繋がりのその先で

Bolthedgefox

1-12懐かしの侵入者

静かな空気。何もない空間。外はかなり前に日が沈み、今はもう暗闇がいつもの街を支配する時間帯。俺は家で一人、誰もいない研究室でたった一人、二人の帰りを待っていた。
謎の二人組の男に連れ去られた時雨。僕はロボットだから大丈夫だ、と時雨を探しに行った昴。
そして、今俺はここにいる。何もできず、ただひたすらに待っているだけだった。
俺は人間だからという理由で一緒に探しに行くことができなかった。ロボットはある程度丈夫にできており、修理もその損傷した部分の代えなどはどうにかなる。だが、人間は違う。人体に代えはない。再生力も決して高いわけではない。そんな理由から、俺は同行できなかった。

俺は静かに床を見つめる。

...いや、違うな。
俺があの時、どうしても探しに行くと言っていれば、俺は多分家にはいなかったんだろう。

俺は逃げたのか?あの謎の二人組が何らかの組織の一部であることが推測でき、あれが計画的な、よく練られた犯行だとわかって、怖くなったから?
時雨を守ることができなかった挙句、その場で追うこともできなかったことで、時雨に何を思われるのかが怖くなったから?

そうじゃない。

何もできない自分に、何の策もない自分に、今の状態が正常ではない自分に、時雨に関してまだ自分が何を思い、何を考えているのかがわかっていない自分に、昴の気遣いから出てきたであろう言葉を無視するほどの権利や自由はあるんだろうか、と考えてしまったからだ。

自分自身、それはないんだろうなと思った。

俺は目を閉じる。
そして自らの思考に浸る。

そうすることでしか今の自分を保つことが出来ないから。






俺はもともと女性と話すのが苦手だった。
それ以前に、そもそも女性と話す機会が多くはなかった。俺は昔からおしゃべりというのを全くしない子だった。小さい頃から父の姿に憧れ、父の研究部屋を度々訪れては日が落ちるまで父の話を聞いていた。その頃から俺は周りの人間に興味を持つことがなくなった。
もちろん、その頃の兄の記憶もない。兄と遊んだ記憶もなく、俺はあの事件の日まで兄がいることをまるで知らなかったかのように、それ以前の俺の記憶に兄は登場していない。

いつも一人だった俺を見兼ねてだろうか。ある日父は一体のロボットを連れてきた。

そのロボットはよく喋る男の子だった。

俺はなぜかそのロボットに対しては心を開くことができた。もしかしたらそれは父が連れてきたからというのもあったのかもしれない。俺たちは毎日いろんな話をした。
世界のこと、宇宙のこと、ロボットと人間との関係のことや、今の国の社会の現状のこと。
そうして俺はそのロボットと共に知識を得ていったのかもしれない。俺は今まで「勉強をした」という感覚が一つもなかったのだ。そして俺たちは学校で好成績を叩き出した。
その頃にはもう、俺やそのロボットに話しかける物好きなんていなかった。そりゃそうだよな、周りは必死に努力して得たものだが、俺たちはそれをいとも簡単に得てしまっているのだから。
それが単なる見かけだけだとしても。それが実際はかなりの代償から成り立っているものだとしても。
周りはそんなことお構い無しに羨ましがる。
そんな人間を、俺はいつしか避けるようになっていた。

わかってないのにわかったつもりになっている人間が嫌いだった。
孤独や苦しみを知らない奴に共感されることが嫌いだった。
そのロボットは俺の思考を読み判断してくれる、さらには今までの俺と話したデータが全て入っているため、話し始めてから数年で見事に俺が心の中で思っていることを言い当てた。その時、俺は同じことが自分に出来るだろうかと思い、試しにそのロボットに試してみた。するとそのロボットは「...やっぱり春樹はすごいね、ズバリ言い当てちゃうんだもん」と悔しそうに言った。
俺はそれが嬉しかった。このロボットにできることは俺にもできるんだとそう思った。だから、今度は父に試してみることにした。だが、結果的には父の思考を読むことはできなかった。
最初は良かったんだ。父が思っているであろうことを俺が口に出した時の父の反応から察するに、当たっていたのは当たっていたのだろう。
だが、俺はそのあとに言われた父の言葉の意味を理解することができなかった。
父は真面目な顔をしながら「それは周りにとって、恐ろしいことなんだ。人の内面を言い当てるのはあまりよろしくない。」と言った。

その言葉の意味がわかったのは5年以上も後だった。その時俺は既に中学3年になっており、周りが受験勉強に必死になる頃、つまり周りと接する機会がいつも以上に少なくなるタイミングであった。

