異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
15話
グノウ攻防戦から5日後の出来事です。グリヤートからプラフタにおける連邦軍の主力が到着しました。
ヨブトリカの冬季大攻勢を崩し、人族の歴史に残るだろう大勝利を収めた連邦軍は、すでに神国軍とともに反転攻勢を仕掛けており、ヨブトリカ領を進撃しているといいます。それにより、プラフタに駐屯するというヨブトリカ陸軍第六師団を包囲する形が完成されており、プラフタにおける連邦とヨブトリカの戦況はその勝敗を実質的に決したとのことです。
グリヤートから来た連邦の本隊も、グノウの救援に来たのとは別口のメルセフという天族の将軍が率いる先発しているという神国軍を追い、プラフタのヨブトリカ軍を完全に駆逐するために出陣する予定だと言います。
これに関して、未だに復興が整っていないグノウとモスカル要塞の守備軍には、プラフタの連邦軍司令官であるアレクセイ将軍が気を利かせて下さり、グノウ防衛を任務とし殲滅戦への同行は必要ないとのお達しが来ました。
神国軍が2万、連邦の本隊が5千、それに対してオブラニアクというプラフタ領内にある廃城となった拠点跡に集結したヨブトリカ軍は6千ほどとのことです。
出陣していく連邦軍を見守っていた自分たちですが、グノウの攻防戦の際に遭遇した熊さん魔族元帥を思い出し、自分はこの圧倒的に有利に見える戦況に魔族の介入の可能性を考えます。
しかし、アレクセイ将軍がもたらした連邦王国戦争の推移に関する情報では、神国の協力を得た連邦が冬季大攻勢でヨブトリカ軍の陸軍と同盟諸侯の援軍を壊滅に追い込んだことにより圧倒的に連邦側に戦況を傾かせているそうです。
浅利さんに支配され混乱が起こったと思われていた連邦ですが、奇襲を受けて始まった戦争に対してここまで戦況を有利に傾かせられるとなると…何か別のことを見ているようにも見受けられます。
まるで、ヨブトリカとの戦争は前座であり、勇者を召喚したネスティアント帝国との戦争を想定している…そんな感じが見えますね。
浅利さんの目的は世界征服ではなくクラスメイトに対する復讐です。そして、その復讐対象のクラスメイトを召喚した国が他にいたとすれば、それを見過ごすことはしないはずです。ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦をネスティアント帝国との戦争に発展させるつもりなのでしょう。
魔族に対抗する最前線を担うこの2つの国家は、人族最強の軍事力を持つ国同士でもあります。その戦争が生焼け程度のもので片付くとは思えません。
アルデバラン様には、どうにか魔族皇国の侵略を止めてもらうようにお願いしましたが、アルデバラン様の立場は低くないとはいえ、トップではありません。元帥はアルデバラン様以外にも複数います。
魔族が人族大陸の席巻を狙っているというならば、この二大国の戦争を見過ごすはずはないでしょう。アルデバラン様だけでは、魔族の侵略を唱える派閥の意見を抑え込むことはできないことも十分に考えられます。
それに対抗するには、勇者も、二大国も、力を削がれることなく浅利さんの復讐を止めるという展開が理想的ですが、それは難しいでしょう。
連邦王国戦争は、浅利さんにとってネスティアント帝国との戦争における前座なのでしょう。互角の国力を持つネスティアント帝国を確実に下せるように、同盟諸国を神国と結んで占領すれば、連邦と帝国のパワーバランスは大きく傾きます。ソラメク王国との同盟があるとはいえ、ネスティアント帝国はおそらく勇者を守りきれなくなるでしょう。
おそらく浅利さんはそれを狙っているはずです。
すなわち、それを阻止するには連邦王国戦争を同盟側の勝利で幕引きさせるか、神国との手切れをさせることが鍵になります。
しかし、頼みのヨブトリカ王国は残虐な軍隊でした。元をただせば自分たち勇者が原因となる戦争です。彼らに連邦を蹂躙されるような事態は、原因の一端を担っている者として避けなければなりませんでした。
結果、我ながら馬鹿だとは思いますが、連邦を止めなければならない中で連邦に味方し同盟側の軍勢を撃退するという行為に走ってしまいました。
同盟諸国のうち、すでにヨブトリカ王国は本土に侵攻され降伏も時間の問題、他の同盟諸国も先の冬季攻勢で大きな損害を受けており、神国を味方につけている連邦に勝ち目がない状態だそうです。
戦争の趨勢、連邦王国戦争に介入した結果、勇者としての目的と、行き当たりばったりでつき進んだらいつのまにか何をしたら良いのか自分でもわからなくなってきました。
このままいけば連邦が同盟を滅ぼしてしまうでしょう。そうなれば、次はネスティアント帝国に狙いを定めるはずです。
なんとか帝国と連邦が戦争をしないように小細工を弄することはできないものでしょうか?
「…そういえば」
そこで自分は熊さん魔族元帥に思い至りました。
連邦に神国の後ろ盾があるように、同盟には魔族の介入があったはずです。元帥が前線にまで出ているのですから、かなり大規模に裏で介入しているはずでしょう。転移魔法を扱えましたし、軍勢を控えさせているはずでしょう。ヨホホホホ。
それならば、なんとか彼らにも接触できないでしょうか?
