最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

魔物の軍勢 前編

 レンヤ達によって情報がもたらされてからの国の対応は迅速だった。

 偵察隊を放つと魔物を引き寄せる魔道具が上手い具会に隠されながら首都の周りに点々と配置されていたのが確認された。使用には特別な許可が必要な魔道具が大量に見つかったことから、この国にはまだ闇が存在していることが明らかとなったが、今はそれを探っている場合ではない。

 そして偵察隊から入った情報によると、魔物の軍勢は早くて一週間後には首都に辿り着くとのことだった。

 騎士団だけでなく冒険者や貴族の私兵も集め、即座に迎撃の準備を進めていく、
 時期が近付くと避難命令を出し、指定された場所へと民達は避難していく。

 その避難場所のうちの一つである学園。その中で最も広いホールにはギル達の姿があった。

「メルはどこだ!」
「ギーくん、落ち着いてください!」

 妹の行方が分からず、ギルは叫ぶ。自宅を一緒に出たはずだが途中ではぐれてしまった。クートとジーナも不安そうな表情をしている。

「ギル、妹の行方が分かったぞ」
「本当ですか先生!?」
「あぁ、ラスクにいるようだ」
「すぐに向かいます!」

 慌てて駆け出そうとするギルをコーデリアが止める。

「大丈夫、あそこは安全だ」

 なぜならそこには超越者がいる。魔物の大軍を単騎で粉砕できるほどの化け物がメルを守っているのだから。

 そしてついに、首都防衛戦が始まった。

※※※

「起きなさいレンヤ!」

 喫茶ラスクの店の奥には厳重に閉ざされた扉がある。その扉は『機関』の者にしか開くことが出来ず、そこを通ると地下へと続く階段が待っている。その階段を降りた先には『機関』の本部が存在する。高機能な魔道具が数多く配備されており、この世界において最も技術が進んだ場所であろう。

 その中の一室に司令室はあった。『機関』が首都中に張り巡らせた目、監視用の魔道具から送られてくる映像が大きなモニターに分割して映されていく。

 あと一時間で魔物との戦闘が始まるという状況で、レンヤは少し前までは映像に目を通していたが面倒臭くなって自前のリクライニングチェアで眠ってしまっていた。

 メルがここにいる理由は、実際に超越者達が働く姿を安全な場所から見る為だ。

「ん……もう時間か」

 軽く伸びをすると耳に通信機を取り付ける。

「お前ら、ギリギリまで手は出すなよ? それじゃ……」

 レンヤは立ち上がり宣言する。

「仕事の時間だ」

※※※

 首都を囲むようにして建てられた真っ白な防壁。高くそびえ立ち、堅固なそれの上にリオンは立っていた。被害がいかぬようにある程度離れた場所で戦っていた兵達が、段々とこちらに近付いてきていた。

「うーん……」

 既に帝国兵と魔物達がぶつかって二時間程が経っていた。戦況としては帝国側が不利と言ったところか。このままでは押し切られて侵入を許してしまうかもしれない。

 そろそろ手を出すべきか。レンヤにやりすぎるなと言われている為、どのようにすればいいのだろう。

 すぐに思いつきはしたが、リオンは納得してはいなかった。

「それだとつまんないしなぁ」

 きっとこれをやってしまったらすぐに魔物達は片付いてしまう。それでは面白くない。今リオンの頭はどうしたら面白くなるかということで一杯だった。
 
あんな雑魚相手では、手を抜く方が大変なのだ。それに苦戦する帝国側に失望しつつも、仕事と割り切ることにする。

「おっ」

 気付くと戦況が一変していた。
 異形の怪物共の中に、五メートルはあろう石造りの人形が現れていた。ゴーレムと呼ばれるその魔物に、帝国兵も歯が立たないようだ。

「少しぐらい前線に出てもいいよね?」

 レンヤには後で謝ることにして、一手目を投じる。

「『麻痺網撃《エレクト・レーテ》』」

 バチィッ!と網状に地面一帯に電撃が走る。電撃が魔物に襲いかかり、動きを強制的に止めさせる。いわゆる麻痺状態だ。

 帝国兵達は何があったのか、誰がやったのかと辺りを見回すが、やるべきことを思い出し魔物達を狩り始める。

 帝国兵有利に傾きつつある中で、ゴーレムは変わらず猛威を振るっていた。わざとリオンは狙わなかったのだから。

 リオンは跳躍して壁から降りた。着地と同時にかなりの速さで駆け始める。その際に何かを小声で呟き、宙に腕を突っ込んだ。引き抜くと手にはいつぞやの黒ローブが握られている。それをしっかりと着込み、正体を隠す。

