最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

怪しい男は婚約者?

 喫茶ラスクに集まった次の日、レンヤとミクルーアは帝国城の中を歩いていた。魔物の大軍の事を報告するためにだ。事前にアポはしっかりと取ってある。

「私はシルフィのところに行ってますね」
「ああ」

 途中でミクルーアと分かれたレンヤは皇帝陛下の元――ではなく帝国騎士団の騎士団長の執務室へと向かう。

「入るぞ」 

 入室の意を伝え返事を待つことなく中へと入る。
 すると正面には書類が山のように積み上がった執務机があり、一人の男が座って仕事をこなしていた。無精髭を生やしたこの見た目四十ほどの男が騎士団長のバルトルト=カルステンだ。

「おう、来たかレンヤ」
「急に呼び出しとは何の用だおっさん」
「ハッハッハ。なに、すぐ終わる」

 レンヤのおっさん発言を平気で笑い流すバルトルト。

「それはこいつらが関係してるのか?」

 執務机を挟むようにして両隣に立っている男女に視線を飛ばす。男の方はレンヤがバルトルトをおっさん呼ばわりした時から怒りの表情を露わにしており、女の方は入室した時からレンヤを値踏みするかのように睨み続けていた。その鋭さは人を殺せそうな程だ。

 どちらも齢は二十あたりといったところか、共に帯剣していることから騎士団の関係者ではあるようだ。

「ああ、こいつらは将来騎士団を率いてく逸材だ。お前に紹介しておこうと思ってな。仲良くしてやってくれ」
「御三家か?」
「そうだ」

 ヴェンダル帝国を古くから武によって支えてきた三つの名家を御三家と呼ぶ。しっかりとその血を受け継いだ子は当然のようにエリートコースを進み、騎士団の高い位へと就く。例に漏れず今回もそうなるようだ。

「こっちの男がラルフ=トゥルニエ」
「ふんっ」
「見ての通りじゃじゃ馬だな。こっちの女がミレーヌ=デュフール」
「……よろしく」
「無愛想な奴だが怒るなよ?」

 御三家であるトゥルニエ家、デュフール家、キャンベル家のうち、キャンベル家だけがここにはいないようだ。レンヤは少し前に決闘を申し込んできた少女の顔が頭に浮かんだ。

「レンヤだ。よろしく頼む」

 流れからして自分の番だろうと自己紹介をするが反応は返ってこなかった。それどころかレンヤに姓が無いと分かると二人は顔を歪めた。

「団長、なぜこんな奴と仲良くしなければならないのですか!」
「そうです! 珍しくトゥルニエに賛成です!」

 正体が判明してない今、レンヤは騎士団長に馴れ馴れしくしているただの平民だ。御三家としてのプライドがある二人には受け入れられないようだ。

「お前らの気持ちは分からんでもない。でもこいつはな――――」

 レンヤの正体を明かそうとバルトルトが話し始めるが、それを途中で遮るように部屋の扉が勢いよく開かれた。

「レン兄《にぃ》! 会いたかったです!」

 とびっきりの笑顔で現れたのはドレス姿の少女。
 それを見て、バルトルトが口を開いた。

「レンヤは、シルフィーナ様の婚約者だよ」

 ※※※

 レンヤと別れたミクルーアはヴェンダル帝国第一皇女のシルフィーナ=ヴェンダルの部屋へと歩を進めていた。数年前にレンヤを通じて知り合って以来、妹のように接してきた少女を思うと自然と笑みがこぼれる。

 部屋の前に辿り着くと扉をノックし、名を告げると扉が開く。

「ミア姉《ねぇ》! 待ってました! さぁ入ってください!」

 ドレスを着た少女が迎えに来て、ミクルーアの腕を引っ張って中へと招く。

 客人とティータイムを楽しむために家具が揃っている部屋には先客がいた。その姿を視界に捉えるとミクルーアは片膝を着き頭を垂れた。

「別にそんなことはしなくていい。楽にしてくれ」

 既に席について紅茶を楽しんでいたのはこの国の現皇帝のガストン=ヴェンダル。彫りの深い顔に二メートルは超える体はほぼ筋肉で構成されているのではないかと思われる偉丈夫。この後謁見する予定だったはずだ。

 ミクルーアは座ることなく、謁見の際に伝えようとしていた用件を告げる。つまりは魔物の大軍の襲撃が近々あることだ。

「ガッハッハ! それは面白い! 全力をもって迎え撃とうではないか!」

 豪快に笑うガストン。心配などはしていないようだ。

 ミクルーアはやることは終わったと部屋を出ようとするが、シルフィーナに止められる。なぜか頬を膨らませている彼女は座るように促してくるので素直に従う。

「ミア姉、抜け駆けしましたね! 私もレン兄と結婚したいです!」
「おお、そうだそうだ。すっかり忘れておったわ」

 腰に手を当て仁王立ちしながら怒りを露わにするシルフィーナに愉快そうにしているガストン。

 シルフィーナは以前、ある出来事によりレンヤに想いを寄せるようになったがミクルーアという恋敵の存在が大きかった。誰が見てもレンヤがミクルーアに好意を持っているのは明らかであり、更には姉のように慕っている人と争いたくはなかった。そこで別に約束した訳では無いが、一緒にレンヤの嫁になるのがシルフィーナの描いていた理想だったのだ。ガストンは皇帝としての立場はともかく、娘の恋路を応援している。

