最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

学園奪還へ

「おい、大人しくしていろ!」

 レンヤが急に立ち上がった事を不審に思った『亡国の騎士』の一人が声を上げる。

「俺だって大人しくしときたかったんだ」

 そもそも手を出すつもりはなかったが『亡国の騎士』の目的がレンヤとあれば仕方ない。レンヤが目的の人物だと相手がまだ気付いていなくとも、他の人達を巻き込んでしまったことに変わりはないのだから。流石に見捨てるほど冷めてはいない。

「面倒事は早く片付けるに限る」

 教室後方にいた男に素早く距離を詰め、顔を右手で掴み、そのまま床に叩きつけた。やられた当の本人はレンヤのあまりの速さに何が起きたのかも分からずに、そのまま意識を失った。

「な、何をしている!」
「それはこっちのセリフだ」

 仲間がいとも簡単にやられ慌てふためく男に、レンヤは一歩一歩近づいていく。すっかり平常心を失った男は剣を振り回す。

「く、来るな! 来るんじゃない!」
「それもこっちのセリフだ」

 『亡国の騎士』が来なければこんなことしなくて済んだのだ。不機嫌になるのも仕方ない。男の前まで来ると、振り回されていた剣をいとも簡単に掴んで奪い取り自らの物とする。そして男の首元に剣先を突きつける。

「お前らのトップはどこにいる?」
「が、学園長室だ……」
「そうか、じゃあな」

 レンヤは男の後ろに回り込み、剣の柄を首にトンと当てて意識を奪った。

 そのまま教室を出る。目指すは学園長室にいる『亡国の騎士』のトップである人物の元。当然邪魔な芽を摘むために行くのもあるが、レンヤとしてはなぜ自分の存在が把握されているのかが気になっていた。それにレンヤの情報が洩れているのだとしたら、ミクルーアの情報も相手側に掴まれているかもしれない。重度の愛妻家であるレンヤは自分の事よりそっちの方が重要だった。

 教室を出た際に「レンヤ!」と呼び止める声がしたが構っている暇はない。
 そのまま廊下を駆け出した。

 もうすぐ授業が始まる時間だった為、生徒は皆教室にいたので廊下に人気は無かった。敵がいないことから、それぞれの教室に人員を配置しているだけだと推測を立てる。

 記憶を頼りに学園長室へと向かっていると廊下の先に一般科の制服を着た女子生徒を肩に担いだ軍服姿の男が歩いていくのをレンヤは視界に捉えた。

「離してくださいっす! せっかくもう少しで新作の案が思い浮かびそうだったのに!」

 手足をジタバタさせ騒いでいる。とにかく助けるべきだと判断すると音も無く背後に忍び寄り、首に手刀の一撃を加える。男が膝から崩れ落ちて支えがなくなると当然担いでいた少女も落下を始める。レンヤは少女を衝撃を与えないように優しく受け止める。お姫様抱っこになってしまったことは偶然である。

「おい、無事か?」

 声をかけるも返事は来ない。とりあえず少女を下ろそうとするが、なぜか首に腕を回されていて出来ない。しかも少女の目は潤んでおり、頬も上気している。

「アッシュ様ぁ……」
「俺はレンヤだ」

 夢見心地な表情で少女が呟くと、レンヤは首に回されていた腕を解き、自身の腕の力を抜く。支えられていた少女は背中から床に落ちた。床に衝突した際に「ぐふっ」と声を漏らす。
 そんなことをされたにも関わらず少女は何故か恍惚としていた。

「ああ、自分の妄想通りの俺様系ドS美少年……イイ!」

 うん、放置しよう。レンヤは少女を放っておいて先に進むことにした。

 刹那、レンヤは素早く背後に体を向け剣を斜めに振り上げた。金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り、誰もいなかったはずの場所には黒いローブを着た人物が現れる。その者の手には確かな輝きを放つ気品すら感じさせる美しい刀。先程の音はこの刀と剣が交わった際のものだ。止めなければレンヤの首を確実に刈り取っていたであろう、熟練された鋭い一閃だった。

「ミクルーアとのご結婚、おめでとうございます」
「人に斬りかかっといて言うセリフじゃないぞ」

 互いに獲物を収めると、フードで隠れていた素顔を晒した。凛とした佇まいながら、瞳には妖しげな光が灯っている少女、レンヤと同じ『機関』に所属しているサクヤだった。
 なぜ結婚のことを知っているのか疑問に思ったが、どうせ姐さんの仕業だろうとあたりをつける。

