異世界からの漂流物

七瀬 みおり

第一話 貝殻から波音はしない




 私は、人生を……いや、世界の運命を変える拾い物をした。

 真夏の午後の海辺を、足元の砂利をザリザリと踏みしめながら俯いて歩き続ける。幸いにも、強烈な太陽光は、今にも降り出しそうな雨雲に、遮ぎられて届かない。

 この海岸は、常に濃霧に覆われ、若干気温が周辺よりも低いそうだ。今日のような霧の晴れ間は少なくて好条件らしい。
 だが、作業用の通気性の悪い服装は、体感温度と不快指数をぐんぐん上昇させていく。

 それにしても、波に洗われて丸味を帯びた玉砂利の浜は歩きにくい。足場の悪い場所で時間までに目的を達成する為には、のんびりと作業をするわけにいかない。

 ここで、私が探し求めるのは半透明なガラスのカケラ……所謂いわゆるシーグラスだ。まるで低学年の夏休みの宿題用の工作材料を集めているようだが、決してそうではない。

 この海岸は、一般人の立入りを厳しく管理された場所だ。高濃度の魔素が、霧のように溜まる入り江『魔霧海岸』。数ある素材採集場の中でも、比較的安全に魔道具の一級素材を採取出来る場所だ。

 浜に流れ着いた普通の小石すら、魔素に侵食されて魔石に育って怪しい光を帯びている。魔素濃度が高すぎて、魔物ですら長時間の生存不能な場所だから、逆に私のようなか弱い女子一人でも安全な場所である。

 『魔霧海岸』は王国管理地で、資格がある者が採取の申請をすれば簡単に入れる。申請手続きは、希望日の一ヶ月前からする。だいたい、希望日一週間前に採取許可証が送られてくる。当日、許可証と装備を整えて監視所へ行けば採取許可が降りる。

 採取許可を得られる資格は、上級魔法試験の合格者か、魔法省の専門職員に限られている。
 例外は、魔法学校の卒業試験の課題のために、魔石化したシーグラスを採取する者にも許可される。私は、その例外にあたる。

 作業用の装備は、特殊なゴーグル付きガスマスクと、魔力遮蔽効果付きのフード付き防護服に、特殊な手袋とブーツを身につける。そうしないと、魔素に耐性のある魔法士であっても、魔素中毒を起こしてすぐに倒れてしまう。

「……あった! 魔素にきれいに染まったガラスのカケラ! …………うん、大丈夫。これも魔石化がかなり進んでる。こっちは、小さ過ぎるな。まだ量は足りないか? 念のため選別したいし、もう十個は欲しいな……」

 これだけ魔素が濃いと、魔力感知を頼りに探すのは不可能だ。地道にコツコツと視認しながら手に取り拾い集めるしかない。
 肩から斜めがけした採取カバンに入れたシーグラスをざっと見て考える。出来れば、シーグラスを多めに拾ってから質を揃えて選り分けたい。

 魔素に染まって魔石化したシーグラスは、卒業課題の魔道具作成の素材の一つだ。これは、魔道具の動力源に使用する。課題の条件は、ここで採取した分は、すべて使い切らなくてはならない。多過ぎず少な過ぎず、適量を採取する技量すら課題の要素としてみている。……試験の出題者は、きっと性格が悪い!

 玉砂利の海岸は、砂浜と違って賑やかな波音がする。好みは分かれるだろうが、小石が波間でぶつかり合う独特の響きは、飽きないし耳に心地よく感じる。

 キラリと視界の端に光が瞬いた。

 ぶ厚い手袋ごしに、硬質ながら軽い塊を砂の中からすくい上げると、理想的な大きさのシーグラスだった。魔石化の進行度合いもなかなか良い具合で、これを基準にして魔石化の度合いを揃えればいいだろう。

「あ、またあった! ……って、あれっ?!」

 掴み上げようとしたそのガラスは、思ったよりも大きくてしっかりした形を保っていた。カケラではなく、無色透明のガラス瓶だ。

 手のひらにギリギリ収まるミニサイズのガラス瓶は、金属キャップではなく木の栓と茶褐色の蝋でしっかりと封がされている。それなのに、中身はアルコールの類いの液体は入っていない。空っぽのガラス瓶に、小さなメッセージカードが一枚だけ納まっていた。
 読もうとガラス瓶を傾けると、クルンと裏返って白紙の裏面になってしまう。

