繋がりのその先で
2-6能力の代償
僕は息をのむ。あの少女が、まだ小さなあの子が全能力を背負って生きているのか。
それはあまりにも、かわいそうだろ。
「おっと、言い忘れておった。先ほどのティマ達の態度におかしい部分があったと言ったのは覚えておるな⁇もう気づいておるとは思うが、彼らには『恐怖』という感情がない。彼らがおぬしのことを疑っていた時の目、あれは恐怖ではなくただの怒りじゃ。ではなぜ恐怖という感情がないのか。もうわかったじゃろ⁇」
今の僕に、返答を返す余裕すらなかった。心の中の感情を抑えるのに必死だった。
「そう。その時も『判断』してしまったのじゃよ。自分より強い敵と戦う時に、『恐怖』という感情は邪魔でしかない、とな。そのことによって、『エル』達は能力を得ると同時に恐怖という感情を失ったのじゃよ。」
恐怖。それは感情の中で唯一、自分の行動を責任感のある慎重なものにしてくれる、あるいは自己の抑制にもつながる、大切な感情だ。時には、その感情のおかげで頑張れることだってある。プラスの部分は十分にあるのだ。
だが、本能は誤った。
判断を誤った。
「だから今のあやつらは戦うことを恐れない。町の奴らが戦いを仕掛けてきたらまぁまず間違いなく応戦するじゃろうな。さっきの態度もそこから来るものなのじゃろう。」
僕がただ何もない地面を見つめながら絶望している間も、ルヌフガは淡々と説明を進めていく。
「じゃから、ワシは決めたんじゃよ。ワシの同僚の失敗はグループの責任者であったワシが責任を取るべきじゃとそう思ったんじゃ。少しでもこやつらを助けようとそう思ったんじゃ。」
僕の中で何かが切れる音がした。
僕はルヌフガをまっすぐに睨みつける。
「...何が助けるだよ。今いる『エル』は彼らだけじゃないか‼︎あんたは何を守ろうとしたって言うんだよ⁉︎自分の命なんじゃないのか⁇結局今まで何もできずにここまできたんだろ⁇しかも相手は元研究チームの一員だ。そんな手荒な真似は心が痛んでできるはずがない。だからあんたは『エル』が死んでいくのを心のどこかでは良かれと思ってたんじゃないのかっ‼︎」
わかってる。ここで僕がルヌフガを責めたところで、今のこの世界が変わるわけではないことなんて。わかってるんだよ。僕のこの言葉がいかにも筋が通っていないもので、どれだけ主観だけでものを言っているのかなんて。でも、言葉は止まらない。
「あんたは‼︎あんたは彼らのことをどうやって守るつもりだったんだよ⁇彼らの親は彼らを守って死んだんじゃないのか⁇彼らのかけがえのないたった一つの家族をあんたは救うことができなかった。でもあんたは生きている。町の人間だって生きてるんだ。なんで生きる資格のある奴が死んで、生きる資格のない奴がのうのうと生きてるんだよ。あんたも一人の研究員なんだろ⁇なら、種族の違う生物であっても幸せにしてみせろよ‼︎」
もう自分が何を言っているのかわからない。この人は十分努力したんじゃないのか⁇僕はこの人の何を知っているんだ⁇
「なんで、、、なんで彼らはこんなにも不幸にならなくちゃいけないんだよ。親がいないってのは本当に辛いことなんだぞ。」
僕は歯を食いしばる。なぜここまで言葉が止まらないのか。なぜわかりきっていてもあえて口にしてしまうのか。僕は僕の中で、もうその答えを見つけていた。
家族のいない彼らの状況。それはまるで『僕自身』じゃないか。
「...。」
ルヌフガはまるでそれが責任をとる行動、当たり前の償いとでも思っているかのように僕の言葉を全て受け止め、言い返す事はしなかった。彼自身もわかっているのだ。今のこの状況が一人のちっぽけな力でどうにかなるものではないことを。
数十秒間、場は沈黙状態になる。その間に興奮状態になっていた僕の頭もだんだん冷え、冷静な思考を取り戻していく。僕は「すみません。」と一言だけ言うと、また何もない床を見つめる。
少し時間が経ち、ルヌフガがその沈黙を破った。
「...もうだいたいわかったかのう⁇おぬしの頭ならワシが説明せんくってもある程度は予想が着くはずじゃからな。」
僕は答える。
「もう、十分です。ありがとうございました。」
僕はそう言いながらルヌフガに背を向け、部屋の出口の方へと歩いていった。重たいドアを両手で開け、僕はフラフラと廊下へと出ていった。質問したい事はまだ山ほどあった。知りたい事はまだたくさんあった。だが僕は自分の心を偽り、逃げてしまった。現実を受け止めることができなかった。
