繋がりのその先で
1-6不可解な現象
独りぼっち。
それは俺の人生の大半を言い表すことができる、悲しい言葉。
俺は小さい頃から独りぼっちだった。
両親のことを尊敬はしていたものの、本当は自分のもとから離れていった事、勝手に死んでしまったことに、俺は少し思うところがあった。
俺が物心つく前に死んだ母。
何も言い残すことなく死んでいった父。
体調を崩して入院してしまった祖父母。
だがある時。横には昴がいた。
昴は俺に親切にしてくれた。
時にはけんかをすることもあったけど、昴は俺の友達をやめることはなかった。
そんな昴に俺は気が付かないところで助けられていた。
俺はいつしか楽しい人生を意識するようになった。
さらに、最近では横に時雨さんもいた。
時雨さんはこの高校に転校してきた直後に、俺に話しかけてくれた。そんなこと、今まではなかったのに。
なのに。消えてしまった。
二人とも、俺を置いて。
...せっかく楽しい日々が続くと思っていたのに。何なんだよ。
何かが不意に、心に引っ掛かる。
...違う。これは二人が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。何も出来ない自分が悪いんだ。
俺は結局は何も出来ないのか?無力を感じながら、俺はその時を眺めるだけしか出来ないのか?
俺はふと、周りの気配を感じようとする。
...が、やはり誰の気配も感じとることが出来ない。
まるで俺は『無』の中にいる気分だった。
記憶の曖昧な頭の中で呟いた。
本当、もううんざりなんだよ。
俺は固く決心し、重い目を開ける...。
「...ーか!?」
...誰かのあわてた声が聞こえる。
俺の意識は少しずつその声へと移っていく。
「...ょうぶですか!?」
...ん、女の子の声?
そこでようやく、俺の意識は覚醒する。
「大丈夫ですか!?」
俺は目を開け、体を起こす。ここは...噴水か?
「...急にぶっ倒れるから、びっくりしたよー。春樹、ちゃんと寝てるの?」
相変わらずの昴の声が聞こえてくる。
「...あ、れ?」
俺は昴と時雨さんを見て、戸惑う。まだ頭が働いていない。現状を把握するのはもう少し後でも遅くはないだろう。
「よ、良かったです。け、結構心配したんですよ!」
時雨さんが涙目になりながら俺に言う。俺は「すみません、ありがとうございます。」と言うと、辺りを見回す。やはりここは学校の庭の噴水前。俺は思考を切り換え、続いて時雨さんと昴を見る。二人とも特に変わったところはなく、普段通りに見えた。俺がじっと見つめていることに、二人は違和感を覚えたのか、二人揃って同じタイミングで「どうしたのさ?」「どうしたんですか?」と言われた。俺は仕方なく次の手に出る。
「...あのさ、何か二人とも『変わったな』って思うことある?」
この質問には狙いがあった。この疑問に対し、もし二人が『世界が数値化した』事実を知らない場合、『俺についての何か変わったこと』を言うだろう。が、反対に記憶の片隅にでも『世界が数値化した』という印象が残っていれば、『自分自身についての変わったこと』を言うだろう。
「え、それは春樹が急にぶっ倒れたことだよ。あまりにもきれいにぶっ倒れたからさ。」
「ええ、私も同感です。」
2人とも、俺についての返答。
ということは、二人とも世界が数値化したことには気づいていないのか...?
