異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第248節

 咄嗟に腕を振るい、悦楽の王を殴ってやろうとするが、その腕は簡単に掴まれた。カサカサとした枯草の肌触りが気色悪い。


「君は役者の鏡だ。観客に手出しをさせない姿勢は素晴らしい」


 悦楽の王は満足そうに笑い、耳障りな枯れ草が擦れる音がする。
 未だに俺の腕の中でフランは力無く笑っており、フランの笑い声すら耳障りに感じてきた。


「ならば趣向を変えよう! 私も悲劇より喜劇が好きだ! 人間の笑顔は特に好きだ!」


 悦楽の王はいつの間にか俺の目の前に立ち、白い手袋を嵌めていた。その白い手袋には鋲が打ってあり、鈍く光りを反射させていた。


「人間は弱者が虐げられる姿を楽しむのだろう? 弱者が滑稽な姿を晒すのが楽しいのだろう? 都合良くここには三人もの観客がいる。彼らを楽しませるのがメインキャストのお仕事さ」


 次の瞬間、白い光の中で暗闇を見た。そして、心臓が脈打つたびに左頬がズキズキと傷んだ。フランを抱えたまま倒れたらしい。左頬はズキズキと痛んで熱いくせに左頬はジャリジャリとした感触で冷たい。
 俺は髪を掴まれ、引き起こされた。そして、耳元で悦楽の王の声を聴いた。


「君は喜劇のメインキャスト。役柄は道化師さ」


 悦楽の王は無情にも配役を告げる。
 悦楽の王の白い手袋が俺の眼前に迫る瞬間が何度も見えた。そのたびに鈍痛が襲ってくる。顔、胸、肩、腹、万遍なく余すところなく殴ってくる。ズキズキとした痛みが体中を走り、痛まない所が無いほどだ。
 視界が回復するる度に悦楽の王の白い手袋は赤い斑に染まっていく過程が見えた。その斑の一つ一つが俺の血だ。


「アッハッハッハ!!」


「クスクスクス」


 背後で笑い声が聞こえる。なのに、泣いているような気がした。


「クックック」


 俺の腕の中で笑い声が聞こえる。身を震わせながら、何かを我慢するかのように笑っている。
 しかし、その聞こえてくる笑い声も段々と小さくなってくる。


「□□□」


 何かの音だけが耳に入ってくるのを感じる。きっとそれは誰かの声なんだろう。でも、その意味は分からなかった。
 俺はまだ立っていられているんだろうか。もう倒れ込んでいるんだろうか。腕に抱いているはずのフランの感触も分からない。
 段々と意識が遠のき、気持ちが良くなる。徹夜後の布団に入るような安息感。やっと解放されるんだという安らぎ。
 目の前が明滅し、次第に目の前が白く染まっていく――。

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