異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第211節

 ジェイドは部屋の中に入り、俺は扉を閉めた。なんとなく、わざわざこんな時間に来るぐらいだ。あまり人に聞かれたくは無いのかと思ったからだ。


「どうしたんだ?」


 俺はベッドに腰かけ、ジェイドには椅子に座るよう顎で指す。


「失礼します」


 ジェイドは腰掛け、何かをためらっている様子だ。
 普段は明るいジェイドにしては珍しい所作に見える。


「カズキ様……」


 緊張しながら俺の名前を呼ぶ。


「どうかしたのか?」


 ジェイドの様子は明らかに普段と違う。耳は赤く、瞳は潤み、声は上ずっている。


「カズキ様は明日から戦争に赴くのですよね」


「ああ。さっきも話したけど、戦争に行くよ」


 言葉としては軽く、実感もなく、責任感の欠片もないが、守りたい奴がいて俺に能力があるなら、挑戦しなきゃいけない。なにより、俺のために。


「カズキ様は何のために戦争に行くのですか?」


「俺のためだよ」


 俺の答えを聞いたジェイドは服が皺になるほどギュット握った。


「……カズキ様」


 ジェイドは立ち上がり、ゆっくりと静かに俺に歩み寄り、俺の目の前で立ち止まる。


「カズキ様……」


 ジェイドは何度も俺の名前を呼ぶ。


「ジェイド?」


 ジェイドは突然、俺の眼前で服を脱いで見せてきた。


「ジェイド!?」


 ジェイドは突如、一糸纏わぬ姿で俺の目の前で膝立ちになり、俺のことを見上げてきた。


「カズキ様!」


 ジェイドは裸のまま、俺に抱き着いてくる。
 俺は訳が分からず、とにかくジェイドを剥がそうと肩に手を掛けるが、ジェイドは俺の背に手を回し、決して離れようとはしない。俺が本気で引きはがそうとすれば引きはがせるが、ジェイドの華奢な体は簡単に傷がついてしまう。
 俺が手間取っている隙にジェイドはするりと俺のシャツの中に頭を入れ、腰に回していた手もシャツの中に滑らせる。
 ジェイドと俺の肌は密着し、ジェイドの柔らかな胸から心臓の鼓動が伝わってくる。


「それは冗談になんないって!」


 口調こそは厳しいが両隣の部屋にアイリスとフランがいるため声は小さくなる。変な声を上げようものならあの二人、あるいはそれ以上の人間に見られかねない。


「カズキ様……」


 ジェイドは何度も俺の名前を呼び、俺の腹部にキスをする感触が伝わり、背中がゾクゾクとする。
 本当にまずい。
 ジェイドは頭をシャツの中に突っ込んでおり、引き剥がそうにも引き剥がせない。
 俺はシャツを脱ぎ、手加減をしつつもどうにかジェイドを引き剥がし、身動きが取れないようにベッドに俯せに押し倒し、のしかかった。もちろん、加重のベルトの効果は切ってるし、必要以上の体重はかけないように配慮はしてある。


「一体どうしたんだ。ジェイド」


「カズキ様……」


 一体何度俺の名前を呼んだだろうか。押さえつけたジェイドの体はプルプルと震え、声は涙声になっていた。
 もし俺が……いや、それはいい。とにかくジェイドを落ち着けないと。
 俺は混乱した思考の中でもジェイドを落ち着けるための方法を考え、ジェイドの体を優しく抱きしめた。


「何か俺に言いたいことがあるんだろ? ちゃんと聞くから、こんなことをしなくてもいいんだぞ」


 俺は怒っていない。心配しているといった声音を使いながらも優しい声をかけるよう努めた。


「私……私……」


 ジェイド自身も混乱しているのか、言葉が続かない様子だ。俺は落ち着けるために一度座り直し、ジェイドを俺の膝上に座らせ、ジェイドの腰に左腕を回し、右腕で頭を撫でる。


「慌てなくていい。ゆっくりと落ち着けばいい」


 俺は深呼吸をして、俺自身を落ち着けつつ、ジェイドにも落ち着くようゆっくりと諭す。
 ジェイドも俺を真似て、下手な深呼吸をしてみせる。
 五分ぐらいそうしていただろうか。少しずつ熱も冷め、肌寒くなった俺は毛布を掴み俺とジェイドの二人を包むように巻いた。


「落ち着きました」


 ジェイドはそういうが、まだ声は上ずっている。あえてそれは指摘せずに俺はジェイドに訊いてみた。


「一体どうしたんだ?」


「私、カズキ様が戦争に行くと思うと怖くなって……」


「それでこんなことを?」


「……すみません」


「いや、いいんだけどさ」


 ジェイドは小さい体を更に縮こませる。


「このことはアンバーも知ってるのか?」


「……お姉ちゃんには教えてません」


「そっか」


 ジェイド一人で行動したってわけか。


「なんで俺が戦争に行くと思ってこんなことをしたんだ?」


 仮に俺とジェイドが恋人ならば、戦争直前に逢瀬を重ねるぐらいはするかもしれないが、あくまでジェイドはクリスから預かっている身であり、それだけの関係で男女の関係でもない。強いて挙げれば主従の関係だ。何故、このような真似をするのか理解できない。


「それは……」


 ジェイドが何かを言いかけて一度止め、再び口を開いた。


「カズキ様が好きだから—―」


「嘘だな」


 俺は間髪入れず切り捨てた。自分でも怖くなるぐらい、容赦のない言葉が出てきた。


「どうして……」


「俺を好きになる人間はいないからさ」


 どっかのラノベや漫画のニヒルなキャラがいいそうなセリフが自然と口についた。それは俺が前々から自分自身に言い聞かせていた言葉だ。
 自己中心的で利己主義的で他人を顧みない。それが俺であり、誰かに好かれるための人生を捨て、自分が自分を好きになれる人生を取った俺の人生だ。
 どれだけ他人に嫌われようと、自分が自分を好きであり続ける限り俺は幸せだと思っている。俺は幸せでありたい。だから、俺は自分の価値観を全て俺を中心にしている。そして、その代償として他人からの好意は切り捨てることにした。


「カズキ様はとても素敵な男性だと――」


「ジェイド、そういうのはもっと嬉しそうに言うもんだ。そんな悲痛な顔で言われても喜ぶ男はいない」


 俺は感情が急速に冷えていく感覚を覚える。自分の言葉を紡ぐことすら面倒に思い、どっかのキャラがいいそうな言葉をうすっぺらい感情で口にするだけだ。


「カズキ様!」


 ああ、分かった。一度拒絶し、冷静な頭になったら分かることだ。ジェイドは自分の意志で来たというより、誰かから言われてきたんだ。たぶん、クリスかレオあたりだろう。
 俺の大っ嫌いなハニートラップってやつか。危うく騙されるところだった。


「ジェイド、お前は城に帰れ」


 打算とか妥協とか折衷案とか、普段の俺ならどこかで落としどころを考えただろうが、そんなことすら億劫に感じている。自分では冷静なつもりだが、俺は怒っているのかもしれない。


「私は……ここにはもういられませんか?」


「どうしても居たいなら好きにしろ。ただし、俺にはもう近づくな」

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