「...記憶の修正か。」
「え?」
俺は二人に聞こえないぐらいの音量で言ったつもりだったが、時雨さんには少し聞こえたらしい。まぁこの様子だと正確には聞き取れていないだろう。時雨さんは首を傾げつつ、俺を見つめている。
「あ、いや、何でも無いです。」
とりあえず状況を整理しよう。世界の数値化。それは何かの物質が「消える」のではなく、物質の情報が「書き換えられる」、の方が正しいような気がする。そして事実、時雨さんと昴はここにいる。さらに数値化の記憶は無くなっている...。となると、ここは数値化され、修正された後の世界...ってことか。
俺が下を向いて考えているのを見飽きたのか、昴が時雨さんに声をかける。
「まー、春樹もこんな感じで大丈夫そうだし、そろそろ発表しても良いんじゃない?」
俺はあまり昴の発言を聞いている余裕はなかった。自分のことを考えるだけで精一杯だった。
「そうですねー。そろそろやりましょうか。」
時雨さんはそう言いながら俺を見る。俺はその視線に反応し、一時考えを横においておく。
「春樹さん、私から言ってもよろしいですか?」
「...え、何がですか?」
俺はその言葉を聞き、嫌な違和感を覚える。何も考えず、返答してしまった。...『私から』ってことは、つまり俺も言うことがあるってこと...。
そこまで考えた時、俺の全身を悪寒が包んだ。まさか...。
「何がって、決まってるじゃないですか。」
彼女が発言する前に、俺は無意識下ではその内容を理解していた。
「『お願い』ですよ?」
...お、願い?
それを聞いた瞬間、全身の血の気が引いたのが分かった。
...え、だって、お願いならさっき済んだはずじゃ?
「...では。私のお願い、聞いてもらっても良いですか?」
その言葉を聞いて、俺は喉を詰まらせる。
その発言は。時雨さんが数値化される前に言った言葉と一言一句同じだった。...機械はある一定の状況に繰り返し遭遇すると、全く同じ行動をする。ということは。
...小規模なタイムスリップ、なのか?
「...僕は負けた身だからね~。まぁ時雨ちゃんの言うことなら僕は頑張って叶えるよ☆」
昴も同じことを言う。...いや、前回はその前に俺の発言があったはずだ。なのに今回は俺は何も発言していない。...ということは、またあの『数値化』が起こるのか?いや、今度は違うのか?そう思っていると、
キーンコーンカーンコーン...
次の授業の予鈴がなった。
「え、もう予鈴ですか!?早すぎます!まだ何もお願いしてないのに!」
時雨さんはそういうが、寝ていた分も含めると、俺の感覚では正しいような気がする。...ということは、時間自体は正確に進んでいる、ということか。単に、二人の一部の記憶が消えただけ...。
そこで俺は心の中の俺を睨んだ。
...だけ?何が『だけ』なんだよ?
そう。消えたのだ。
時間にして約300秒間、確かに存在したものが、こんなにあっさりと消えてなくなってしまった。
俺はその事実をまだ受け止めきれてはいなかった。
逃げてしまうところだった。
『だけ』という言葉で、自分の罪を軽くしようとしていた。
前の自分と何が変わったんだ?
それじゃ何も変わってないじゃないか。
「ヤバイよ、二人とも!早く教室に戻らないと!」
昴の声が俺を現実へと引き戻してくれる。
今度こそやってやる。
「...二人とも、後で話がある。今の話もその時で良いですか?」
俺は時雨さんに促すように聞く。時雨さんは少し不思議そうな顔をしながらも、頷いてくれた。
「よし。じゃあまた後で話しましょう。」
俺たちは走って教室へと戻った。
「重谷くん、ちょっと今から来て。」
今日の授業もすべて終わり、窓から夕日が差込み、先生を茶色く染めている。先生の髪の毛はもともと茶色っぽいが、それをさらに穏やかなブラウン色にしている。案外、見た目は『優しく包みこんでくれそう』と女子の中で話題になるくらいなのだが、普段の先生は『無』という感じでそんな様子は1ミリも見い出せない、まさに『無感情』という言葉が当てはまる人だった。
その先生も今回ばかりは少し困惑しているらしい。眉間にシワが寄っていた。...多分、今回も『優しく包んでくれる』様なことはないんだろうな。と俺は心の中で呟いてから、先生の横をついて行くことにした。
この学校は個人が建てたものではないのに、バカ広いので、教室から職員室までの距離はかなりあった。が、その間俺と先生は一言も喋ることはなかった。...これから俺に言うことを少し先に説明しとけば良いのに、と俺は心の中で思う。だが、俺が何かやらかした可能性もあるので、とても先生には言えなかった。
...この後、どうやってあの現象を二人に説明しようか。例えば二人とも『ロボット』だから、書き換えられた『ログ』のようなものがあるはずだ。そう考えてから、俺は即首を振る。いやいや、そもそも世界全体が書き換えられてるんだ。ログなんて残るような、そんな小さな力じゃない。全体を変えることの出来る大きな力が発生しているみたいだ。
...全体を変えることの出来る大きな力。
...ん?
