異常才能者の築く未来史(クロニクル)
memory1-1.始まりの話
ーー太陽も、月も、星々の輝きすらない、常に曇ったような白黒の世界で青年は一人、悠然と立っている。
風も吹かず、音も聞こえない世界で、青年は彼方を見つめている。
この世界で戦えるのは…自分ただ、一人。
あの時から覚悟は決まっている。
その時、青年は感じ取った。
誰かを絶望させる影、そして悲哀しみを…
己の中にある光を解き放ち、左手を突き上げる。
光がこの何もない世界を照らす、唯一の希望となる。
その光は青年にとっての恵みなのか。
それとも、神から与えられた試練なのか。
光は青年の姿を変貌させる。
この世界で、一人で戦い続ける騎士。
銀色の戦士となり、青年は赴く。
ーーーーー戦地に。
_____________________
季節は雪解けが終わり、暖かい春風が木々を揺らす。しかし、朝晩には冷え込むこの頃。
ここは太平洋に存在する海上未来都市こと、『アクシス』という人工島である。
その島のある場所で、テラスや庭がある小洒落た喫茶店が経営されていた。そこは結構な人数のお客が入り浸り、忙しなく店員が働いている。そこには沢山の笑顔が溢れていた。客だけではなく、働いている人達も皆、笑顔で話している。
そんな店内で特徴的な白銀の髪の毛を左手でかきあげ、黒い眼鏡をかけている青年。
白銀の髪はゆるくパーマがかかっており、気品漂うその顔立ちには、幼さも残っている。
その青年、神道 唯牙が右手に分厚い本を広げ自慢気に語りだす。
「現在の西暦2020年から約1000年前、この世界各地に12個の流れ星が降り注ぎ、その星から来訪者達が現れた。
しかし、その者達の到来は始まりでしかなかった…」
唯牙の周りには見た目からして小学生高学年位の十数人の子供達が集まっており、青年の話を座りながら聞いている。
「来訪者達は、降り立った地の人々と接触することとなる。そして、
『来るべき未来、この惑星に降り立つ悪魔が現れる。その時の為、奴等を倒す覚悟を持て。そうすれば力が手にはいる』
とだけ言い残し、光となって人々の中に消えていった。
そして、世界は来訪者達の予言通りに進むこととなった。
来訪者達が訪れた時とは比にならない程の星が世界に降り注ぎ、伝承に伝わる『邪悪なる者』が現れた。」
青年は一度話を切り、子供達に視線を配る。
子供達の中には話の先が気になりウズウズしている少年や暖かい日の光を浴びうたた寝をしている少女等々、子供達の態度を見たあと、再び語りだす。
「邪悪なる者達はこの世界を喰らいだした。
喰らったのは大地や海だけではない、さも当然のようにあらゆる生命体を喰らうのだ。
鳥や魚、もちろん人間もだ。
それにより地球に生きる生命体の数も激減してしまった。
当時、多くの人々は絶望していた。しかし、残りの少数の人間は絶望していなかった。それは何故か…はいっ!そこのお前!」
唯牙は指を指す、当てられたのは先程うたた寝をしていた少女だった。
「……は、はい!」
当てられた少女は勢いよく立ち上がる。
少女は考える素振りを見せるが、直ぐ諦めたように喋る。
「・・・すいません、話を聞いていませんでした。」
「俺の話の際中にうたた寝するとは良い度胸だな、次にも当てるからしっかり聞いておけ。となりの少年、質問の内容と自分の言葉で答えを言ってみろ」
「分かりました!」
次に右隣に座っていた少年が当てられたが、少年は元気よく質問に答えた。
「質問は少数の人間はどうして絶望しなかったのか、理由は………俺達みたいな力があったから!」
少し詰まってしまったがハッキリと喋る。
そんな少年に微笑む唯牙。
「よく答えた、しかし答えとしては60%といったところだ」
「え~…」
少年はストンと肩を落とす。
「残念だが、この時点ではまだ人類はお前達の言う『力』には目醒めていなかった。
この絶望の中で人類が諦めなかったのは来訪者が言っていた『力が手にはいる』という言葉。
邪悪なる者が現れることが実現したことにより、それを信じられる感情が大きくなった。
