最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?
帰る場所、守る場所
とある国の屋敷の地下室。そこは違法薬物の取引に使用するための部屋である。用途が用途なだけに、全く生活感を感じない部屋だった。
床を染める赤黒い液体。
それが何かを示す、むせるような臭い。
部屋中に散乱する――死体の数々。
どれもが一瞬で命を失ったのだと分かるほどに、綺麗に首を一閃――切り裂かれていた。
地獄を思わせるようなそんな場所には一人の少年が佇んでいた。
「対象を全て処理した。これより帰還する」
まるで機械のような一切の感情も乗らない声で、少年は呟く。
『レンヤくんおつかれちゃ~ん。今日はそのまま帰っていいよ~』
かなり気楽な声が少年――レンヤの耳に届いた。これはレンヤが耳に取り付けている小型の通信機から聴こえたものである。
レンヤはまたか……とため息を一つこぼす。
「姐さん……仕事中なんですからコードネームで呼んでくださいよ……」
先程の無感情の声を出していたのと同一人物とは思えないほどに、呆れたといったような表情をしながら忠告をした。
「えぇ~別にいいでしょ~? それとも、『見え無き死の刃』のほうがいいかな?」
「それだけは本当にやめてくれ」
姐さんと呼ぶ女にからかわれ、きっぱりと言い切るレンヤ。思わず敬語を忘れるほどにそう呼ばれるのは嫌なようだ。
『私は格好いいと思うんだけどな~。それはそうと、早く帰らないとミアちゃんが怒るよ~』
「怒るどころか、むしろ心配してると思うがな」
『それが分かってるならなおさら早く帰ってあげなさいよ~』
「へいへい」
適当な返事を最後にレンヤは通信を切ると、地上へと向かった。
「あっつ……夏ってのはどうしてこんなに暑いんだ。帰ってシャワー浴びてさっさと寝たい」
現在の季節は夏。照り付ける太陽の暑さに、レンヤはうんざりしながらも、今回の仕事の出来を思い返しつつ自宅へと足を進める。
(生きる為とはいえ、何も思わなくなったか。それに……)
頭に浮かぶのは、一人の少女と数人の子供の笑顔。
ふふっと、自然に笑みがこぼれるレンヤ。
「ママーあれ買ってー」
「しょうがないわねぇ」
そんな時、手を繋いで仲良く歩く親子の姿が目に入った。
その親子の姿を見て、先程とは別の内容が思い浮かんだ。
(親、ねぇ……)
それは、レンヤの悲しき過去――――
※※※
レンヤには前世の記憶が存在した。
闇木連夜として日本という国で生まれたが、親の愛というものを知らずに育つ。
連夜を出産した後、元々身体が弱かった母はそのまま命を落とし、父は仕事により海外を転々としていたからである。年齢的には親に甘えるのが当たり前であったがそれは叶わず、その時間を埋めるように読書にのめりこんでいた。
家庭が裕福ではあったため、ベビーシッターと家政婦によって世話をされ一応は健やかに育っていた。
そんなある日、事件が起きた。
連夜が小学校から帰宅すると、父が家にいた。久しぶりの息子との再開に喜びを示すかと思われたが――――
そこから、父による虐待の日々が始まった。
大きな事業に失敗し、父はその苛立ちをぶつけるが如く連夜に暴力を振るった。
家政婦達は見て見ぬ振りをしていた。所詮は雇われの身、父の権力も関係していたであろう。
幼い身ながら、連夜は今まで世話をしてくれた者達に裏切られた悲しみと、なぜこんな目に遭わなければいけないんだという怒りを覚えていた。
そして連夜は耐えきれることはなく、命を落とした。
しかし連夜は目を覚ました。日本がある世界とは異なる世界で、しかも王子として。
アルフォンス王国第三王子、レンヤ=バルト=アルフォンスとして転生した連夜。だがそこでも親の愛というものを知らずに育った。
王族のしきたりとして、十歳になるまでは両親との対面は許されない。
異世界に来ても前世とほぼ同じような生活――――この世界では侍女によって世話をされ育てられてきた。
そんな連夜の唯一の楽しみは、幼馴染で婚約者でもあるミクルーア=アンドリスと遊ぶこと。
十歳になるまであと少しという日、いつも通りミクルーアと遊んでいた時のことであった。
国が他国による侵攻に遭った。
いとも簡単に城まで攻め込まれ、連夜とミクルーアは大慌てだったが、連夜を昔から世話していた侍女が二人を連れて王国からの逃走を図った。運が良かったのか敵国の兵に見つかることは無く、そのまま王国と友好関係であったヴェンダル帝国へと逃げ込むことに成功した。