俺は何か変な違和感を感じる。何だ?俺は今おかしな事言ったか?
何か重大なことを忘れている気がして、深く思考に潜る。俺が集中して考えていると不意に先生の声がした。
「...ちょっと。どこまで行く気ですか?」
俺はいつの間にか、職員室の扉を通りすぎてしまっていた。
「あ、すみません。」
先生が凄く呆れた顔をしていた。俺はあわてて先生のところまで戻る。...こういうときだけ、感情を表に出すよな、この人。
気を取り直して、俺は先生と共に職員室に入る。
先生は自分の机に着くと、ゆっくりと座り、こちらへと体を向けた。
「...で、今回は何の用件かわかりますか?」
『今回は』というのは別に俺が今まで色々とやんちゃしたとかそういうことではなく、俺は学校で起こる些細な出来事(言わばやっかい事)の解決をしていたのだ。...ただ、今回はそういう話ではないみたいだ。
「心当たりは無いですけど...」
俺は時雨さんとの会話の中で、ある程度この話の内容は予想している。が、予想が外れている可能性の方が高いので、俺は言わないことにしたのだ。
「...まぁ、もっとも重谷くんならある程度の内容は解っているのかもしれませんが。」
先生はまた別のため息を吐く。
「...それで、どんな内容なんですか?」
さて。答え合わせの時間だ。
「...先週に受けてもらったテスト、覚えてますか?」
「はい。覚えてますよ。」
忘れるはずがないだろ。
勝負してたんだから。
「...あなたの隣に座っていた細川さんとあなたの解答が、同じでした。」
...やはりな。
俺は時雨さんとの会話から、時雨さんは俺と『思考パターン』が似ていると思った。時雨さんはロボットだから、その考え方に忠実にテストを解くだろう。一方、俺は人間だ。だから臨機応変に問題に対処する事が出来るため、ある程度の解答は異なる。が、一部、解答が被るところが出てくるはずだ。俺はそう考えていた。
とここまで考えて、俺は先生の言い方に違和感を覚える。
...ん、俺と時雨さんの『解答が同じ』?
「そんなのたまたまでしょ?しかも二人とも高得点なんだから、正解しているところだって同じ解答なんですから間違ってる何個かだってそりゃ...」
そこまで言った俺の発言を遮るように、先生は俺に二人分の解答用紙を見せる。
「っ!?」
それを見て俺は驚く。
「なっ!?」
...解答が一部被っているという予想が当たったのは良かったが、まさかここまでとは。
「まだです。」
と、先生は言って机の上から全教科の二人分の解答用紙を俺に見せる。
それに俺は思わず「...は?」と言いそうになった。俺の予想してた事なんてまだ甘かった。
俺に見せられたいくつものプリントには、筆跡は違えど、組、出席番号、名前以外、すべて同じことが書いてあった。
つまりは『同点』。
それは必然的な『同率一位』。
「...私も重谷くんを疑っちゃいません。正直なところ、細川さんもかなり賢い子ですから。...でも、これはどう考えてもおかしいです。」
そりゃそうだ。こんなこと、カンニングする以外の方法があるわけないだろ。
だが、俺は同時にそれはないと否定する。
「ここのテスト内容の厳しさ同様、テストの最中の監視も厳しいことは、現役生なんだから重々わかっていますよね?だからカンニングの線もない。だとしたら、私には想像がつかない。正直言ってお手上げ状態なのです。」
そう言いながら、先生は俺を見つめる。
「そこでだ。重谷くんならわかるんじゃないかと思って提案です。このおかしな現象、つまりは『問題』を解いて欲しいのです。」