そして、その言葉を信じ、世界を守る覚悟を決めた者達は覚醒した。」
答えられなかった少女に向かって今一度、指を指す。
「さて、失敗を取り返してもらおうか。少女よ、覚醒した力と覚醒者の名前を言ってみろ。」
「生霊心力と継承者です。」
「正解だ」
少女に向かって頷く唯牙。
その様子を見て少女は胸を撫で下ろす。
「生霊心力が最も強かったのが現代で十二戒と呼ばれるようになった家系の先祖達だ。
その者達を中心に継承者達は炎や水、天候、様々な異能を駆使し邪悪なる者たちを倒したり、時には仲間を助けていった。」
話が佳境に入っていき時間が経つにつれ、店内の慌ただしさも無くなっていく。
「最後の邪悪なる者は倒された同胞の力を吸収し巨大化というゲームでよくある強化をしてきた訳だが、継承者達は力を完全に結集させ残りの一体を倒した。
その際の爆発によって生霊心力が地球全体に行き渡る。
この現代では全ての生き物が当たり前のようにこの力の源である万能変換粒子、『アストラル』を宿すこととなった。」
話を終わった唯牙はパタン!と音を立て洪を閉じる。
「これが、世戒風時記に書かれた事を簡単に説明したものである!」
子供達からはパチパチと拍手が起こる。
しかし、この内容には小学生でも基本として教わっているはずのことである。
なら何故、唯牙がこのように説明しているかと言うと、小学生の授業では世戒風時記の事をある程度噛み砕いて説明する。
そのはずが教師の手違いか、その内容を丸々説明され子供達がナニコレ状態になってしまった。
そこで、質問コーナーみたいな事をしていた唯牙が子供達から頼まれ、簡単に説明していたのである。
「今では継承者として言われるのは、十二戒が出した試験を合格して資格を得たものの事だな。
この試験ではフェーズが絶対ではないから、努力すれば受かる可能性はあるぞ。」
唯牙は本を宙に放ると、本にノイズが走り消失する。何せ、目の前に有ったものが突如として消えたのだ、少年少女達は驚いた様子でその光景を見た。
しかし、これは異能ではなく、唯牙の造った発明品のデバイスの機能。『リアライズシステム』だ。
制限はあるが簡単に言えば、スマホ版四次元◯ケットである。
唯牙にとって授業も発明も朝飯前だ。
「今回は重要なページをある程度噛み砕いて説明したから、また分からなくなったら、聞きに来るが良い」
子供達は「はーい!」と大きな返事を返した後、それぞれの親が座っている席や近所へ帰って行った。
唯牙自身、こういう授業みたいなことを行うことを何度が経験しているので手慣れたものだった。
「ふぅ…」
唯牙は一仕事終わったように近くに会った椅子に座る。
そんな唯牙に一人の女の子がトレーにカップを乗せて近づいてくる。
三つ網となっている薄い茶髪、背丈は唯牙の口元ぐらいだろうか。その容姿は人に聞けば10人中10人は可愛く、愛らしいと呼ぶであろう、人形のように整っている。
さらにこの喫茶店の接客服を着ているため、より洋風の人形らしく見える。
その女の子は喫茶店『Revenir』の看板娘の一人。そして、唯牙の一つ下の妹でもある『神道 未来』である。
その額にはさっきまで重い荷物でも持って疲れたというように汗が少し伝っていた。
「帰ってたのか未来、ちゃんと買い出しは出来たか?」
「もぉ!お兄ちゃん!いつまでも未来を子供扱いしないでよ!」
未来は子供扱いされたことにへそを曲げてしまったのか片腕を大きく振る。
すると反対の手で持っていたトレーも揺れてしまいこぼれそうになる。
「せっかく入れた飲み物が溢れるぞ」
「あ、おとっっ」
慌てて未来は振るのをやめ溢れていないか確認をする。幸い溢れてはいなかった。
そんな慌てた様子さえ、微笑ましく思えてしまう。唯牙は愛おしそうに眼を細める。
一方の未来は落ち着きを取り戻し、カップを差し出す。
「ギリギリ溢れていなかったよ。はい、コーヒーだよ。とりあえず休憩中のミニ授業お疲れ様。」
「未来は所々で失敗するから気を付けろよ。まぁ、ありがとうと言っておこう。」