僕は足早に朝僕が目覚めた部屋の前に行き、ドアの前に座り込む。
廊下の窓から差し込んでくる光が、今の僕には嫌なほど眩しかった。
「...ん。」
ふわふわとした感触が体全体を包み、ほんのり温かい空気に包まれているような感覚を覚え、僕はゆっくりと瞼を開く。僕の目に、何やら木の板と蛍光灯らしきものが映る。そこで僕はここが朝僕が目覚めた104号室のベットであることに気がつく。僕は廊下にうずくまったまま寝てしまったのか。僕は体を起こし、ベットから降りようとした時、部屋の奥から声が聞こえた。
「あ、起きましたか⁇おはようですね。」
カーテン越しに聞こえる優しい声。一瞬で彼女だとわかり、僕はベットから降りるのをやめ、楽な体勢でしばらくベットに座ることにする。多分今僕が彼女を見たらひどく悲しい顔をしてしまうだろう。廊下で寝ていた上に、そんな顔をしたら心配するかもしれない。
「おはよう。...でもなんで僕が起きたことがわかったんだ⁇」
「私はある程度の範囲内の生物の気配は全て感知できるんです。それに空気の流れが変わったことからもユキトが起きたことはわかるんですよ。」
あぁ、そうか。山奥でルヌフガを見つけた時の能力を使ったのか。
「あぁ、そっか。ええと、ごめんな。ここまで運んでもらって。結構大変だっただろ⁇」
「いえ、能力で運んだので大変ではなかったですよ。」
彼女の口から『能力』という言葉を聞いて、背筋がゾクっとした。まだ僕は現実から目をそらしていた。
「ごめんな、...あ、あとさっきはありがとう。」
僕はティマ達が僕のことを疑っていた時、彼女が守ってくれたことを思い出し、感謝の気持ちを伝える。だが、なかなか返事が返ってこない。
「どうしたんだ⁇」
さっきから僕は変な違和感を覚えていた。なんというか、昨日の夜、山奥で僕を助けてくれた時と言葉遣いが違うような。
しばらくして、彼女のすすり泣く音が聞こえてきた。
僕はベットから飛び降り、カーテンを開け、すぐさま声の聞こえる方向へと向かう。彼女は自分のベットの上にうずくまるような形で泣いていた。
「...ないんですよ。」
ない⁇何が⁇僕は先ほどまで彼女と顔を合わせないでおこうとしていたことも忘れ、考える。
この話の流れで、一体何がないっていうんだ⁇
その時、僕は気がつく。
言葉遣いの違和感。
少し前に僕を運ぶための能力の使用。
全能力の代償、負荷の大きさ。
そして、「さっきはありがとう」に対しての言葉。
僕は。その時僕は、泣いていた。
嘘だろ。まさか。
「...もしかして、『記憶』がないのか⁇」
僕は無意識のうちに彼女の横に座る。彼女は弱々しく、首を縦に振った。
能力の保持には寿命が代償になったはずだ。だが、それでもまだ彼女には負担が大きすぎた。
能力の発動にも、代償が必要。そしてその代償が、彼女の大切な『記憶』そのものだった。
僕はただ、下を向いて一緒に泣くことしかできなかった。
不意に、彼女が口を開く。
「な、まえ。確か、私はそんなものを欲しがっていた気がする。」
僕はハッと息をのみ、彼女の方を見る。
「おねがい。なまえ、というものを私に。」
それは彼女の心の中に残っていた、あの時の目を輝かしていた彼女の記憶だった。
僕は。僕はなんて愚かなんだろうか。
名前を考えてあげようか⁇と言った時から、もう名前は決めていたんだ。でもなかなか言い出すことができなかった。ルヌフガと話した後、僕自身が彼女に名前をつけてあげられるような存在ではないことを悟った。僕が彼女の寿命を奪ったことに変わりはない。そんな奴に彼女もつけてほしくはないだろうと勝手に判断し、彼女の意思を無視していた。
だが、彼女の意思は。求めていた。
これが。僕が出会った『最初』の彼女への『最後』のチャンスなんじゃないのか⁇
僕は大きく息を吸い込み、心の中に溜まっていたマイナスの感情を全て吐き出す。
そして僕はできるだけ優しい笑顔で名前を告げた。
「君の名前は...。」
それを聞いた彼女は目を見開いたあと、泣きながら僕の腕に抱きつく。
僕は自分の目からも溢れる涙を頬で感じながら、彼女の頭をそっと撫でた。
これが、僕と『最初』の彼女の別れだった。