「久しぶりですね、レンヤ。今日も殺せませんでした」
「性悪女に何度も出会い頭に命を狙われてるからな。体が勝手に動くんだよ」
「私のどこが性悪女ですか。失礼ですね」
「人の苦悶の表情を見るのが好き、人の血を見るのが好き。ほら、狂ってるだろ」
「そうやって決めつけるのは、めっ! ですよ? 私は至って普通の女の子です」
「それはない」

 くすくすと笑うサクヤに呆れ気味のレンヤ。傍からだと仲の良いカップルに見えなくもない雰囲気だ。

「ところでリオンはいないのか?」
「ああ、彼なら……」
「ここにいるよ」

 いつのまにかレンヤの隣に、爽やかさを感じさせる笑顔を浮かべた少年が立っていた。

「肩を組むな、離れろ」
「僕とレンヤの仲なんだ、いいだろう?」
「よくねぇよ」

 引き離そうとするが、リオンはピクリとも動かなかったので鋭い眼光を飛ばす。しかし睨まれている本人はどこ吹く風で肩を組んだまま、なぜか近くで鼻血をドバドバ出している少女の方を向いていた。少女と目が合うと、何かを伝えるように口を動かした。

 ――――これはサービスだよ。

 リオンは肩を組んだ瞬間から、まるで肉食獣のように目をギラギラさせていた少女の様子から、彼女がそっち・・・の趣味を持っていることに気付いたらしい。サービスとは恐らくもう少しの間、この光景を楽しませてあげる、ということであろう。
 少女は鼻を必死に抑えながらも、こくこくと頷いている。目は相変わらずギラギラしていた。

「それで? この後はどうするつもり?」
「急に現れるのが流行ってるのか?」
「流れに乗っただけよ」

 最早定番となりつつある登場の仕方をしてきたのはアリシアだった。レンヤは揃った『機関』のメンバーを一度見渡すと指示を出す。

「リオンは放送室の奪還。サクヤはミアの安否の確認の為に孤児院に向かえ。アリシアはそこで血の海に溺れてる阿呆を教室まで送り届けろ。俺は学園長室で少しお話してくる」
「「了解」」
「………了解」

 各自、自分の行動へと入っていく。アリシアだけは嫌そうに、鼻血を垂れ流す少女を抱えて動き出す。

 この場に残ったのはレンヤだけだ。

「おい、さっさと出てこい」

 後ろに顔を向けながらそう言うと、廊下の曲がり角からメルが申し訳なさそうに姿を現した。

「き、気付いてたの?」
「最初からな」

 リオン達と合流し会話していた時に背後で誰かがこちらを盗み見ている気配をレンヤは感じていた。気配の正体はメルだと気付いてはいたが、目的がさっぱり分からなかったのでとりあえずスルーしていた。

「んで? どうしてここに?」
「……レンヤが心配で」
「あのなあ……心配してくれるのはいいが、逆にお前が危険な目にあったらどうするんだ」
「それは……」

 『亡国の騎士』などという怪しい武装集団が学園を占拠しており、下手をすればメルは道中で見つかり、襲われたかもしれない。たまたま徘徊している者が一人もいなかったおかげで無事ではあったが、後先考えない行動であったという事実は変わらない。

「まあいい。教室まで送ってやる」
「それは駄目!!!」
「はぁ?」

 レンヤにしては珍しい気の利いた発言だったが、メルはなぜかそれを拒んだ。

「私は何が何でもレンヤに付いていくからね!」
「俺はこれからとってもとっても危険な場所に行くんだ。だからお前は連れていけない。分かったか?」
「私の意志は絶対に揺らがないから」

 どうにかして説得を試みるものの一向に折れる気配はない。これ以上時間をかけすぎるのも流石にまずい。

「……絶対に俺の傍から離れるな。いいな?」
「! うん!」

 結果、レンヤが折れた。メルは相当嬉しかったのか、年相応の可愛らしい笑顔を見せていた。

 メルを連れて学園長室を目指す。道中で敵に出くわすことは無く、無事に目的地の扉の前まで辿り着いた。中に突入したらレンヤがすることは二つある。

 一つは学園長の保護。室内に二人の気配を感じることから、恐らく学園長と『亡国の騎士』のトップであろう人物がいることは把握できた。なら素早く行動に移れば助けることは充分可能であろう。

 そして二つ目は『亡国の騎士』がレンヤの情報をどれだけ持っているかをどんな方法を用いてでも聞き出すこと。今のところではレンヤが目的の第三王子であることはバレていないであろうが、念には念を入れておいた方がいい。

「よし、どうせだから派手に行くか」
「派手にって?」
「こういうことだよ」

 ニヤッとあくどい顔をするレンヤ。なぜかメルは不安にかられた。
 そしてレンヤは右膝を高く上げると、扉を思いっきり蹴破った。開放的になった入り口から室内へと足を踏み入れる。

「邪魔するぞ」


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品