異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

17話

 










 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 突如として襲撃してきた魔族。
 メルセフが『プロキオン』と称したその魔族は、おそらく魔族元帥の一角であるプロキオンを指すものだとアレクセイたちには分かった。
 そして、その攻撃から庇ったマウントバッテン。
 彼の展開した防護魔法は、あろうことか元帥であるプロキオンの攻撃を防いだ。
 それをみたプロキオンは、マウントバッテンを指して勇者と言った。
 雪城という見た目は年端もいかない少女だが人のそれをはるかに凌駕するクロノス神の加護を持つという勇者。
 そんな彼女とともに旅をしてきたというマウントバッテンは、思えばとても不思議な人物だった。
 そして、メルセフとプロキオンの反応を見る限り、それは本当なのだろう。
 マウントバッテンはおそらく偽名だろうが、彼もまた異世界の勇者だった。
 人族の窮地に颯爽と現れ、魔族の強大な元帥に立ち向かう背中は、まさしく英雄だった。
 そして、勇者を殺せと叫んだメルセフに、それに従い背中を向ける彼に攻撃しようとしていた天族に、それを見ていた私は叫んだ。


「ドクターに指一本触れさせるな!」


 アレクセイは一度恩人である勇者を売ろうとしていた。
 もう、同じ轍は踏みたくない。
 勇者が2人いる。それだけで、メルセフたちを恐れていた自分はどこかに消えてしまった。
 人族の希望をこれ以上失ってなるものか、と。
 主天使の率いる軍勢に攻撃したのである。絶好の大義名分として、おそらく神国は連邦に牙を剥くだろう。
 どれだけの民が死ぬことになるかわからない。
 我ながら同省も無く直情的な行動だったと思う。
 だが、不思議と後悔はなかった。


「どうします? 我々のせいで連邦が神国に占領されたりしたら?」


「その時は、連邦屈指の歴史に名を残す男になるだろうさ! だが、もうそんなことなど知らん! 銃殺刑でも絞首刑でも受けてやるわ!」


 やけくそに叫ぶと、配下の将兵たちは絶句するどころか先ほどまでの陰鬱とした雰囲気を吹き飛ばす最高の笑顔を浮かべた。


「ならば生き残りましょう! 我ら、揃って大罪人です!」


 連邦軍は、誰1人として神国に銃を向けてしまったこと、連邦が滅びるかもしれない戦争に発展させる決断を下したことに、異を唱えるものなどいなかった。
 間違っている、とは分かっている。
 それでも、アレクセイはこの湧き上がる衝動を抑えられなかった。


「貴様ら、何をしているのか分かっているのか!? 我らがその気になれば、大陸の1つや2つ不毛の地に変えられるのだぞ!」


「知るかぁ! 支配を受ける家畜の生き方よりも、我らは革命の嵐にて散ることを選ぶのだ! 赤旗を掲げよ! 革命の時だ、立て!」


 連邦軍の陣地から赤旗が上がる。
 支配体制に対する反抗の証。
 その旗を掲げる限り、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦はどこまでも支配者に抗う選択をする。戦うことを選ぶ。それが革命を掲げる国の証。
 冬季大攻勢連邦と同盟における戦争の形態は、大きな転換の時を迎えることとなった瞬間であった。










 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


「やってくれるじゃないか、人族…!」


 ウーリエ配下の中位天使の中ではもっとも人族に対する偏見が穏やかなはずのメルセフも、さすがに宣戦布告を叩きつけられ銃を向けられては堪忍袋の尾が切れる。
 いままでの穏やかげな雰囲気は消し飛び、その額には青筋が立っていた。


