最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

喋る男と聞く女

予約投稿のストックが切れてることに気付かなかった...




「つまりお前はただの少年に遅れを取ったわけだな?」
「いえ、相手はただの少年ではありませんでした。あの動きに殺気、それにあの目……父上、あれは化け物です」
「言い訳など聞きたくはない!!!!」

 怒号が響く。父である男を前にして少女は縮こまってしまっていた。

「お前は誇り高きキャンベル家の後を継ぐ者だ。いずれは他の御三家を抑えこの国を牽引していくだけの素質がお前にはある。分かっておるな?」
「はい、承知しております」
「ならもうよい。鍛錬に戻れ」
「失礼します」

 少女――ロゼッタは一礼をし去っていった。

「我が娘もまだ発展途上ではあるが実力は申し分ないはずだ……」

 娘を破った少年がいる。そう聞かされたときは序列が上の者にやられたのだろうと思っていた。だが相手は戦闘能力を持たないはずの一般科の生徒だという。

「名は確かレンヤだったか……面白い」

 男は興奮を抑えきれない様子でそう呟いた。

 ※※※

「誰か買い出し行ってくれるー?」
「あ、私が行く!」
「ありがとう! 適当に荷物持ちに男子連れてっていいからね!」

 学園祭まであと数日と迫った日の放課後。話し合いの結果、執事&メイド喫茶をやることに決まった2―Cは準備に追われていた。

 そんな中で飾りつけに足りない材料の補充のための買い出しを引き受けたのはメルだった。

「兄さん、付き添い頼める?」
「あ? 分かっ……いや、やっぱり忙しくて無理だ。あそこでサボってる奴でも連れてったらどうだ?」

 そう言ってギルが指さす先には皆が忙しそうに動き回ってる中で唯一何もせずに椅子に座ったまま居眠りをしているレンヤだった。

「デートのチャンスだぞ? うまくいけば良い雰囲気になるかも……」
「何言ってるの! この馬鹿兄さん!」
「おーこわこわ。んじゃ頑張れよ~」

 妹の怒りから兄は逃げ出した。心なしかメルの頬は色づいている。

「しょうがない、これはしょうがないことだから……」

 必死に言い訳を自身に言い聞かせながらレンヤの肩を揺らす。

「レンヤ、起きなさい」
「ん……なんだ、もう帰っていいのか?」
「あなたは何しに学園来てんの。そうじゃなくて少し買い物に付き合ってくれない?」
「終わったら帰っていいか?」
「いいよ、私が話をつけておくから」
「ならさっさと行くぞ」

 途端に元気になり教室を出ていくレンヤをメルは呆れながら追いかけた。

 ※※※

「いやー本当に偶然だね!」
「大声を出すな、うるさい」

 レンヤはメルと二人で買い出しに出たはずだった。なのになぜか隣にはリオンがいた。

「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁だよ」
「そんな縁とは是非とも絶縁したいところだがな」

 リオンが言った通り、何かの縁か偶然にも買い出し途中で出くわした。しかもリオンだけではなかった。

「僕達はただの荷物持ちだしね。レディ達の買い物が長引きそうだし話し相手になってよ」
「話し相手ならな」

 レンヤは気だるげに答えながら、噂のそのレディ達の方へ目を向けた。

 ※※※

 メルはレンヤと街で買い物をしている最中に同じく買い物に来ていた五人組と出会った。
 レンヤは無意識に「げっ」と声を出してしまったが聞こえていなかったようだ。

「あら、レンヤにメルじゃない。仲良くデート中かしら」

 その五人とは早速茶化してきたアリシアにリオン、サクヤにおさげの少女とツインテールの少女だ。

「あ、あの……自分の事、覚えてるっすか?」

 露骨に嫌そうな顔をしているとおさげの少女がおどおどしながらレンヤに話しかけてきた。思いだすために顔をじっくりと眺めると女の子の息が段々と荒くなっていく。

「ああ、アッシュ様のお顔が目の前に……ハァハァ」
「思いだした。あの時の変態だ」

 何とも言えない思いだし方だったが、レンヤは目の前の人物に覚えがあった。

 学園が『亡国の騎士』の襲撃に遭った際に助けた女の子がレンヤを見て恍惚とした表情でアッシュ様と呼んできた。それが今目の前にいる女の子だ。
 とりあえずレンヤは簡単な自己紹介を済ませる。