連邦と帝国が潰し合うならば魔族の皆さんとしては願ったり叶ったりかもしれませんが、それでもそこに神国が介入しているとなれば彼らとしては黙っていられないはずでしょう。
西方国境騒動などにより魔族の人族大陸に対する侵略が防がれている状況で、神国が人族の戦争に介入しことをうまく進めていると知れば、魔族としても連邦を放置できなくなってくるはずだと思います。
神国と魔族をぶつけて、そのすきに連邦の浅利さんを止めるという手が考えられますね。
…そういえば人族の歴史では大戦期の暗黒時代がありました。参りました。大陸を焼け野原にされるような事態をさせては本末転倒です。この案は使えません。
ならば、取れる手段はこうなります。
浅利さんではなく、魔族と神国をそれぞれ人族大陸からおかえりいただきます。第二案となります、連邦と神国の手切れを狙う口で行くとしましょう。
そうと決まれば、あの熊さん元帥を追い出すまで連邦に味方すれば良いということですね。
プラフタに残るヨブトリカ軍に、おそらくあの熊さん元帥は同行していると思います。
熊さん元帥にお帰りいただくために、オブラニアクに向けて出陣したアレクセイ将軍の軍勢についていき、プラフタに残るヨブトリカ軍を駆逐します。自分がゴキブリ戦法を駆使して熊さん元帥を引き放せば、圧倒的に有利に立つ連邦軍がヨブトリカ軍を倒すはずでしょう。
神国軍が先行しているそうですが、魔族の元帥ともなれば単騎で3万からなる神国軍を圧倒できていたとしてもおかしくはありません。神国軍が全滅しているという可能性も考慮します。
しかし、ヨブトリカ軍は疲労が重なっているはずなので連邦軍の本隊で戦えばきっと勝利できるはずです。
先行している神国軍が全滅していると見た場合、やはり勝負の鍵は自分が熊さん元帥を引きつけて足止めすることにあるでしょう。
グノウの怪我人は治療し終えましたので、ここにいるよりもアレクセイ将軍についていく方がまだマシな気がします。連邦と帝国の戦争もなんとか阻止しなければいけませんので。もっともらしい理由をつけて、自分はアレクセイ将軍に同行を申し出ました。
尤もらしいというか、単にマウントバッテンの身の上話である設定を語り、ヨブトリカ軍を止めたいという心境を訴えた、作り話で同情を誘うという下衆の所業でですが。
その申し出はすんなり受け入れられました。自分もびっくりですが、救護兵は1人でも多いほうがいいとのことです。
連邦にとって、正規軍の兵士というのは本当に替えの利かない存在であり、兵士一人一人の命は大きいとのことです。それを救える存在は、いくらあっても足りないとのことで動向を許されました。
むしろこちらからお願いしたいとまで言われました。恐縮です。
調子にのるなクソ野郎、と? ヨホホホホ。自分はおだてられれば調子に乗りまくって、はた迷惑な存在として活躍して、3倍から10倍の強烈なしっぺ返しが必ずくる煽り魔です。それを恐れていては煽り魔など務まりませんので、思いっきり調子に乗らせていただきます。ヨホホホホ。
最後に必ず痛快なしっぺ返しがくるので、ご期待下さい。絶対に痛快ですので。ヨホホホホ。
来る前に動くな、と? いえいえ、むしろしっぺ返しはウェルカムです。そうでなければ煽り魔を名乗る資格などありません。ヨホホホホ。
出発は今日の昼とのことですので、自分は準備を進めます。
熊さん魔族元帥は正攻法でぶつかったところで、コンクリ壁に叩きつけれる砂糖菓子、もしくは鉄甲船に焙烙火矢抱えて突撃する毛利水軍よろしく粉砕されるだけですので、搦め手を駆使して挑みます。煽り魔の本領発揮ですな。ヨホホホホ。
ろくな事ならないからやめろ、と? ヨホホホホ。ろくなことにならないなど確定事項、それを恐れては煽り魔などやっておりませんとも。
第一、自分がざまあされる展開など、むしろ痛快ではありませんか。ヨホホホホ。
それは激しく同意できる、と? ヨホホホホ。同意いただいて何よりです。何しろ自分、マゾヒストの変態能面奇術師ですので。ヨホホホホ。
リュドミラさんとセルゲイ氏たちとは、ここでお別れとなります。
そのことを伝えようか迷いましたが、止めておきます。リュドミラさんは絶対についていくとか言い出しそうですので。
グノウにはきっと雪城さんも残りますし、大丈夫でしょう。
雪城さんの無事は確認できましたので、自分は出陣前にグノウにある郵便施設を利用して、ネスティアント帝国の帝都に残っているはずの勇者の皆さん、宛先は村上氏にして東田様から聞きました連邦における悲劇と、雪城さんの無事に関する事柄をまとめ、より詳しくはカクさんに聞いてくださいという追伸も書き込み、手紙として出しておきました。
結構な長文となりましたが、村上氏ならば解釈してくださるでしょう。受け入れがたいことかもしれませんが、クラスメイトが殺害された事実に関しても記載してあります。
さて、これであと腐れは無くなりました。
しばらくネスティアント帝国にも戻れないでしょう。
カクさんや鬼崎さん、ケイさんや海藤氏、そして副委員長と村上氏一行。彼らともかなり長い離別となりますが、むしろ清々するとか言われそうですね。ヨホホホホ。
それだけの事しでかした自覚はあります。…スミマセンでした。
手紙が届いたら、きっとすぐに駆けつけてくれることでしょう。
「その腕、頼りにしているぞドクター・マウントバッテン」
「1人でも多く、皆さんの命をつないでみせます」
アレクセイ将軍と握手を交わし、自分は魔導車両に乗り込みました。
こうして、アレクセイ将軍率いるプラフタにおける連邦軍の主力部隊、総勢5千からなる軍勢は、プラフタ最後の戦場となるオブラニアク城に向けて出陣しました。
マントを頭まで被り、グノウからは見えないように連邦軍に紛れて、グノウの街を後にしました。
