異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第251節

 悦楽の王は殺意の無い拳を振るい、カズキを殴り続けた。何度も何度も何度も鈍い音を鳴らし、その周囲ではけたたましい笑い声が満ちていた。
 カズキは血を流し、体中にアザを作り、気絶し、ハリソンは青ざめた顔で腹の底から笑い、アイリスは目に涙を浮かべ、膝を付いたまま笑い、カズキの腕の中で守られていたフランも今は地面に転がり、仰向けのまま涙を浮かべ笑っていた。
 明々と照らす二つの光球は皮肉にも舞台を演出するスポットライトの役目を果たす。
 悦楽の王の白い手袋もすっかりカズキの血で染まり、今では赤黒く染色してしまっている。それほどまでに長時間カズキを殴り続けたのだ。


「カズキ?」


 悦楽の王は赤黒い手袋で身だしなみを整え、カズキを抱き起こす。


「死んだのかい?」


 悦楽の王はカズキの腹を深く抉るように殴るとカズキは反射的に咳き込んだ。


「なんだまだ生きているじゃないか」


 悦楽の王は笑った。悦楽の王の笑いに三人も釣られて笑う。気が触れそうな喜劇がそこにはあった。


「楽しいだろう? 人が虐げられる姿を見るのは楽しいだろう?」


 悦楽の王は左手をカズキの首に、右手をカズキの顎に当てる。


「アイリス、ボクを助けてよ」


 カズキの顎をカクカクと動かし、腹話術で話して見せる。無駄に精巧な腹話術だ。


「アッハッハッハ!!」


 ハリソンは唇を紫色にしながら、大笑いしている。酸素欠乏症。チアノーゼを起こしていた。


「ハリソン、そんなに笑ってくれて私も嬉しいよ」


「ボクもー」


 悦楽の王の張り付けた笑みは獰猛な色を帯びていた。楽しくて楽しくて仕方がない。狂喜の色だ。しかし、その狂喜も途端に冷めた。


「舞台を彩るエキストラは必要だが、自己主張の強いエキストラは不要だな」


 悦楽の王が視線を送った先は西の平原。その方向から千人規模の大隊がこちらに向かってきていた。


「どうやら幕引きのようだ」


 悦楽の王はカズキをアイリス達のいる方向へ突き飛ばし、倒れたまま笑い続けるフランへ向かう。カズキが突き飛ばされた拍子に背負っていた筒の紐が外れ、アイリスの足元に転がる。


「君達四人は連れ帰り、これから始まる本当の舞台を見せてあげよう。私が思い描いた最高の喜劇の観客になれる」


 悦楽の王はカズキ達に背を向けている。
 アイリスは膝立ちから四つん這いになり、筒を引き摺ってカズキの下へゆっくりと近寄る。目は悲壮な色を浮かべているのに口元は笑みを作っている。
 悦楽の王はフランの足首を掴み、逆さ釣りにする。それでも、フランは笑い続けている。
 アイリスは筒の蓋を開け、無傷の紙を引き出す。丁寧に傷を付けることなく、悦楽の王に気づかれぬように。


「余りの楽しさに笑い死にするかもしれないな。なにせ、君達の所から招いた人達は一晩も持たなかったからな。君達には是非、長く楽しい時を過ごしてもらおう」


 癖のついた大きな紙をアイリスは広げ、腫れ上がった顔をしたカズキの顔を覗き込む。意識は無いが、息はある。そのことにアイリスは大笑いでも高笑いでもバカ笑いでもなく、優しい微笑みを浮かべた。


「カズキ様、いままでありがとうございました」


 手にした紙にカズキの頭をそっと乗せ、アイリスは一筋の涙を流し、紙を破った。
 カズキの体は地面に吸い込まれるように頭、肩、胸へとゆっくりと埋没した。

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