繋がりのその先で
2-12非等価交換
「どうだった?神秘的だったでしょ。新しい生命の誕生は。まぁもっともユキトが想像していたのとは違うかもしれないけどね。」
儀式も終わり、誰もいなくなった103号室で僕とタリュウスは話していた。タリュウスはニヤニヤしながら僕に小声でそう話しかけてきた。僕は数時間前の僕を酷く憎むことになっていた。…そもそも、彼らは人間じゃないんだから。そう心の中で何回言い聞かせたことか。
「だから、僕の想像は置いておいてくれって何回も言ってるだろ…。」
タリュウスは少しニヤっと笑い、「はーい」と返事をした。
あの時点で、タリュウスには僕の思考が見えていた。そしてあえてあんな行動を取った。そんな事実に、僕は少し気分が良くなかった。
何故気分が良くない?
答えはわからない。
変に意識してしまっている自分に対し、別に気にすることでもないと言い聞かせる。そうやって僕は心を落ち着かせる。
「ところでユキト。ちょっと言っておきたいことがあるんだけど。」
急なタリュウスの言葉に心臓が飛び跳ねる。が、僕は、今度は自分の感情を一切表に出さないように自然な流れで「何かな?」と聞き返す。
するとタリュウスは遠慮なく言った。
「自分に嘘はつかない方がいい。もっと自分に正直になった方がいい。バルシナが伝えたかったのは、ユキトのもっと奥深くの部分の話だ。ユキトはユキト自身のことをもっとよく考えた方がいい。」
僕の心に、鉄の矢の雨が降るように次々とグサグサと刺さっていく。
「そして僕はシーカちゃんのことを別にどうとも思ってない。ややこしい行動をしたかもしれないが、それは面白そうだったからだよ。強いて言うなら、ここにいるみんなは家族みたいなものなんだ。」
彼は僕に刺さった鉄の矢を1本ずつ抜いていく。
「そして多分僕は、こういう役割なんだと思う。」
彼の目が、紫色に光る。
その途端、僕の心の奥で、何かが壊れる感覚に陥った。
「なっ!?」
僕は目を見開き、彼を見つめる。そして彼は少し微笑んだ。
「僕の能力は毒殺能力だ、とルヌフガはユキトに説明したみたいだけど、ルヌフガも僕らの能力に関しての理解が甘かったみたいだね。そもそも能力には「対称性」がある。『火』があるなら『水』があるように、僕とバルシナの能力には対称性があることはわかってるよね?だけど、能力のみに対称性があるわけではない。バルシナは外部のものに対して能力を発動することが出来る。でも逆に言えば、内部のものには手出しできない。それと同じように、僕は外部のものには能力を発動することができないけど、内部には出来る。だから、僕はバルシナに出来なかったことが出来るわけだ。」
そう言って、彼は満足気に笑みをこぼす。
僕はもう一度、心の中の僕を観察し直す。
そして1つの変化に気づく。
僕は胸に手を当てる。
先程までの僕の中にあったものが、あっさりと解決されていた。
その異様な感覚に戸惑った。今まで「他人が自分の心の中に干渉する」体験など、したことがなかった。僕はゆっくり、少しずつ状況の理解に努めた。
つまり、彼は?
つまり彼は。
僕が僕自身に掛けた鎖を壊したのか。
なるほど。先程の子孫を生み出す時も、タリュウスがムードメーカー的役割を担っているように思えたのは、普段から内面的なものに作用する能力を扱っているため、精神コントロールが得意なんだと、今更ながら僕は納得する。
つまり、僕は初めて、自分の気持ちと向き合う機会を得た。
「これで彼女も報われるよね。」
そう、彼は僕に聞いた。彼女というのが誰を指すのかは、おのずとわかった。
僕は俯くと、ただ静かに「ありがとう。」と言った。
彼は少し微笑みながら、別れ際にこう言った。
「そうそう、ユキトは僕らのことを『人間』だと思いたいのかもしれないけど、悲しいことに僕らは違う種だ。だから色んな事が異なっているかもしれない。それでもユキトは、意志の強い人だから。だからシーカのこと、幸せにしてあげてよ。」
そう言い残して、彼は去っていった。
僕は、僕自身を見つめ直す時間を得た。
それは僕が作ったものではなく、他人に作って貰ったものだけれど。
僕は僕自身が情けなくなる。本当の自分というのは、1人で自分に向き合うことも出来ないくらいに弱々しい存在であることを改めて実感した。
僕の中にあった感情は、僕が生み出した物のはずなのに。
僕の中に生み出された感情は、自分にとってはかけがえのないものかもしれないのに。
僕は、いつ壊れるかもわからないこの今を大切にしようとしているようで、出来ていなかった。
僕はどうしたい?