航空戦艦17隻、陸上戦艦2隻、魔導車両2千台、各種自律兵器1万5千機、兵員5千。
グノウを出発したアレクセイ将軍率いる連邦軍の本隊は、出陣の翌日にオブラニアク城に到着した。
ところが、こちらの予想に反しオブラニアクはすでに陥落しており、ヨブトリカ軍と神国軍、両軍の死体が多数地に伏している戦場跡と、オブラニアクを占領した神国軍の姿がありました。
航空戦艦の残骸が場外に複数確認できることなどから、かなりの激戦が繰り広げられたものと思われます。
しかし、やはり追い詰められたヨブトリカ軍では、数で圧倒的に優位に立つ神国軍に抵抗することは叶わなかったようですね。
オブラニアク城に見える生存者は、軒並み天族の姿ばかりでした。
技術と戦術で先を行く人族は、しかし非力な存在であり天族と魔族に対抗することはできないというこの世界の常識を突きつけられるような光景でした。
「何ということを…」
アレクセイ将軍が、死体を見て絶句しています。
それは連邦軍も同じでした。
多数散乱する死体ですが、天族と人族のものでかなりの差異が見られます。
天族の多くは銃で撃ち殺されたもので、原型も多くが止めています。
しかし、人族の多くはなます切りにされたり、炭になるまで焼かれたり、同じ人族同士で殺し合ったのか折り重なったりしています。
首がない死体など山のように転がっていますね。
それは明らかに勝つために、戦うために殺したというよりも、遊んで殺した手際の死体でした。
「……………」
いくらヨブトリカ軍が敵であり、彼らも蛮行を重ねていたとはいえ、これは流石にやりすぎたと思います。
自分も含め、人族全員の共通認識でしょう。
ヨブトリカ軍が撒いてきた蛮行さえも霞む凄惨な光景でした。
地面から腕が生えていたり見えます。
生々しい肌色ですが、確実に生きてはいないでしょう。自分の千里眼を使わずともわかります。
あれは、掘り返していいものではないと告げられているようでした。
連邦軍の正規兵でさえ、あまりの凄惨な光景に蹲って地面にゲロを吐く方までいます。雪城さんには流石に刺激が強いのではと思い、振り向きますが…。
「…ん? 私のどこに見とれているのだ、ドクター?」
…思ったよりも平気というか、全く気にしていない様子でした。
すごい精神力ですね。本当に不思議な方だと思います。
「そのお美しい瞳にです、勇者様」
「ドクターに褒められたのだ! ああ、ちなみにカラコンではないので」
「…それは見ればわかりますよ」
さりげなくツッコミ役を振られますが、柳のごとく受け流します。
雪城さんの態度に、強張っていた連邦軍の面々の表情も少しずつ柔らかくなります。
まあ、突っ込めと言われても自分は突っ込むことはしませんけどね。
何しろ、自分の空回りのボケ専門、もしくはクソみたいな煽り魔ですから。ヨホホホホ。
「…勇者様ぁ!?」
あ、アレクセイ将軍が少し考え込んでようやくおかしな点に気付いたようです。
なぜか出発時にはいなかった雪城さんがいたことに、でしょう。
いや〜いい驚きっぷりですね。ヨホホホホ。
お前少し黙れ、と? 畏まり、ましたぁぁぁ!
…え? 何で素直に承諾するのか、と?
それはもちろん、代弁してくれる方がいますので。
「いや〜、いい驚きっぷりですな〜」
満足げにウンウンと自分の後ろで雪城さんが頷いています。
しかし、勇者が紛れ込んでいたことにアレクセイ将軍はかなり慌てています。
「な、なな…い、いつから…?」
「君の娘が産まれた年からだ!」
「私は独身だよ!」
おお、アレクセイ将軍ノリがいいですね。
しかし、アレクセイ将軍は独身なのですか。
そういえばネスティアント帝国の質実剛健な近衛大隊『ヴァリアント』の唯一の優男中隊長のティルビッツ氏や、財務大臣のアルブレヒト氏は既婚者でした。
比較的年齢の高かった…おっとこれは失言ですね。申し訳ありません。
近衛大隊『イラストリアス』の頼れる姉御肌の中隊長であるエリザベート氏や、『イラストリアス』の大隊長であるアリアン氏は未婚でした。
まあ、アリアン氏に関しては絶賛恋に夢中だと思いますが。
意外と、海藤氏の男の度量は大きい気がします。どんなハーレムができるのか、観察するのが楽しみですね。
…今はまだ帝国には帰れそうにありませんが。ヨホホホホ。
さて、アレクセイ将軍が独身でノリが良いという割と今の状況には関係がない情報が手に入りました。
どう使うか、ですか?
もちろん、煽ります。ルイス・マウントバッテンの皮を剥いだ瞬間、それはもう煽りまくりたいと思います。ヨホホホホ。だって面白そうですから。
やめろボケ!と? ヨホホホホ。やるなを言われたらやりたくなるのが人というものでしょう。反撃されることなど承知のうえ、どころかむしろウェルカムです。
…ルイス・マウントバッテンの時には自重しますが。
「なるほど…つまりあれか?」
「あれとは?」
「あれって何だ?」
「いや、こっちが知りたいわ!」
完全に雪城さんのペースに乗せられましたね、アレクセイ将軍。
そんな上官の様子に、思わず兵隊の顔に笑みが浮かんできた。
やられた後で蛮行が過去のものとなっていたこともあるのでしょう。現在進行形で行われていたらこうはいかなかったでしょうが、雪城さんのおかげで連邦軍の空気が和やかさを取り戻しました。
部下の顔に笑顔が浮かんだことに気づいたのでしょう。アレクセイ将軍も彼らの雰囲気を察し、雪城さんではなく自分の方を見てきました。
それに対し、自分が無言で頷くと納得してくれた様子です。
穏やかな表情となり、明後日の方を見ている雪城さんに一礼をしました。
…多分、雪城さんに自覚はないと思います。はい。
しかし、雪城さんは何処を向いているのでしょうか?
