最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

在りし日の追憶 レンヤ&ミクルーア

「ドロテアさん、離してください……」
「嫌よ! レンヤは抱き心地が最高なのよね~」
「ご飯食べたいんですけど……」
「可愛いと思ったら即愛でる!それが私のルールだから!」
「またよく分からないルールですか……」

 食事を取るミクルーアの目の前で、レンヤが女性に抱き締められている。
 その女性とはミクルーアとレンヤが住むことになった孤児院の経営を任されているドロテアだ。彼女はミクルーアがしっかりと成長し、この孤児院を任せられるようになるまでという条件で派遣された。

 少しふくよかな体つきも寛容さを表したかのようで、常に明るく親しみやすい彼女にミクルーアも懐いていた。そんな彼女は大の子供好きで、特にレンヤがお気に入りだ。レンヤはうっとおしそうにしているが、本当に嫌というわけではなさそうだ。

「それはそうと、さらに料理の腕を上げたわねミア」

 満足したのかレンヤを解放し、目の前の料理を一口摘みそう言う。

「ドロテアさんのおかげです」
「いやー、それほどでも。レンヤも美味しいと思うわよねって、聞かなくてもわかるか」

 がっつくようにして次々と料理を平らげていくレンヤ。成長期だとか色々と理由はあるが、美味しそうに食べるその姿を見てミクルーアは嬉しくなる。

 口に入れすぎて膨らんでいるレンヤの頬をドロテアがつつき、怒るレンヤの反応を楽しむ。最終的にはまた抱き締められてレンヤが諦めるかたちとなるが、そんな光景がミクルーアは好きだった。

 場を明るくするドロテアに、元気いっぱいの孤児院の子供達。そしてレンヤに、自分。

 王国から逃げ出した後の悲惨な生活とは違った暖かい家庭とも呼べる場所で皆と過ごす時間は、ミクルーアにとっては掛け替えのないものだった。

 だがそんな生活にも、終わりが近付きつつあった。

 ※※※

 ある日、レンヤは仕事を一つこなした。
 とある貴族が不法の奴隷を扱う商人と繋がっているという情報が入った。貴族は商人を匿う代わりに人を攫わせ、自身の奴隷としている。怪しい動きを国側が察知し諜報部に張り付かせたところ露見した。

 そしてレンヤに来た仕事の依頼の内容は奴隷商人の暗殺。後に奴隷商人の死体を発見し、身元を洗ったところで不法取引の証拠を見つけ、貴族に突きつけるというシナリオだ。

 そしてレンヤは商人の隠れ家にあっさりと侵入し、仕事を果たした。机で仕事をしていた途中だったのだろう、書類が置いてある。適当に手に取ってみると証拠になるものばっかりだった。その中で一つの書類が目に留まる。

 襲撃計画書。決行は今日の夜、まさに今だ。とある場所にいる子供達を攫うのが目的。そして襲撃場所の記載が目に入った瞬間、レンヤは頭が真っ白になった。

 なぜならその場所は、よく知っている孤児院なのだったから。

 ※※※

 レンヤは全力で走り、孤児院へと辿り着く。蹴破るようにして中に入ると、嗅ぎ慣れつつある臭いが鼻についた。

 ――――血の匂いだ!!

 急いでこの孤児院で最も広い部屋へと駆け込む。何かない限りはここに皆が集まるからだ。

 部屋には凄惨な光景が広がっていた。
 部屋の奥には怯えて縮こまっている子供達。そこにはミクルーアもいる。
 その子供達を守るようにして、ドロテアが両手を広げて立っていた。その目前にはこの惨状を引き起こしたであろう男が立っている。これより先は通すまいと自らを壁にしたドロテアの体からは血が流れているのか、服が真っ赤に染まっている。必死の形相で歯を食いしばっているドロテアの目がこちらを向いた。

「レンヤ……遅いわよ……」

 そう言って微かに笑うと、限界がきたのか崩れ落ちるようにして倒れた。

「おうおう、誰が来たかと思えばガキじゃねぇか」

 恐らく元凶であろう男がくつくつと笑う。その手に持った剣には血がべったりと付いている。

 ――――こいつがドロテアさんを。

 怒りで荒れ狂いそうになる感情を必死に抑える。今何をするべきなのかを冷静に考える。
 見たところ相手はかなりのやり手のようだ。子供相手とはいえこちらの動きを見逃すまいと、目を離さないため隙が見当たらない。
 揺さぶりをかけてみる。

「お仕事お疲れさん。だが残念だったな、お前の雇い主は俺が殺した」
「なに?」

 レンヤは念のためにとポケットに仕舞っていた襲撃計画書を取り出して開き、ひらひらと見せつける。見覚えがあったのか、男は目を見開く。

「お前らの動きは国に筒抜けだったぞ? もう少し用心深く動くべきだったな」
「ガキ、てめぇは……」
「ガキ呼ばわりしてる奴にやられるなんて、お前ら相当無能なんだな」
「黙れええぇぇぇぇぇ!!!」

 憤慨した男が襲い来るが、怒りに任せた大振りな攻撃はレンヤには通用しなかった。体を斜めにして避けると男は勢いを殺しきれずバランスを崩し膝をつく。

「黙るのはお前だ」

 レンヤは男の首に手刀を入れ意識を奪った。

 一段落だ。そう思ったレンヤの方へゆらりと近付く人影があった。

「ミア?」

 すぐ近くにはミクルーアが立っていた。その手には普段料理で使っている包丁が握られている。

「この人が、ドロテアさんを……」

 虚ろな目で包丁を両手で持ち、振り上げた。もしそれを振り下ろした場合、その先にあるのは倒れた男の体。

 ――――まずい!!!