それはあまりにも、かわいそうだろ。
「おっと、言い忘れておった。先ほどのティマ達の態度におかしい部分があったと言ったのは覚えておるな⁇もう気づいておるとは思うが、彼らには『恐怖』という感情がない。彼らがおぬしのことを疑っていた時の目、あれは恐怖ではなくただの怒りじゃ。ではなぜ恐怖という感情がないのか。もうわかったじゃろ⁇」
今の僕に、返答を返す余裕すらなかった。心の中の感情を抑えるのに必死だった。
「そう。その時も『判断』してしまったのじゃよ。自分より強い敵と戦う時に、『恐怖』という感情は邪魔でしかない、とな。そのことによって、『エル』達は能力を得ると同時に恐怖という感情を失ったのじゃよ。」
恐怖。それは感情の中で唯一、自分の行動を責任感のある慎重なものにしてくれる、あるいは自己の抑制にもつながる、大切な感情だ。時には、その感情のおかげで頑張れることだってある。プラスの部分は十分にあるのだ。
だが、本能は誤った。
判断を誤った。
「だから今のあやつらは戦うことを恐れない。町の奴らが戦いを仕掛けてきたらまぁまず間違いなく応戦するじゃろうな。さっきの態度もそこから来るものなのじゃろう。」
僕がただ何もない地面を見つめながら絶望している間も、ルヌフガは淡々と説明を進めていく。
「じゃから、ワシは決めたんじゃよ。ワシの同僚の失敗はグループの責任者であったワシが責任を取るべきじゃとそう思ったんじゃ。少しでもこやつらを助けようとそう思ったんじゃ。」
僕の中で何かが切れる音がした。
僕はルヌフガをまっすぐに睨みつける。
「...何が助けるだよ。今いる『エル』は彼らだけじゃないか‼︎あんたは何を守ろうとしたって言うんだよ⁉︎自分の命なんじゃないのか⁇結局今まで何もできずにここまできたんだろ⁇しかも相手は元研究チームの一員だ。そんな手荒な真似は心が痛んでできるはずがない。だからあんたは『エル』が死んでいくのを心のどこかでは良かれと思ってたんじゃないのかっ‼︎」
わかってる。ここで僕がルヌフガを責めたところで、今のこの世界が変わるわけではないことなんて。わかってるんだよ。僕のこの言葉がいかにも筋が通っていないもので、どれだけ主観だけでものを言っているのかなんて。でも、言葉は止まらない。
「あんたは‼︎あんたは彼らのことをどうやって守るつもりだったんだよ⁇彼らの親は彼らを守って死んだんじゃないのか⁇彼らのかけがえのないたった一つの家族をあんたは救うことができなかった。でもあんたは生きている。町の人間だって生きてるんだ。なんで生きる資格のある奴が死んで、生きる資格のない奴がのうのうと生きてるんだよ。あんたも一人の研究員なんだろ⁇なら、種族の違う生物であっても幸せにしてみせろよ‼︎」
もう自分が何を言っているのかわからない。この人は十分努力したんじゃないのか⁇僕はこの人の何を知っているんだ⁇
「なんで、、、なんで彼らはこんなにも不幸にならなくちゃいけないんだよ。親がいないってのは本当に辛いことなんだぞ。」
僕は歯を食いしばる。なぜここまで言葉が止まらないのか。なぜわかりきっていてもあえて口にしてしまうのか。僕は僕の中で、もうその答えを見つけていた。
家族のいない彼らの状況。それはまるで『僕自身』じゃないか。
「...。」
ルヌフガはまるでそれが責任をとる行動、当たり前の償いとでも思っているかのように僕の言葉を全て受け止め、言い返す事はしなかった。彼自身もわかっているのだ。今のこの状況が一人のちっぽけな力でどうにかなるものではないことを。
数十秒間、場は沈黙状態になる。その間に興奮状態になっていた僕の頭もだんだん冷え、冷静な思考を取り戻していく。僕は「すみません。」と一言だけ言うと、また何もない床を見つめる。
少し時間が経ち、ルヌフガがその沈黙を破った。
「...もうだいたいわかったかのう⁇おぬしの頭ならワシが説明せんくってもある程度は予想が着くはずじゃからな。」
僕は答える。
「もう、十分です。ありがとうございました。」
僕はそう言いながらルヌフガに背を向け、部屋の出口の方へと歩いていった。重たいドアを両手で開け、僕はフラフラと廊下へと出ていった。質問したい事はまだ山ほどあった。知りたい事はまだたくさんあった。だが僕は自分の心を偽り、逃げてしまった。現実を受け止めることができなかった。
