世界の者達と有り様がまるで違う」


「……」


「魔力を持たず、未知の知識を持ち、魔術を使えず、未知の技を使う」


「…………」


「我らと理を異にし、別の理の下に住む者」


「………………」


「いや、異なる世界に住む者か」


「……………………」


「そんな君が何のために戦うのか。知りたい。教えてくれ」


「……………………そんなの決まってる」


 何度も自問自答したんだ。そうだ。決まってるんだ。


「――俺はこの世界が好きなんだよ!! この世界で知り合った奴らが好きなんだよ!! 俺にとって、この世界は無くちゃならないもんなんだよ!! この世界を放り捨てたら、俺は俺を嫌いになる!! だから俺はこの世界を取り戻す!! お前が言うように、俺は異世界の人間だけど、俺だってこの世界で暮らしてんだよ!! 俺は異世界からの移住者なんだよ!!」


 こんな大声を出したのはいつ以来だろうか。頭がクラクラする。なのに胸の奥はスッキリしている。


「ありがとう」


 あのふざけた顔をしていた悦楽の王が神妙な面持ちで礼を言ってくる。気持ちが悪い。それにさっきまで耳障りだった笑い声が無くなった。


「この世界が好きだと言ってくれて私は嬉しい」


 笑わぬ悦楽の王、いや、魔王は剣を構える。


「ここから先は終劇まで終わらない。決して手を抜くな」


「お前は敵にまで本気を求めるのかよ」


 俺もカオスを構える。


「私にとって君は敵じゃない」


「だったらなんだよ!!」


 地を蹴り、魔王に接敵する。


「主役だよ」


 意識が飛びそうになるほどの衝撃。一瞬だけ目の焦点が合わず視界がぼやける。
 魔王は正面から俺の攻撃を受け止め、鍔競り合う。ただし、先程までとは打って変わり、俺と同格の力で競り合ってきた。
 渾身の力で弾き飛ばし追撃を掛けようとするが、大きく体勢を崩すには至らず、再び鍔迫り合いになる。
 これじゃキリがない。決め手に欠けるんだ。
 単純な攻撃じゃ防がれるが、複雑な攻撃をする程剣技に長けてもいない。だったら、考えるしかない。
 俺が僅かに思考を巡らせる隙に悦楽の王が逆に俺を押し返してきた。
 加重の力によって見た目以上に重いため、俺自身も大きく体勢を崩すことはないが、この魔王にとっては僅かに体勢を崩すだけでも十分だったようだ。
 魔王は両手剣を自在に操り、縦切り、横切り、突き、袈裟斬りを俺の首や肩、脚に狙って放ってくる。息をつく暇を与えないほどの連撃が続き襲ってきた。
 こいつ、身体の腱ばかり狙ってきてやがる!
 芝居がかった派手な大振りな攻撃ではなく、正真正銘の真剣勝負。堅実且つ有効な手段を取っている。


「カオス! 何かいい手はないか!!」


「今の我は武器で、振るうのは貴様だ。貴様が考えずしてどうする」


「ごもっともで……」


 取り付く島もない。
 とにかく考えるんだ。数少ない戦闘経験の中で俺が有効的だと判断した攻撃は何だ。
 レオとの戦いでは何が有効だった。武闘大会での闘いで何が有効だった。その時に俺がとった行動は何だった。
 俺が思考に力を割く間、魔王の攻撃は苛烈を極めた。俺の攻めてが欠けているのか、相手は攻撃に集中している。
 隙を見て何発か空属性の魔術弾を撃ってみたが、予想通り吸収されてしまう。つまり、放つタイプの魔術はダメってことだ。
 カオスのおかげで筋力増強の様なブースト系の魔宝石の効果は持続できている。これを起点に考えるしかない。
 俺が使える魔宝石は筋力増強と物理障壁と魔術障壁、それから通訳の魔宝石、あとは放出タイプの魔宝石が多数にクララとノーマンが宿った魔宝石がある。あとは加重の魔宝石か。
 加重の魔宝石……そうだ、加重の魔宝石だ!
 俺は防御を解いて全力で魔王の攻撃を弾き、距離を作ってIGBから超重量メイスを取り出す。魔力全開状態の今の俺であれば、このメイスでも木の棒のように軽い。
 メイスから手早く魔宝石だけを抜き取り、カオスに食わせる。


「カオス! そいつを俺が指示したタイミングで全力で発揮しろ!!」


「なにか策があるんだな?」


「ああ!! 愚策中の愚策だ!!」


 馬鹿でも分かる策だが、馬鹿にしかできない策だ。
 あまりの思い付きに笑いが出る。自分自身を笑っているのか、武者震いで笑っているのか、自分でも分からなくなってくる。もしかしたら、魔王の震撼の力が俺にまで発揮されているのかもしれない。
 全力で魔王に接近し、カオスを振るった。互いの武器が手元から抜けそうになるほどの武器同士の衝突。これが純粋な鋼の剣同士だとしたら、間違いなく折れたと思える衝撃が指、手、腕、肩、そして全身に響いてくる。だが、そこを無理を通して上段に構える。
 魔王は俺の攻撃に備え、既に迎撃の姿勢に入っている。


「カオス!!」


 俺の指示でカオスは魔力を走らせ、その刀身は急激に重くなる。


「アターーーック!!」


 馬鹿が付くほどに重くなったカオスへ更に俺の全力と全体重を掛けた一撃!
 それに合わせた魔王の迎撃!
 俺は奴の身体そのものを、奴は俺の腕を狙った。
 互いに防御はできなかった。
 カオスの刀身は魔王の首根から胸、腹を通り、腰のあたりで止まった。奴の攻撃は俺の両腕を切り飛ばした。


 俺が最後に見た光景はカオスで切られた魔王が俺と一緒に俯せに倒れる姿と床に転がった俺の両腕だけだった。

「異能力で異世界充実 ―非現実の扉―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く