異能力で異世界充実 ―非現実の扉―

田所舎人

第6節 新しい朝

 翌朝。
 扉を叩く音で俺は目が覚めた。
「カンザキさん? 起きてますか?」
 女性の声を聞いて一瞬、ここがどこか分からなかった。普段使っている布団ではなく、藁に布をかけた簡素なベッド。その独特の香りでここが異世界であることを思い出した。
 俺を起こしに来たのは……誰だ? トム爺さんでもタニア婆さんでもセシルでもない。
「誰だ?」
「アニーです。カンザキさんのおかげでなんとか起き上がれるまで回復しました」
 アニーという名前を聞いて誰だったかを思い出す。トム爺さんとタニア婆さんの孫娘だったか。
「体を動かして大丈夫なんですか?」
「はい。カンザキさんから頂いた薬のおかげか熱も引いてなんとか動けます」
 俺は立ち上がりドアを開ける。
「おはよう」
 アニーが会釈するとその長い髪がサラリと流れる。綺麗だな。
「おはようございます」
「朝食の準備が整ったのでお呼びしました」
「ああ、ありがとう」
「いえ、カンザキさんには色々と助けていただいて改めてありがとうございました」
「どういたしまして。でも、俺は医者じゃないから、あんまり手当できなくてごめんね」
 たぶん、あの背中の傷はいつまでも残るだろう。
「そんなことないです!」
 大きな声を出したせいか、アニーは表情を歪めた。たぶん、傷に障ったのだろう。
「興奮しないで。食事が終わったら、包帯を交換しよう。いつまでも血塗れのままだと気分が悪いだろうから」
 アニメとかだと血塗れの包帯にハエがたかるなんてシーンもあるぐらい不潔なのかもしれないしな。
 アニーの足取りはきちんとしている。傷が背中だけに寝たままという訳にもいかないのかな。なんてことを考えつつ食卓に付く。セシル達は同席せず村長一家+俺と四人で卓を囲む形になった。
 追加の椅子はどこから持ってきたんだろうか。
 食事を摂る前に昨日持ち込んだ胡椒を取り出し、自分の分のスープに数回振る。せっかく作ってくれたお婆さんに申し訳ないが、これもこっちの人に合うかどうかの実験だしな。
「どうです? 皆さんも掛けてみませんか?」
「それはなんでしょう? 塩ではないようですが?」
 アニーは好奇心から尋ねてくる。別に毒じゃないよ。
「これは胡椒で香辛料の一種ですね。少しピリリとしますが、食欲を増やして薬膳としても使われる物なんですよ」
「そうなんですか。それもカンザキさんの故郷の物なのですか?」
 まぁ原産はインドらしいけど。地球全体を故郷といえば確かにそうなるかもしれない。
「まぁそんなものです」
 アニー達は俺が持ち込んできた物それぞれに興味があるようで、胡椒を試してくれた。村長辺りは高価な物ではないのかと尋ねてくる。たぶん、村全体の取引とか割と大きな取引の代表みたいな事をしているから物の価値や取引に敏感なのかもしれない。
 まぁそんな分析は置いといて、胡椒に関してはかなり好評のようで、わりと重症なアニーも食欲が少ないかと思われたがきっちり完食していた。
 こっちの世界の人にも胡椒は口に合うらしい。もっと言えば、現代の食品も異世界人にとって毒ではないということの証明でもある。逆に言えば、こっちの食事も現代人たる俺の口に合う事も分かる。
 食事もそこそこにして、俺は与えられた部屋に戻り、今後の振る舞いを考える。
 俺自身、現代では大学生だが後期に受ける講義はなく、留年が確定している身で自由に使える時間が多い。
 こちらで手に入る金の指輪を質に入れると良い値が付くことからバイトをするのもバカらしく感じる。
 俺が色々考えているとセシルが部屋にやってきた。
「カンザキさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
 さてと、こっちで活動する上でもこの耳飾りと首飾りの魔装は手放したくない。だから、この取引はきっちりしておかなくてはならない。
 昨日と同じように俺とセシルはベッドに隣り合って座る。
「どうですか? ニホンと連絡は取れましたか?」
「まぁ、とりあえずサンプルということでコレをセシルに見てもらおうかと」
 そう言って俺はさっき使った胡椒を見せる。
「もう用意できたんですか……これまた品質の高い瓶ですね。ただとても小さいですが」
 見るところが違う。
「商品はこの中身。セシルは胡椒を知ってる?」
「コショウ……ですか? 聞いたことがありませんね」
「香辛料の一種で抗菌・防腐・防虫効果があるから食料の保存料にも使われて料理に使えば薬膳に早変わりする一品」
 ちょっとした前口上を話す。単にネットの受け売りだけど。
「それは凄いですね。少し頂けますか?」
「分かった。ただ、これ単品で食べるよりも肉に振りかけて食べると更に美味しくなるぜ」
 そう言いながら、俺はセシルの手の上に数回振りかけ、セシルはそれを舐めてみる。
「肉ですか……」
 たぶん、セシルは肉に胡椒をかけたところを想像していることだろう。
「率直に言えば、平民より貴族に好まれる商品だな」
「貴族にですか?」
「肉を日常的に食べて、胡椒を高く買い取ってくれるお客さんといえば貴族だと俺は思う」
「……」
 セシルは閉口し、黙ってしまう。何かを考えているようだ。
「分かりました。では値段の交渉をしましょうか。といってもカンザキさんは商人ではないですから、簡単に」
 来ました。本題。
「まず、カンザキさんはこの胡椒をいくらで売りたいですか?」
「いくらって言われても、そもそもこれに値なんてまだ付けられないと思うけど、セシルはこれを売るあてがあるのか?」
「こう見えても商家の生まれですから、貴族とのつながりはありますよ。では、こちらから値段を提示しましょう。この一瓶で……そうですね。銀貨五枚でどうでしょう?」
 セシルはヒゲも生えてない顎に手を当てて考えて金額を提示してくる。
 銀貨五枚、一万円ぐらいか。悪くない。現代で言えば数百円の物だし。
 銀貨五枚といえば成人男性一日あたりの労働賃金だ。胡椒と金と等価とまでは言えないが、珍品として値を付ければこれくらいになるか?