僕は足早に朝僕が目覚めた部屋の前に行き、ドアの前に座り込む。
廊下の窓から差し込んでくる光が、今の僕には嫌なほど眩しかった。
「...ん。」
ふわふわとした感触が体全体を包み、ほんのり温かい空気に包まれているような感覚を覚え、僕はゆっくりと瞼を開く。僕の目に、何やら木の板と蛍光灯らしきものが映る。そこで僕はここが朝僕が目覚めた104号室のベットであることに気がつく。僕は廊下にうずくまったまま寝てしまったのか。僕は体を起こし、ベットから降りようとした時、部屋の奥から声が聞こえた。
「あ、起きましたか⁇おはようですね。」
カーテン越しに聞こえる優しい声。一瞬で彼女だとわかり、僕はベットから降りるのをやめ、楽な体勢でしばらくベットに座ることにする。多分今僕が彼女を見たらひどく悲しい顔をしてしまうだろう。廊下で寝ていた上に、そんな顔をしたら心配するかもしれない。
「おはよう。...でもなんで僕が起きたことがわかったんだ⁇」
「私はある程度の範囲内の生物の気配は全て感知できるんです。それに空気の流れが変わったことからもユキトが起きたことはわかるんですよ。」
あぁ、そうか。山奥でルヌフガを見つけた時の能力を使ったのか。
「あぁ、そっか。ええと、ごめんな。ここまで運んでもらって。結構大変だっただろ⁇」
「いえ、能力で運んだので大変ではなかったですよ。」
彼女の口から『能力』という言葉を聞いて、背筋がゾクっとした。まだ僕は現実から目をそらしていた。
「ごめんな、...あ、あとさっきはありがとう。」
僕はティマ達が僕のことを疑っていた時、彼女が守ってくれたことを思い出し、感謝の気持ちを伝える。だが、なかなか返事が返ってこない。
「どうしたんだ⁇」
さっきから僕は変な違和感を覚えていた。なんというか、昨日の夜、山奥で僕を助けてくれた時と言葉遣いが違うような。
しばらくして、彼女のすすり泣く音が聞こえてきた。
僕はベットから飛び降り、カーテンを開け、すぐさま声の聞こえる方向へと向かう。彼女は自分のベットの上にうずくまるような形で泣いていた。
「...ないんですよ。」
ない⁇何が⁇僕は先ほどまで彼女と顔を合わせないでおこうとしていたことも忘れ、考える。
この話の流れで、一体何がないっていうんだ⁇
その時、僕は気がつく。
言葉遣いの違和感。
少し前に僕を運ぶための能力の使用。
全能力の代償、負荷の大きさ。
そして、「さっきはありがとう」に対しての言葉。
僕は。その時僕は、泣いていた。
嘘だろ。まさか。
「...もしかして、『記憶』がないのか⁇」
僕は無意識のうちに彼女の横に座る。彼女は弱々しく、首を縦に振った。
能力の保持には寿命が代償になったはずだ。だが、それでもまだ彼女には負担が大きすぎた。
能力の発動にも、代償が必要。そしてその代償が、彼女の大切な『記憶』そのものだった。
僕はただ、下を向いて一緒に泣くことしかできなかった。
不意に、彼女が口を開く。
「な、まえ。確か、私はそんなものを欲しがっていた気がする。」
僕はハッと息をのみ、彼女の方を見る。
「おねがい。なまえ、というものを私に。」
それは彼女の心の中に残っていた、あの時の目を輝かしていた彼女の記憶だった。
僕は。僕はなんて愚かなんだろうか。
名前を考えてあげようか⁇と言った時から、もう名前は決めていたんだ。でもなかなか言い出すことができなかった。ルヌフガと話した後、僕自身が彼女に名前をつけてあげられるような存在ではないことを悟った。僕が彼女の寿命を奪ったことに変わりはない。そんな奴に彼女もつけてほしくはないだろうと勝手に判断し、彼女の意思を無視していた。
だが、彼女の意思は。求めていた。
これが。僕が出会った『最初』の彼女への『最後』のチャンスなんじゃないのか⁇
僕は大きく息を吸い込み、心の中に溜まっていたマイナスの感情を全て吐き出す。
そして僕はできるだけ優しい笑顔で名前を告げた。
「君の名前は...。」
それを聞いた彼女は目を見開いたあと、泣きながら僕の腕に抱きつく。
僕は自分の目からも溢れる涙を頬で感じながら、彼女の頭をそっと撫でた。
これが、僕と『最初』の彼女の別れだった。
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