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竜の肉を喰らう禁忌を犯した罪人はその命を賭して竜を鎮めよ

ゆきんこ

――003―― 『傀儡の王』

 あの卒業パーティーからどれ程の時が流れたのだろうか。
 マリーの髪はすっかり伸びきり、世間はマリーという婚約者がいたことなどなかったように忘れ去り、皇太子だったフランシスは国王として君臨し、その隣に侍る王妃カロリーヌの美しさを人々は称えていた。
 そして、仲睦まじい二人の間に御子が出来る日を首を長くして待っている。それはカロリーヌも同じで、怪しげな祈祷や薬にまで手を伸ばしていた。その必至な様子にフランシスは冷めた目を向ける。子供はその内出来ると暢気にかまえ、仕事と称しては夜遊びに耽り、疲れたと言っては閨を別にしていた。
 今になってマリーの事を思い出すことが多くなっていた。あの卒業パーティーの日にカロリーヌから聞いた話を碌に調べもせず、感情のままにマリーを断罪したのだ。別れた事を後悔していると気が付いたのは王となってからだ。

 本当にマリーは自分を裏切り、他の男に思いを寄せていたのだろうか。
 王妃に成りたい為だけに自分の恋人として過ごしてきたのだろうか。

 ヴレットブラード男爵の横領は仕組まれた可能性があると最近耳にした。それは夜会の場で風の噂で流れてきたに過ぎず、マリーが王都のどこかにいるとも聞こえた。噂は噂と気にしてはいけないと、僅かな酒で酔ってしまったとその場は己を押えたが、後になって気になって仕方がなかった。
 夜伽がなければ子が出来ないと、騒ぎ立てるカロリーヌに嫌気がさしているせいもある。
 カロリーヌは王妃としては優秀な女性だ。
 夜会では必ずといっていい程その美しい姿に相手を翻弄させ、虜にしてしまうし、また策謀に長け、政敵を次々と陥落させていく。
 カロリーヌ王妃に御子が出来れば完璧だと言わしめるほどだ。
 フランシスはそんな彼女に自分の劣等感を刺激されていた。『言いなりの皇太子』まだ王子だった頃、影で付けられていた名に抗わず、受け入れていた自身をなじりたかった。あの頃はマリーが側に居れば後はなんでも良かった。今だって、全ての事をカロリーヌや側近の者達に任せなにも考えていない。今、影で『傀儡の王』などと呼ばれているなど知るよしもなかった。

「……マリー」

 フランシスの呟きに側近のリュックが聞き返す。なんでもないと答えるフランシスにリュックは持っていた書類を近くの机に置く。

「陛下、私は学生時代よりお側におり、あなた様の一喜一憂をずっと見て参りました」

 改めて言葉にしなくてはこの『傀儡の王』には伝わらないのかと、リュックは半ば呆れている。今までだって何度も自分はフランシスの友人だと言い、どんな王になろうとも違えることはないと言い聞かせてきたつもりだ。その自分に悩みの一つも打ち明けられないのか傷ついてもいた。今も昔も肝心なことはなにも言わない。マリーと別れた時のことも後から人伝に聞いた。当時は留学していたため、あの卒業パーティーには参加しておらず、帰って来てから事の顛末を知ったのだ。
 付き合うまでも散々リュックの事を振り回し、根回しに翻弄したというにも関わらず、マリーと別れた理由も彼女が悪いの一点張りで、詳しく話してもらえなかった。
 今だってそうだ。それでも、長く時を共にしてきたせいか、フランシスが考えていることは大体分かる。

「フランシスが最近、悩んでいることを知っている」

 フランシスは椅子の背もたれから体を起し、リュックに顔を向ける。

「カロリーヌ王妃の事、いや、マリー嬢の事だろう?」

 リュックには頭が上がらないと笑いが込み上げる。突然笑い出したフランシスにリュックはどうしていいのかと、戸惑う。一頻り笑ったフランシスは憑きものが落ちたように清々しい顔でマリーへの愛を口にした。学生時代散々聞かされた懐かしい言葉の数々だ。

「彼女は今、なにをしているのだろうか?」
「マリー嬢は……」

 リュックはなんと言えばいいのだろうと逡巡する。事実を淡々と伝えればいいのか、粉飾にまみれた言葉に変換すべきか、キレイな思い出のままとなるよう嘘を伝えようかと巡らせる。

「マリーには謝りたい。私が情けなかったばかりにいらぬ苦労をかけさせてしまっただろうから」

 本当になにも知らないフランシスに情けなく思うが、彼は『傀儡の王』なのだから仕方がないかと諦めにも似た思いもあった。

「彼女は今、娼館におります」

 さすがにフランシスも娼館がどういう場所であるか分かっているだろうと話を続ける。

「彼女は父親の罪を被る形で娼婦に落とされております」

 リュックは一人でマリーの父親が犯した横領事件について調べていたのだ。学園を卒業したばかりの青二才であっても、あの横領事件には不可解な事が多いと感じた。禄に調べもせずに処刑された男爵に、その罪を被らされたマリー、妻に収まったカロリーヌ。全て仕組まれていたとの仮説を元に動いていた。派手に動くにはきな臭く、マリーの居所を知ったのは本当に最近だった。
 フランシスは血相を変え、椅子を倒し机を打ち付ける。

「どうして、マリーがそんな所に? 浮気ごときでそこまで酷い目に遭わなくてはいけなかったのか?」

 フランシスの言葉にリュックは眉を潜める。マリーの浮気など初めて耳にした。あれだけ巷を騒がせ、憧れさせた恋人たちだ。幾ら聞いても答えず、フランシスがなぜ別れたのかとずっと疑問だった。

「マリー嬢が浮気? それは誰から聞いたのですか?」
「カロリーヌだ。男爵の証言があった……と」

 信じ切っていたカロリーヌへの思いが形を崩していくように、卒業パーティーの事が思い出される。どうして愛しいマリーを信じ切れなかったのだろうと、なぜマリーの言葉を聞こうとしなかったのだろうと後悔となって押し寄せる。

「今すぐに馬車の用意をしろ!」
「どこに行こうというのですか?」

 今にも部屋を飛び出して行きそうなフランシスを諫める。

「マリーの所だ。リュックがどこにいるのか知っているのだろう?」

 幾らマリーの居場所を把握しているからといって、王であるフランシスを簡単に行かせられるような場所ではない。娼館といっても、高位貴族等が通うような高級店ならまだしも、マリーがいるのは貧民街の娼館だ。さあ、どうぞと言うわけにはいかない。

「彼女に会ってどうするおつもりですか?」
「勿論謝りたい。あの時は気が動転していたのだ」

 マリーの苦労をなにも考えていない能天気なフランシスの言葉にリュックは呆れる。

「あなたはマリー嬢に恨まれているかもしれないとは考えないのですか?」
「恨まれる? 余がマリーに? ……恨み言の一つ二つは言われるだろな。それでも彼女は聖女のような人だ。話せば分かってくれる」

 子供のような屈託のない顔でマリーを語るフランシスにそれ以上なにを言っても無駄だと悟る。フランシスは全て自分の都合のいい方向にしか考えられないのだ。そうでなければ『傀儡の王』などと呼ばれることもなければ、マリーとも別れていなかったはずだ。
 リュックはマリーを迎える準備に部屋を後にする。
 一人残されたフランシスはマリーに会えるのだと、思春期の子供のように胸を高鳴らせる。

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