「よっ」

 再び跳躍し人や魔物の集団の上を通過する。そして音もなくゴーレムの前へと着地する。当然三メートル以上の身長差のせいで巨体を見上げることとなる。

「君は僕を楽しませてくれるかな?」

 胸の奥が沸騰したように熱くなり、目には暗い光が宿る。自然と上がってしまう口角は止まることなく釣り上がる。まだかまだかと手足が急かしているかのように力が入る。レンヤをからかっている時とは違う、命を懸けることによる別の楽しさ。

 

 ――――あぁ、僕の渇きを潤させてくれ。




 ゴーレムが手を組み地面へと力任せに振り下ろす。リオンを狙ったそれはズガァン!と大音量を響き渡らせ地面を抉り、砂煙を巻き起こす。

「豪快だね」

 砂煙を切り裂くようにしてリオンがゴーレムの腕の上を駆け上りながら姿を現す。その勢いのまま走り抜け、肩の上まで辿り着く。

「そこまでいい景色って訳じゃないなぁ。そうだ、良いことを思いついた」

 約五メートルからの景色を眺めた後、楽しむ為の名案を思い付く。

「『身体強化《フィジカル・ブースト》』」

 身体能力を向上させる無属性魔法を自身へとかける。

 リオンはゴーレムの腕と肩の繋ぎ目の隙間に両手を突きさす。そのまま引き剥がすように力を入れていく。ミシ、ミシと離れていき、ついに腕が外れて地面へと落ちた。

「ゴーレムの解体は流石に初めてだなぁ」

 ゴーレムから降りると、残された片腕から重量級の拳が迫り来る。
 それを抱き抱えるようにしてリオンは受け止めると、そのまま引っ張り無理矢理引きちぎった。腕が無くなったことで平衡感覚が狂ったのか、ゴーレムは倒れた。

「なんか工作してるみたいだね……そうだ、どうせなら自分好みに作り変えてみようか。姐さんに頼めば意識を操るのも可能かな? コーデリアさんの護衛人形《ガーディアン》にするのはどうだろう?」

 そうと決まればと素早く足を外していく。無理矢理引き抜き、折り曲げ、削り取り、組み立てる。

「そのままじゃ流石に大きすぎるしなぁ」

 ゴリッ、メリッ。

「太すぎるのも良くないか。でも人並みだと弱そうに見えるしなぁ」

 バキッ、ギリギリギリ。

「こんなに乱暴にしても壊れないなんて、やっぱりいいね君は」

 ゴーレムは体の中にある核が破壊されない限り死ぬ事は無い。だからこそ思う存分にやれる。リオンは鼻歌を歌いながら作業を進めていく。

 リオンが手助けしたことで苦戦していた魔物達をあっさりと討伐した兵達はその光景を見て、誰しもが同じものを感じていた。

 狂気。

 突如現れた謎の人物に不信感を抱いたのでもなく、いとも簡単にゴーレムを無力化した実力に驚愕したのでもない。石人形とはいえ魔物であり生き物だ。声を出せない魔物ではあるが悲鳴が聞こえてくるかのような痛々しい光景に目を逸らし始める者が出てくる。

 そんなことはリオンは知りもしない。いや、どうでもよいのかもしれない。

 戦闘は終わり、静まり返った戦場に鈍い音だけが響く。後に残ったのは数々の死体と恐怖だけだった。

「そういえば、レンヤは今頃何してるかな。まぁ大方ミクルーアのところだろうけど」

※※※

「だらしないわねぇ」

 リオンと同様に壁の上に上がり、端に腰掛けて足をぶらつかせ、つまらなそうに呟くのはアリシアだった。
 押され始めている帝国兵を見ての一言だ。

「そもそも私は戦闘は専門外なのよねぇ」

 サイドテールが風に揺られ、一緒に愚痴も流されていく。

「レンヤは絶対ミクルーアのところに行くだろうし、私もぱぱっと終わらせて誰かのところに向かおうかしら?」

 アリシアは考えてみた。まずミクルーアとセリアは論外だ。絶対にレンヤも合流するし、目の前でイチャつかれるのは腹が立つ。リオンは楽しそうだからという理由で何か変態的な行動をしていそうで無理だ。そうなると残る選択肢は一つ。

「サクヤと合流しますか」

 彼女は戦闘になると一気にドS化してしまうが、魔物の血は嫌いだと言っていた。なら大丈夫であろう。

「そうと決まれば即行動!『間欠泉《アクア・サリーレ》』」

 パンッと弾けたような音がそこら中で鳴り始める。地面から水が鋭く噴き出し、固まっていた魔物達を天高く飛ばす。特に制御もしてないので味方も巻き込まれている。

「結構高く上がったわね。こういう時はたーまやーって言うべきってサクヤが教えてくれたっけ」

 そして頂点に達すると今度はそのまま地面へと自由落下を始め、何かが潰れた音がいくつも聞こえてくる。見るも無惨な光景が広がる。

「うわグロ……さっさと移動しましょ」

 味方を巻き込んだことを特に気にすることもなくアリシアはサクヤの元へ移動を始めたのだった。

「最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く