最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

真紅の反抗

章タイトル回を遅刻するという。
日本シリーズが面白くて...(言い訳)




 獣のような声を上げ襲いかかってくるエドガー。そんな相手に対してロゼッタは様子見を選んだ。

 情報が有るか無いかは勝敗に大きく関わってくる。ましてや今のエドガーは理性を失っている。知らない相手と戦うと仮定した方が良いと判断した故の選択だ。

「がぁっ!」

 目で追えぬ速さではない。
 そう判断して振り下ろされた腕を受け止める。ここで変貌する前の父とは違う部分に気付いた。

「くっ……!」

 人間の力とは思えない程の重い一撃。ロゼッタは即座に魔法を唱えた。

身体強化フィジカル・ブーストォ!」

 身体能力を上げる魔法。これで力負けすることはないが、短期決戦を強いられることにもなった。

 常に身体に魔力を流し続ける為、魔力はどんどん減っていく。枯渇する前に決着をつけなければいけない。精霊王と契約して膨大な魔力を持っていればそのようにはならないのだが……

「はぁっ!」

 受け止めていた腕を押し返すとエドガーは後ろへとバランスを崩す。その隙を見逃さない。

「なに!?」

 敵ではあるが元は父親だ。その情からか足を狙い槍を振るったが、まるで岩を叩いたかのような手ごたえが返ってきた。
 力だけではなく防御面においても大きく変わっていた。

 だが考える時間など与えられない。ロゼッタは突破口を見つけられないまま、体力と魔力だけが消費されていく。

 ーーーーなにか! なにか策はないのか!

 相手の馬鹿力に岩のような硬さの肉体。元々魔法が得意ではないロゼッタにとっては苦手な相手だった。

「ぐっ……!」

 拮抗していた戦いに、ついに終わりが見えた。ロゼッタの腕が悲鳴を上げ、攻撃を受け止めきれずに押し負けてしまい、よろける。
 次の瞬間、ロゼッタの目に映ったのは両腕を大きく振り上げるエドガーの姿だった。

 ーーーーここで終わってしまうのか……

 目をつむるという、戦うものにとってはあるまじき行動をとってしまう。
 だが来たるはずの衝撃が一向に来ない。

 ゆっくりと目を開けると――

「よう、もう終わりか?」

 どこかこの状況を楽しんでいるような顔でレンヤが立っていた。エドガーは両腕を振り上げたまま止まっている。

「とんだ期待はずれだったな。期待した俺が馬鹿だった」
「貴様!!」
「大きな声を上げてどうした? 無様に負けそうになってたのはどこのどいつだ? いきなり俺に決闘を持ち込んできたふてぶてしさはどこにいったんだ? キャンベル家の誇りとやらはただの飾りか?」
「そ、それは……」

 ロゼッタは情けない姿を晒している自覚はあった。父がこうして暴れている時点でキャンベル家はどうなってしまうのかは想像に難くない。あまりにも目撃者が多すぎた。せめてその娘の手で終わらせることが出来れば良いのだが、この有様だ。

「身内の後始末ぐらいしっかりやれ。これぐらいの手助けはしてやる」

 そう言ってレンヤは一本の槍を渡してくる。なんの飾り気もない、ただ真紅に染まった槍だ。
 普通の人が見たらそう思うだろう。

 ただここには普通ではない者がいた。

「お前にはこれがどう見える?」
「……あたしはこいつと出会うのは必然であったのだろう、そう思った。槍自身が自分を使えと語りかけてきているかのようだ」

 不思議な感覚に戸惑いながらも、魔力を流す。すると槍は光り輝き始めた。

「過去の大戦の遺物だ。所有者を武器自身が選び、選ばれし者は栄光を手にすると言われている」
「これが……」

 なぜ選ばれたのが自分なのか。ロゼッタは困惑していた。

「それをどう使うかはお前次第だ。強大な力を振りかざし、周りを屈服させるもよし。自分の手には余ると、捨ててしまっても構わない。さぁ、どうする?」

 これさえあればきっとラルフもミレーヌも敵ではないだろう。そう感じさせる何かがロゼッタには伝わってきていた。

 だからこそ、ロゼッタは決断する。

「今のあたしでは力不足だ。この槍に頼らなければ道を切り開けぬほど、あたしの無力さというものを知った」

 ロゼッタは穏やかな顔で、語り続けた。

「だから、今はこれに頼らせてもらう。でもいつか、あたしはあたし自身の力で道を切り開き、栄光を手にして見せる。その時になったらもう一度お前に決闘を申し込む」
「断る。んな面倒臭いことやるわけない」
「なに、今はそれでいい。目指すべきものがあるからこそ、あたしは迷わずに進んでいける」

 ロゼッタは気付いた。目標とすべきはこの男なのだと。

 圧倒的な力を手にしながら、驕ることはない。無愛想ではあるが、大切な者を守り抜く意志を持っている。そして何よりも、今の自分を助けてくれたように隠しきれていない優しさがある。

 本人は望んでいなくとも、周りに人が集まるようなそんな存在だ。物語の主人公たりえる男。

「あたしはキャンベルの名を捨てる。今からただのロゼッタとなり、世界を回り、様々な経験をし、それを糧にいつかお前に追いついて見せる」

 レンヤは面倒臭いことになったと溜息をつく。ロゼッタの心境の変化はなんとも分からないが、変に憧れの目を向けられているのは理解できた。

「まあいい。覚悟が決まったからには絶対に勝て」
「分かっている」

 レンヤはそう言い残し姿を消した。次に顔を合わせるのは何年後になるのか。ロゼッタには分からない。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 動き出したエドガーに槍を振るう。理性は失っていても本能で何かを察したのか、無理矢理ブレーキをかけて後ろに跳躍し槍から逃れた。

 空いた距離。これは家で代々引き継がれてきた『神速の槍』という二つ名の元となった技に最適な距離だった。
 受け継いだ技で父を倒す。本来なら娘の成長を感じ、喜ぶべきことなのだろう。だが今のエドガーにその感情はない。

「今までありがとう、父上。そして――」

 ロゼッタは足に力を込め、強く地を蹴った。

「さようならだ」

 喉元に突き出された一突き。それは岩のように固い体を易々と貫き――――

 ※※※

「あはは、見事に選ばれたみたいだね」

 観客席で一部始終を眺めていたリオンは楽しそうに呟いた。

「楽しくなりそうだなぁ」

 その呟きを聞いたメルは、ただ首を傾げるのみだった。

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