竜の肉を喰らう禁忌を犯した罪人はその命を賭して竜を鎮めよ
――001―― 婚約破棄
漢字 王立学園ブーゲンビリアで今日、卒業式が行われた。
卒業生の中には巷を賑わせる噂の恋人達がいる。二人に憧れ、二人を題材にした小説や舞台が開催されるくらいだ。学生達の間で噂になっていた話はいつの間にか、国中に広まっていたのだ。
その噂の二人とは、アンテリナム王国の皇太子フランシスとヴレットブラード男爵の一人娘マリーだ。彼が見初めた相手が男爵令嬢と身分の低い娘であったこと、また、彼女がとびきりの美女ではなく、どこにでもいる普通の娘であったことが人々の心を掴んだのだ。
フランシスに政略上必要な婚約の噂が上がる度に、反対運動が起こるくらい誰もが二人の仲を応援していた。男爵令嬢を時期国母となる皇太子妃に迎えることに国の上層部は凡例がないと渋っていたが、国民からの人気を考えれば異存は出せず、二人は晴れて将来を約束する事が出来たのだ。
この日、行われる卒業パーティーにおいて主役は勿論この二人だった。
フランシスにエスコートされ会場に現れるマリーのドレス姿はどの令嬢達よりも目を惹いた。薔薇のように幾重にも重ねられた薄いピンクの生地が歩く度に揺れ、胸元を飾る柔らく輝く緑色の貴石がマリーの可憐さを引き立てる。愛し愛される娘は美しいと誰しもが、目で追う。
亜麻色の髪を彩る花はフランシスの胸元にあるものと同じだ。フランシスの黒い瞳にはマリーしか映っていないかのように彼女の側から離れなかった。
「フランシス皇太子!」
突如と華やかなパーティーに響くフランシスを呼ぶ声にあたりは騒然とした。物々しい様子で乱入する騎士団に何事かと若者達は固まり、固唾を呑む。近隣諸国とは小さないざこざはあっても有事になりそうなものはなかったはずと、世事に明るい者は不安を募らせ、街中にドラゴンでも出たのかと、脳天気に考える者までいた。
騎士達の間からこの国の宰相ヴィカンデル侯爵が現れる。皇太子がいようと、たかだか学園の卒業パーティーに国の中枢を担う者が来ること事態異例だ。
「そこの女から離れて下さい。彼女の父親ヴレットブラード男爵は横領の罪で処断されました」
宰相の言葉に誰もが耳を疑った。マリーの父、ヴレットブラード男爵は人の良さだけで噂になるくらい害のない人物と知られていたのだ。横領など、嘘をつくことすら出来ない人である。
騎士に無理やり腕を引かれ、フランシスから離されたマリーは顔面蒼白だ。見開かれたその瞳はフランシスだけに向いていた。
真っ青な顔をしたフランシスは縋るようなその瞳から目を背ける。見ていられなかったのだ。愛する婚約者の姿をだ。「彼女がなにをした」と食ってかかれるほど彼は勇敢ではない。優しいといえば聞こえがいいが、事なかれ主義といった方がフランシスを飾るに相応しかった。
彼を支えるように令嬢が一人側に侍る。ヴィカンデル侯爵の娘であるカロリーヌから漂う香水がフランシスの鼻につく。
「ヴレットブラード男爵の証言では彼女には他に思い人がいるそうですわ。王妃の座を狙って皇太子に近づいたと」
今にも倒れてしまいそうなほど青白い顔をしたフランシスの耳元に囁かれたカロリーヌの言葉に焦点を失う。
「……マリー、今この場にて婚約を解消する」
震える声で告げられた文言の意味をマリーは理解出来なかった。何度も何度も頭の中を巡り、目を合わせようとしないフランシスの姿がぼやけていく。
「フランシス……?」
フランシスの代わりに応えたのは隣に立つカロリーヌだ。彼女は蔑むように冷たい目でマリーを連れて行くように命を下す。
「罪人の娘が気安く声を掛けるな。時期国王となるフランシス様のお側にいられる訳がありませんわ」
キツく捕まれた腕の痛みも感じないほどにマリーはフランシスだけを見つめていた。顔を押え、表情の見えない彼の肩は震え、カロリーヌがその背に手を添える。彼女の口端がニヤリとした姿にマリーは気持ちを切り替えた。
「……これは、なにかの間違いですわ。お父様がそんな事するはずが…痛っ!……」
騎士の拘束を解こうと抗うが、マリーのようなか弱い娘が簡単に逃れるわけもない。
「男爵の事はどうでもいい! マリー自分の胸に手を当ててよく考えることだな」
「なんの事を……おっしゃって……?」
フランシスの言葉を反芻したところで思い当たることのないマリーはなにも答えられず、フランシスを見つめるばかりだ。
二人のやり取りを待つ理由もない宰相は騎士に再度命を下す。騎士に連れて行かれるマリーにフランシスは一度も目を向ける事はなかった。
一連の様子を眺めていた若者達は音を立てることもなく茫然としていた。どれだけ輝きに溢れ、憧れ、理想を重ねてきた事だろう。二人がこの国をより良い方向へ導いてくれるのだと信じていた。その二人が今この場で別れてしまったのだ。宰相ヴィカンデル侯爵の登場よりも、マリーの父ヴレットブラード男爵の断罪よりも、二人の破局は青天の霹靂だった。
