惑星最後の日

こむぎ子

惑星最後の日

何気ない朝だった。
いつものように起き、いつものように朝食を食べ、いつものように大学に行くのだと思っていた。
朝6時48分。パンを焼いている間に冷蔵庫から炭酸を取り出し喉に注ぐ。完全に目が覚めるかといえばそうでもないが、覚醒へと少しでも早く促せたと思う。少し焦がしたパンにブルーベリージャムを塗り、一口齧りながらテレビをつけた。いつものようにニュースキャスターが昨日の夜から今朝までにあったことを話す。あぁ、あの女優結婚したんだ。とか他愛のないことを頭に浮かばせながら観ていると、速報が入った。それに目を奪われた。
《本日を以て惑星は滅びます。》
簡単な文字を、必死に繰り返すキャスター。
その後すぐに中継に繋がり、某国大統領が映った。なんだか突飛すぎてあまり頭に入ってこなかった。焦げたパンの苦味など意識の片隅にすらないだろう。
どうやらこの国からほぼ斜め側に位置する場所に隕石が落ちるらしい。予測は出来ていたが話すには動揺を招くとして伏せられていたらしい。
だからこそ、予測された最後の日にこれを放送したのだろう。
俺は齧りかけの焦げたパンと炭酸飲料を最後の晩餐…朝食だが雰囲気を察してくれ。…と拝み丁重に噛み、飲んだあと、人生で初めて授業をサボると決めた。行ったところで開いてもなさそうだが。
この地域に影響される時間は午後2時。もしかしたらもっと早いかもしれないし遅いかもしれないが、ざっくりとした予定はたてやすくなった。今まで隠していた期間での調査のおかげだ。
やや使い古したスニーカーの靴紐を縛り、隕石が奇跡的に避ける可能性も視野に入れて玄関の鍵を閉める。鳥の声から人の喧騒に変わった道をいつものスピードで歩く。今更どこにも逃げようがないのだから、いつものように。きっと電車は使えないから、歩いて行く。たぶん間に合うはずだから。
人は泣いたり怒ったり、急いで愛する人の所へ行ったり家族に電話したりと様々だ。生憎、俺が遺される側だったのは幸福だろう。まさかこんな形で後追いをするとは思わなかったが。
途中で暴動を起こす人間がいたが、公務員も今回は動けないだろう。なんてったって彼らも等しく人間だからだ。まぁこんな第三者語りしている俺も人間なのだが。
そう、俺は第三者なのだ。
世界の終焉を止めようと躍起になり走る勇敢さも、
世界の終焉を一番最後まで残りその時を見送る幸運さも、
一切持たないただのエトセトラだ。そんなロマンチックなことをしたがらない比較的リアリストでもある。惑星がぶつかるって前にリアリストもロマンチストもないと思うが。
なるべく人混みを避けて、知らん顔の猫を傍目に、そのまま歩いていく。
午後1時52分。
着いたのは小さな墓地。結構ギリギリになってしまった。それに疲れた。腕時計はデジタル時計ではないから電波のブレなどで時刻が狂ったりはしていないだろう。
俺は墓地を歩きその中のひとつの墓前に立った。
墓に添えてある花は枯れていたが新しい花を用意できなかったことは許して欲しい。
周りの喧騒から離れた、この静かな石を愛おしく思った。
俺は墓に向かい一言
「君の期待した世界滅亡だ。おめでとう。」
と言い放った。
 …あぁ、揺れがきた。

きっとそれは、世界最後のメロドラマ。

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