最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?
在りし日の追憶 サクヤ 前編
寺畑美咲は本の虫であった。
親は両働きで、内気な性格のため誰かと遊ぶといったこともせず、一人の時間をただひたすら本を読むことで消化していた。一人にしてしまっている申し訳なさからか、親が定期的に色々な本を買ってきてくれるため本好きが加速していく一方だ。
そんな美咲にとって学校生活は面倒極まりないものだった。
まだ遊び盛りの小学生であるから当然と言えば当然だろうが、ドタバタと走り回ったり大声で騒ぐ生徒達がいるこの空間が美咲は嫌いだった。本を読もうにも、あまりにもこの環境は適さない。結果として無為な時間だけが過ぎていく。
だがそんな時間に変化が訪れる。
月に一度行われるクラスの席替え。くじ引きで決められた席に移動すると、ふと隣になった男の子と目が合う。
「よろしくね」
「……よろしく」
挨拶をされ、少し遅れて返す。又聞きでがあるが、美咲はこの男の子についてよく知っていた。
子供にしては落ち着いていて、既に大人びた雰囲気をしている彼。そんな彼は将来の有望性を感じさせる整った顔立ちをしており、成績優秀で運動神経抜群。クラスの人気者で、更に父親は大企業のお偉いさんらしい。
たしか名前は――――闇木連夜。
彼の隣の席になりたいであろう女の子は山ほどいる中で、美咲は偶然にもその座を勝ち取ってしまった。しかし美咲はそんなことは微塵も気にせず、席替え後の自由時間を謳歌すべく、持ってきていた本を取り出した。
「あ、それって最近発売したミステリー小説?」
さあ読み始めるぞというタイミングで連夜から話しかけられ、若干気落ちしてしまう。
「う、うん……そうだけど」
「僕も読みたいなと思ってたんだ。その作家さんが好きでさ」
「そ、そうなの?」
「うん。前作のラストは驚きの連続だったよ」
どうやら彼も本好きのようだ。周りに同士はいなく、好きなものについて話し合うことが今まで出来なかっただけに美咲の心は躍った。
互いに読む本の傾向も似ていたからか、話に花を咲かせていく。普段は口数が少ない美咲も笑顔を見せながら饒舌になっていた。
すっかり二人は意気投合し、行動を共にすることが多くなった。休憩時間に意見を交換しあったり、オススメの本を貸し合ったり、休日に二人で図書館へと足を運ぶこともあった。美咲は連夜と同じ時を過ごすにつれ、胸の奥に暖かな想いが芽生え始めていた。
しかし、そんな日々は突如終わりを迎えた。
「連夜くんおはよう」
「…………」
「連夜くん?」
「………あ、美咲ちゃん。おはよう」
何やらぼーっとしている連夜に美咲は不信感を抱きどうしたのかと聞くが何でもないよと返された。その日、連夜はほとんど上の空だった。
あれから数日。今日は水泳の授業がある日だったが美咲と連夜は体調不良を理由に見学を選んだ。
「今日は暑いね……」
そう言って美咲は体操服の襟で顔から流れる汗を拭く。
連夜も汗を拭こうと体操服の襟を持ち上げる。そこで美咲は見てしまった。
体操服で隠れていた連夜の腹部に、いくつもの痣があることを。
連夜は見られたことに気付いていないようだ。きっと無意識のうちの行動だったのだろう。
――――あれは何? 一体誰が?
