異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第9節 兵士

 翌日。異世界での昼前、領主の兵士だという集団が村に入ってきた。それと同時にセシル達は出発の準備に取り掛かり始めた。
 俺はというと、一日の周期を調べるための木の陰で涼んで休んでいた。
 するとそこにセシルがやってきた。
「カンザキさん。私達はそろそろ出発します」
「ああ。道中気をつけてな」
「ありがとうございます。カンザキさんに頼まれた絵もきちんと届けますので、任せていてください」
「うん。信用してるよ」
 あの絵がサニングまで届かないことには俺の計画が狂うからな。
「もし何か商売の話がありましたら、オルコット商会をご贔屓に」
 もしかしたらそれは決め台詞なんだろうか。やけに様になった口上でセシルは出発していった。案外あっさりしたものだった。
 俺はふたたび木の陰を見続ける作業を続行する。木の陰が石に接するまでまだ時間はかかりそうだ。
「君が魔獣を倒したという客人かな?」
 急に背後から誰かが声をかけてきた。
 振り向くとそこには鎧を身に纏った兵士が居た。兜を付けていないため、やや年配の男性であることは分かる。
「まぁそうです」
 俺は立ち上がり、兵士を伺う。
 ヒゲを生やした濃い茶髪のおっさん。腰にはショートソード?みたいな剣を腰に差してある。
 鎧はフルプレートではなくチェインメイルとか鎖帷子とか言われるような物っぽい。
 正直、あんまり格好良くはない。歩くたびにジャラジャラと鬱陶しい。
「この村を助けてもらい感謝する。聞けば村人の治療に貢献してくれたとか」
「たまたま道具を持っていただけなんで」
 俺はあからさまなよそよそしい態度で対応する。
「客人。君の名前を聞かせ願いたい」
 やや芝居がかった口調のおっさんは兵士というか、そこそこ良い所の生まれの騎士という感じだ。そういや、セシルが出発したのに村長宅の隣には馬が繋がっている。このおっさんの馬か?
「俺は神崎一樹」
「カズキ殿と申されるか、私はバーク家当主、ゲイリー・バーク。オークス家に仕える騎士である」
 ゲイリーと名乗ったおっさんはやや偉そうだが、悪気の無い笑みを浮かべて手を差し出してきた。
 俺はその手を握り返すと、ゲイリーは満足そうだった。こっちの世界でも握手は通じるらしい。
「村人に大きな被害が出なかったのはカズキ殿の尽力のおかげであると聞いている。領主に代わり私から礼を言うぞ」
「どういたしまして」
「カズキ殿は魔獣を倒す術をどこで手に入れられたのですかな?」
 なかなかに直球で話すゲイリー。もっと婉曲な聞き方があると思うんだけど。
「単純に棒を振り回していたら魔獣に当たって倒せただけです」
「ほう、魔獣に対して棒一本で挑むその度胸、素晴らしい!」
 何故か勝手に気に入られた。というか、このおっさんはあまり人の好き嫌いがないタイプらしい。
「魔獣を倒したというその実力を拝見したいのだが、ダメだろうか?」
「ダメだろうかって言われても、俺は武器なんて持ってないです」
「武器も持たずに旅をしているのか? それは危ないな……。そうだな、カズキ殿には村人を助けてもらった礼も兼ねてこれを差し上げよう」
 ゲイリーは後ろ腰に手を伸ばして、鞘付きの短剣を差し出してきた。
「私も貧乏騎士故、あまり高価な物は持ち歩かなくてな。こんなもので申し訳ないが、実用的な物だと思う。受け取ってくれるだろうか?」
「それ、受け取ったら実力を見せろって言われませんか?」
「いや、それとこれとは話が別だ。受け取ってもらった上でカズキ殿が私に実力を見せてくれるか決めて欲しい」
「んじゃ、遠慮なく」
 俺はゲイリーから短剣を受け取った。抜いてみると両刃で柄と刀身が同じぐらいの長さで、斬るよりも刺突向けのダガーかなと判断した。刃渡りは20センチ以上30センチ未満だ。