だがそこでも問題は起こった。
侍女が、連夜とミクルーアを王国を襲った敵国へと奴隷として売り払おうとしたのだ。侍女は敵国と繋がりを持っていたため、すんなりと王国を脱出できたのである。
連夜もミクルーアも高貴な血を引き継いでいるからか容姿端麗であったため、そこに目を付けた敵国が二人を欲しがったのである。
かなりの大金を積まれ、契約は成立し二人が受け渡される瞬間――――
辺り一面を、眩い光が覆った。
あまりの眩しさにその場にいる誰もが、いや、連夜以外が目を瞑った。
なぜか無事だった連夜はこれを好機だと判断し、ミクルーアを連れて逃げ出した。
逃走に成功した二人だったが子供二人で生きていくことは簡単なことではなく、スラム街で流れ者の孤児としての生活。連夜はミクルーアの為にも犯罪に手を染めることとなった。
ひったくり、恐喝、犯罪計画に加担したこともあった。
過去に二度も裏切りを経験し、子供ながらに親の愛を知らずに育ってきた連夜の心は壊れる寸前であった。転生し王子としてぬるま湯で過ごしてきた十年間を悔やんだ。
――――もう簡単に人を信用してなるものか。どんなことでもやってやる。どうにかして生き延びてやる。
レンヤに残されたのは唯一信頼できるミクルーア、前世と今世で蓄えた知識、そして身に着けていたものを売ったことにより手に入れた僅かな金銭。
しかし所詮は子供。碌な生活をすることは出来ず、ついには体が弱かったミクルーアが病気になってしまった。
彼女を背負いながらも自身のボロボロな体に鞭を打ちながら必死に生き永らえようとしたが、とうとう限界を迎える。
ついに倒れてしまった連夜だったが、薄れゆく意識の中で声が聞こえた。
「私はその子を救うことが出来る。君に命を捨てる覚悟があるならね」
何を言ってるんだこいつは。そう思った連夜だったが、既に選択肢は一つであった。
「た……の、む………」
最後の力を振り絞って出した答えに
「りょうか~い。これからよろしくね、少年」
かなり気楽な声が連夜の耳に届いたところで、意識を落とした。
そして連夜の新たな生活が幕を開けた。
『機関』の者と名乗る女に拾われた二人は、身分と生活する場所を提供してもらえることとなった。
病気もあっという間に治してもらったミクルーアは『機関』の表向きの顔である『フリーデン』の事業の一つとして運営している孤児院の維持と子供たちの世話を、そして連夜は裏の仕事を任せられた。
裏の仕事――――国に害なす存在の隠密排除、つまりは暗殺を主とした仕事をこなすために、連夜は鍛え上げられた。
王族という選ばれた有能な血筋のおかげか、かなりの才能を秘めていた連夜はぐんぐんと実力を伸ばし、仕事をこなしていった。
連夜にとっては生きるため、自分とミクルーアの居場所を守るためにしているだけのことであったが、いつしか『見え無き死の刃』という異名が裏社会に轟くこととなるほどの活躍をしていた。これは機関の工作によるものだったが本人は意味分からんとあまりその異名を好んではいない。
そして十七歳になった現在も、今では家族とさえ思うようになったミクルーアと孤児院の子供達、そして自分たちを拾ってくれた機関に貢献するためにも、連夜は己の手を血で染め続けている。
※※※
己の過去を振り返っていたレンヤだったが、頭を横に振って思い出すことを中止した。
(今の俺はもう闇木連夜でもレンヤ=バルト=アルフォンスでもない。機関所属のただのレンヤだ)
過去の自分は捨て、今をレンヤとして生きていく。そう決意をしていた。
そんなことを考えてる間に、自宅でもある孤児院に着いたレンヤは玄関の扉を開け中へと入る。
ただいまと帰宅を知らせると、ドタドタドタと数人の走る足音が聞こえた。
「「「お兄ちゃんおかえり!」」」
この孤児院に住んでいる子供達がレンヤの迎えに来たようである。レンヤは改めてただいまと言いながら全員の頭を撫でていく。
そうしていると今度はパタパタパタとスリッパの音がした。
「レンヤくん、おかえりなさい」
レンヤの元にワラワラと集まる子供たちを見て、微笑んでいる少女――――ミクルーアも迎えに来たようだ。
「ただいま、ミア」
今まで長い間を一緒に過ごしてきた愛しい少女の姿を見て、レンヤも自然と微笑みながら返事をすると同時に改めて決意する。
最早家族とも呼べるミクルーアと子供達の、この笑顔を守ろうと。
レンヤは今後も『見え無き死の刃』として、家族を支えていくだろう。
