繋がりのその先で

Bolthedgefox

1-15未知的魅力

「ご名答です。春樹様。」

落ち着いた声でマフィーさんはそう言った。
それと同時に、昴は俺をいつでも守れるように少し体勢を変える。俺にはそれが、昴が戦闘体制に入ったように感じ、昴を手で制した。

「待て、昴。今はマフィーさんの話を聞こう。」

俺はマフィーさんの目を見た。マフィーさんはあくまでも驚きを顔には出さなかったが、目が動揺しているのがわかった。

「…驚かれないのですね、春樹様。私は貴方様の質問により、時雨様を拐った組織の一員であることを認めました。ですからもっと激怒されるかと思っていました。」

その言葉に、昴がすかさず反応する。

「そりゃ怒るに決まってるでしょ!?なんで時雨ちゃんを拐ったんだよ!!」

そうだ。問題はそこだ。怒る怒らないは後でいい。
そもそも、マフィーさんが所属しているというその公園の地下に基地を作っている組織が、なぜ時雨を拐う必要があった?
いや、そもそも彼らは時雨を拐ったのか??

「…それを説明するには、長い話になりますが、よろしいでしょうか?春樹様。」

マフィーさんは少し悲しそうな顔をしながらそう言った。俺はこの発言に違和感を覚え、すぐさま返答を返す。

「どうして、俺だけに言うんですか?あくまでもマフィーさんに問いかけたのは昴であって…」

そこまで言ったところで、マフィーさんは俺を制すように右手を上げた。マフィーさんの行動に、俺はより一層警戒心を強める。少し体の重心を前にずらし、いつでも立ち上がれるように体勢を整える。

「こういうことです。」

パチッ。
マフィーさんはそう言いながら指を鳴らした。すると俺の視界の端で、何かが崩れた。
俺はその方向を見る。視界に映る光景に俺は恐怖した。

「なっ…!?」

俺の目は、俺の隣に立っていた昴が、地面に倒れ込んでいる光景を写していた。俺の脳は一瞬何が起こったのか理解出来ず、フリーズしたが、すぐに正気を取り戻し、昴に駆け寄った。

「昴っ!!おい!!返事をしろっ!!!」

 呼びかけても反応がない。俺はすぐさま昴の首部分を見る。だが、破損や異常は見られない。倒れた状況からして、昴はスリープ状態に入ったのだろうか?次に俺は昴の目を見る。スリープ状態であれば、昴の目はうっすらと光を保っているはずだ。瞼を優しく開く。そこに光は保たれてなかった。…これは、完全なシャットダウン状態だ。こうなってしまっては、現状昴の意識を復活させることは出来ない。ロボット修理室に行って内部を調べ、何故そうなったかの原因を解消しなければ対処のしようがない。

俺は昴から1度視線を外した。見ているのが辛く、今考えるべき思考に集中することが出来ないと判断したからだ。

何故だ、何故昴はいきなり倒れた?マフィーさんはただ指を鳴らしただけだ。この一瞬に、マフィーさんが昴に何かをしたとも考えにくい。少なくとも俺はマフィーさんから目を離してはいなかった。では他にこの部屋にマフィーさん側の敵が潜んでいる可能性は?それもない。ここで俺は一晩眠っていたんだ。隠れる場所がないこの場所で、俺に何の違和感も感じさせずに過ごすのは不可能だ。さらに昴は以前、マフィーさんとちゃんと話すのは初めてだと言っていた。事前に彼女が昴に何か施したとも考えにくい。

「これは、流石の春樹様も驚かれましたか。予想外だったという顔をしていらっしゃいますね。」

俺の頭の回転が、段々と早くなっていく。だが、今回ばかりは本当に何もわからなかった。

「…てっきり、こうなると、春樹様は私を責めるものだとばかり思っておりました。」

なおもマフィーさんは悲しそうな表情を浮かべながら続ける。俺は最早、マフィーさんの言葉を聞けていなかった。そんなことよりも、俺の脳は昴のことを優先していた。
だが、俺の中に不要な感情が浮かび上がってくる。時雨も昴もみんな俺の周りからいなくなっていく恐怖、それをどうすることもできない無力感と自分への自己嫌悪だ。

「…泣いていらっしゃるのですか?」

不意に、マフィーさんの言葉が俺の思考を貫く。俺は我に返り、自分の頬を伝う冷たいものを手で拭う。

…え、泣いてる? 
俺が?なんで?