唯牙は白いカップに注がれたコーヒーに口をつける。
「俺ほどではないが、また腕を上げたな未来」
自賛を含んだ言葉だが未来の頭を撫でながら誉めると客の来店を知らせるベルが鳴る。
「兄貴!」
「…アレン兄妹か」
扉の方から二人の男女が唯牙に近づいてくる。
唯牙の事を兄貴と呼ぶ男の名前は『アレン・カルロス』、目測でも180cmある長身でガタイの良い体つきをしている。それに寝坊して整え損なったのかが金髪がボサボサになって目立っている。
カルロスとは逆に髪の毛や服装などしっかり整えてありショートヘアーの金髪と本人の童顔も相まって愛らしさが出ている『アレン・クロエ』。
二人は客、というわけではなくここで一緒に働いている唯牙のバイト仲間だ。
「そんな嫌な顔をしなくてもいいだろ……」
「妹が淹れてくれた美味しいコーヒーをゆっくり飲む時間を邪魔されたら普通こうなる。それで、なにか用か?」
静かにため息を付き、アレン兄妹の方へ体を向け足を組む。二人を見据えたままコーヒーを一口、ゆっくりと味わう。
そのまま唯牙が三人をテーブルを囲う形で座るように促す。
着席が完了するとクロエが話し出す。
「唯牙さんは合格発表は見に行ったんですか?」
「行っていない、まずあっちが出した条件で全攻略した時点で行く必要がない。
それにもうすぐ正午だ。正午になればデバイスに直接通知が来るんだ。行くだけ無駄だろう。」
アクシスには小学校から大学まで幾つかの学校がある。
そのアクシスの本島をそれぞれを線で繋ぐと星形になるように五つの島が点在している。
それぞれの島に普通科目以外に生霊心力の研究・実技などに特化させた専門学校が一つずつ設立させている。
本島とそれぞれの島は磁気浮上式鉄道によって放射線状に繋がれている。
唯牙とカイロス、クロエの三人はその中の一つである天ノ星凛学園に受験をしており、今日がその合格発表日なのだ。
その時三人が持つこの都市に住む学生の必需品とも言えるアイテム。
掌サイズで手帳型のデバイスが震える。
「噂をすればなんとやら…か」
唯牙だけがデバイスを開き通知を見る。
そこには『一科目以外満点で合格されました、特待生として入学を許可します。』
との一文が書かれていた。
それを確認した後すぐにデバイスをポケットへしまう。
「お兄ちゃんどうだった?」
「一科目以外満点で特待生として合格だと」
「やったぁ!!」
未来は自分の事の様に笑顔で飛び跳ねる。
星凛の受験は三科目あり、一科目ごとに10種類ある。一つ10点で240点にどうだったすれば合格となる。
「お前達!合格発表で浮わつくのも良いがこっちも手伝ってくれ!」
厨房から一人の男性の声が聞こえ足音が近づいてくる。
その男はコックコートを着用し小太りしているルヴニールの店長『神道 雅樹』である。
「店長、俺は休憩時間のはずですが?」
コーヒーを飲み干した唯牙がカップをテーブルに置き雅樹の方に向く。
「休憩時間はもうすぐ終わりだぞ、早く準備してくれ。それにお前達二人も受験期間中に開けていたシフト分働いてもらうぞ。」
雅樹はカルロスとクロエを指差した。
唯牙と未来、カルロス、クロエは頷き合って立ち上がる。
「雑談は夜にでもやるとして……始めるぞ、お前達」
「「おー!」」
それぞれが指定の服装を着て仕事を始めようとする。唯牙はコックコートを着て厨房。カルロスとクロエはこの喫茶店の制服で接客。
「あぁ!!」
突然、未来が店内に響くように叫ぶ。
「ど、どうしたの未来ちゃん…?」
クロエが未来の肩を叩き恐る恐る聞いてみると、買い物袋の中身を見て未来は愕然としていた。
「玉ねぎ…忘れちゃった…」
「「「おいいいいぃぃぃ!」」」
今度はアレン兄妹が同時に叫ぶ。
すると、その光景が微笑ましいのか、他の店員達の声と客達の笑い声が店内に木霊する。唯牙はその光景を見ながら小さくため息をつくしかなかった。
---------------------------------
ここは星凛学園のある島と本島を往き来するためのリニアを待つ駅である。