相変わらず顔は無表情だが、目には信頼と期待がこもっている。一瞬、「...一応、俺が何かしたかもって疑ったりはしてないんですか?」と聞きそうになったが、そんなことを聞くことを先生は期待していないだろうとすぐさまその考えを捨てる。答えは一つしかない。
「わかりました。」
こうして俺は『数値化』や『解答がすべて一致する』といった現象について深く関わっていくこととなった。
それは俺の人生の大半を言い表すことができる、悲しい言葉。
俺は小さい頃から独りぼっちだった。
両親のことを尊敬はしていたものの、本当は自分のもとから離れていった事、勝手に死んでしまったことに、俺は少し思うところがあった。
俺が物心つく前に死んだ母。
何も言い残すことなく死んでいった父。
体調を崩して入院してしまった祖父母。
だがある時。横には昴がいた。
昴は俺に親切にしてくれた。
時にはけんかをすることもあったけど、昴は俺の友達をやめることはなかった。
そんな昴に俺は気が付かないところで助けられていた。
俺はいつしか楽しい人生を意識するようになった。
さらに、最近では横に時雨さんもいた。
時雨さんはこの高校に転校してきた直後に、俺に話しかけてくれた。そんなこと、今まではなかったのに。
なのに。消えてしまった。
二人とも、俺を置いて。
...せっかく楽しい日々が続くと思っていたのに。何なんだよ。
何かが不意に、心に引っ掛かる。
...違う。これは二人が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。何も出来ない自分が悪いんだ。
俺は結局は何も出来ないのか?無力を感じながら、俺はその時を眺めるだけしか出来ないのか?
俺はふと、周りの気配を感じようとする。
...が、やはり誰の気配も感じとることが出来ない。
まるで俺は『無』の中にいる気分だった。
記憶の曖昧な頭の中で呟いた。
本当、もううんざりなんだよ。
俺は固く決心し、重い目を開ける...。
「...ーか!?」
...誰かのあわてた声が聞こえる。
俺の意識は少しずつその声へと移っていく。
「...ょうぶですか!?」
...ん、女の子の声?
そこでようやく、俺の意識は覚醒する。
「大丈夫ですか!?」
俺は目を開け、体を起こす。ここは...噴水か?
「...急にぶっ倒れるから、びっくりしたよー。春樹、ちゃんと寝てるの?」
相変わらずの昴の声が聞こえてくる。
「...あ、れ?」
俺は昴と時雨さんを見て、戸惑う。まだ頭が働いていない。現状を把握するのはもう少し後でも遅くはないだろう。
「よ、良かったです。け、結構心配したんですよ!」
時雨さんが涙目になりながら俺に言う。俺は「すみません、ありがとうございます。」と言うと、辺りを見回す。やはりここは学校の庭の噴水前。俺は思考を切り換え、続いて時雨さんと昴を見る。二人とも特に変わったところはなく、普段通りに見えた。俺がじっと見つめていることに、二人は違和感を覚えたのか、二人揃って同じタイミングで「どうしたのさ?」「どうしたんですか?」と言われた。俺は仕方なく次の手に出る。
「...あのさ、何か二人とも『変わったな』って思うことある?」
この質問には狙いがあった。この疑問に対し、もし二人が『世界が数値化した』事実を知らない場合、『俺についての何か変わったこと』を言うだろう。が、反対に記憶の片隅にでも『世界が数値化した』という印象が残っていれば、『自分自身についての変わったこと』を言うだろう。
「え、それは春樹が急にぶっ倒れたことだよ。あまりにもきれいにぶっ倒れたからさ。」
「ええ、私も同感です。」
2人とも、俺についての返答。
ということは、二人とも世界が数値化したことには気づいていないのか...?