「自分の名前はエビルといいます! アリシアちゃんの友達っす! こんな自分と仲良くしてくれると……いや、リオン先輩と仲良くしていただけると個人的には嬉しいというか、出来れば仲睦まじく、さりげなくボディタッチをしてそれとなく匂わせてくれると妄想が捗るというか……ん? あえてアッシュ、じゃなくてレンヤ先輩がリオン先輩と顔を合わせると得も言われぬ気持ちが心を満たして、急になぜか恥ずかしくなって冷たく突き放しちゃうことでお互い疎遠になって、だけど時間が経つにつれてなんともいえない空虚感がレンヤ先輩を襲って、そしてついに『ああ、俺はあいつのことが……』って自分はリオン先輩に恋していたんだと気付くというストーリーも中々……ふへ、ふへへへへへ」

 エビルはだらしのない顔を晒しながらどこかの世界へトリップしてしまっている。

「おいアリシア、お前の友達なんだろこいつ。どうにかしろ」
「嫌よ。私だって付きまとわれてるだけなんだから。普段は大人しいのにあんたらの話になると騒がしくてこっちも困ってんのよ」

 エビルはあの事件でレンヤとリオンの絡みを見て、何かに目覚めてしまっていた。いや、既に目覚めてはいたのだが二人の容姿や性格などがドストライクだったのだ。好みのカップリングを追いかけるためにアリシアに近付くほどには、そっちの趣味が関わると積極的になるようだ。

 いまだに何かを呟いているエビルを無視しているとツインテールの少女がキッ!とレンヤを睨みつけていた。

「王子様の妻のアンネ。むやみやたらに王子様に近付く女は排除するからよろしく」

 無愛想な態度で、いかにもレンヤが気に入らないといった様子だ。前に話した時には活発な印象を受けただけに、かなりのギャップを感じさせる。
 だがそんなことよりも、レンヤには気になることがあった。

「王子様だと?」
「そう、私の王子様」

 そう言ってアンネはリオンに抱き着いた。
 それを見てレンヤはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「よかったじゃないかリオン。慕ってくれる女が出来て」
「あはは……」

 力なく笑うリオンはどことなく疲れているように見えた。

 そしてどうせだから一緒に回ろうというアリシアの提案により、男二人、女五人という構図が出来上がった。女子たちは和気藹々としながら男達を置いて先を行ってしまう。アンネだけはリオンが気になるのか、後ろの様子をたまに窺っていたが。

 全員が無事に買い物を済ませると、休憩の為に喫茶ラスクを訪れた。

「ミクルーアとセリアがいますね」

 サクヤが言う通り、店の奥の方の席には談笑しているミクルーアとセリアの姿があった。

「ミクルーア、セリア。相席いいですか?」
「あ、サクヤちゃんに皆さんも。是非どうぞ」
「ど、どうぞ……」

 二人の許可を許可を貰い、周りの席をくっつけてサクヤとセリアとメルは座る。

「なにこの美少女軍団。居辛い」
「自分には眩しすぎて直視できないっす……」

 なにやら呟いていたアンネとエビルもやや遠慮気味に席に着く。男二人は空気を読んでか話し声の届かない離れた席にいた。

 バン!とアリシアがテーブルを叩きながら立ち上がり、宣言する。

「新メンバーも加わった事だし、第一回女子会を始めるわよ!」

 テーブルを叩いたその手には何かが握られていた。

 ※※※

 男子のみの席にて。

「楽しそうだなあいつら」
「レンヤは僕といて楽しくないのかい?」
「楽しいわけないだろ」
「あはは、これは手厳しいね」

 毒づくレンヤの言葉をさらりと受け流すリオン。なんやかんやでこの二人は上手くやっていけてるのもこのように相性がいいからだろう。

「それにしても相変わらず揃うと華やかだよね、あの達。店員さん、紅茶お代わりで」
「そうか? 姦しいだけだろ。俺も頼む」
「それはミクルーアも?」
「ミアは別に決まってるだろ」
「レンヤはぶれないね。そこが面白いんだけど」

 お代わりの紅茶を口にしながらも会話は続く。

「レンヤは他の女の子についてはどう思ってる?」
「あ?」
「サクヤにセリアにアリシア、それにメルかな。皆可愛いし綺麗だと思うんだけど」
「まあ容姿に関してはそうだろうな。だが性格は最悪だ」
「まあサクヤとアリシアはちょっと普通とは言えないかもね」