駅の側には当然、海があり潮風が強く吹いてくる。
その駅から降り立つ少女がいた。
すっと整った顔立ちに、宝石の様に綺麗な蒼い瞳。
何よりも特徴的なのは潮風によって靡く、綺麗で淡い朱色の髪だ。
それが周囲に舞う桜の花弁とマッチし幻想的な絵を生んでいる。
少女の名前は『鳳 明莉』
明莉はそのまま黒く、いかにもな高級車の近くまで足を進める。
車の近くには執事服に身を包み、少し歳を食ってはいるが、それ故にベテランとも見る男性が立っていた。
男性が車のドアを開け明莉は車内へ入って行く。
明莉が乗ったあと、執事は車に乗り込み発車させる。
「お嬢様、お疲れ様でした。結果はどのようなものだったのでしょうか?」
車が発車してから少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのは執事だった。
「大丈夫よオスカー!しっかり合格したから!」
オスカーと呼ばれた執事は安心したように頬を緩め、話を続ける。
「この後は時間が少し過ぎてしまいましたが、御祖父様との昼食です。このことをご報告なされたら御祖父様は大層お喜びになられるかと」
「そうですね、喜んでくれるといいな…」
明莉は御祖父の喜ぶ顔を想像しながら映り変わっていく街の風景を見ている。何度か見たことのある風景、それが見飽きたのか鞄からあるものを取り出す。
「オスカー、つくまでゲームしてていい?」
「えぇ、構いませんよ。しかし、酔わないようにしてくださいね。」
携帯ゲーム機を取り出した明莉はゲームをやり始める。そんな様子をオスカーはバックミラーで見守る。
明莉がやっているのは10人対戦まで可能な格闘ゲーム。オンライン通信も出来るため、すぐにグループを作り、対戦を開始する。
ガチャガチャとものすごい速度でコマンドを入力していく。
「よし!クリア!!」
明莉は殆どをたった一人で薙ぎ倒し、高速でクリアしてみせた。そして、ガッツポーズと小さく喜びの声を漏らす。
その後、何度かオンライン対戦をしてオフラインに切り換える。
そうやって楽しく遊んでいると、自分の座っている座席の下からなにかゴソゴソという音が聞こえた。まるで大きな荷物が壁や椅子に当たっているような感覚だ。
最初は無視していたが、何回も、何回も聞こえてきたのでさすがに集中力を散らされる。座席の下を覗くと衝撃のものが隠させていた。
「オス…カー……!?」
座席の下にはワイシャツとパンツだけになったオスカーが押し込められていた。口にロープが巻かれまともに喋れていない。
明莉はすぐに顔を上げる。
目の前に座っているのは間違いなくオスカーだ。しかし、下に押し込められているのもオスカー本人にしか見えない。
警戒し出す明莉をバックミラーで見ていたもう一人のオスカーはニヤリと微笑む。
口元を歪ませた笑み。まるで全てを嘲笑っているかのような、そんな邪悪な笑み。
明莉は下にいるオスカーを片手で引っ張り出す。そのまま、車内にいるのにも関わらず生霊心力を使おうとする。その為車に火の粉が舞う。が、一瞬遅かった。
刹那後ろの首筋に痛みが走る。その痛みが全身に伝わっていくかのように徐々に体が動かなくなり座席に倒れこんでしまう。
「いった…い……何を……」
車を道路の脇に止め、明莉に顔を近づけてくる。横にいる本物のオスカーがなにか必死に言っている気がするが、元々聞き取りにくい言葉が激痛のせいで殆ど耳に入らない。次第には体も痺れ動けなくなる。
本物のオスカーも最後の抵抗か、車に設置された非常ベルボタンを押した。サイレンが響き渡る。
偽物のオスカーは気にする様子もなく、そのまま明莉に掌をかざした。すると車全体に黒い霧が充満する。
「聖火の女騎士でも油断していたらこんなものか…」
霧の中でそんな言葉を耳打ちする。その言葉を聞いたまま、なにも返すことも出来ず、明莉は意識を手放した。
次第に黒い霧が晴れていく。晴れたその車の中には眠っているオスカーが横たわるだけ。残りの二人は忽然と姿を消してしまったのだ。
風も吹かず、音も聞こえない世界で、青年は彼方を見つめている。