気になった自分がその方向に目を向けると、オブラニアクの城塞の中心から数騎の天族たちが出てきました。
何度か見たことがあるので、だいたいの違いはわかるようにはなりました。
それらは部隊長格を務める権天使にあたる天族たちでした。
その隊長格が集まってくるとは珍しいですね。順当に考えて、出迎えといったところでしょうか。
連邦軍の前に到着した天族たちは、飛んだままこちらを見下ろす形で対峙すると、慇懃どころではない礼儀のかけらも感じない態度で一方的に言ってきました。
「貴様らが連邦の人族か? 我が主、主天使メルセフ様がお待ちだ。代表10名を選定しろ。地を這うしか能のない下等生物なりに急げ!」
カクさんがいたら確実にブチ切れてますね。
そのくらい無礼で一方的な物言いですが、アレクセイ将軍たちは一気に和やかだった空気が冷え切ったものの、歯を食いしばり反抗することはしませんでした。
どれだけ無礼でも、彼らは一応味方です。
そして、神国の援軍がなければプラフタの防衛は叶わなかったことを考えると一介の将軍の権限で、反抗することはできないのでしょう。
アレクセイ将軍をはじめとする連邦の皆さんのうつむいた表情は、悔しさで彩られていました。
こんな奴らに頼らなければいけないことに、屈辱を感じている様子です。
必死で屈辱を堪えているアレクセイ将軍率いる連邦軍を見下ろしていた権天使は、侮蔑するように鼻を鳴らすと怒鳴りつけてくる。
「ふん。何をうつむいている、さっさと動け畜生ども! クロノス神の創造するこの世界に本来存在さえ許されない下等種族は我らの指示を聞くこともできないのか!?」
「…!」
ギリッと、歯ぎしりの音が聞こえました。
幸い、天族には聞こえていないようです。
必死で暴発することを理性で抑え込むアレクセイ将軍は、部下に暴れ出すものが出る前に屈辱に耐えながらも権天使に頭を下げました。
「…すぐに選定します。少々お待ちを」
連邦軍が無言で出しているブチ切れ寸前の空気を察する能力がないのか、それともわかってやっているのかわかりませんが、おそらく前者でしょう。
自分には真似できない、どう見ても煽っているというような言葉を吐きます。
「急がないか、畜生風情が!」
どれだけ沸点を下げれば気がすむのでしょうか。
今まで自分が会った天族の方は傲慢という表現の合う方ばかりでしたが、ここまでわかりやすいパターンは…グノウの件がありました。普通にありました。はい。
ヨホホホホ。
何とか耐え抜きながら、権天使からの要求通り代表の選定を終えます。
もしもの時のためにということで、雪城さんも代表の1人に入りました。自分も雪城さんとセットでメンバーに入ります。
自分にはツッコミが務まらないことは承知していると思うのですが、保護者がいてくれた方が安心とのことです。
…もはやマウントバッテンが雪城さんの保護者という定位置に収まりつつありますね。
護衛が5名、アレクセイ将軍と参謀の佐官が2名、そして自分と雪城さんです。
権天使と天族たちに取り囲まれてオブラニアク城の中に入った自分たちですが、そこで見た光景はおそらくこの戦争の中で一、二位を争うほどの衝撃的なものとなりました。
彼らの大将、主天使メルセフの下にたどり着いた時、城の庭に不自然にできた小高い丘の上に座るその姿に、とある写真を思い出しました。
「やあ、待っていたよ人族の諸君」
案内された先は、オブラニアク城の庭らしき場所です。
草が茂っている中に、不自然に存在する金や黒、白、褐色などの様々な色に彩られた小高い丘の頂上に、ひときわ目立つ美形の天族の男が座っていました。
それまでの権天使の慇懃な態度とは違い、若干の蔑みのような目はあるものの、先ほどまでの天族たちよりは紳士的な態度と落ち着いた口調で、その頂上に座りこちらを見下ろしている天族は声をかけました。
「初めまして、かな。私はメルセフ。ウーリエ様の配下、主天使メルセフだ」
権天使たちに比べればだいぶまともと言える口調で、その天族は名乗りました。
「ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦プラフタ駐屯軍司令官、アレクセイです」
アレクセイ将軍も名乗り返し、全員揃って頭をさげます。
雪城さんだけはよそ見をしていましたが、自分の方で皆さんに合わせて礼をさせました。
丘から降りたメルセフは、その手に1つの黒と赤の球状の物体、サッカーボールくらいの大きさの何かを黒い糸の束につなげて持ってきます。
「まずは手土産から提示しよう。ここに集っていたヨブトリカ軍の司令官の首だ」
ボトリと、アレクセイ将軍の前に乱雑に投げられたそれは、まるでこの世に生を受けたことを呪うかのような悲痛な表情を浮かべたまま絶命した1人の人族の生首でした。
「こ、これは…」
こちらの世界にも、敵将を討ち果たした証拠として顔、つまり生首を手柄の証とする習慣はあるといいます。
しかし、銃器や兵器の発達により人族の中では生首を持ってくることなどできないほどに戦死者を膨れ上がらせる殲滅戦の戦場に移り、そういった手柄の主張の風習は失われていきました。
なので、生首というのは衝撃だったのでしょう。
とはいえ、これは神国軍が敵軍であるヨブトリカ軍の将を討ち取った証でもあります。
彼らがいなければ、連邦はプラフタの最後の戦を無傷で終えることはできなかったでしょう。
その証拠というならば、首そのものというよりこの勝利を手土産としている、というふうに受け取るべきなのかもしれません。
アレクセイ将軍は何となく納得できていなさそうな複雑な顔を浮かべつつも、再びメルセフに頭を下げました。
「御助力、誠に感謝いたします」
「構わないさ。天族は土産も無しに誰かと会うことはしないと私は考えている。やはり、挨拶には相応のものが必要だろう」