 勇者も、魔族の元帥も、天族にとっては大きな脅威である。
 特に人族の希望の存在である勇者は、クロノス神が異世界の侵食者に対抗するために召喚する英雄たちに匹敵する力を有する。そうなれば天族でまともに戦えるのは、上位三階の将のみだろう。主天使であるメルセフに倒せる相手ではない。
 そして、勇者は人族が神国に対抗するために召喚した存在である。
 すなわち、神国の敵だ。
 連邦を支配した勇者は、天族でも魔族でも無くなんらかの因縁があるのか同じ勇者に対して大きな敵意を抱いている。だから、ウーリエも利用することを考えた。
 そしてそれに便乗し、この国をまだ逃亡中である勇者を殺すことも任務の1つだった。
 その勇者は、連邦軍に紛れていた。
 仮面を被った謎の男。その外見的特徴は、間違えなくアウシュビッツ群島列国におけるネスティアント帝国牽制のための一手を妨害した2人の勇者の片方だ。
 ソラメク王国にいると思われていたのだが、おそらく連邦から脱出した勇者と接触し此方に来たということなのだろう。
 行方不明の勇者も見つかっていない中、もう援軍が先着していた事態に、プロキオンの突然の襲来もあってメルセフはパニックに陥った。
 しかしそれも少しは落ち着いてきた。
 オブラニアクの戦場は連邦軍と神国軍の衝突に変わっている。
 数こそまだ神国軍が倍以上とはいえ、人族は先の戦闘で経験した通り、戦となると想像よりもはるかに強い。さらに勇者に加えて魔族元帥までいるとなると、その戦場は非常に混沌とした危険なものとなっている。
 下等生物の分際で刃向かった人族を誅さずにはいられないが、プロキオンの軍勢が見えないのもより恐怖を催すものである。
 プロキオンは転移魔法を個で扱える存在である。いつ戦場に皇国軍が乱入してもおかしくはない。
 ならばプロキオンと激突している勇者を隙を見て討つべきなのだろうが、勇者はプロキオンを相手に一歩も引くこと無く戦っていた。はっきり言って、化物である。


「撤退するべきかもしれないけど、そういう訳にはいかないなあ」


 やられっぱなしでは、天族のプライドに傷がつく。
 人族の頭で作った山から降りたメルセフは、近くの権天使たちに連邦軍との戦闘の指揮を執らせ、自らはこちらを睨みつけている黒髪の少女と対峙した。
 先ほどまでは美しいとはいえ単なる人族の小娘にしか見えなかったが、今の彼女が身に纏う雰囲気は何か違う。
 そして、ウーリエを通じて聞かされていた逃亡中の勇者と外見的な特徴が一致することに気づいた。


「悪い事象というのは、やはり重なるのか…」


 そう呟いたメルセフを、黒髪の少女は睨みつけている。
 確証はないが、メルセフは現実から目を背けて逃避する暗愚ではない。


「暗愚はスルーシだけで結構…さて」


 アイリスの加護を展開し、腰の剣を抜き、空に浮かび上がる。
 それに応じるように、飛行魔法を使用した少女が浮上する。


「由佳子の雇った天族…」


「やはりね。君が雪城という勇者なのか?」


 メルセフの問いに、雪城は一度首肯しただけ。
 由佳子というのは連邦を占領している勇者の名前だと聞く。
 どうやら、予感は的中していたようだ。


「雪よ集え、召喚魔法!」


 雪城が召喚魔法を使用する。
 直後、彼女の身は青白い空の色を湛える美しく豪奢でありながら、勇ましい姿の氷の甲冑に覆われた。
 その手には少女の身の丈を超える巨大な白銀の騎上槍ランスと、金色に光り輝く巨大な大盾が握られている。
 ソラメク王国にいるはずの仮面の勇者がここにいるということは、すでに勇者たちは合流していたということなのだろう。
 なんという貧乏くじを引いてしまったのか、と予感が的中したことにメルセフはため息をこぼしたくなる。
 主天使の昇格は、殉職の前祝いだったかもしれない。
 だが、退くわけにもいかない。
 これがクロノス神の望んだことというならば、ここで己が退場するということである。
 主天使に昇格させて貰った上に、勇者との一騎討ちで最後を迎えるならば、これはこれで名誉なことなのかもしれない。
 終わりを告げられたような事態に直面しながらも、メルセフは口元に諦め感を交えた笑みを浮かべた。