「珍しいな。ボトルメール……だったかな。ふーん。魔素の侵食が無いから、流れ着いたばかりだな……」

 ガラス瓶を何度も上下左右に振って、文字を追いかけてみた。読みやすい向きに変えようとすると、硬い紙質のカードは音もたてずにクルンクルンと内側で回っては、白紙しかこちらに見せない。
 ガラス瓶を頭上に持ち上げて、下から覗き込むと、逆光でカードの文字は読めなかった。

 あー、調べるのが面倒くさくなってきた。ガラス瓶の検証は後回しにして、魔石化したシーグラスの採取に励むことにしよう。防護服のポケットにガラス瓶をしまい、残りの時間はシーグラスを探して歩く事にした。

「あと、残り時間は十分か……」

  浜辺の平らな岩に腰を下ろして、採取したシーグラスを選り分ける。素材は何であれ、品質が均一な方が加工しやすい。集めたシーグラスが減り過ぎない程度に、感覚的に選り分けて、採取カバンから不要なカケラをポイポイ投げた。雑に見えるかもしれないが、瞬時に判断するように散々訓練してきたから出来る事だ。

「よし、こんなものかな……」

 あとは、監視所で検査してもらい、採取証明書の発行と特殊な梱包をしてもらい、受け取って帰宅するだけだ。    
 採取ハンターの資格がない者は、二級以上の魔法素材を証明書無しに持ち歩いてはならない。他にも色々と面倒な規則がある。
 監視所のゲートで、マスクや防護服に付いた魔素を洗浄する。洗浄が不十分だと次の部屋への扉が開かない。
 三枚目の扉を開けて廊下の突き当たりの採集物検査カウンターに採取カバンごと採取物を提出する。採取カバンは、監視所から貸し出された物だ。
 監視所の職員から、作業が終わるまで時間がかかるので、先に更衣室で着替えを済ませるように指示された。

 更衣室のロッカーで、仮面のようなマスクを外して大きく息を吐いた。防護服一式は自前だ。専門販売店に注文して作ると、かなり高価な買い物になる。
 しかし、魔法学園は学費や教材は基本的に無料なので助かっている。その代わり、一定のレベル以上の成績と卒業後の進路は、国家公務員になるのが条件だ。
 もしも、成績不振が続いたり、卒業後に国家公務員以外の職に就く場合は、一年以内に必要経費全額を一括返済しなければならない。タダより怖いものはない……。

 防護服一式は、きちんと専用の袋に詰めなければならない。ちなみに、専用袋には、自動洗浄機能が付与されている。魔素や埃は落とさないといけないが、入れておくだけで殺菌洗浄してくれる。
 正直、シャワーでも浴びて帰りたいが、監視所に来所者用の入浴設備はない。防護服のランクがいい物は、服の内部を適温に保ってくれる。
 これは、学園の支給品だから、そんな高機能は付いていない。魔道具作成の専門分野に進むつもりだから、将来は自分で改造するつもりだ。

 防護服を畳んでいる時、布地の感触以外に硬いものを感じた。

 一瞬で血の気が引いた。左右を確認して、更衣室全体を見まわした。今日は、私以外に来所した者はいないらしい。

「チッ! 暑さでボケたか……」

 採取物は砂つぶ一つでも、必ず採取物検査カウンターを通さなければならない規則だ。採取証明書無しに採取物を持ち出すと、違反者は逮捕される。

 うっかりしてたと言って提出すべきか、それとも……。

 ガラス瓶はほぼ魔素の浸食はなかった。それなら、このまま帰りの検査ゲートを通過しても大丈夫だろう。最初から防護服に入っていた私物と言い張れば平気、平気、平気……だと思う。さっさと帰り支度をしてしまおう。とりあえず、ガラス瓶は記憶から消えておこう。

「王立総合魔法学校、魔道具学科所属、ミシェル・ウルカ・ランパード様。お待たせ致しました。窓口までお越し下さい」

 監視所の係員の呼出しに、慌てて出所ゲート窓口へ急いだ。

 何食わぬ顔で、ゲートの専用コンベアの上に荷物を乗せた。採取物を申告しないで持ち出すのを防止する、魔力検知装置を無事に手荷物は通過した。

 窓口で採取証明書と梱包された採取物を受け取る。ちなみに、料金は無料だ。

 私は、帰りゲートを何のトラブルなく通過して、すっかり気が緩んでしまっていた。

 ボトルメールの事は、記憶からこぼれ落ちてしまい、防護服のポケットの中身を思い出すまでに、一ヶ月以上が過ぎてしまった。

 夏の終わりに、それは起きた。





 ゆるっとした設定です。

 お読みいただき、ありがとうございます。



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