異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第122節

 マールの胸は服越しでも柔らかい。暖かい時期だから夜でも薄手の生地の服なんだなと全然関係ないことに思考が行く程度に現状の理解が追いついていない。


「……カズキ様、私の話を聞いてくださいますか?」


 マールの声はとても落ち着いていて、冷静な素振りなのに俺が触れている胸からはトクントクンと激しく脈打っている。興奮か緊張か、はたまたその両方か。


「……分かりましたから、離してください」


「聞いていただけるのですね」


 ……おい翻訳仕事しろ。
 いや、この場合はマールがスルーしたのか?


「……私はロト殿下やモリス殿下の異母兄弟なのです」


「異母兄弟?」


 つまり、母親が違うけれど父親が同じ……ってことは、あのサイラス王の実子なのか?


「はい。私はサイラス王の実子です」


「え? じゃあマールも王位継承権とか持ってんの?」


 いや、それでメイドに扮している意味がわからない。


「……いえ。私は王位を次ぐ資格はありません。資格があるのは王と王女の血を持つロト殿下、モリス殿下、アーサー王女、クリスティーナ王女だけです。そして、私のようにサイラス王の血を引くものは私の他にもたくさんこの城にいます。もちろん彼らや彼女達にも王位継承権はありません」


 サイラス王はお盛んだったようだ。


「……それって口外していいことなのか?」


 しかし、隠し子どころの話じゃないぞ? この世界では不倫浮気は当たり前なのか?


「……カズキ様は陽の国の出身ではありませんでしたね。この国では王は多くの子を成す事は普通のことなんです」


 そういう文化圏なのか?
 ……そういや、前にハリソンから聞いたことがあったな。自分の子供や部下を信頼できる者に嫁がせ、子を成すことで人族か魔族かを判別するって。確かに実子ならば使いやすいのか?


「ああ、なんとなく話は見えた。それで、なんでこの状況に?」


 俺の問いにマールは少しだけ言葉を詰まらせた。なのに心音は一瞬だけ跳ね上がる。


「……カズキ様。私をこの城から連れ出して欲しいのです」


「……どういうことだ?」


 マールの胸を触れている。その状況こそエロいものがあるが、俺自身はできれば避けたいと思っている。


「……あなた様ならば、ロト殿下にお話いただければ私の身請けをしていただけます」


「いや、でもさ」


 マールの言うことはたぶん、外れていないだろう。ロト殿下は魔大陸の進出の計画に俺という駒がいることが前提になっている。かけた梯子を外すのも俺次第だ。なら、メイド一人で計画が進むならロトは簡単に許可を出してくれそうだ。
 ただし、身請けが可能かどうかと実際にするかどうかは別の問題だ。


「俺にメリットがない」


「……私を自由にしてくれる対価として私の身体を差し上げます」


「……身体を」


 いやまぁ。そういう事なんだろうけどさ。
 ……弱ったなぁ。


「絶対にカズキ様に不満な思いはさせません!」


『……私一人では不満なのでしょうか?』


 アイリスの言葉が思い出された。
 もしここで簡単にマールを受け入れてしまったら、俺はアイリスに不義理を働くことになる。それは俺の矜持が許さない。


「悪い、マール。その話には乗れない」


 俺の手首を掴むマールの手を振り払った。
 惜しいという気持ちはある。俺だって男だ。さっきのアイリスとのやり取りさえ無ければ簡単にマールを受け入れてハーレムの主でも気取っていたかもしれない。
 でも、俺はついさっきまでアイリスを抱きしめ大事にするって言ったんだ。曲がりなりにも約束したんだから、その舌の根も乾かないうちに流されてたら愛想をつかされちまう。


「私ではダメなんでしょうか?」


「マール自身が悪いってわけじゃない。強いて挙げればタイミングが悪かっただけ」


「……私をお嫌いになられましたか?」


「全然。綺麗な女性に頼られて嫌がる男はまずいないさ。……ただの取捨選択の問題」


 何を捨て何を取るか。それだけの問題。
 もし、俺がアイリスと出会わずこの場に居たなら俺の中のヒロインはマールになってたかもしれない。男なんてのは単純な生き物で悲しくなる。


「……申し訳ありませんでした」


 マールは素直に頭を下げた。
 良かった。ここで無理矢理迫られたら、逃げの一手しかなくなる。俺が逃げたら、マールの立場は悪くなるし、俺も居心地が悪くなる。


「ところで、私の申し出を断った時に浮かんだ顔は誰でしたか?」


 マールはクスクスと笑った。


「からかうな」


 俺は毛布を頭から被った。


「……おやすみなさいませ」


 扉の閉まる音がした。

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