「行くぞ」


「…どこからでも」


 メルセフが答えると、雪城は一気にその間合いを詰めにかかる。
 オブラニアクの城の上にて、雪城とメルセフの空中戦の幕が開けた。










 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


「迸れ、雷撃魔法!」


「ドジョウ先生、バキュームで」


 飛来した魔法を、取り込みの邪法を駆使して飛んでくるそばから飲み込んでいきます。
 ヨホホホホ。バキューム怪獣、なかなか面白い邪法を持っていたではありませんか。普段は英語ぺらぺらでやかましいのですが。
 ガヴタタリ、でしたね。英語うるさいの邪法である取込の邪法は、文字通りなんでも吸い込んでしまう代物です。腹ペコ怪獣に似合う邪法と言えるでしょう。
 それをバキュームから窃盗し、ドジョウ先生に付与してあります。
 最初はプロキオンと名乗りましたこちらの魔族元帥の方にボコボコにされていましたが、取り込みの邪法を用いてみたところこれが意外と有効でして、プロキオンさんの魔法を飲み込むことにより無力ができることが判明しました。
 とはいえ扱いきれていないためか、物理的な要因を携えた攻撃は取り込めません。
 防げるのは魔法で作り上げたもののみです。理由があるのか、まだ使い慣れていませんのでわかりませんが。


「その魔法、見たことがあるね。それはガヴタタリの扱っていたもの、どこで手に入れたのだね!?」


「おや、ご存知でしたか?」


 ツァンゲラのことをプロキオンさんは知っていたようです。
 あと、魔法じゃなくて邪法ですが。
 邪法は魔法と違い発動した場合起せる事象は限られたものになります。赤い呪怨であれば相手の心臓を壊す、取込の邪法であれば指定した存在そのものを飲み込んでしまうといった具合にです。
 つまり、発動する内容が限定されるため、想像力と魔力で可能性を広げる魔法に比べはるかに応用が利きません。
 しかし、効果が限定されているためか、それが発動すれば効果は絶大と言えるでしょう。
 特に心臓を壊すことしかできない赤い呪怨に比べ、バキュームは防御にもってこいです。
 気づくの遅いですね。ヨホホホホ。
 これを駆使すれば、案外魔族の元帥とも渡り合えるのではないでしょうか?


「これならどうかね! 大地の怒りを体現せよ逆立つ業火!」


 溶岩を地面から突き上げる魔法ですね。
 バキュームを駆使してそれも飲み込みます。


「ヨホホホホ。効きませんね〜」


「魔法は効かない…ならば、物理で行くね!」


 バキューム相手に魔法が通じないことに痺れを切らしたのか、プロキオンさんは作戦を変更し召喚魔法を使用しました。
 どうやら物理で挑むようです。


「集え、召喚魔法!」


 熊の手に巨大な鉞が出現します。
 それも、今回は二本です。二刀流ということですか。
 …斧なので二斧流と称するべきでしょうか。
 ヨホホホホ。確かにあの斧は脅威に値するでしょう。


「しかーし、この進化したドジョウ先生の敵では–––––」


「吹き飛べ!」


「ゴフゥッ!?」


 調子に乗っかっていたところ、口上を無視したプロキオンさんから投げつけられた斧の1つが直撃しました。
 腹を大きく抉られています。ヨホホホホ。さすがですね。
 まあ、遮ってはいけないなんてルールはありませんし、これも1つの戦術というものでしょう。
 つまり、何かヘラヘラ言っている相手を殴るというやつです。ちなみに、自分のポジションは必ずと言っていいほどにヘラヘラ言っている相手です。何しろ煽り魔ですので。
 治癒魔法で腹の傷をふさぎます。


「ヨホホホホ。やりますね〜」


「減らず口を叩く暇など与えないね!」


 すかさず、ブーメランのように返ってきた斧を見事にキャッチしたプロキオンさんが、間合いを詰めてきました。
 どうやら物理で戦う様子です。
 まあ、物理は自分のバキュームが受け付けませんから。魔法が無駄打ちならば、これでくるしかないでしょう。
 しかし、この間合いこそ自分の狙っていたものです。
 何しろ、攻撃魔法がありませんので、離れた相手には赤い呪怨以外向ける刃を自分は持っておりません。発勁は射程が短いので。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。受けて立ちま–––––」