「気に入ってもらえたかな?」
「うん。気に入った」
 短剣は鞘に入れて革紐で固定できるようだ。そのままジーパンのベルト通しに差してみると意外にフィットした。これはいい。
「カズキ殿の実力の話はひとまず置いておこう。ところで、カズキ殿はここで何をしていたのだ?」
「ああ。ちょっと一日の周期を調べようとしていたんだ」
「一日の周期? 一日とは日が昇って日が沈むまでのことだろう?」
「いや、日が昇ってから次に日が昇るまでが一日だろ」
 思わずツッコミを入れてしまう。
「そうか。一日とはそういうことなのか」
「で、あそこの石とこの木の陰が重なるまでの時間を測っている」
 いつの間にか石と影の距離はかなり縮まっていた。ゲイリーとの無駄話が思った以上に長かったらしい。
 スマホを開き時間を確認すると24時間が経過する少し前だった。
「ゲイリーさん。ちょっといいですか?」
「なにかな?」
「ここらへんの土地って四季がありますか?」
「ああ。春夏秋冬があるぞ」
「今は秋ですか?」
「そうだな。夏の終わりか秋の始まりといったところだろう」
 それでこの気温か。残暑がないと考えると、日本よりも西洋の温暖気候に近いのか?
「ここらへんの夏はジメジメしていますか?」
「そのジメジメとはなんだ?」
 ジメジメって擬音語が通じないのかよ。
「こう、蒸し暑いって感じです」
「いや、蒸し暑いってことはないな」
 やっぱり西洋の温暖気候っぽいな。ジメジメしてないってことは梅雨とかも無さそう。
「この国は海に面していますか?」
「……カズキ殿は本当にこの土地の人間ではないようですな」
 ゲイリーの雰囲気が急に変わった。
「カズキ殿はこの国で海が何を意味するのか知らないのだな」
 話し始めたゲイリーは言葉の中に少しピリピリしたものが混じっている。
「まぁ」
 俺はその違和感をあえて無視する形で間の抜けた声で返事をした。
 そして、ゲイリーは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「私は父上から魔族についてこう教えられた。『魔族は海からやってくる。海底を這い、海中を泳ぎ、海面を歩き、海上を飛ぶ。魔族は人の土地を荒らす。魔族は人を襲い、数を増やし、また人を襲う。その姿は千差万別。獣の姿、鳥の姿、蜥蜴の姿、そして最も恐ろしいのは人の姿』」
 ゲイリーはそこで一度言葉を区切った。滑らかに話せるのはきっと何度も唱えたからだろう。
 俺はゲイリーが父親から教えられたというその教えを何度も反芻するうちに、その意味の恐ろしい部分を察した。
「ゲイリー、人の姿をした魔人は普通の人間と区別ができるのか?」
 セシルから聞いた魔人の情報といえば、人間と同じレベルの知性を持っていることぐらいだ。だけど、俺の予感が正しいなら――。
「死体が残らず、魔石が残れば魔人だ。死体が残れば人間だ。殺せば分かる」
 ゲイリーが『殺せば』という言葉を発したとき、非情な声がした。
「他に方法はないのか?」
「……ない。普通の手段では判別することはできない。魔人は人と同じ知性を持ち、感情を持ち、血が流れている。私は何度か人の形をしていない魔人と戦ったことがあるが、奴らは話も通じ、冗談も話す。笑ったり怒ったりとまるで人間だった。姿まで人間であったならば、私は奴らが死ぬまで人間だと思っていただろう」
 それってかなりやばいんじゃないか? 相手が人間か魔人か、判別する方法がないって恐ろしいぞ。
「魔人について詳しく知りたいならば、サニングに向かうといい。私以上に魔人に詳しい者達が多くいるだろう」
 サニングは結構な都市らしいし、学者や研究者がいるのかもしれない。これでまたサニングに行く理由が増えた。
「ゲイリーは魔人と友達になれると思う?」