「…私は、貴方に責めて欲しかったのかもしれません。」
 
悲しさに耐えかねたのか、マフィーさんは話を始めた。その声が、今の俺にはロボット特有の冷淡な声のように聞こえた。俺はマフィーさんの言葉の意味が分からなかった。








「結論から申し上げますと、細川時雨様は無事でごさいます。しかし、ある理由から一時的にではありますが、隔離させてもらっています。そのある理由というのは、私も聞かされておりませんので、説明のしようがございません。ご了承ください。」

下を見つめ無感情に泣いている俺に、彼女は優しく語りかける。現状を把握しきれていない上に、体が勝手に反応し、涙を出している感覚がある。俺は初めての感覚に恐怖を覚えた。

「私が所属する機関、あの公園の地下に存在する秘密結社の名は『LUCYルーシー』。私がこの世に生を授かってから約10年が経とうとしていたその日、私は私を生み出してくれた貴方のお父さんとこの近くを散歩したことがありました。長年、私はこのマンションの掃除のみを担当しており、ある日貴方のお父さんが私を外という魅力的な世界に連れ出してくれたのです。話には聞いていましたが、私は公園というものをその時初めて見たのです。公園というものが何か理解している普通のロボットであっても、おそらく見つけられなかったでしょう。私が貴方のお父さんに作られていたという点、お掃除用ロボットとして作られていたという点、最後に、あの時あのタイミングで貴方のお父さんが私を連れ出してくれた点で、私はこの運命を辿ることが既に決まっていたのかもしれません。私はその時、その公園にある地下へと繋がる隠し扉にすぐに気が付きました。私はその違和感を貴方のお父さんに伝えようかと思いましたが、私は外の世界が初めてでしたので、私の感覚が間違っているのだとその時はそう思うように致しました。」

何処か懐かしむかのような表情に、俺は危うく引き込まれそうになる。が、自分の涙でマフィーさんの顔が歪み、その形を崩壊させることで、また現実に引き戻される。

「私はその数日後に貴方のお父さんの目を盗み、その公園へと向かいました。貴方のお父さんに言わなかったのは、もしその場所が危険な場所であれば貴方のお父さんを巻き込んでしまうからです。ですから私は、少し情報収集をする目的と、もっと外の世界を見てみたいという自己の願望から、貴方のお父さんには何も告げず、勝手に外へと飛び出したのです。」

俺はだんだんとその違和感に気付く。マフィーさんの言い方が、まるで何か、そう、何か俺に対して謝るかの様な、何か大きな後悔を含むかのような言い方に聞こえたからだ。いや、それ自体に違和感を覚えるのは変だ。だって今、彼女は俺に「時雨をさらったこと」を謝っているのだから。俺は心の中でそう言い聞かせたが、俺の心には何かしこりのようなものが残った。

「そうやって私は、前に行った時の記憶を呼び起こし、その公園に何とかたどり着いたのです。そして私はその扉を調べていました。その時、公園の外側から声を掛けて下さったのが、細川時雨様でした。私は、そこで生まれて初めて焦りを感じました。今までは『マンション』という狭い領域の中で、『住人』という限られた対象と、『おはようございます』という言葉しか交わしたことのない私にとって、初めての領域で初めての対象に初めて言葉を交わすのだと思うと、胸がいっぱいになり、言葉が出てきませんでした。ですが、時雨様はそんな私に優しく接して下さいました。驚くことに、私は最初、時雨様もロボットであることを見抜くことが出来ませんでした。それ程高性能であったということでしょうか、私は少しその事に不満を感じました。もう少し私が高性能であれば、この様な素晴らしい世界に出ることが出来たのかと、私は心の中で思ったのです。その時、時雨様は私の心をお読みになりました。またもや私は驚きました。その当時、まだ小さかった貴方も人の心を読むことに長けていましたので、何故か貴方と時雨様を重ね合わせてしまいました。彼女は何でもお見通しだったのです。そんな彼女に、わたしはすぐに心を開いたのです。」

ここで、マフィーさんは少し息を整えた。
マフィーさんは俺や昴よりはるか昔に、もう既に時雨と面識があった事実に驚きつつ、現時点で出てきたあまりにも情報量の多い話を、一旦自分の中で整理しようとする。が、頭がついてこなかった。
そしてここでもう一つ、いつもの口調が崩れ崩れになっている事に、今更ながら俺は気付く。マフィーさんは本当は、元々は今みたいな話し方ではなかったんじゃないか?もしかしたら、もっと砕けた、フランクな話し方を好き好んでいるんじゃないか?そんなことを思った。だがその割にはどこか、ぎこちないようにも感じる。俺は、少し息を整えているマフィーさんに、本来のマフィーさんを見つけようと試みたが、やはりそれは本人にしかわからないようだった。

不意にマフィーさんは俺の目を真っ直ぐ見つめた。矢に射抜かれるようなその真っ直ぐな視線に、俺はまたもや心の中で何かを思う。俺の体が、勝手に何かに反応している。が、俺にはさっぱりわからない。
少し収まってきた涙を腕で拭い、改めてマフィーさんと目を合わせる。

とその時、マフィーさんは急に膝から崩れ落ちた。

俺は咄嗟に、「えっ」と声を出しながらマフィーさんに駆け寄ろうと立ち上がった。が、彼女は膝をついただけで、倒れることはなかった。

「…謝らなければ。」

上手く聞き取れないほど小さな声だったが、多分彼女は地面を見つめながらそんなことを言ったんだと思う。

「…実は、この話を続ける上で、貴方に謝らなければならない事がございます。」

マフィーさんは地面から顔をあげ、俺の方を向いた。その顔には、先程の俺と同じ、透明な涙が流れていた。

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