「...記憶の修正か。」
「え?」
俺は二人に聞こえないぐらいの音量で言ったつもりだったが、時雨さんには少し聞こえたらしい。まぁこの様子だと正確には聞き取れていないだろう。時雨さんは首を傾げつつ、俺を見つめている。
「あ、いや、何でも無いです。」
とりあえず状況を整理しよう。世界の数値化。それは何かの物質が「消える」のではなく、物質の情報が「書き換えられる」、の方が正しいような気がする。そして事実、時雨さんと昴はここにいる。さらに数値化の記憶は無くなっている...。となると、ここは数値化され、修正された後の世界...ってことか。
俺が下を向いて考えているのを見飽きたのか、昴が時雨さんに声をかける。
「まー、春樹もこんな感じで大丈夫そうだし、そろそろ発表しても良いんじゃない?」
俺はあまり昴の発言を聞いている余裕はなかった。自分のことを考えるだけで精一杯だった。
「そうですねー。そろそろやりましょうか。」
時雨さんはそう言いながら俺を見る。俺はその視線に反応し、一時考えを横においておく。
「春樹さん、私から言ってもよろしいですか?」
「...え、何がですか?」
俺はその言葉を聞き、嫌な違和感を覚える。何も考えず、返答してしまった。...『私から』ってことは、つまり俺も言うことがあるってこと...。
そこまで考えた時、俺の全身を悪寒が包んだ。まさか...。
「何がって、決まってるじゃないですか。」
彼女が発言する前に、俺は無意識下ではその内容を理解していた。
「『お願い』ですよ?」
...お、願い?
それを聞いた瞬間、全身の血の気が引いたのが分かった。
...え、だって、お願いならさっき済んだはずじゃ?
「...では。私のお願い、聞いてもらっても良いですか?」
その言葉を聞いて、俺は喉を詰まらせる。
その発言は。時雨さんが数値化される前に言った言葉と一言一句同じだった。...機械はある一定の状況に繰り返し遭遇すると、全く同じ行動をする。ということは。
...小規模なタイムスリップ、なのか?
「...僕は負けた身だからね~。まぁ時雨ちゃんの言うことなら僕は頑張って叶えるよ☆」
昴も同じことを言う。...いや、前回はその前に俺の発言があったはずだ。なのに今回は俺は何も発言していない。...ということは、またあの『数値化』が起こるのか?いや、今度は違うのか?そう思っていると、
キーンコーンカーンコーン...
次の授業の予鈴がなった。
「え、もう予鈴ですか!?早すぎます!まだ何もお願いしてないのに!」
時雨さんはそういうが、寝ていた分も含めると、俺の感覚では正しいような気がする。...ということは、時間自体は正確に進んでいる、ということか。単に、二人の一部の記憶が消えただけ...。
そこで俺は心の中の俺を睨んだ。
...だけ?何が『だけ』なんだよ?
そう。消えたのだ。
時間にして約300秒間、確かに存在したものが、こんなにあっさりと消えてなくなってしまった。
俺はその事実をまだ受け止めきれてはいなかった。
逃げてしまうところだった。
『だけ』という言葉で、自分の罪を軽くしようとしていた。
前の自分と何が変わったんだ?
それじゃ何も変わってないじゃないか。
「ヤバイよ、二人とも!早く教室に戻らないと!」
昴の声が俺を現実へと引き戻してくれる。
今度こそやってやる。
「...二人とも、後で話がある。今の話もその時で良いですか?」
俺は時雨さんに促すように聞く。時雨さんは少し不思議そうな顔をしながらも、頷いてくれた。
「よし。じゃあまた後で話しましょう。」
俺たちは走って教室へと戻った。
「重谷くん、ちょっと今から来て。」
今日の授業もすべて終わり、窓から夕日が差込み、先生を茶色く染めている。先生の髪の毛はもともと茶色っぽいが、それをさらに穏やかなブラウン色にしている。案外、見た目は『優しく包みこんでくれそう』と女子の中で話題になるくらいなのだが、普段の先生は『無』という感じでそんな様子は1ミリも見い出せない、まさに『無感情』という言葉が当てはまる人だった。
その先生も今回ばかりは少し困惑しているらしい。眉間にシワが寄っていた。...多分、今回も『優しく包んでくれる』様なことはないんだろうな。と俺は心の中で呟いてから、先生の横をついて行くことにした。
この学校は個人が建てたものではないのに、バカ広いので、教室から職員室までの距離はかなりあった。が、その間俺と先生は一言も喋ることはなかった。...これから俺に言うことを少し先に説明しとけば良いのに、と俺は心の中で思う。だが、俺が何かやらかした可能性もあるので、とても先生には言えなかった。
...この後、どうやってあの現象を二人に説明しようか。例えば二人とも『ロボット』だから、書き換えられた『ログ』のようなものがあるはずだ。そう考えてから、俺は即首を振る。いやいや、そもそも世界全体が書き換えられてるんだ。ログなんて残るような、そんな小さな力じゃない。全体を変えることの出来る大きな力が発生しているみたいだ。
...全体を変えることの出来る大きな力。
...ん?