この世界で戦えるのは…自分ただ、一人。
あの時から覚悟は決まっている。
その時、青年は感じ取った。
誰かを絶望させる影、そして悲哀しみを…
己の中にある光を解き放ち、左手を突き上げる。
光がこの何もない世界を照らす、唯一の希望となる。
その光は青年にとっての恵みなのか。
それとも、神から与えられた試練なのか。
光は青年の姿を変貌させる。
この世界で、一人で戦い続ける騎士。
銀色の戦士となり、青年は赴く。
ーーーーー戦地に。
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季節は雪解けが終わり、暖かい春風が木々を揺らす。しかし、朝晩には冷え込むこの頃。
ここは太平洋に存在する海上未来都市こと、『アクシス』という人工島である。
その島のある場所で、テラスや庭がある小洒落た喫茶店が経営されていた。そこは結構な人数のお客が入り浸り、忙しなく店員が働いている。そこには沢山の笑顔が溢れていた。客だけではなく、働いている人達も皆、笑顔で話している。
そんな店内で特徴的な白銀の髪の毛を左手でかきあげ、黒い眼鏡をかけている青年。
白銀の髪はゆるくパーマがかかっており、気品漂うその顔立ちには、幼さも残っている。
その青年、神道 唯牙が右手に分厚い本を広げ自慢気に語りだす。
「現在の西暦2020年から約1000年前、この世界各地に12個の流れ星が降り注ぎ、その星から来訪者達が現れた。
しかし、その者達の到来は始まりでしかなかった…」
唯牙の周りには見た目からして小学生高学年位の十数人の子供達が集まっており、青年の話を座りながら聞いている。
「来訪者達は、降り立った地の人々と接触することとなる。そして、
『来るべき未来、この惑星に降り立つ悪魔が現れる。その時の為、奴等を倒す覚悟を持て。そうすれば力が手にはいる』
とだけ言い残し、光となって人々の中に消えていった。
そして、世界は来訪者達の予言通りに進むこととなった。
来訪者達が訪れた時とは比にならない程の星が世界に降り注ぎ、伝承に伝わる『邪悪なる者』が現れた。」
青年は一度話を切り、子供達に視線を配る。
子供達の中には話の先が気になりウズウズしている少年や暖かい日の光を浴びうたた寝をしている少女等々、子供達の態度を見たあと、再び語りだす。
「邪悪なる者達はこの世界を喰らいだした。
喰らったのは大地や海だけではない、さも当然のようにあらゆる生命体を喰らうのだ。
鳥や魚、もちろん人間もだ。
それにより地球に生きる生命体の数も激減してしまった。
当時、多くの人々は絶望していた。しかし、残りの少数の人間は絶望していなかった。それは何故か…はいっ!そこのお前!」
唯牙は指を指す、当てられたのは先程うたた寝をしていた少女だった。
「……は、はい!」
当てられた少女は勢いよく立ち上がる。
少女は考える素振りを見せるが、直ぐ諦めたように喋る。
「・・・すいません、話を聞いていませんでした。」
「俺の話の際中にうたた寝するとは良い度胸だな、次にも当てるからしっかり聞いておけ。となりの少年、質問の内容と自分の言葉で答えを言ってみろ」
「分かりました!」
次に右隣に座っていた少年が当てられたが、少年は元気よく質問に答えた。
「質問は少数の人間はどうして絶望しなかったのか、理由は………俺達みたいな力があったから!」
少し詰まってしまったがハッキリと喋る。
そんな少年に微笑む唯牙。
「よく答えた、しかし答えとしては60%といったところだ」
「え~…」
少年はストンと肩を落とす。
「残念だが、この時点ではまだ人類はお前達の言う『力』には目醒めていなかった。
この絶望の中で人類が諦めなかったのは来訪者が言っていた『力が手にはいる』という言葉。
邪悪なる者が現れることが実現したことにより、それを信じられる感情が大きくなった。
そして、その言葉を信じ、世界を守る覚悟を決めた者達は覚醒した。」
答えられなかった少女に向かって今一度、指を指す。