返すものを持ち合わせていないことなど気にするなと言わんばかりの口調でメルセフは手を振りながら丘の頂上に戻ります。
どうやら、司令官は階位が高いこともあるためか、話し合いの通じる方のようです。
そう思い、一息つけそうな気がした時でした。
地面に投げ捨てられた敵司令官だった生首と、顔を上げた際に目に入ったメルセフの座る丘を見て、その不自然な小高い丘の状態の判別がつきました。
それはアレクセイ将軍も同じのようです。
「い、いや…そんな…」
動揺する人族たちに、メルセフは首をかしげました。
「? どうした、人族?」
「……………」
しかし、自分たちは絶句するあまりメルセフの言葉が入ってきませんでした。
小高い丘のように見えたそれは、生首を一度でも目にすればその正体が見分けられます。
それは丘などではありません。
とんでもない数の、人族の生首が積み重なった山だったのです。
ヨブトリカの冬季大攻勢を崩し、人族の歴史に残るだろう大勝利を収めた連邦軍は、すでに神国軍とともに反転攻勢を仕掛けており、ヨブトリカ領を進撃しているといいます。それにより、プラフタに駐屯するというヨブトリカ陸軍第六師団を包囲する形が完成されており、プラフタにおける連邦とヨブトリカの戦況はその勝敗を実質的に決したとのことです。
グリヤートから来た連邦の本隊も、グノウの救援に来たのとは別口のメルセフという天族の将軍が率いる先発しているという神国軍を追い、プラフタのヨブトリカ軍を完全に駆逐するために出陣する予定だと言います。
これに関して、未だに復興が整っていないグノウとモスカル要塞の守備軍には、プラフタの連邦軍司令官であるアレクセイ将軍が気を利かせて下さり、グノウ防衛を任務とし殲滅戦への同行は必要ないとのお達しが来ました。
神国軍が2万、連邦の本隊が5千、それに対してオブラニアクというプラフタ領内にある廃城となった拠点跡に集結したヨブトリカ軍は6千ほどとのことです。
出陣していく連邦軍を見守っていた自分たちですが、グノウの攻防戦の際に遭遇した熊さん魔族元帥を思い出し、自分はこの圧倒的に有利に見える戦況に魔族の介入の可能性を考えます。
しかし、アレクセイ将軍がもたらした連邦王国戦争の推移に関する情報では、神国の協力を得た連邦が冬季大攻勢でヨブトリカ軍の陸軍と同盟諸侯の援軍を壊滅に追い込んだことにより圧倒的に連邦側に戦況を傾かせているそうです。
浅利さんに支配され混乱が起こったと思われていた連邦ですが、奇襲を受けて始まった戦争に対してここまで戦況を有利に傾かせられるとなると…何か別のことを見ているようにも見受けられます。
まるで、ヨブトリカとの戦争は前座であり、勇者を召喚したネスティアント帝国との戦争を想定している…そんな感じが見えますね。
浅利さんの目的は世界征服ではなくクラスメイトに対する復讐です。そして、その復讐対象のクラスメイトを召喚した国が他にいたとすれば、それを見過ごすことはしないはずです。ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦をネスティアント帝国との戦争に発展させるつもりなのでしょう。
魔族に対抗する最前線を担うこの2つの国家は、人族最強の軍事力を持つ国同士でもあります。その戦争が生焼け程度のもので片付くとは思えません。
アルデバラン様には、どうにか魔族皇国の侵略を止めてもらうようにお願いしましたが、アルデバラン様の立場は低くないとはいえ、トップではありません。元帥はアルデバラン様以外にも複数います。
魔族が人族大陸の席巻を狙っているというならば、この二大国の戦争を見過ごすはずはないでしょう。アルデバラン様だけでは、魔族の侵略を唱える派閥の意見を抑え込むことはできないことも十分に考えられます。
それに対抗するには、勇者も、二大国も、力を削がれることなく浅利さんの復讐を止めるという展開が理想的ですが、それは難しいでしょう。
連邦王国戦争は、浅利さんにとってネスティアント帝国との戦争における前座なのでしょう。互角の国力を持つネスティアント帝国を確実に下せるように、同盟諸国を神国と結んで占領すれば、連邦と帝国のパワーバランスは大きく傾きます。ソラメク王国との同盟があるとはいえ、ネスティアント帝国はおそらく勇者を守りきれなくなるでしょう。
おそらく浅利さんはそれを狙っているはずです。
すなわち、それを阻止するには連邦王国戦争を同盟側の勝利で幕引きさせるか、神国との手切れをさせることが鍵になります。
しかし、頼みのヨブトリカ王国は残虐な軍隊でした。元をただせば自分たち勇者が原因となる戦争です。彼らに連邦を蹂躙されるような事態は、原因の一端を担っている者として避けなければなりませんでした。
結果、我ながら馬鹿だとは思いますが、連邦を止めなければならない中で連邦に味方し同盟側の軍勢を撃退するという行為に走ってしまいました。
同盟諸国のうち、すでにヨブトリカ王国は本土に侵攻され降伏も時間の問題、他の同盟諸国も先の冬季攻勢で大きな損害を受けており、神国を味方につけている連邦に勝ち目がない状態だそうです。
戦争の趨勢、連邦王国戦争に介入した結果、勇者としての目的と、行き当たりばったりでつき進んだらいつのまにか何をしたら良いのか自分でもわからなくなってきました。
このままいけば連邦が同盟を滅ぼしてしまうでしょう。そうなれば、次はネスティアント帝国に狙いを定めるはずです。
なんとか帝国と連邦が戦争をしないように小細工を弄することはできないものでしょうか?
「…そういえば」
そこで自分は熊さん魔族元帥に思い至りました。
連邦に神国の後ろ盾があるように、同盟には魔族の介入があったはずです。元帥が前線にまで出ているのですから、かなり大規模に裏で介入しているはずでしょう。転移魔法を扱えましたし、軍勢を控えさせているはずでしょう。ヨホホホホ。
それならば、なんとか彼らにも接触できないでしょうか?