だが、この後に届く通達により、レンヤの生活は一変することとなるのをここにいる誰もが今は知る由もなかった。
床を染める赤黒い液体。
それが何かを示す、むせるような臭い。
部屋中に散乱する――死体の数々。
どれもが一瞬で命を失ったのだと分かるほどに、綺麗に首を一閃――切り裂かれていた。
地獄を思わせるようなそんな場所には一人の少年が佇んでいた。
「対象を全て処理した。これより帰還する」
まるで機械のような一切の感情も乗らない声で、少年は呟く。
『レンヤくんおつかれちゃ~ん。今日はそのまま帰っていいよ~』
かなり気楽な声が少年――レンヤの耳に届いた。これはレンヤが耳に取り付けている小型の通信機から聴こえたものである。
レンヤはまたか……とため息を一つこぼす。
「姐さん……仕事中なんですからコードネームで呼んでくださいよ……」
先程の無感情の声を出していたのと同一人物とは思えないほどに、呆れたといったような表情をしながら忠告をした。
「えぇ~別にいいでしょ~? それとも、『見え無き死の刃』のほうがいいかな?」
「それだけは本当にやめてくれ」
姐さんと呼ぶ女にからかわれ、きっぱりと言い切るレンヤ。思わず敬語を忘れるほどにそう呼ばれるのは嫌なようだ。
『私は格好いいと思うんだけどな~。それはそうと、早く帰らないとミアちゃんが怒るよ~』
「怒るどころか、むしろ心配してると思うがな」
『それが分かってるならなおさら早く帰ってあげなさいよ~』
「へいへい」
適当な返事を最後にレンヤは通信を切ると、地上へと向かった。
「あっつ……夏ってのはどうしてこんなに暑いんだ。帰ってシャワー浴びてさっさと寝たい」
現在の季節は夏。照り付ける太陽の暑さに、レンヤはうんざりしながらも、今回の仕事の出来を思い返しつつ自宅へと足を進める。
(生きる為とはいえ、何も思わなくなったか。それに……)
頭に浮かぶのは、一人の少女と数人の子供の笑顔。
ふふっと、自然に笑みがこぼれるレンヤ。
「ママーあれ買ってー」
「しょうがないわねぇ」
そんな時、手を繋いで仲良く歩く親子の姿が目に入った。
その親子の姿を見て、先程とは別の内容が思い浮かんだ。
(親、ねぇ……)
それは、レンヤの悲しき過去――――
※※※
レンヤには前世の記憶が存在した。
闇木連夜として日本という国で生まれたが、親の愛というものを知らずに育つ。
連夜を出産した後、元々身体が弱かった母はそのまま命を落とし、父は仕事により海外を転々としていたからである。年齢的には親に甘えるのが当たり前であったがそれは叶わず、その時間を埋めるように読書にのめりこんでいた。
家庭が裕福ではあったため、ベビーシッターと家政婦によって世話をされ一応は健やかに育っていた。
そんなある日、事件が起きた。
連夜が小学校から帰宅すると、父が家にいた。久しぶりの息子との再開に喜びを示すかと思われたが――――
そこから、父による虐待の日々が始まった。
大きな事業に失敗し、父はその苛立ちをぶつけるが如く連夜に暴力を振るった。
家政婦達は見て見ぬ振りをしていた。所詮は雇われの身、父の権力も関係していたであろう。
幼い身ながら、連夜は今まで世話をしてくれた者達に裏切られた悲しみと、なぜこんな目に遭わなければいけないんだという怒りを覚えていた。
そして連夜は耐えきれることはなく、命を落とした。
しかし連夜は目を覚ました。日本がある世界とは異なる世界で、しかも王子として。
アルフォンス王国第三王子、レンヤ=バルト=アルフォンスとして転生した連夜。だがそこでも親の愛というものを知らずに育った。
王族のしきたりとして、十歳になるまでは両親との対面は許されない。
異世界に来ても前世とほぼ同じような生活――――この世界では侍女によって世話をされ育てられてきた。
そんな連夜の唯一の楽しみは、幼馴染で婚約者でもあるミクルーア=アンドリスと遊ぶこと。
十歳になるまであと少しという日、いつも通りミクルーアと遊んでいた時のことであった。
国が他国による侵攻に遭った。
いとも簡単に城まで攻め込まれ、連夜とミクルーアは大慌てだったが、連夜を昔から世話していた侍女が二人を連れて王国からの逃走を図った。運が良かったのか敵国の兵に見つかることは無く、そのまま王国と友好関係であったヴェンダル帝国へと逃げ込むことに成功した。
だがそこでも問題は起こった。
侍女が、連夜とミクルーアを王国を襲った敵国へと奴隷として売り払おうとしたのだ。侍女は敵国と繋がりを持っていたため、すんなりと王国を脱出できたのである。