「じゃあ、それで」
「本当にいいんですか?」
 セシルが意外そうに再度確かめてくる。
「一瓶で銀貨五枚だよな」
「え、ええ」
 セシルは意外そうだが肯定する。
「もし俺がこれを二十瓶ぐらい用意すれば買い取ってくれるか?」
「はい。二十瓶用意して頂ければ、大銀貨十枚か金貨一枚のいずれかでお支払いしますよ」
 つまり銀貨百枚=大銀貨十枚=金貨一枚。分かりやすい。
「ちなみに、俺がこの耳飾りと首飾りを買取りたいと言ったら、いくらで売ってくれる?」
「それなら私が買った時と同じ銀貨八十枚でいいですよ」
「いいのか?」
 商人なら仕入れ値と等価で売らないもんだと思ったんだけどな。
「ええ。実はそれと同じ効果の魔装は予備でまだあるんですよ。それはわりと出回るものなんです」
「そうなんだ」
 つまり、それなりに魔人を倒して石を調達する機会があるということか。まぁいいや。
 セシルとしても言葉が通じたほうが交渉しやすいとか打算的なこと考えてんのかな?
「ところで、その……胡椒でしたか。それを二十瓶用意できるのですか?」
「まだ用意はしてないんだけど、時間さえもらえれば一日で用意するよ。あと、頼まれていた商品は持ってきたよ」
 そう言って、リュックサックから正露○十瓶と包帯十ロール。
「こんなに……」
「これで頼まれた商品は揃えたぞ」
 俺は数に間違いがないようにとサイドテーブルに並べていく。
「ええ確かに。胃薬と包帯、各十個を買い取らせていただきます」
 セシルはそれを受け取り、懐からジャラジャラと金の音が鳴る袋を取り出して、中から二枚の効果を取り出した。
「これが代金の大銀貨二枚です。その二つの魔装はそのままカンザキさんがお持ちください」
「ああ、ありがとう」
 つまり、胃薬と包帯で銀貨百枚の価値があると判断されたわけか?
「ところで、カンザキさんは今後どうされるおつもりです?」
「とりあえず、この国を見て回ろうかと。できれば街で家でも借りて、腰を据えてから色々と始めようかと」
 せっかくの異世界なら、見て回りたい。さしあたっては栄えた国で現代アイテムでも転売しながら、金を貯めつつ魔宝石を手に入れたい。
「でしたら、私達と一緒に行きませんか?」
「一緒に?」
「ええ。私達は交易を終えて、サニングに帰るところだったんですよ」
「サニング?」
 それが国名か?
「ええ。サニングはココ、陽の国の首都です」
 陽の国か。陽の国のサニングっていうのが、日本の東京みたいな位置づけかな?