連邦と帝国が潰し合うならば魔族の皆さんとしては願ったり叶ったりかもしれませんが、それでもそこに神国が介入しているとなれば彼らとしては黙っていられないはずでしょう。
西方国境騒動などにより魔族の人族大陸に対する侵略が防がれている状況で、神国が人族の戦争に介入しことをうまく進めていると知れば、魔族としても連邦を放置できなくなってくるはずだと思います。
神国と魔族をぶつけて、そのすきに連邦の浅利さんを止めるという手が考えられますね。
…そういえば人族の歴史では大戦期の暗黒時代がありました。参りました。大陸を焼け野原にされるような事態をさせては本末転倒です。この案は使えません。
ならば、取れる手段はこうなります。
浅利さんではなく、魔族と神国をそれぞれ人族大陸からおかえりいただきます。第二案となります、連邦と神国の手切れを狙う口で行くとしましょう。
そうと決まれば、あの熊さん元帥を追い出すまで連邦に味方すれば良いということですね。
プラフタに残るヨブトリカ軍に、おそらくあの熊さん元帥は同行していると思います。
熊さん元帥にお帰りいただくために、オブラニアクに向けて出陣したアレクセイ将軍の軍勢についていき、プラフタに残るヨブトリカ軍を駆逐します。自分がゴキブリ戦法を駆使して熊さん元帥を引き放せば、圧倒的に有利に立つ連邦軍がヨブトリカ軍を倒すはずでしょう。
神国軍が先行しているそうですが、魔族の元帥ともなれば単騎で3万からなる神国軍を圧倒できていたとしてもおかしくはありません。神国軍が全滅しているという可能性も考慮します。
しかし、ヨブトリカ軍は疲労が重なっているはずなので連邦軍の本隊で戦えばきっと勝利できるはずです。
先行している神国軍が全滅していると見た場合、やはり勝負の鍵は自分が熊さん元帥を引きつけて足止めすることにあるでしょう。
グノウの怪我人は治療し終えましたので、ここにいるよりもアレクセイ将軍についていく方がまだマシな気がします。連邦と帝国の戦争もなんとか阻止しなければいけませんので。もっともらしい理由をつけて、自分はアレクセイ将軍に同行を申し出ました。
尤もらしいというか、単にマウントバッテンの身の上話である設定を語り、ヨブトリカ軍を止めたいという心境を訴えた、作り話で同情を誘うという下衆の所業でですが。
その申し出はすんなり受け入れられました。自分もびっくりですが、救護兵は1人でも多いほうがいいとのことです。
連邦にとって、正規軍の兵士というのは本当に替えの利かない存在であり、兵士一人一人の命は大きいとのことです。それを救える存在は、いくらあっても足りないとのことで動向を許されました。
むしろこちらからお願いしたいとまで言われました。恐縮です。
調子にのるなクソ野郎、と? ヨホホホホ。自分はおだてられれば調子に乗りまくって、はた迷惑な存在として活躍して、3倍から10倍の強烈なしっぺ返しが必ずくる煽り魔です。それを恐れていては煽り魔など務まりませんので、思いっきり調子に乗らせていただきます。ヨホホホホ。
最後に必ず痛快なしっぺ返しがくるので、ご期待下さい。絶対に痛快ですので。ヨホホホホ。
来る前に動くな、と? いえいえ、むしろしっぺ返しはウェルカムです。そうでなければ煽り魔を名乗る資格などありません。ヨホホホホ。
出発は今日の昼とのことですので、自分は準備を進めます。
熊さん魔族元帥は正攻法でぶつかったところで、コンクリ壁に叩きつけれる砂糖菓子、もしくは鉄甲船に焙烙火矢抱えて突撃する毛利水軍よろしく粉砕されるだけですので、搦め手を駆使して挑みます。煽り魔の本領発揮ですな。ヨホホホホ。
ろくな事ならないからやめろ、と? ヨホホホホ。ろくなことにならないなど確定事項、それを恐れては煽り魔などやっておりませんとも。
第一、自分がざまあされる展開など、むしろ痛快ではありませんか。ヨホホホホ。
それは激しく同意できる、と? ヨホホホホ。同意いただいて何よりです。何しろ自分、マゾヒストの変態能面奇術師ですので。ヨホホホホ。
リュドミラさんとセルゲイ氏たちとは、ここでお別れとなります。
そのことを伝えようか迷いましたが、止めておきます。リュドミラさんは絶対についていくとか言い出しそうですので。
グノウにはきっと雪城さんも残りますし、大丈夫でしょう。
雪城さんの無事は確認できましたので、自分は出陣前にグノウにある郵便施設を利用して、ネスティアント帝国の帝都に残っているはずの勇者の皆さん、宛先は村上氏にして東田様から聞きました連邦における悲劇と、雪城さんの無事に関する事柄をまとめ、より詳しくはカクさんに聞いてくださいという追伸も書き込み、手紙として出しておきました。
結構な長文となりましたが、村上氏ならば解釈してくださるでしょう。受け入れがたいことかもしれませんが、クラスメイトが殺害された事実に関しても記載してあります。
さて、これであと腐れは無くなりました。
しばらくネスティアント帝国にも戻れないでしょう。
カクさんや鬼崎さん、ケイさんや海藤氏、そして副委員長と村上氏一行。彼らともかなり長い離別となりますが、むしろ清々するとか言われそうですね。ヨホホホホ。
それだけの事しでかした自覚はあります。…スミマセンでした。
手紙が届いたら、きっとすぐに駆けつけてくれることでしょう。
「その腕、頼りにしているぞドクター・マウントバッテン」
「1人でも多く、皆さんの命をつないでみせます」
アレクセイ将軍と握手を交わし、自分は魔導車両に乗り込みました。
こうして、アレクセイ将軍率いるプラフタにおける連邦軍の主力部隊、総勢5千からなる軍勢は、プラフタ最後の戦場となるオブラニアク城に向けて出陣しました。
マントを頭まで被り、グノウからは見えないように連邦軍に紛れて、グノウの街を後にしました。