卒業生の中には巷を賑わせる噂の恋人達がいる。二人に憧れ、二人を題材にした小説や舞台が開催されるくらいだ。学生達の間で噂になっていた話はいつの間にか、国中に広まっていたのだ。
その噂の二人とは、アンテリナム王国の皇太子フランシスとヴレットブラード男爵の一人娘マリーだ。彼が見初めた相手が男爵令嬢と身分の低い娘であったこと、また、彼女がとびきりの美女ではなく、どこにでもいる普通の娘であったことが人々の心を掴んだのだ。
フランシスに政略上必要な婚約の噂が上がる度に、反対運動が起こるくらい誰もが二人の仲を応援していた。男爵令嬢を時期国母となる皇太子妃に迎えることに国の上層部は凡例がないと渋っていたが、国民からの人気を考えれば異存は出せず、二人は晴れて将来を約束する事が出来たのだ。
この日、行われる卒業パーティーにおいて主役は勿論この二人だった。
フランシスにエスコートされ会場に現れるマリーのドレス姿はどの令嬢達よりも目を惹いた。薔薇のように幾重にも重ねられた薄いピンクの生地が歩く度に揺れ、胸元を飾る柔らく輝く緑色の貴石がマリーの可憐さを引き立てる。愛し愛される娘は美しいと誰しもが、目で追う。
亜麻色の髪を彩る花はフランシスの胸元にあるものと同じだ。フランシスの黒い瞳にはマリーしか映っていないかのように彼女の側から離れなかった。
「フランシス皇太子!」
突如と華やかなパーティーに響くフランシスを呼ぶ声にあたりは騒然とした。物々しい様子で乱入する騎士団に何事かと若者達は固まり、固唾を呑む。近隣諸国とは小さないざこざはあっても有事になりそうなものはなかったはずと、世事に明るい者は不安を募らせ、街中にドラゴンでも出たのかと、脳天気に考える者までいた。
騎士達の間からこの国の宰相ヴィカンデル侯爵が現れる。皇太子がいようと、たかだか学園の卒業パーティーに国の中枢を担う者が来ること事態異例だ。
「そこの女から離れて下さい。彼女の父親ヴレットブラード男爵は横領の罪で処断されました」
宰相の言葉に誰もが耳を疑った。マリーの父、ヴレットブラード男爵は人の良さだけで噂になるくらい害のない人物と知られていたのだ。横領など、嘘をつくことすら出来ない人である。
騎士に無理やり腕を引かれ、フランシスから離されたマリーは顔面蒼白だ。見開かれたその瞳はフランシスだけに向いていた。
真っ青な顔をしたフランシスは縋るようなその瞳から目を背ける。見ていられなかったのだ。愛する婚約者の姿をだ。「彼女がなにをした」と食ってかかれるほど彼は勇敢ではない。優しいといえば聞こえがいいが、事なかれ主義といった方がフランシスを飾るに相応しかった。
彼を支えるように令嬢が一人側に侍る。ヴィカンデル侯爵の娘であるカロリーヌから漂う香水がフランシスの鼻につく。
「ヴレットブラード男爵の証言では彼女には他に思い人がいるそうですわ。王妃の座を狙って皇太子に近づいたと」
今にも倒れてしまいそうなほど青白い顔をしたフランシスの耳元に囁かれたカロリーヌの言葉に焦点を失う。
「……マリー、今この場にて婚約を解消する」
震える声で告げられた文言の意味をマリーは理解出来なかった。何度も何度も頭の中を巡り、目を合わせようとしないフランシスの姿がぼやけていく。
「フランシス……?」
フランシスの代わりに応えたのは隣に立つカロリーヌだ。彼女は蔑むように冷たい目でマリーを連れて行くように命を下す。
「罪人の娘が気安く声を掛けるな。時期国王となるフランシス様のお側にいられる訳がありませんわ」
キツく捕まれた腕の痛みも感じないほどにマリーはフランシスだけを見つめていた。顔を押え、表情の見えない彼の肩は震え、カロリーヌがその背に手を添える。彼女の口端がニヤリとした姿にマリーは気持ちを切り替えた。
「……これは、なにかの間違いですわ。お父様がそんな事するはずが…痛っ!……」
騎士の拘束を解こうと抗うが、マリーのようなか弱い娘が簡単に逃れるわけもない。
「男爵の事はどうでもいい! マリー自分の胸に手を当ててよく考えることだな」
「なんの事を……おっしゃって……?」
フランシスの言葉を反芻したところで思い当たることのないマリーはなにも答えられず、フランシスを見つめるばかりだ。
二人のやり取りを待つ理由もない宰相は騎士に再度命を下す。騎士に連れて行かれるマリーにフランシスは一度も目を向ける事はなかった。
一連の様子を眺めていた若者達は音を立てることもなく茫然としていた。どれだけ輝きに溢れ、憧れ、理想を重ねてきた事だろう。二人がこの国をより良い方向へ導いてくれるのだと信じていた。その二人が今この場で別れてしまったのだ。宰相ヴィカンデル侯爵の登場よりも、マリーの父ヴレットブラード男爵の断罪よりも、二人の破局は青天の霹靂だった。
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