 シルフィーナのワガママでもあるが、ミクルーアは反対という訳では無い。一夫多妻は法で許されており、シルフィーナの事は前から接してきて良い子だと分かっているからだ。何よりも心からレンヤのことを好いている。

 もちろんミクルーアにも独占欲というものは存在しているが、レンヤを支えていく上では自分だけでは力不足なのではと感じている。少し性格に難がある以外は完璧とも言える少年。彼の傍に居続けるには自分を磨き続けなければという考えをミクルーアは持ち始めていた。実際のところレンヤはそんなことは気にしていないが、ミクルーアはそれに気付いてはいない。それに嫌々に見えつつも『機関』のメンバーやシルフィーナと一緒にいる時のレンヤは楽しそうにしているように見えた。ミクルーアの願いは自分が愛しの人の傍に寄り添い続けられることと、その愛しの人が喜んでくれるような場所を作ること。その場所には自分だけではなく他の人もいるべきだろう。

 結局のところミクルーアは今の環境が好きなのだ。レンヤがいて、『機関』の皆がいて、シルフィーナがいて。ちょっとした人間関係の拗れで崩れるぐらいなら全員で幸せになった方がいいに決まっている。その思いには過去の事件が影響しているのだろうか。

 だからこそミクルーアはいつもシルフィーナに言っているお決まりの言葉を告げる。

「レンヤくんが認めてくれたらです」

 ミクルーアが妻が増えることに反対しなくても、夫が認めないことには意味が無い。

「ミア姉はそればっかりです。それがどれだけ難しいことか!」

 将来美人になるのは確定であろう美しい顔でも、頬を膨らませている様子を見るとこの間成人したとはいえまだまだ子供なのだなとミクルーアは苦笑する。綺麗な金の髪は肩にかかるほどで、前髪に付けている先がクローバーの形をしたヘアピンがチャームポイントだ。琥珀色の瞳がうるうると訴えかけるように見つめてくるが、まったく怖くはなく可愛らしい。

 レンヤはこんな子に求婚されているのに折れないあたり、男としてかなりの強靭的な精神の持ち主のようだ。

「そうです! レン兄は今どこに?」
「バルトルトさんのところかと」
「行きましょう! 今すぐに!」

 怒っていたかと思えば名案を思いついたとばかりにぱぁっと顔を輝かせる。天真爛漫さは相変わらずのようだ。勢いよく部屋を出ていったシルフィーナの後を追うべく、ミクルーアはガストンに軽く頭を下げ退室した。

 ※※※

 ラルフとミレーヌはただ呆然としていた。

「お前はいつから俺の婚約者になったんだ?」
「生まれた時からです!」
「ミア、こいつは何を言ってるんだ?」
「レン兄! 今は私だけを見てください!」

 突如皇女様が入ってきたかと思えばレンヤに飛びつかんばかりに駆け寄った。その後すぐに白髪の少女も現れ、三人で仲良く会話し始めたのだ。

「シルフィはレンヤくんに構ってほしいのですよ」
「そうです! だから撫でてください!」
「そうか、なら思いっきりやってやろう」
「きゃー! 髪がぐしゃぐしゃになっちゃいます! やめてくださいー!」

 言葉とは裏腹にきゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐシルフィーナ。それをミクルーアとバルトルトは微笑ましそうに眺めている。

 ラルフとミレーヌは自分の目を疑った。誇り高き王族として常に気高く優雅に振舞っていた女性が、今は子供のようにはしゃいでいる。ラルフに至ってはその美しさに惹かれ、憧れの感情を持っていただけに目の前に広がる光景はなおさら信じ難いものだった。

 だがその光景こそが、バルトルトが言っていたレンヤはシルフィーナの婚約者だという言葉の信憑性を高めていた。どうやら先程の会話は聞こえていなかったようだ。

「そろそろ陛下に会いに行くか」
「あ、そのことなのですが……」

 ミクルーアは既に陛下に説明済みだとレンヤに話す。

「お、何の話だ?」

 バルトルトが興味あり気に食いついてきた。ミクルーアは陛下にした説明と同じものをする。すると騎士団の三人は仕事モードに入ったのか顔が引き締まった。

「そうか、魔物の大軍か……レンヤ達はどうするつもりなんだ?」
「様子見。不味い状況になったら手は貸してやる」
「世話にならないようにしなくてはな」

 この会話がラルフとミレーヌの頭を混乱させた。今の会話からだとレンヤが戦場に出てくるように聞こえた。シルフィーナの婚約者だとしたらそれなりの身分の者であろうし、何かあっては困るだろうから前線には出てこないはずだ。益々レンヤの正体が謎に包まれつつあった。
 バルトルトの説明を待つばかりであったが、その要求に気付きつつもバルトルトは無視を選んだ。

 不味い状況とやらになるつもりは無いが、もし仮にそうなったら戦場で直接レンヤ達の力を見てもらえばいい。見る機会が来なくとも、また説明の機会を作ればいい。

「もう用件は済んだことだ、帰っていいぞ」
「ならお茶にしましょうレン兄! ミア姉も! もっとお話したいです!」
「美味い茶が出るならな」
「楽しみですね」

 和気藹々としながら退室していく三人。シルフィーナは一日中上機嫌だった。


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