航空戦艦17隻、陸上戦艦2隻、魔導車両2千台、各種自律兵器1万5千機、兵員5千。
グノウを出発したアレクセイ将軍率いる連邦軍の本隊は、出陣の翌日にオブラニアク城に到着した。
ところが、こちらの予想に反しオブラニアクはすでに陥落しており、ヨブトリカ軍と神国軍、両軍の死体が多数地に伏している戦場跡と、オブラニアクを占領した神国軍の姿がありました。
航空戦艦の残骸が場外に複数確認できることなどから、かなりの激戦が繰り広げられたものと思われます。
しかし、やはり追い詰められたヨブトリカ軍では、数で圧倒的に優位に立つ神国軍に抵抗することは叶わなかったようですね。
オブラニアク城に見える生存者は、軒並み天族の姿ばかりでした。
技術と戦術で先を行く人族は、しかし非力な存在であり天族と魔族に対抗することはできないというこの世界の常識を突きつけられるような光景でした。
「何ということを…」
アレクセイ将軍が、死体を見て絶句しています。
それは連邦軍も同じでした。
多数散乱する死体ですが、天族と人族のものでかなりの差異が見られます。
天族の多くは銃で撃ち殺されたもので、原型も多くが止めています。
しかし、人族の多くはなます切りにされたり、炭になるまで焼かれたり、同じ人族同士で殺し合ったのか折り重なったりしています。
首がない死体など山のように転がっていますね。
それは明らかに勝つために、戦うために殺したというよりも、遊んで殺した手際の死体でした。
「……………」
いくらヨブトリカ軍が敵であり、彼らも蛮行を重ねていたとはいえ、これは流石にやりすぎたと思います。
自分も含め、人族全員の共通認識でしょう。
ヨブトリカ軍が撒いてきた蛮行さえも霞む凄惨な光景でした。
地面から腕が生えていたり見えます。
生々しい肌色ですが、確実に生きてはいないでしょう。自分の千里眼を使わずともわかります。
あれは、掘り返していいものではないと告げられているようでした。
連邦軍の正規兵でさえ、あまりの凄惨な光景に蹲って地面にゲロを吐く方までいます。雪城さんには流石に刺激が強いのではと思い、振り向きますが…。
「…ん? 私のどこに見とれているのだ、ドクター?」
…思ったよりも平気というか、全く気にしていない様子でした。
すごい精神力ですね。本当に不思議な方だと思います。
「そのお美しい瞳にです、勇者様」
「ドクターに褒められたのだ! ああ、ちなみにカラコンではないので」
「…それは見ればわかりますよ」
さりげなくツッコミ役を振られますが、柳のごとく受け流します。
雪城さんの態度に、強張っていた連邦軍の面々の表情も少しずつ柔らかくなります。
まあ、突っ込めと言われても自分は突っ込むことはしませんけどね。
何しろ、自分の空回りのボケ専門、もしくはクソみたいな煽り魔ですから。ヨホホホホ。
「…勇者様ぁ!?」
あ、アレクセイ将軍が少し考え込んでようやくおかしな点に気付いたようです。
なぜか出発時にはいなかった雪城さんがいたことに、でしょう。
いや〜いい驚きっぷりですね。ヨホホホホ。
お前少し黙れ、と? 畏まり、ましたぁぁぁ!
…え? 何で素直に承諾するのか、と?
それはもちろん、代弁してくれる方がいますので。
「いや〜、いい驚きっぷりですな〜」
満足げにウンウンと自分の後ろで雪城さんが頷いています。
しかし、勇者が紛れ込んでいたことにアレクセイ将軍はかなり慌てています。
「な、なな…い、いつから…?」
「君の娘が産まれた年からだ!」
「私は独身だよ!」
おお、アレクセイ将軍ノリがいいですね。
しかし、アレクセイ将軍は独身なのですか。
そういえばネスティアント帝国の質実剛健な近衛大隊『ヴァリアント』の唯一の優男中隊長のティルビッツ氏や、財務大臣のアルブレヒト氏は既婚者でした。
比較的年齢の高かった…おっとこれは失言ですね。申し訳ありません。
近衛大隊『イラストリアス』の頼れる姉御肌の中隊長であるエリザベート氏や、『イラストリアス』の大隊長であるアリアン氏は未婚でした。
まあ、アリアン氏に関しては絶賛恋に夢中だと思いますが。
意外と、海藤氏の男の度量は大きい気がします。どんなハーレムができるのか、観察するのが楽しみですね。
…今はまだ帝国には帰れそうにありませんが。ヨホホホホ。
さて、アレクセイ将軍が独身でノリが良いという割と今の状況には関係がない情報が手に入りました。
どう使うか、ですか?
もちろん、煽ります。ルイス・マウントバッテンの皮を剥いだ瞬間、それはもう煽りまくりたいと思います。ヨホホホホ。だって面白そうですから。
やめろボケ!と? ヨホホホホ。やるなを言われたらやりたくなるのが人というものでしょう。反撃されることなど承知のうえ、どころかむしろウェルカムです。
…ルイス・マウントバッテンの時には自重しますが。
「なるほど…つまりあれか?」
「あれとは?」
「あれって何だ?」
「いや、こっちが知りたいわ!」
完全に雪城さんのペースに乗せられましたね、アレクセイ将軍。
そんな上官の様子に、思わず兵隊の顔に笑みが浮かんできた。
やられた後で蛮行が過去のものとなっていたこともあるのでしょう。現在進行形で行われていたらこうはいかなかったでしょうが、雪城さんのおかげで連邦軍の空気が和やかさを取り戻しました。
部下の顔に笑顔が浮かんだことに気づいたのでしょう。アレクセイ将軍も彼らの雰囲気を察し、雪城さんではなく自分の方を見てきました。
それに対し、自分が無言で頷くと納得してくれた様子です。
穏やかな表情となり、明後日の方を見ている雪城さんに一礼をしました。
…多分、雪城さんに自覚はないと思います。はい。
しかし、雪城さんは何処を向いているのでしょうか?