 何の気なしに俺はゲイリーに尋ねてみた。俺が好きなアニメやラノベなんかでは人も魔族も仲良くなって大団円になる話は好きだ。
「……魔人と友達か。カズキ殿は笑えぬ冗談を言うのだな」
 ゲイリーの纏う雰囲気が怖くなる。
 ゲイリーの声はトーンが下がり、左手はショートソードにかかっている。
「すまん」
「いや、いいのだ」
 ゲイリーは立ち去る素振りを見せ、俺の脇を通ろうとした。
「私はカズキ殿を信じることにした。だから忠告しておこう。下手な嘘は魔人だと思われるぞ」
 その後、俺は大人しくこの世界についての調査を続け、 村の人間や駐留している兵士から世間話でも情報を得た。そして分かったことをノートにひたすら取っていった。
『地球との重力比は1:3』
『異世界の一日の周期は約24時間』
『異世界から現代へは俺以外の人間は行けない』
『現代の薬はこちらの人間にも有効である』
『調味料を入れれば料理が凄く美味しくなる』
『陽の国以外に湖の国、山の国、森の国がある』
『それらの国は同盟を結んでおり、エルグ連合として魔族と戦っている』
『各国は君主制で王がいる』
『各国には異なる人種が主に存在している』
『主な人種は次の通り。陽の国にはアベル人。湖の国にはタイン人。山の国にはシーク人。森の国にはトール人』
『アベル人は特徴が無いが、最も数が多い』
『タイン人は小柄で非力。魔力も少ないが、独自の技術を持つ』
『シーク人は筋肉質で褐色肌。感情的に行動する』
『トール人は高身長で色素が薄い。魔力が高く、理性的に行動する』
『陽の国は経済的に最も栄えている国。交易が盛ん』
『湖の国は湖を囲む国。主に漁業が盛ん』
『山の国は鉱山を中心とした国。主に採掘と製鉄が盛ん』
『森の国は森に囲まれた国。主に農業が盛ん』
『陽の国は最も発展し、最も魔族と争っている』
『湖の国は山の国から流出する土石による水質汚染に悩まされている』
『山の国は森の国から供給される木炭不足に悩まされている』
『森の国は湖の国から流れる河川を利用することによる税に悩まされている』
『各国は共通の通貨としてエルグ皇貨、エルグ金貨、エルグ大銀貨、エルグ銀貨、エルグ大銅貨、エルグ銅貨が存在する』
『通貨の単位はエルグであるが、まだ通貨のシステムが根付いていないのか、銅貨何枚といった呼び方が普通らしい』
『エルグ銅貨を1エルグとして、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、皇貨の順に10倍になっていく』
『1エルグ=約20~25円』
 と、色々な情報を得た。
 特に他の種族や国についての有力な情報を得た事が一番の収穫だ。
 そして、セシルがサニングに到着するという日の前日。俺は現代に戻り、スマホを確認すると上やんから着信があった。
 折り返して電話をすると3コール目で出た。
『もしもし、神崎君?』
『ああ、俺やけどどうした?』
『頼まれていた調査が終わったんやけど、今から話せんか?』
『いいよ。どこがいい?』
『じゃあ、ファミレスのエンジョイで』
『分かった。すぐに行く』
 俺は通話を切り、すぐに準備して家を出た。


ファミレスのエンジョイ。俺が大学の帰りによく寄る店だ。
 俺が入店するとすぐにカミやんが手を振って招く。
「お疲れ。今日も研究?」
「そらそうよ。まぁ三年目にもなれば慣れるけどね」
「そっか。まぁ今日は俺がおごるから好きに注文して」
「いいん?」
「今日は金もあるし、頼み事してるんだからこれくらいはね」
「ありがとう」
 俺はチーズハンバーグセット、カミやんはからあげ定食を注文した。
「それで頼まれ取った件やけど、とりあえずこれがレポート。成分表とか僕なりの考えを書いといた」
「サンキュ」
 俺は渡されたレポートをパラパラとめくる。
「結果としては、あのメダルは主成分が銀で約40%の含有率。他には鉛とか鉄とか色々混じってた」