「さて、失敗を取り返してもらおうか。少女よ、覚醒した力と覚醒者の名前を言ってみろ。」
「生霊心力と継承者です。」
「正解だ」
少女に向かって頷く唯牙。
その様子を見て少女は胸を撫で下ろす。
「生霊心力が最も強かったのが現代で十二戒と呼ばれるようになった家系の先祖達だ。
その者達を中心に継承者達は炎や水、天候、様々な異能を駆使し邪悪なる者たちを倒したり、時には仲間を助けていった。」
話が佳境に入っていき時間が経つにつれ、店内の慌ただしさも無くなっていく。
「最後の邪悪なる者は倒された同胞の力を吸収し巨大化というゲームでよくある強化をしてきた訳だが、継承者達は力を完全に結集させ残りの一体を倒した。
その際の爆発によって生霊心力が地球全体に行き渡る。
この現代では全ての生き物が当たり前のようにこの力の源である万能変換粒子、『アストラル』を宿すこととなった。」
話を終わった唯牙はパタン!と音を立て洪を閉じる。
「これが、世戒風時記に書かれた事を簡単に説明したものである!」
子供達からはパチパチと拍手が起こる。
しかし、この内容には小学生でも基本として教わっているはずのことである。
なら何故、唯牙がこのように説明しているかと言うと、小学生の授業では世戒風時記の事をある程度噛み砕いて説明する。
そのはずが教師の手違いか、その内容を丸々説明され子供達がナニコレ状態になってしまった。
そこで、質問コーナーみたいな事をしていた唯牙が子供達から頼まれ、簡単に説明していたのである。
「今では継承者として言われるのは、十二戒が出した試験を合格して資格を得たものの事だな。
この試験ではフェーズが絶対ではないから、努力すれば受かる可能性はあるぞ。」
唯牙は本を宙に放ると、本にノイズが走り消失する。何せ、目の前に有ったものが突如として消えたのだ、少年少女達は驚いた様子でその光景を見た。
しかし、これは異能ではなく、唯牙の造った発明品のデバイスの機能。『リアライズシステム』だ。
制限はあるが簡単に言えば、スマホ版四次元◯ケットである。
唯牙にとって授業も発明も朝飯前だ。
「今回は重要なページをある程度噛み砕いて説明したから、また分からなくなったら、聞きに来るが良い」
子供達は「はーい!」と大きな返事を返した後、それぞれの親が座っている席や近所へ帰って行った。
唯牙自身、こういう授業みたいなことを行うことを何度が経験しているので手慣れたものだった。
「ふぅ…」
唯牙は一仕事終わったように近くに会った椅子に座る。
そんな唯牙に一人の女の子がトレーにカップを乗せて近づいてくる。
三つ網となっている薄い茶髪、背丈は唯牙の口元ぐらいだろうか。その容姿は人に聞けば10人中10人は可愛く、愛らしいと呼ぶであろう、人形のように整っている。
さらにこの喫茶店の接客服を着ているため、より洋風の人形らしく見える。
その女の子は喫茶店『Revenir』の看板娘の一人。そして、唯牙の一つ下の妹でもある『神道 未来』である。
その額にはさっきまで重い荷物でも持って疲れたというように汗が少し伝っていた。
「帰ってたのか未来、ちゃんと買い出しは出来たか?」
「もぉ!お兄ちゃん!いつまでも未来を子供扱いしないでよ!」
未来は子供扱いされたことにへそを曲げてしまったのか片腕を大きく振る。
すると反対の手で持っていたトレーも揺れてしまいこぼれそうになる。
「せっかく入れた飲み物が溢れるぞ」
「あ、おとっっ」
慌てて未来は振るのをやめ溢れていないか確認をする。幸い溢れてはいなかった。
そんな慌てた様子さえ、微笑ましく思えてしまう。唯牙は愛おしそうに眼を細める。
一方の未来は落ち着きを取り戻し、カップを差し出す。
「ギリギリ溢れていなかったよ。はい、コーヒーだよ。とりあえず休憩中のミニ授業お疲れ様。」
「未来は所々で失敗するから気を付けろよ。まぁ、ありがとうと言っておこう。」
唯牙は白いカップに注がれたコーヒーに口をつける。
「俺ほどではないが、また腕を上げたな未来」
自賛を含んだ言葉だが未来の頭を撫でながら誉めると客の来店を知らせるベルが鳴る。