いつしか父も居なくなり、俺の周りはついにそのロボットだけになった。

そんなある日のことだ。時雨がやってきたのは。
話しかけてきたときは正直戸惑った。俺は本当に周りの人とは関わりがなかったからだ。
しかも初対面で俺のことを見るとすぐに彼女は泣き出した。
俺はそれを見て何も感じなかったわけじゃない。彼女にも色々と事情があるんだなと思った。
そして心の奥の方で何かあるんだと思った。上手く表現することは出来ないけれど、俺と時雨は何処か、何かで繋がっているのではないかと思った。

でも、俺はそこから目を背けている。
何故だかわからないが、俺自身、無意識にそこから目を背けている気がする。







ん...。
俺は何かを感じ取ったかのように目を開ける。
何も感じないほどに冷めきっていた空間に、微かな温もりを感じたように思えた。

「痛ってぇ...」

体の節々がかなり痛む。どうやら俺はかなりの長時間、床に三角座りをしたまま眠ってしまっていたようだ。俺は少し頭をかかえる。...何せ思考していたこと自体が暗かったせいか、「夢」として今までの暗い過去を見てしまった。
...一体、俺はどうすればいいんだろう。
そんなことを考えていると、ふと体が異様に温かいことにやっと気がつく。誰かが俺に毛布をかけてくれていたみたいだ。...ということは。

「昴?帰ってきてたのか?」

俺はまだあまり意識がはっきりしていないうちに、どこにいるかもわからない昴に話しかける。
だが、昴の返事はない。部屋が暗いせいだろうか、周りがよく見えないまま俺は立ち上がり、歩き出した。

「おい、昴?どこにいるんだよ。帰ってきてるなら返事してくれ。」

今度は少し大きな声で呼んでみるが、反応がない。俺はいつも昴が休憩に使っている部屋を見に行くことにした。

「おい、昴?」

その部屋のドアを開けながら声をかけた。だが、ここでも反応は返ってこない。俺は少し心配になると同時に、昴のことだから疲れて寝てしまったのかもしれないとも思っていた。とりあえず、この部屋には昴はいなさそうだ。俺はまた扉の方へと歩き出そうと体を反転させる。

と、その瞬間。俺は何者かに背後を取られた感覚があった。

俺はすかさず相手がとってくるであろう行動を瞬時に考え、勢いよくその部屋から飛び出す。
だが、俺の行動よりも先に、相手は俺の肩を掴み、口を塞いできた。
...これはまずい。俺は必死に抵抗するが、俺を抑えている腕はビクとも動かない。これは完全にロボットの腕だ。
相手が顔を俺の耳に近づけてくる。そして、不意に彼女かのじょは言った。

「...しーっ、静かになさってください。」

その声を聞いた瞬間、俺の体は意志とは反対に何故か力を抜く。
...この声、どこかで聞いたような。

「やっと落ち着いてくださりましたか。いやはや、驚かすつもりは毛頭なかったのですが、申し訳ございません。」

彼女は俺が落ち着いたとみるや、口を押さえていた手を外してくれた。
再度声を聞いたことにより、俺の脳は確信に近づく。
俺は振り向きながら、相手の名前を口にする。

「...えっと、もしかして、マフィーさんですか?」

「ええ、はい。マフィーでございます。失礼ながら、今昴様がお休みになっておられます。少し静かにしていただけないでしょうか?」

ニコっと笑いながらいつものトーンでマフィーさんは言う。俺はホッと一息吐くと共に、この状況でどうやって静かにすればいいのか、とマフィーさんに問うか否かを考えていた。

「...あなた様も休まれてはいかがですか?お顔を見ただけでも、ひどく疲れていらっしゃることがわかります。昴様が起きられましたら、春樹様も起こして差し上げます。」

俺は言葉を飲み込む。...この人の言うことはいつも大抵当たっている。そして俺は今までこの人の勧めを断ったことがない。それほどこの人の勧めに乗って損はないのだ。
だが俺にはその前にやるべきことがある。

「その前に一つ。昴は大丈夫なんですか?俺はまだ彼を見ていない。どこにいるんですか?」

「この部屋の奥にいらっしゃいます。ただ、今は休息が必要です。昴様の安全はこの私、マフィーが保証します。ですから春樹様もどうかお休みになってください。」

「...わかりました。今日のところはそうさせてもらいます。ですが、明日の朝、俺たちが起きたら、この状況を説明していただきたい。」

俺の発言に、マフィーさんは素直に「了解しました。」とだけ言った。
俺はこのマンションの管理人であるはずのマフィーさんが何故俺の家に入ってきているのか、という疑問を抱えながら、俺は寝室へと向かう。

「それでは、お休みなさいませ。」

彼女がそう口にする。そう、彼女のこの言葉は魔法のような言葉なのだ。
俺は魔法にかけられたかのように、夢の中へと再び戻っていった。









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