 レポートを見れば確かに成分表が記載されている。しかし、40%か。純銀なら売れるだろうが、ここまで低品質な銀だと売れないだろうな。
「それとあの石。カンラン石って呼ばれてる鉱物らしい。神崎君はペリドットって聞いたことある? 成分的にはそれと非常に似とるんよ」
「ペリドットって宝石の名前やったよね?」
「そやね。そこまで高い石やないけど、宝石やね」
 異世界の魔石を現代で解析したら本物の宝石だった。レポートの方にも成分表が書かれている。
「あれって売ったらいくらぐらいになったんやろ」
「さぁ? ただ、あのままじゃ売れないだろうね。せめて加工して装飾品にでもしないと」
 加工か。あっちの世界だったら細工職人とかいるのかも。例えば、そういう人に加工を依頼して現代で売る。
「カミやんは宝石とか売るとしたらどこで売る?」
「そら、質屋とかフリーマーケットやろ」
 フリーマーケットか。
 前から思ってたけど、質屋に頻繁に金やら宝石やら持ち込むと何かと疑われないかと少しだけ心配していた。
 別に盗んだわけではないけど、出所が不明なのは確かだし、問われれば答えられない。
 そこんところいくとフリーマーケットは便利じゃなかろうか?
「カミやんはフリーマーケットで出店したことあるん?」
「ないない。ただ、見に行ったことはあるけど珍しいメダルとかアクセサリーとか普通に売ってたで」
 んー、誰か代わりに出店してくれる人いないかなぁ。
「カミやんの知り合いでフリーマーケットとか手伝ってくれそうな人おる?」
「なんや? 他に売るもんがあるんか?」
「今は無いけど、近々手に入る予定でね。別に盗んだ物じゃないんだけど、出所を聞かれると答えにくくてさ」
「そうやねー。大学の人間と学外の人間、どっちがいい? 大学の人間なら安くて仕事は微妙、学外の人間なら高くなるけど仕事はきっちり」
「だったら、学外の人間がいいかな。お金関係の話しだし、変な目で見られるのも嫌だし」
「オッケー。確か、ボクの一つ下で便利屋みたいな所に就職したやつが居ったと思うから、そいつに相談してみよか?」
「便利屋?」
「まぁ色々。調べたら分かると思うけど、昔で言う万屋みたいな所。少し値がはるけど、プロの仕事だし依頼したらきっちりこなしてくれると思うよ」
「どれぐらいかかるやろ?」
「フリーマーケットって一日やろ?」
「まぁ一日で売れなくても軽いしすぐ持って帰れる」
「車はいる?」
「一応」
「人数は? 一人か二人かそれ以上か」
「フリーマーケットって大体何人ぐらいでやるもんなん?
「まぁ二人やろうね。ボクが行ってみた時は二人以上やね。たまに一人の人も居るけど」
「じゃあ、二人で」
「OK。仕事の依頼日はいつにする?」
「直近のフリマっていつやろ?」
「そんなん調べればすぐ分かるやろ」
「じゃあちょっと待って」
 俺はスマホを取り出して検索をかける。最寄りの会場で次回開催日を調べると再来週の日曜日だ。
「再来週の日曜で」
「オッケー」
 カミやんはサラサラと手帳にメモを取る。
 そういや、カミやんに成分分析のお礼の準備してなかったな。
「カミやん。裸で悪いけど、これ依頼料と相談費」
 俺は万札を二枚手渡した。
「ええんか? こんなに貰うつもりやなかったんだやけど」
「まぁいいから。どうせ泡銭だし。それにカミやんにはいつも世話になってたからな」
 俺が一時期、貧乏しているときにカミやんに飯を奢ってもらって助かった事があった。そのことにはわりと恩を感じている。
「んじゃ、貰っとこう。せっかく貰った金やし、今日の飯は俺が奢ったるわ」
「サンキュ」
 やっぱカミやんは良い奴だな。

「異能力で異世界充実 ―非現実の扉―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く