連夜はクラスの人気者であり、先生からの評判もいい。彼が学校でイジメを受けるだなんて考えらない。そうなると――――
美咲は一つの可能性に辿り着くも、誰かにそれを打ち明けることは出来なかった。所詮は子供の戯言だと切り捨てられるのがオチだ。それからも連夜の表情には陰りが現れるようになった。
後日、美咲はクラスの女子から呼び出しを受け、人目につかない体育館裏へと呼び出されていた。そこで待ち受けていたのはクラスメイトである女の子と、その取り巻き二人だった。
「な、何か用? 足立さん」
その女の子――足立理沙は美咲を鋭く睨みつけていた。
「連夜の事だけどさぁ……あんた、連夜に何したの?」
「な、何もしてないよ!」
「ほんと? あんたと関わるようになってから連夜の様子がおかしくなったんだけど」
たしかに連夜は美咲と関わってから様子が変わってしまったと捉えられなくもない。それまでは明るかった連夜が、美咲と隣になってから暗くなってしまっているのだから。
「あたしさぁ、連夜のこと狙ってんだよね。イケメンで金持ちとか優良物件じゃん? だからちょっかいとか出されたくないんだよね」
「べ、別にちょっかいなんて……」
「うるさい」
「っ!!」
腹部へと走る衝撃で肺の空気が無理矢理押し出され、呼吸がままならなくなる。理沙によって腹部を殴られた美咲はそのまま膝をつくと、今度は取り巻きたちに脇腹を強く蹴られ始める。防衛のために体を丸め、腕で頭を守ることが美咲の精一杯だった。
「これでまだあたしの連夜に付きまとうようだったら、もっと痛めつけてあげる」
そう理沙は言い残し、取り巻きを連れて去っていった。
「……これで、連夜くんの気持ちが少しでも分かるかな……」
体中に走る痛みを堪えながら、美咲はそう呟いた。
美咲は連夜との関係を断つつもりはない。なにせそれは、彼女にとって初恋だったから。
理沙達による暴力は続いた。何度警告しても連夜から離れない美咲に対して過激さは増していくばかりだ。
しかし、この痛みは美咲にとっては誇りでもあった。こうして連夜と同じ痛みを共有しているからこそ、彼の気持ちがよく分かる。美咲は連夜の傍に寄り添い続けた。
その甲斐あってか、連夜は少しづつではあるが明るさを取り戻していた。本談義も再開され、幸せな日々が再び始まろうとし――――
連夜はこの世から去っていった。
朝のホームルームで担任から通達された訃報。死因は交通事故だという。だが美咲はそれが真実だとは思わなかった。本当の死因について思い当たるところがあったから。
放課後、連夜を失ったことによる理沙達からの暴力は今までで一番の過激さだった。連夜が唯一の支えだった美咲は、精神的にも肉体的にもボロボロとなり、やっとのことで帰途につく。
ふらふらとした足取りで目は虚ろになっていた美咲は無意識の内に足を進め――――
通学路途中にある階段から、足を踏み外した。
落ちる直前の一瞬の浮遊感、美咲は思う。
これで私も、連夜くんのところに――――
転がり落ちた彼女は、幸せそうな笑みを浮かべていたという。
親は両働きで、内気な性格のため誰かと遊ぶといったこともせず、一人の時間をただひたすら本を読むことで消化していた。一人にしてしまっている申し訳なさからか、親が定期的に色々な本を買ってきてくれるため本好きが加速していく一方だ。
そんな美咲にとって学校生活は面倒極まりないものだった。
まだ遊び盛りの小学生であるから当然と言えば当然だろうが、ドタバタと走り回ったり大声で騒ぐ生徒達がいるこの空間が美咲は嫌いだった。本を読もうにも、あまりにもこの環境は適さない。結果として無為な時間だけが過ぎていく。
だがそんな時間に変化が訪れる。
月に一度行われるクラスの席替え。くじ引きで決められた席に移動すると、ふと隣になった男の子と目が合う。
「よろしくね」
「……よろしく」
挨拶をされ、少し遅れて返す。又聞きでがあるが、美咲はこの男の子についてよく知っていた。
子供にしては落ち着いていて、既に大人びた雰囲気をしている彼。そんな彼は将来の有望性を感じさせる整った顔立ちをしており、成績優秀で運動神経抜群。クラスの人気者で、更に父親は大企業のお偉いさんらしい。
たしか名前は――――闇木連夜。
彼の隣の席になりたいであろう女の子は山ほどいる中で、美咲は偶然にもその座を勝ち取ってしまった。しかし美咲はそんなことは微塵も気にせず、席替え後の自由時間を謳歌すべく、持ってきていた本を取り出した。
「あ、それって最近発売したミステリー小説?」
さあ読み始めるぞというタイミングで連夜から話しかけられ、若干気落ちしてしまう。
「う、うん……そうだけど」
「僕も読みたいなと思ってたんだ。その作家さんが好きでさ」
「そ、そうなの?」
「うん。前作のラストは驚きの連続だったよ」
どうやら彼も本好きのようだ。周りに同士はいなく、好きなものについて話し合うことが今まで出来なかっただけに美咲の心は躍った。
互いに読む本の傾向も似ていたからか、話に花を咲かせていく。普段は口数が少ない美咲も笑顔を見せながら饒舌になっていた。
すっかり二人は意気投合し、行動を共にすることが多くなった。休憩時間に意見を交換しあったり、オススメの本を貸し合ったり、休日に二人で図書館へと足を運ぶこともあった。美咲は連夜と同じ時を過ごすにつれ、胸の奥に暖かな想いが芽生え始めていた。
しかし、そんな日々は突如終わりを迎えた。
「連夜くんおはよう」
「…………」
「連夜くん?」
「………あ、美咲ちゃん。おはよう」
何やらぼーっとしている連夜に美咲は不信感を抱きどうしたのかと聞くが何でもないよと返された。その日、連夜はほとんど上の空だった。
あれから数日。今日は水泳の授業がある日だったが美咲と連夜は体調不良を理由に見学を選んだ。
「今日は暑いね……」
そう言って美咲は体操服の襟で顔から流れる汗を拭く。
連夜も汗を拭こうと体操服の襟を持ち上げる。そこで美咲は見てしまった。
体操服で隠れていた連夜の腹部に、いくつもの痣があることを。
連夜は見られたことに気付いていないようだ。きっと無意識のうちの行動だったのだろう。
――――あれは何? 一体誰が?