気になった自分がその方向に目を向けると、オブラニアクの城塞の中心から数騎の天族たちが出てきました。
何度か見たことがあるので、だいたいの違いはわかるようにはなりました。
それらは部隊長格を務める権天使にあたる天族たちでした。
その隊長格が集まってくるとは珍しいですね。順当に考えて、出迎えといったところでしょうか。
連邦軍の前に到着した天族たちは、飛んだままこちらを見下ろす形で対峙すると、慇懃どころではない礼儀のかけらも感じない態度で一方的に言ってきました。
「貴様らが連邦の人族か? 我が主、主天使メルセフ様がお待ちだ。代表10名を選定しろ。地を這うしか能のない下等生物なりに急げ!」
カクさんがいたら確実にブチ切れてますね。
そのくらい無礼で一方的な物言いですが、アレクセイ将軍たちは一気に和やかだった空気が冷え切ったものの、歯を食いしばり反抗することはしませんでした。
どれだけ無礼でも、彼らは一応味方です。
そして、神国の援軍がなければプラフタの防衛は叶わなかったことを考えると一介の将軍の権限で、反抗することはできないのでしょう。
アレクセイ将軍をはじめとする連邦の皆さんのうつむいた表情は、悔しさで彩られていました。
こんな奴らに頼らなければいけないことに、屈辱を感じている様子です。
必死で屈辱を堪えているアレクセイ将軍率いる連邦軍を見下ろしていた権天使は、侮蔑するように鼻を鳴らすと怒鳴りつけてくる。
「ふん。何をうつむいている、さっさと動け畜生ども! クロノス神の創造するこの世界に本来存在さえ許されない下等種族は我らの指示を聞くこともできないのか!?」
「…!」
ギリッと、歯ぎしりの音が聞こえました。
幸い、天族には聞こえていないようです。
必死で暴発することを理性で抑え込むアレクセイ将軍は、部下に暴れ出すものが出る前に屈辱に耐えながらも権天使に頭を下げました。
「…すぐに選定します。少々お待ちを」
連邦軍が無言で出しているブチ切れ寸前の空気を察する能力がないのか、それともわかってやっているのかわかりませんが、おそらく前者でしょう。
自分には真似できない、どう見ても煽っているというような言葉を吐きます。
「急がないか、畜生風情が!」
どれだけ沸点を下げれば気がすむのでしょうか。
今まで自分が会った天族の方は傲慢という表現の合う方ばかりでしたが、ここまでわかりやすいパターンは…グノウの件がありました。普通にありました。はい。
ヨホホホホ。
何とか耐え抜きながら、権天使からの要求通り代表の選定を終えます。
もしもの時のためにということで、雪城さんも代表の1人に入りました。自分も雪城さんとセットでメンバーに入ります。
自分にはツッコミが務まらないことは承知していると思うのですが、保護者がいてくれた方が安心とのことです。
…もはやマウントバッテンが雪城さんの保護者という定位置に収まりつつありますね。
護衛が5名、アレクセイ将軍と参謀の佐官が2名、そして自分と雪城さんです。
権天使と天族たちに取り囲まれてオブラニアク城の中に入った自分たちですが、そこで見た光景はおそらくこの戦争の中で一、二位を争うほどの衝撃的なものとなりました。
彼らの大将、主天使メルセフの下にたどり着いた時、城の庭に不自然にできた小高い丘の上に座るその姿に、とある写真を思い出しました。
「やあ、待っていたよ人族の諸君」
案内された先は、オブラニアク城の庭らしき場所です。
草が茂っている中に、不自然に存在する金や黒、白、褐色などの様々な色に彩られた小高い丘の頂上に、ひときわ目立つ美形の天族の男が座っていました。
それまでの権天使の慇懃な態度とは違い、若干の蔑みのような目はあるものの、先ほどまでの天族たちよりは紳士的な態度と落ち着いた口調で、その頂上に座りこちらを見下ろしている天族は声をかけました。
「初めまして、かな。私はメルセフ。ウーリエ様の配下、主天使メルセフだ」
権天使たちに比べればだいぶまともと言える口調で、その天族は名乗りました。
「ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦プラフタ駐屯軍司令官、アレクセイです」
アレクセイ将軍も名乗り返し、全員揃って頭をさげます。
雪城さんだけはよそ見をしていましたが、自分の方で皆さんに合わせて礼をさせました。
丘から降りたメルセフは、その手に1つの黒と赤の球状の物体、サッカーボールくらいの大きさの何かを黒い糸の束につなげて持ってきます。
「まずは手土産から提示しよう。ここに集っていたヨブトリカ軍の司令官の首だ」
ボトリと、アレクセイ将軍の前に乱雑に投げられたそれは、まるでこの世に生を受けたことを呪うかのような悲痛な表情を浮かべたまま絶命した1人の人族の生首でした。
「こ、これは…」
こちらの世界にも、敵将を討ち果たした証拠として顔、つまり生首を手柄の証とする習慣はあるといいます。
しかし、銃器や兵器の発達により人族の中では生首を持ってくることなどできないほどに戦死者を膨れ上がらせる殲滅戦の戦場に移り、そういった手柄の主張の風習は失われていきました。
なので、生首というのは衝撃だったのでしょう。
とはいえ、これは神国軍が敵軍であるヨブトリカ軍の将を討ち取った証でもあります。
彼らがいなければ、連邦はプラフタの最後の戦を無傷で終えることはできなかったでしょう。
その証拠というならば、首そのものというよりこの勝利を手土産としている、というふうに受け取るべきなのかもしれません。
アレクセイ将軍は何となく納得できていなさそうな複雑な顔を浮かべつつも、再びメルセフに頭を下げました。
「御助力、誠に感謝いたします」
「構わないさ。天族は土産も無しに誰かと会うことはしないと私は考えている。やはり、挨拶には相応のものが必要だろう」
返すものを持ち合わせていないことなど気にするなと言わんばかりの口調でメルセフは手を振りながら丘の頂上に戻ります。
どうやら、司令官は階位が高いこともあるためか、話し合いの通じる方のようです。
そう思い、一息つけそうな気がした時でした。
地面に投げ捨てられた敵司令官だった生首と、顔を上げた際に目に入ったメルセフの座る丘を見て、その不自然な小高い丘の状態の判別がつきました。
それはアレクセイ将軍も同じのようです。
「い、いや…そんな…」
動揺する人族たちに、メルセフは首をかしげました。
「? どうした、人族?」
「……………」
しかし、自分たちは絶句するあまりメルセフの言葉が入ってきませんでした。
小高い丘のように見えたそれは、生首を一度でも目にすればその正体が見分けられます。
それは丘などではありません。
とんでもない数の、人族の生首が積み重なった山だったのです。
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