異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第253節

「つまり、糞尿を垂れ流した所を友人に見られたと」


「大事な所はそこじゃないけれど、あの男。あなたがカミやんと呼んでる彼が来なければ間違いなく死んでいたわ」


「カナリ危なかったみたいだな」


 俺からしてみれば悦楽の王に散々殴られ、気がつけば病院にいた。まるで全滅したら神殿送りになる某ゲームのキャラクターのような気分だ。こうやってクララが説明してくれなければ、事の重要さが分からないままだったに違いない。


「それで、カズキはどうするの?」


「どうするもこうするも……」


 あれだけ圧倒的に負けたんだ。今更俺が出て行ったところでどうしようもない。そもそも、あの戦争はあっちの国のお話だ。俺は部外者なんだから、いつだって引き際を選んでもいいはずだ。義務も責任も俺にはないんだから。


「とりあえず、怪我を治してからだな」


「あなたの怪我、もうほとんど完治しているわよ? 見た目が派手だっただけに周りの人間は慌てていたみたいだけれど。むしろ、三日間蒸し暑い室内で倒れた事による衰弱の方が問題だって言ってたわ」


「そっか」


「行くなら、早いほうがいいわよ」


「…………」


「あれから一週間、あの奴隷達も今頃どうしているか分からないわ」


 今、一番触れられたくない所を撫でられた気分だ。
 何かを言いそうになって、でもそれを飲み込んで。
 勝てるビジョンが見えない。勝てる算段が付けられない。一縷の望みも持てない。逆に負けるビジョンが見え、負ける材料はいくらでも挙げられ、俺を責める人間はここにはいない。逃げてもいいんだ。あとは――。


「神崎さん」


「あ、はい」


 さっきの看護師だ。


「入っても大丈夫ですか?」


「あ、どうぞ。どうかしましたか?」


 カーテンを開き、あのノートパソコンを乗せた台を持ってやってきた。


「痛み止めを処方するので少し質問を、何か他に飲んでるお薬があったりだとか、今まで薬を飲んで異常を感じたことはありませんか?」


「いえ、薬を飲むような持病はないですし、アレルギーもないです」


「分かりました。では、夕食が終わる頃に痛み止めを持ってきますね」


 そういって看護師はノートパソコンに何かを打ち込み出ていく。


「彼女達も大変ね」


「大変?」


「ええ。私、あなたが眠っている間は彼女達の近くにいたの。暇だったから観察していたけれど、随分と疲れてるみたいね。やっぱり、人を治療するのってどっちの世界でも大変だって思ったわ」


「まぁ一人で多くの患者を見なきゃいけないわけだけし、負担があるのは分かるけどさ」


「そうね。それでいて、常に人が苦しむ姿を見なきゃいけないのだから辛いでしょうね」


「まぁ……やっぱり、人が辛い姿を見るのは俺だって嫌だな」


「それでも、彼女達は辛くても患者の体調を管理して、話し相手になって、支える。私達の世界の人間も同じように誰かを支えようとする。だから、一度聞いてみたの『どうして他人を支えるのか』って。そうしたら、『彼が困っていたから』って答えたわ。『私じゃなくても、彼を支えられる人はいるけれど、彼が困っている事に私が気がついたから』だって。別に助けを求められたわけでもないのにね」


「随分と立派な人なんだな」


「人間にとってはとても尊い考え方みたいね。困っているから人を助ける。助けたいと思ったから助ける。魔人にはあまり共感されないけれど、私は他の魔人よりは分かる気がする」


「…………」


「彼女達は誰に強いられたわけでもないのに自ら選んで誰かを助ける道を選んだの。魔人も多少の自由はあるけれど、詰まるところ魔王の命令には逆らえない。自分の意志なんて簡単に曲げられる。そう考える時、あなた達人間が羨ましくなるわ」


「今はどうなんだ?」


「そうね……今は少しは気が楽よ。体は失ったけれど、それでも自由になれた気がする。それに、あなたの傍にいると退屈しないもの」


「クララ――」


「だから、カズキも自分の好きにすればいい。今までだって誰一人としてあなたに魔王を倒せなんて言ってないもの。だから、戦わなくてもいいの」


 確かに誰にも魔王を倒してくれなんて言われていない。


「あなたが魔王と戦おうと思ったのだって、私が浅慮に勝てるかもって言ったから。事実、震撼の力はあなたに効かなかった。けれど、それだけじゃ勝てなかった」


「うん」


 なんだか胸の奥、腹の底から込み上げるものがある。


「だから、カズキは戦わなくていいの。こっちはこんなにも平和なんだもの。わざわざ戦争に行く必要もない」


「うん」


「あとはカズキが決めるだけ。こちらで平和を満喫するか、あちらの平和を取り戻すか」


「クララ、俺は――」

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