連夜もミクルーアも高貴な血を引き継いでいるからか容姿端麗であったため、そこに目を付けた敵国が二人を欲しがったのである。
かなりの大金を積まれ、契約は成立し二人が受け渡される瞬間――――
辺り一面を、眩い光が覆った。
あまりの眩しさにその場にいる誰もが、いや、連夜以外が目を瞑った。
なぜか無事だった連夜はこれを好機だと判断し、ミクルーアを連れて逃げ出した。
逃走に成功した二人だったが子供二人で生きていくことは簡単なことではなく、スラム街で流れ者の孤児としての生活。連夜はミクルーアの為にも犯罪に手を染めることとなった。
ひったくり、恐喝、犯罪計画に加担したこともあった。
過去に二度も裏切りを経験し、子供ながらに親の愛を知らずに育ってきた連夜の心は壊れる寸前であった。転生し王子としてぬるま湯で過ごしてきた十年間を悔やんだ。
――――もう簡単に人を信用してなるものか。どんなことでもやってやる。どうにかして生き延びてやる。
レンヤに残されたのは唯一信頼できるミクルーア、前世と今世で蓄えた知識、そして身に着けていたものを売ったことにより手に入れた僅かな金銭。
しかし所詮は子供。碌な生活をすることは出来ず、ついには体が弱かったミクルーアが病気になってしまった。
彼女を背負いながらも自身のボロボロな体に鞭を打ちながら必死に生き永らえようとしたが、とうとう限界を迎える。
ついに倒れてしまった連夜だったが、薄れゆく意識の中で声が聞こえた。
「私はその子を救うことが出来る。君に命を捨てる覚悟があるならね」
何を言ってるんだこいつは。そう思った連夜だったが、既に選択肢は一つであった。
「た……の、む………」
最後の力を振り絞って出した答えに
「りょうか~い。これからよろしくね、少年」
かなり気楽な声が連夜の耳に届いたところで、意識を落とした。
そして連夜の新たな生活が幕を開けた。
『機関』の者と名乗る女に拾われた二人は、身分と生活する場所を提供してもらえることとなった。
病気もあっという間に治してもらったミクルーアは『機関』の表向きの顔である『フリーデン』の事業の一つとして運営している孤児院の維持と子供たちの世話を、そして連夜は裏の仕事を任せられた。
裏の仕事――――国に害なす存在の隠密排除、つまりは暗殺を主とした仕事をこなすために、連夜は鍛え上げられた。
王族という選ばれた有能な血筋のおかげか、かなりの才能を秘めていた連夜はぐんぐんと実力を伸ばし、仕事をこなしていった。
連夜にとっては生きるため、自分とミクルーアの居場所を守るためにしているだけのことであったが、いつしか『見え無き死の刃』という異名が裏社会に轟くこととなるほどの活躍をしていた。これは機関の工作によるものだったが本人は意味分からんとあまりその異名を好んではいない。
そして十七歳になった現在も、今では家族とさえ思うようになったミクルーアと孤児院の子供達、そして自分たちを拾ってくれた機関に貢献するためにも、連夜は己の手を血で染め続けている。
※※※
己の過去を振り返っていたレンヤだったが、頭を横に振って思い出すことを中止した。
(今の俺はもう闇木連夜でもレンヤ=バルト=アルフォンスでもない。機関所属のただのレンヤだ)
過去の自分は捨て、今をレンヤとして生きていく。そう決意をしていた。
そんなことを考えてる間に、自宅でもある孤児院に着いたレンヤは玄関の扉を開け中へと入る。
ただいまと帰宅を知らせると、ドタドタドタと数人の走る足音が聞こえた。
「「「お兄ちゃんおかえり!」」」
この孤児院に住んでいる子供達がレンヤの迎えに来たようである。レンヤは改めてただいまと言いながら全員の頭を撫でていく。
そうしていると今度はパタパタパタとスリッパの音がした。
「レンヤくん、おかえりなさい」
レンヤの元にワラワラと集まる子供たちを見て、微笑んでいる少女――――ミクルーアも迎えに来たようだ。
「ただいま、ミア」
今まで長い間を一緒に過ごしてきた愛しい少女の姿を見て、レンヤも自然と微笑みながら返事をすると同時に改めて決意する。
最早家族とも呼べるミクルーアと子供達の、この笑顔を守ろうと。
レンヤは今後も『見え無き死の刃』として、家族を支えていくだろう。
だが、この後に届く通達により、レンヤの生活は一変することとなるのをここにいる誰もが今は知る由もなかった。
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