「音も通さぬ牢獄に繋がれよ!」


「ヨホホ!? また遮るのですか!?」


 ところが、自分のセリフに付き合う義理がないプロキオンさんは、拘束用の魔法を用いて自分の足を地面に縛り付けました。
 大地から伸びた鎖にとらわれ、動かなくなります。
 そこにすかさずプロキオンさんが斧を振り下ろしてきます。


「くたばれね!」


 ヨホホホホ。絶体絶命かもしれませんが、防護魔法以外にも自分の扱える魔法はあります。
 というわけで、製薬魔法で超強力な唐辛子の粉末を大量に出現させ、プロキオンさんに向けて吹きつけました。
 赤い煙が襲いかかり、プロキオンさんが悲鳴をあげます。


「な、なんなのかねこれ!? 痛い痛い痛い痛い! 目が!」


「唐辛子スプレーみたいなものですよ。ヨホホホホ」


 視界を奪われ、その上思いっきり斧を振り下ろそうとしていたことから空中に上がった姿勢という回避ができない体勢だったこともあり、プロキオンさんに大きな隙が生じます。
 足の踏み込みが利きませんが、それでもこのチャンスは逃せません。


「頂きました!」


 プロキオンさんの手首を掴み体勢をさらに崩し、ガラ空きとなった胴体に発勁を打ち込みます。
 地面に足をついていない状態で受ける発勁は衝撃が外に逃げませんから、その骨格や臓器にかかるダメージはより大きくなります。


「グア!?」


 発勁のダメージにより魔法の維持ができなくなったらしく、自分の足の鎖も消えます。
 発勁を食らって飛ばされたプロキオンさんはまともな受身も取れずに地面を転がり、2つの鉞も取りこぼしました。
 ヨホホホホ。ついに魔族元帥の方から一本いただくことができたということですかね?
 これはもう、自分の勝利と見て疑いがないのでは?と思います。ヨホホホホ。
 お前の勝利があってたまるか、と? ヨホホホホ。しかし勝利は勝利というものでしょう。
 と、まあ油断していたところです。


 ガン!


「痛いです!」


 突然、後頭部に何かが直撃してきました。
 人間サイズの何かの奇襲攻撃に、自分も不覚をとります。
 思わず後頭部を抑えてうずくまった自分の視界に、ズタボロにされたメフセフが転がりました。
 どうやら、奇襲はこの方の仕業のようですね。


「完敗だねえ…」


 メルセフはそう呟くと、大きく息を吐きました。
 いったい何がどうなっているのかな?と後ろを振り向きます。
 すると、そこには巨大な吹雪の嵐を纏った人の身の丈に並ぶ大きさの巨大な氷のランスを振り上げている雪城さんがいました。


「あの、雪城さん…?」


「これで、止めだぞ!」


「な、なんですとぉぉぉおおおおお!?」


 何をするつもりなのかというのも理解できました。
 誰と戦っていたのかということも理解できました。
 そして、自分はたまたまそこにいたのです。魔法に足止めされたことにより。
 ヨホホホホ。因果応報というやつですか。
 調子に乗ったことに関する請求は、雪城さんが担当してくれた様子です。
 …こうして、オブラニアクの戦闘は神国軍司令官のメルセフとヨブトリカ軍師団長のポートランドを始めとする多数の犠牲者を出し、連邦軍の勝利で終わりました。
 その代償として、オブラニアクの城は半分が消し飛び半分が凍りつくという被害が生まれ、あれだけ士気高揚だった連邦の皆さんはドン引きする結果となりましたが。
 ヨホホホホ。自分、今回も結果的には逃げおおせたプロキオンさんに見事に敗北しましたね。
 調子に乗った天罰ということでしょう。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品