「一緒に行ってもいいのか?」
「ええ。私達と一緒に行けば、護衛がいる上に馬車での移動となります。サニングまでの路程としてはとても楽になると思いますよ」
 商売人とあって舌が良く回る。しかし、その提案は確かに魅力的だ。
「いつ出発する?」
「明日の予定です。昨日の魔獣の件もあり、明日には領主の私兵の小隊がやってくるそうです。それまでは私が雇った傭兵で一時的に村を守るよう村長から依頼を受けたんですよ」
「なるほど」
「カンザキさんが魔獣の何匹かを仕留めたので、すぐに来る可能性は低いですが、甘く見て村が滅んだ例がありますので」
 セシルはさらっと恐ろしいことを言う。怖いな。というか、そもそも野獣と違って集落を襲うあたりが魔獣の本当に怖いところか。
「そういえば、サニングまでの旅費はいくらだ?」
「そうですね。食費込みで一日銀貨一枚で結構ですよ」
「銀貨一日一枚?」
 たぶん、一日の馬車の使用料や護衛費、食費を込み込みで考えたら、たぶん一日一枚は安い。
「ええ。カンザキさんとは仲良くしたいと思いますのでサービスです」
 セシルはニッコリと笑ってみせた。なんというか、たぶん打算的に考えての申し出なんだろうけど一見無垢に見えるだけにズルイ。
 童顔で人懐っこい笑みってのはそれだけで得な気がする。
「ありがとう。それで、そのサニングまではどれぐらいかかる?」
「大体五日ですね」
「五日!?」
 いや待て。俺待て。車で移動するわけじゃないんだ。馬車とはいってもずっと飛ばすわけじゃないんだ。それに傭兵達は歩いていたんだし、徒歩移動なんだろう。
 ……にしたって長いなぁ。
「馬車に乗り慣れてないのですか?」
「生まれてこの方、馬車に乗ったことはない」
 ポニーさんに乗ったことがあるぐらいだ。
「それだと酔ってしまうかもしれませんね」
 ふむ。もしかして、酔い止めも需要があるかもしれない。なんてね。それは置いといて、さすがに五日間も馬車に揺られて時間を無駄にしたくないし……。
 そこで俺はリュックサックの隣に置いてあった絵を視界に入れた。
 絵だけを運んでもらえれば、俺は別に馬車に揺られる必要なくない?
「大丈夫ですか?カンザキさん」
 俺が黙考しているとセシルが心配したように顔を近づけてくる。その時にサラリと揺れる髪。コイツ、シャンプーも無い世界でどんなキューティクルしてやがるんだ。
 それにしても、この絵についてセシルに説明するのか? 今後も何かとセシルには世話になりそうだし絵で出入りできるぐらいの話はしていいんじゃないか……?
 いや、護衛の人達にも間接的にバレル可能性がある。できるだけ俺が現代へ移動できる事はバレたくない。
「……少し考えさせてくれ」
「分かりました。明日の出立までに決めていただければ構いません」
「ああ」
「さて、この話とは別件ですが、例の魔光石を持ってきました」
「魔光石といえば俺が持っている魔力の量が分かるっていう石だっけ」
「そうです。しばらくこれを口の中に入れれば魔力の量が分かりますよ。一応、飲み水で洗ってあるのでこのままどうぞ」
 どうぞって別に石を食べるサーカス芸人じゃないんだけどな
 俺はセシルから石を受け取って見てみると、魔光石は磨かれてツルツルの表面を持つ不透明な白い石だ。
 それを口の中に含み舌の上で転がしてもやっぱりツルツルの舌触り。まるでビー玉を下で転がしているようだ。
「もうそろそろいいですかね。吐き出してください」
 セシルに言われて俺は魔光石を吐き出す。手の上に吐き出したそれは全く光を放っていなかった。
「あれ?」
 あまりの無変化にセシルも間の抜けた声をあげる。というか、マジで何の変化もないんだけど。
「おかしいですね。生まれたての赤ん坊でも発光するはずなんですが……ここまで魔力の量が少ない人を僕は知りません」
 ごく自然に無能扱いされた。 
「俺の魔力が少ないって事?」
「そうですね。魔光石は体内で巡っていたり、纏っていたりする魔力の一部を吸い取って光るんです。逆に言えば、体内に魔光石を入れても光らないって事はその人は体内で魔力が巡っていなかったり、纏っていない。カンザキさんにも分かりやすく言えば、血が流れていないのと同じなんです」
 つまり魔光石は血圧測定みたいなもんなのか。で、血が流れてないから血圧もないと……。
「それって俺、死んでるよね?」
「でも、結果としてはそうなってるんです……」
 俺は哲学するゾンビか? いや、この場合は意味が違うか。
 にしたって、魔力がないぐらいで死人扱いはひどいな。
「てか、魔力がないってことは魔法が使えないんじゃ」
「それは分かりません……。一応、魔力がなくても魔法を使う手段はあるんです。前に話しましたが、魔石を消費する事で魔法を使う事はできます。ただ……」
「ただ?」
「血は血管を流れるように魔力は魔力管と私達が呼んでいる概念上の管を通っているんです。普通なら多かれ少なかれこの魔力管はあるはずなんですが、カンザキさんにその魔力管があるかどうか……」
「確かめる方法はないんですか?」
「すみません。私自身、魔術師ではないのでこれ以上詳しい事は分かりません」
「セシルの知り合いで魔法に詳しい人はいない?」
「街まで行けばなんとかなりますが、今ここですぐとはいきませんね」
 こればっかりは仕方ないか。
「すみません」
 俺のがっかりした姿を見てか、セシルは申し訳なさそうに謝る。
「いいよ。悪いけど、ちょっと考えたい事があるから一人にしてくれるか?」
「はい、分かりました。私は今日一日部屋にいますので何かありましたら、部屋までお越しください」
「ああ。ありがとう」
 セシルは荷物をまとめると部屋を出て行った。



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