僕は今一度、そう自分に聞いた。
僕は。
ーーー。
静まり返った暗い部屋。1人奥のベットで死んだように眠る少女。そんな空間に、僕は彼女が起きないように最新の注意を払いながら入る。別に悪いことをしている訳でもなく、間違いなくここは僕の部屋でもあるのだが、何故か心のどこかでは罪悪感を感じる僕がいた。確かに第三者から見ると、僕の行動は不審者そのものだ。
そんな馬鹿なことを考えながら、物音を立てないように手前のベットに腰をかける。ふと彼女の様子が気になり、彼女が寝ている方を向く。いつもなら、僕は何も思わずに(正確には何かを思っていたのかもしれないが)彼女の顔を見に行っただろう。だが、今の僕は先程タリュウスに心の鎖を解いてもらったばかりだ。僕は元の向きに向き直り、ベットに寝転がった。
「…。」
1人の時間が出来てしまった。
それはつまり、自分を見直す時間が出来てしまったということだ。
幸い、考えなければいけないことややるべき事は山ほどあった。その中から、僕は今1番やらなければならない、最優先事項の物を選ぶ。
まずは…タイムパラドックスの件か?
…いやいや、今更往生際が悪すぎるぞ。
僕は、心の中の自分にツッコミを入れる。
これじゃタリュウスに怒られる。
「まず、僕はシーカの事が…好き…なんだよな。」
僕は僕自身が逃げないように、声に出して自分に質問する。なんだろう、改めて口に出すと、凄く恥ずかしい。幸い、彼女は寝ているので聞こえることなどないし、そもそもそこまで聞こえるような声の大きさは、恥ずかしかったので出せなかった。
彼女のことを想い始めたのはいつからだろうか。ふと僕はそんな事を考える。
この世界に飛ばされて、山奥で気を失っていた僕を見つけてくれたのは彼女だった。
あの時、彼女に出会った瞬間から、僕は彼女に心を奪われていたのかもしれない。
それからというもの、僕はよくよく考えるといつも頭の片隅には彼女がいたと改めて思った。
「それに、この前も。」
少し前のことを思い出す。シーカが僕の膝の上で眠っていた時(半ば気を失っただけだけど)、僕は何故か心の中まで暖かくなった気がしたんだっけ。
チラッと彼女の眠っている方を見る。改めて意識したせいか、この部屋に2人で生活していること自体が、既に幸せなことだと改めて気が付いた。
僕はこうして僕の心と向き合えたわけだが、やはりこの疑問は消えなかった。果たして向き合ってよかったのだろうか?という疑問だ。
僕は人間、彼女はエル。種族が違えば、何もかも、生きる時間さえも異なる。そんな事実は僕も元からわかっていた。
だからこそ、僕は僕の心に鎖を掛けた。
だからこそ、僕は向き合うことが怖くて逃げていたんだ。
ここで僕は、タリュウスが無意識に解いたであろうもう1つの思考を展開する。
急に体が震え始める。この部屋のドアや窓は全て閉まっている。夜だからといって冷え込んで来たわけでもない。僕は今、純粋な恐怖で体が震えている。
僕はあの日のルヌフガの説明があってから数ヶ月、この仮説から目を背けてきた。
『今の『エル』は特殊能力を持っているため身体への負担が大きい。そのため今の『エル』は基礎能力が高い分、防御力、つまりは免疫力が低い。詳しく言うと、特殊能力の力や質が高く、特に攻撃的な能力を持つ『エル』ほど、免疫力が低く、寿命が短い。』
あの時、確かにルヌフガはこう言った。
そして「攻撃的な能力」というのは、「それほど負担のかかる能力を保持すること」と同じことだ。
シーカの持つ能力が一体何なのかはわからない。だがそれは確実に強力なものであることは間違いない。僕はそれを、先程改めて実感したばかりだった。
ルヌフガは「皆の力を合わせれば、子孫を誕生させることが出来る」と言っていたみたいだが、それは最初から嘘だったんだろう。
彼にはシーカの能力がわからなかった。だからこそ、彼は今回、彼女の能力を試したんだ。彼女なら、皆の望む子孫までも生み出すことが出来るんじゃないか、また、彼女の能力はそれほどまでに強力なんじゃないか、と。
そして、結果が出た。
子孫は誕生した。
子孫誕生の儀式という形を取ったが、タイムパラドックスのようなものを誘発させたのはシーカなので、子孫を誕生させたのは彼女1人の力であり、その他のティマ達の能力はほとんど関係ないと考えてもいいんじゃないだろうか。
だとしたら、彼女は。
彼女は、あと何年、生きられるのだろうか。
僕は布団に顔を埋める。それ以上の思考は今の僕には負担が大きすぎた。僕は無理やり思考をずらす。
「…シーカが起きた時の準備でもするか。」
子孫を生み出すためとはいえ、タイムパラドックスを引き起こしたのだ。いつも以上に記憶が無くなっていてもおかしくない。僕はノートの他に、何か「彼女を証明出来るもの」を探し始めた。
コメント