 レンヤはミクルーアの体を抱き締めた。言葉ではなく行動で馬鹿なことはやめろと告げようとした。

 レンヤがまだ王子だった頃はずっと王城にいたのでそこまで親しい人というのは存在しなかった。しきたりのせいで親にも会えず、顔を合わせるのは侍女やミクルーアだけであった。

 それに引き換え立場が違うミクルーアには親や友達など大切な存在が多くいた。それを無くしてしまったミクルーアの決壊寸前だった心は孤児院での生活で修復されつつあった。

 なのにまたしても失ってしまう。母のような愛情を注いでくれたドロテアという存在を。

 ――――またいなくなるの?私を置いていかないで。一人にしないで!!!

 その悲しみは計り知れない。

「レンヤくん、離してください! この人が! この人さえいなければドロテアさんは!!」
「ミアが手を下す必要は無いんだ! ドロテアさんだってそれは望んでない!」
「それでも……それでも!!!」

 レンヤはさらにきつく抱き締める。今はこれしか出来ない自分が不甲斐ない。

 その時だった。

「れ……や……み、あ………」

 瀕死であったドロテアが声を振り絞って二人を呼んだ。慌ててドロテアの傍へと行く。

「ドロテアさん!」
「み……あ」

 ドロテアがミクルーアの顔に手を伸ばし、涙を指で拭う。そして首を振った。
 言葉は無くとも伝わった。ミクルーアには人殺しになって欲しくはないと。

「れん……や……」
「ドロテアさん……」

 ドロテアはレンヤと目を合わせた。ミクルーアを、子供達を頼むと、そう言われた気がした。
 レンヤは確かに頷く。
 それを見て、ドロテアは力無く微笑み、唇を微かに動かした。声はもう出ていないが、しっかりと伝わる。それは普段から何回も言われた言葉だから。

 ―――――愛してる。

 そしてドロテアは息を引き取った。ドロテアの最後に残した言葉。ミクルーアは涙が止まらずに、レンヤの胸に顔を埋めて泣き続けた。
 レンヤは涙を必死に堪える。皆を頼むと言われたのだ。泣いている場合ではない。

「ミア、笑ってくれ」
「……ひっく」
「んな顔してたらドロテアさんが心配するだろ。天国で安心して過ごさせてやれ」
「うぅ……」
「それに俺はミアの笑う顔が好きなんだ。ほら、ドロテアさんにも見せてやれ」
「は、い……」

 ミクルーアは笑う。しかし涙で顔はぐしゃぐしゃで、いかにも無理をした笑顔だ。

「よし、それでいい。これから何をすればいいか分かるか?」
「子供達を寝かしに……」
「そうだな。あの男はどうする?」

 ドロテアがいなくなってしまった今、この孤児院の運営権はミクルーアに移っている。既に夜も深まり、子供達は寝る時間だ。
 最後にレンヤは男の処遇について尋ねる。ここでミクルーアがどのような選択をするか。

 ミクルーアは涙を腕で拭い、しっかりと男を視界に捉え、告げる。

「こんな人、殺す価値すらありません」

 ミクルーアは子供達を連れ部屋を去っていった。

 ――――そうだ、それでいい。
  
 ミクルーアの手を汚す必要は無い。それは自分の役目だ。

 男がまだ目覚める気配がないのを確認すると寝室へと向かう。そこには泣き疲れたのか、子供達だけではなくミクルーアの寝ている姿もあった。

 お疲れ様と心の中で声を掛けると、腕を掴まれた。

「レンヤくん……いかないで……」


 苦しそうな表情でミクルーアが呟く。どうやら悪い夢を見ているようだ。

「俺はどこにも行かないよ」

 軽く頭を撫でてそう告げると、安心したのかすぅすぅと気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めた。

 それを確認すると男の元へ戻る。

「さて、ここからは俺の仕事だ」

 ※※※

「ここは……」

 男は目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。月明かりだけが部屋の中を照らしており、どことなく不気味さを感じさせる。

「なんだこれは!?」

 部屋の中には中央に置かれた椅子以外には何も無かった。その椅子に男は縛り付けられていた。椅子は地面にしっかりと固定されているようでピクリとも動かない。

「起きたか」
「てめぇは!」

 レンヤが目の前に立っていた。

「さっさと俺を解放しろ!」
「解放? 何言ってるんだ?」

 肘掛に固定された男の手に持ってきた短剣の刃先を当てる。

「人間の指は二十本もあるんだ。簡単に気絶してくれるなよ?」

 男はレンヤの言葉の意味を理解し、顔が青ざめる。

「待て! どうしてこんなこと!」
「どうしてだって?」

 レンヤはニヤリと口角を吊り上げて笑う。

「俺の大切な人に手を出した奴は許さない。それが俺のルールだからだ」

 直後、男の悲鳴が響き渡った。

 こうして一連の騒動は終わりを告げた。ドロテアが亡き今、もしレンヤもいなくなってしまったらミクルーアはどうなってしまうのだろうかという不安を残して。

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