異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第55節 奴隷背景

 この世界の水道インフラはもちろんのことながら、日本と比べれば酷い物である。給水インフラも無ければ、下水インフラも無い。中世ヨーロッパの如く糞尿を路上に出すといった風習がこの国に無いのは救いで、この国では汲み取り式に近いトイレが点在している。イメージとしては昔の郵便ポストや公衆電話、今で言えば繁華街に存在するコンビニぐらいの感覚の間隔で存在している。俺も一度だけ使ったことがあるが、それっきりである。正直、臭いがダメだ。
 そんな水道インフラでは風呂を入るなんて豪遊も甚だしく、水浴びもできない。時折、鼻の奥が痛くなるような香水の匂いを振りまく住人とすれ違うことがあるが、あれはマジで勘弁して欲しい。
 そこで、俺はアイリスの手入れ、もとい洗髪をすることを思い当たった。
 現代世界である程度の準備をして、リュックに小細工をしてから異世界に戻る。
 アイリスを洗うついでにハリソンとロージーも連れて行く。
 場所は使っていない厩を宿屋の主人から銀貨一枚で貸してもらった。


「アイリス、服を脱いでそこに立て」


 アイリスは俺の命令に従って服を脱ぐ。まだ着脱に不慣れなためか少しだけ手際が悪い。
 俺はその間にリュックに手を突っ込み、現代の俺の家の浴室からシャワーノズルだけをこちらに引っ張ってくる。
 その状態でリュックをロージーに背負わせる。


「ロージー、その管の先からお湯が出るから、アイリスを洗ってやれ。なんなら自分の身体も洗っていいからな。それと、これが頭を洗うためのシャンプーとこっちが身体を洗うためのボディーソープ。上の軽く押すとこうやって先っぽからこのドロっとしたものがでるから、これで頭や身体を洗って」


「これは大丈夫な物なんですか?」


「俺だって使ってるんだから平気だろ。ただ、頭を洗う時は耳や目に入らないようには気を付けるんだぞ」


「分かりました」


 俺がロージーに説明している間にアイリスは脱ぎ終わったようだ。


「服はそこらへんにかけておけ。くれぐれも濡らすなよ」


「はい。カズキ様!」


 アイリスの返事を聞いた俺はロージーが背負っているリュックに手を突っ込んでシャワーノズルからお湯を出す。


「本当にお湯が出てきました……」


 ロージーにとっては信じられない事なのか、何度もお湯に触れて温かさを確かめていた。


「ハリソン、俺らは外に出ておくぞ」


「……はい」


 ハリソンの返事は少し歯切れが悪い。きっとロージーと同じく、不思議な光景に首をかしげてでもいるのだろう。
 厩の外に出て、俺とハリソンは横並びになる。厩の中からは水の跳ねる音が外まで聞こえてくる。


「カズキ様」


「なんだ?」


「カズキ様はどうして私達を買い取られたのでしょうか?」


 ハリソンは今更な質問をしてくる。


「単純にアイリスが欲しかっただけだ。お前が知ってる通り、お前とロージーはおまけだ」


「……そうですね。カズキ様の仰る通り、私達はオマケですが、アイリスは違う。カズキ様はアイリスをどうしたいと思っていらっしゃるのですか?」


「言葉にしようとすれば後付けの理由っぽくなるから、言いたくない。欲しいから買った。それだけ。そこにアイリスが取引を持ち掛けて、俺がのった。それが事実だ」


 俺はこれで話は終わりだと突き放すように言葉を区切った。しかし、ハリソンは話をとぎらせないように言葉を続けた。


「親バカな話ですが、アイリスは容姿は可愛く、素直な性格で、とても聡明な子です。しかし、カズキ様は一目見ただけでアイリスを引き取ろうとしました。それが不思議なのです」


「不思議?」


 見た目が可愛いからという理由だけではおかしいのか。


「アイリスはハーフで色々と辛い目にあってきました。私達が奴隷の身分に落とされた時も、アイリスだけは更に酷い立場になるのではないかと心配で仕方ありませんでした。それだけ、ハーフは忌み嫌われます。それなのにカズキ様はわざわざハーフであるアイリスを引き取ろうとした。魔人かもしれないハーフの奴隷を」


 確かにセシルも言ってたな。見た目がハーフな人間は魔人の可能性を抱えているみたいなことを。


「俺はまだ魔人に会った事がないけど、ハリソンはあるか?」


「……ありますよ。……会ったどころか、私の部下が魔人でした」


 一瞬、背筋に寒気が走った。ハリソンとアメリアのやり取りを思い出したからだ。部下の裏切りにあった。ハリソンは確かにそう言っていた。


「もしかして、裏切った部下ってのがその魔人なのか?」


「ええ。見た目はトール人とシーク人のハーフでした。褐色肌に白髪の長身で筋肉質の男でした」


 確かにトール人とシーク人の身体的特徴が含まれている。


「魔法の素養は高く、武芸にも秀でており、私には勿体無い部下だと思ったことは一度や二度じゃありませんでした」


「なんていうか、完璧な男なんだな」


「はい。私はその部下、ヨハンをとても頼りにしていました」


「そのヨハンってのはどんな裏切り行為をしたんだ?」


「森の国の王族の一人を手にかけました」


「おやまぁ」


 暗く沈むハリソンとは対照的に俺は茶化すように驚いてみせた。


「ヨハンはすぐに姿を消し、責任を私が取る形で私は貴族としての権利を剥奪され、多額の賠償金を王家に支払うことになりました。その賠償金の補填として陽の国の貴族に金を借りました。それはカズキ様もご存知のとおりです」


 ああ、そこで借金の話が出てくるのか。


「私が所有していた城や屋敷、領土の全てが陽の国の貴族に渡ったことでしょう」


「そういう経緯があったわけか」


「あの男のせいで私達は奴隷の身となりました……」


 ハリソンは言葉が続かなくなり、嗚咽を押し殺しながら涙を流した。ハリソンにとっては幸運な事に、今の話もこの嗚咽もシャワーの音であの二人には聞こえていないだろう。


「ハリソン、酒は好きか?」


「……ッ、酒、ですか?」


「ああ。俺の国の酒だ」


「カズキ様のお国の酒ですか……」


 俺はハリソンの主人であり、慰めるような立場じゃないが、同情ぐらいはしてやってもいい。


「どれだけ高い金を用意しても簡単には飲めない酒だ。ハリソンはどんな酒が好きだ?」


「森の国では果実酒が主に飲まれていました。私も……特に果実酒が好きでした。……もう、ずいぶんと飲んでいませんが」


 果実酒といえばやっぱりワインだろうな。


「分かった。ワインだな。後で用意してやるから、楽しみにしておけ」

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