「兄貴!」
「…アレン兄妹か」
扉の方から二人の男女が唯牙に近づいてくる。
唯牙の事を兄貴と呼ぶ男の名前は『アレン・カルロス』、目測でも180cmある長身でガタイの良い体つきをしている。それに寝坊して整え損なったのかが金髪がボサボサになって目立っている。
カルロスとは逆に髪の毛や服装などしっかり整えてありショートヘアーの金髪と本人の童顔も相まって愛らしさが出ている『アレン・クロエ』。
二人は客、というわけではなくここで一緒に働いている唯牙のバイト仲間だ。
「そんな嫌な顔をしなくてもいいだろ……」
「妹が淹れてくれた美味しいコーヒーをゆっくり飲む時間を邪魔されたら普通こうなる。それで、なにか用か?」
静かにため息を付き、アレン兄妹の方へ体を向け足を組む。二人を見据えたままコーヒーを一口、ゆっくりと味わう。
そのまま唯牙が三人をテーブルを囲う形で座るように促す。
着席が完了するとクロエが話し出す。
「唯牙さんは合格発表は見に行ったんですか?」
「行っていない、まずあっちが出した条件で全攻略した時点で行く必要がない。
それにもうすぐ正午だ。正午になればデバイスに直接通知が来るんだ。行くだけ無駄だろう。」
アクシスには小学校から大学まで幾つかの学校がある。
そのアクシスの本島をそれぞれを線で繋ぐと星形になるように五つの島が点在している。
それぞれの島に普通科目以外に生霊心力の研究・実技などに特化させた専門学校が一つずつ設立させている。
本島とそれぞれの島は磁気浮上式鉄道によって放射線状に繋がれている。
唯牙とカイロス、クロエの三人はその中の一つである天ノ星凛学園に受験をしており、今日がその合格発表日なのだ。
その時三人が持つこの都市に住む学生の必需品とも言えるアイテム。
掌サイズで手帳型のデバイスが震える。
「噂をすればなんとやら…か」
唯牙だけがデバイスを開き通知を見る。
そこには『一科目以外満点で合格されました、特待生として入学を許可します。』
との一文が書かれていた。
それを確認した後すぐにデバイスをポケットへしまう。
「お兄ちゃんどうだった?」
「一科目以外満点で特待生として合格だと」
「やったぁ!!」
未来は自分の事の様に笑顔で飛び跳ねる。
星凛の受験は三科目あり、一科目ごとに10種類ある。一つ10点で240点にどうだったすれば合格となる。
「お前達!合格発表で浮わつくのも良いがこっちも手伝ってくれ!」
厨房から一人の男性の声が聞こえ足音が近づいてくる。
その男はコックコートを着用し小太りしているルヴニールの店長『神道 雅樹』である。
「店長、俺は休憩時間のはずですが?」
コーヒーを飲み干した唯牙がカップをテーブルに置き雅樹の方に向く。
「休憩時間はもうすぐ終わりだぞ、早く準備してくれ。それにお前達二人も受験期間中に開けていたシフト分働いてもらうぞ。」
雅樹はカルロスとクロエを指差した。
唯牙と未来、カルロス、クロエは頷き合って立ち上がる。
「雑談は夜にでもやるとして……始めるぞ、お前達」
「「おー!」」
それぞれが指定の服装を着て仕事を始めようとする。唯牙はコックコートを着て厨房。カルロスとクロエはこの喫茶店の制服で接客。
「あぁ!!」
突然、未来が店内に響くように叫ぶ。
「ど、どうしたの未来ちゃん…?」
クロエが未来の肩を叩き恐る恐る聞いてみると、買い物袋の中身を見て未来は愕然としていた。
「玉ねぎ…忘れちゃった…」
「「「おいいいいぃぃぃ!」」」
今度はアレン兄妹が同時に叫ぶ。
すると、その光景が微笑ましいのか、他の店員達の声と客達の笑い声が店内に木霊する。唯牙はその光景を見ながら小さくため息をつくしかなかった。
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ここは星凛学園のある島と本島を往き来するためのリニアを待つ駅である。
駅の側には当然、海があり潮風が強く吹いてくる。
その駅から降り立つ少女がいた。
すっと整った顔立ちに、宝石の様に綺麗な蒼い瞳。