俺は何か変な違和感を感じる。何だ?俺は今おかしな事言ったか?
何か重大なことを忘れている気がして、深く思考に潜る。俺が集中して考えていると不意に先生の声がした。
「...ちょっと。どこまで行く気ですか?」
俺はいつの間にか、職員室の扉を通りすぎてしまっていた。
「あ、すみません。」
先生が凄く呆れた顔をしていた。俺はあわてて先生のところまで戻る。...こういうときだけ、感情を表に出すよな、この人。
気を取り直して、俺は先生と共に職員室に入る。
先生は自分の机に着くと、ゆっくりと座り、こちらへと体を向けた。
「...で、今回は何の用件かわかりますか?」
『今回は』というのは別に俺が今まで色々とやんちゃしたとかそういうことではなく、俺は学校で起こる些細な出来事(言わばやっかい事)の解決をしていたのだ。...ただ、今回はそういう話ではないみたいだ。
「心当たりは無いですけど...」
俺は時雨さんとの会話の中で、ある程度この話の内容は予想している。が、予想が外れている可能性の方が高いので、俺は言わないことにしたのだ。
「...まぁ、もっとも重谷くんならある程度の内容は解っているのかもしれませんが。」
先生はまた別のため息を吐く。
「...それで、どんな内容なんですか?」
さて。答え合わせの時間だ。
「...先週に受けてもらったテスト、覚えてますか?」
「はい。覚えてますよ。」
忘れるはずがないだろ。
勝負してたんだから。
「...あなたの隣に座っていた細川さんとあなたの解答が、同じでした。」
...やはりな。
俺は時雨さんとの会話から、時雨さんは俺と『思考パターン』が似ていると思った。時雨さんはロボットだから、その考え方に忠実にテストを解くだろう。一方、俺は人間だ。だから臨機応変に問題に対処する事が出来るため、ある程度の解答は異なる。が、一部、解答が被るところが出てくるはずだ。俺はそう考えていた。
とここまで考えて、俺は先生の言い方に違和感を覚える。
...ん、俺と時雨さんの『解答が同じ』?
「そんなのたまたまでしょ?しかも二人とも高得点なんだから、正解しているところだって同じ解答なんですから間違ってる何個かだってそりゃ...」
そこまで言った俺の発言を遮るように、先生は俺に二人分の解答用紙を見せる。
「っ!?」
それを見て俺は驚く。
「なっ!?」
...解答が一部被っているという予想が当たったのは良かったが、まさかここまでとは。
「まだです。」
と、先生は言って机の上から全教科の二人分の解答用紙を俺に見せる。
それに俺は思わず「...は?」と言いそうになった。俺の予想してた事なんてまだ甘かった。
俺に見せられたいくつものプリントには、筆跡は違えど、組、出席番号、名前以外、すべて同じことが書いてあった。
つまりは『同点』。
それは必然的な『同率一位』。
「...私も重谷くんを疑っちゃいません。正直なところ、細川さんもかなり賢い子ですから。...でも、これはどう考えてもおかしいです。」
そりゃそうだ。こんなこと、カンニングする以外の方法があるわけないだろ。
だが、俺は同時にそれはないと否定する。
「ここのテスト内容の厳しさ同様、テストの最中の監視も厳しいことは、現役生なんだから重々わかっていますよね?だからカンニングの線もない。だとしたら、私には想像がつかない。正直言ってお手上げ状態なのです。」
そう言いながら、先生は俺を見つめる。
「そこでだ。重谷くんならわかるんじゃないかと思って提案です。このおかしな現象、つまりは『問題』を解いて欲しいのです。」
相変わらず顔は無表情だが、目には信頼と期待がこもっている。一瞬、「...一応、俺が何かしたかもって疑ったりはしてないんですか?」と聞きそうになったが、そんなことを聞くことを先生は期待していないだろうとすぐさまその考えを捨てる。答えは一つしかない。
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