連夜はクラスの人気者であり、先生からの評判もいい。彼が学校でイジメを受けるだなんて考えらない。そうなると――――
美咲は一つの可能性に辿り着くも、誰かにそれを打ち明けることは出来なかった。所詮は子供の戯言だと切り捨てられるのがオチだ。それからも連夜の表情には陰りが現れるようになった。
後日、美咲はクラスの女子から呼び出しを受け、人目につかない体育館裏へと呼び出されていた。そこで待ち受けていたのはクラスメイトである女の子と、その取り巻き二人だった。
「な、何か用? 足立さん」
その女の子――足立理沙は美咲を鋭く睨みつけていた。
「連夜の事だけどさぁ……あんた、連夜に何したの?」
「な、何もしてないよ!」
「ほんと? あんたと関わるようになってから連夜の様子がおかしくなったんだけど」
たしかに連夜は美咲と関わってから様子が変わってしまったと捉えられなくもない。それまでは明るかった連夜が、美咲と隣になってから暗くなってしまっているのだから。
「あたしさぁ、連夜のこと狙ってんだよね。イケメンで金持ちとか優良物件じゃん? だからちょっかいとか出されたくないんだよね」
「べ、別にちょっかいなんて……」
「うるさい」
「っ!!」
腹部へと走る衝撃で肺の空気が無理矢理押し出され、呼吸がままならなくなる。理沙によって腹部を殴られた美咲はそのまま膝をつくと、今度は取り巻きたちに脇腹を強く蹴られ始める。防衛のために体を丸め、腕で頭を守ることが美咲の精一杯だった。
「これでまだあたしの連夜に付きまとうようだったら、もっと痛めつけてあげる」
そう理沙は言い残し、取り巻きを連れて去っていった。
「……これで、連夜くんの気持ちが少しでも分かるかな……」
体中に走る痛みを堪えながら、美咲はそう呟いた。
美咲は連夜との関係を断つつもりはない。なにせそれは、彼女にとって初恋だったから。
理沙達による暴力は続いた。何度警告しても連夜から離れない美咲に対して過激さは増していくばかりだ。
しかし、この痛みは美咲にとっては誇りでもあった。こうして連夜と同じ痛みを共有しているからこそ、彼の気持ちがよく分かる。美咲は連夜の傍に寄り添い続けた。
その甲斐あってか、連夜は少しづつではあるが明るさを取り戻していた。本談義も再開され、幸せな日々が再び始まろうとし――――
連夜はこの世から去っていった。
朝のホームルームで担任から通達された訃報。死因は交通事故だという。だが美咲はそれが真実だとは思わなかった。本当の死因について思い当たるところがあったから。
放課後、連夜を失ったことによる理沙達からの暴力は今までで一番の過激さだった。連夜が唯一の支えだった美咲は、精神的にも肉体的にもボロボロとなり、やっとのことで帰途につく。
ふらふらとした足取りで目は虚ろになっていた美咲は無意識の内に足を進め――――
通学路途中にある階段から、足を踏み外した。
落ちる直前の一瞬の浮遊感、美咲は思う。
これで私も、連夜くんのところに――――
転がり落ちた彼女は、幸せそうな笑みを浮かべていたという。
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コメント
ノベルバユーザー558342
続きが気になります!更新楽しみに待ってます!