何よりも特徴的なのは潮風によって靡く、綺麗で淡い朱色の髪だ。
それが周囲に舞う桜の花弁とマッチし幻想的な絵を生んでいる。
少女の名前は『鳳 明莉』
明莉はそのまま黒く、いかにもな高級車の近くまで足を進める。
車の近くには執事服に身を包み、少し歳を食ってはいるが、それ故にベテランとも見る男性が立っていた。
男性が車のドアを開け明莉は車内へ入って行く。
明莉が乗ったあと、執事は車に乗り込み発車させる。
「お嬢様、お疲れ様でした。結果はどのようなものだったのでしょうか?」
車が発車してから少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのは執事だった。
「大丈夫よオスカー!しっかり合格したから!」
オスカーと呼ばれた執事は安心したように頬を緩め、話を続ける。
「この後は時間が少し過ぎてしまいましたが、御祖父様との昼食です。このことをご報告なされたら御祖父様は大層お喜びになられるかと」
「そうですね、喜んでくれるといいな…」
明莉は御祖父の喜ぶ顔を想像しながら映り変わっていく街の風景を見ている。何度か見たことのある風景、それが見飽きたのか鞄からあるものを取り出す。
「オスカー、つくまでゲームしてていい?」
「えぇ、構いませんよ。しかし、酔わないようにしてくださいね。」
携帯ゲーム機を取り出した明莉はゲームをやり始める。そんな様子をオスカーはバックミラーで見守る。
明莉がやっているのは10人対戦まで可能な格闘ゲーム。オンライン通信も出来るため、すぐにグループを作り、対戦を開始する。
ガチャガチャとものすごい速度でコマンドを入力していく。
「よし!クリア!!」
明莉は殆どをたった一人で薙ぎ倒し、高速でクリアしてみせた。そして、ガッツポーズと小さく喜びの声を漏らす。
その後、何度かオンライン対戦をしてオフラインに切り換える。
そうやって楽しく遊んでいると、自分の座っている座席の下からなにかゴソゴソという音が聞こえた。まるで大きな荷物が壁や椅子に当たっているような感覚だ。
最初は無視していたが、何回も、何回も聞こえてきたのでさすがに集中力を散らされる。座席の下を覗くと衝撃のものが隠させていた。
「オス…カー……!?」
座席の下にはワイシャツとパンツだけになったオスカーが押し込められていた。口にロープが巻かれまともに喋れていない。
明莉はすぐに顔を上げる。
目の前に座っているのは間違いなくオスカーだ。しかし、下に押し込められているのもオスカー本人にしか見えない。
警戒し出す明莉をバックミラーで見ていたもう一人のオスカーはニヤリと微笑む。
口元を歪ませた笑み。まるで全てを嘲笑っているかのような、そんな邪悪な笑み。
明莉は下にいるオスカーを片手で引っ張り出す。そのまま、車内にいるのにも関わらず生霊心力を使おうとする。その為車に火の粉が舞う。が、一瞬遅かった。
刹那後ろの首筋に痛みが走る。その痛みが全身に伝わっていくかのように徐々に体が動かなくなり座席に倒れこんでしまう。
「いった…い……何を……」
車を道路の脇に止め、明莉に顔を近づけてくる。横にいる本物のオスカーがなにか必死に言っている気がするが、元々聞き取りにくい言葉が激痛のせいで殆ど耳に入らない。次第には体も痺れ動けなくなる。
本物のオスカーも最後の抵抗か、車に設置された非常ベルボタンを押した。サイレンが響き渡る。
偽物のオスカーは気にする様子もなく、そのまま明莉に掌をかざした。すると車全体に黒い霧が充満する。
「聖火の女騎士でも油断していたらこんなものか…」
霧の中でそんな言葉を耳打ちする。その言葉を聞いたまま、なにも返すことも出来ず、明莉は意識を手放した。
次第に黒い霧が晴れていく。晴れたその車の中には眠っているオスカーが横たわるだけ。残りの二人は忽然と姿を消してしまったのだ。
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コメント
ノベルバユーザー248907
オスカー………(´゚ω゚`)