 あはは、とリオンは苦笑する。

「でもセリアはどうかな? 家事も出来るし器量もよし、気弱なところはあるけど尽くしてくれるいい娘だと思うよ」
「そこは同感だな。今となっては考えられんが、もし仮にミアがいない世界でセリアと会っていたら惚れていたかもしれん」
「お、レンヤにしてははっきりと言うね」
「今はミアのことしか考えられないが俺だって一応は男だ。それにお前しか聞いてないからな」
「今は、ねぇ……」
「なんだ?」
「いや、なんでもないよ」

 リオンは幼い頃のレンヤを知っているわけではない。それでもミクルーアの事ばかりを想い、周りが見えていなかったレンヤの心にほんの少しでも他の人への関心が入り込みつつあるのは良い傾向だと思う。ミクルーアと比べるとかなり短い期間しか共に過ごしてはいないが、着実に良い結果は実りつつあるようだ。

「なんだ、そのニヤケ顔は」
「なんでもないよ。それより次だね。サクヤについてはどう思う?」
「次って何人聞くつもりだよ……サクヤはあの性格さえなければ完璧なんだがな」
「あの性格?」
「嗜虐的な性格。定期的に命を狙われる身にもなってみろ、最悪だろ」
「あれは愛情表現だと思うんだけどね」
「愛が重すぎるだろ。それにあいつに好かれるようなことをした覚えはない」

 それはレンヤが気付いていないだけだよ、とはリオンは口にしない。それにその出来事は何年か前の事であり、レンヤにとってはどうでもよかったことかもしれないので、本当に覚えがないのかもしれないが。

「サクヤはこれぐらいにしといて次はアリシアだね。一部の人にはもの凄く人気が出そうな娘だけど」
「あいつは面倒臭い。いちいち会うたびに抱き着いてくるわ変に甘い声は出してくるわで鬱陶しい。あいつは何がしたいんだ?」
「うわー、気付いてないというよりは心底どうでもいいから気付こうとしないって感じだね。これって鈍感っていうのかな?」
「あと胸を押し付けるのはやめてくれ。以上だ」

 近くの席に座っていた男性客から「死ねばいいのに」という呟きが聞こえたような気がしたがリオンはスルーした。

「最後はメルだね。素朴って感じだけど、可愛いよね」
「あいつは癖の強い他の奴らとは違って気楽に話せるしイジリがいがある。可愛いかどうかというと……可愛いのかもな」
「レンヤも正直に言うようになってきたね」
「早く終わらせてゆっくりしたいんだ」

 そう言って紅茶を飲み、喉の渇きを潤す。

「うん、こう考えてみるといかにレンヤがモテてるか分かるね」
「んなことはないと思うが、別にモテたところで嬉しくはない。それよりお前の方がモテてるだろ。コーデリアさんとはどうなったんだ?」
「いやー……進展はないかな」

 どこか気まずそうに頬を掻くリオン。

「いい加減気持ちを伝えたらどうだ。いくら上司とはいえあの人の結婚したい願望垂れ流しの愚痴に付き合うのはもう疲れたんだが」
「そうだね……よし、決めた! 僕は学園祭でコーデリアさんに想いを伝えるよ!」
「そうか、頑張れ」
「反応薄くない?」

 こうして男子二人のトークは続く。

 ※※※

 一方変わって女子の席では。

「……………………」
「性格以外は完璧って、これは喜んでいいんですかね?」
「面倒臭いってなによ、面倒臭いって」
「か、可愛い……」
「リオン様がコーデリア先生の事が好きだったなんて……」

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くセリアにメルや首を傾げるサクヤ、文句を垂れるアリシアに絶望の表情を受かべるアンネの姿があった。

 女子たちが囲っているテーブルの上には回線を開いた通信機が置いてあった。そこから聞こえるのはレンヤとリオンの会話。まさかの盗聴。当然リオンもグルだ。

「なんすかこの垂らし……」
「あはは……」

 エビルの呟きにミクルーアは曖昧な笑みを返す。これだけモテるということは夫がそれだけ魅力的だということである。嬉しいような、何とも言えない気持ちだ。

 しかし盗聴のおかげで分かったこともある。レンヤのミクルーアしか受け付けなかった鉄壁の防御が少しずつだが崩れていることに。

 そして少女たちは決意する。


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