異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

14話

 








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 プラフタには、かつてこの一帯をも支配下に置いていたヨブトリカ王国が建造した城塞がある。
 オブラニアク城。
 峻険な崖や深い森、川などに囲まれた地に立つこの城は、自然を生かした天然の要害として機能していた。
 元は人族大陸に上陸してくる魔族の軍勢を迎撃するために築かれた城であり、およそ140年前に時の魔族元帥の1人であるエンタープライズが率いる軍勢を迎撃した戦にて使用されたことがあった。
 104万という大軍をわずか800の軍勢で迎撃したものの、10日でオブラニアク城は陥落。しかし、城壁が玉砕を引き換えに稼いだ時により、東方大陸からの人族の軍勢の本隊が撤退に成功したという記録が残っている。
 それから、たびたび歴史の中で戦場となった城である。
 20年前に廃城となったが、城塞はそのまま残され、今も天然の要害を利用した城としての機能は十分に残っている。
 そこに今、ポートランドが率いるヨブトリカ陸戦軍第六師団の残存戦力が集まっていた。
 冬季大攻勢の大敗により、同盟と陸軍が完膚なきまでに叩き潰され、すでに連邦王国戦争の趨勢は大きく傾いている。
 第六師団はヨブトリカ領に侵攻したウーリエ率いる神国軍の進撃により退路を断たれており、周囲が全て敵地という孤立無援の状態にあった。
 故郷であるヨブトリカ軍国も、神国軍に占領されるのを時間の問題としている。仮に本国と同盟が神国軍を撃退できたとしても、そこはすでに海軍の支配する軍国であり、ポートランドたちに帰るべき場所は既に無くなっていた。
 負けが確定した戦。ここで勝っても、いずれすり潰される。
 最初からほとんど活躍すること無く死ぬことが確約されているような戦場。
 突きつけられたような運命に、しかしポートランドは諦めること無く立ち向かう決意をした。


 〔何としても生き抜いてやる…!〕


 ここで死すことが己の運命だというならば、何が何でも抗ってやる。
 歯ぎしりをするポートランドの元に、伝令が駆けつけた。


「斥候より報告! 神国軍約3万、オブラニアク城に接近中! 2時間ほどで接敵します!」


 敵軍の襲来の報告。
 先頭は神国軍。数においては5倍の差があるものの、神国軍は戦術というものを知らない。ならば5倍の兵力さを覆すことは可能である。
 立ち上がったポートランドは、号令を出した。


「戦闘準備!」


 第六師団もプラフタにおける連戦で憔悴しており、壊滅した第二師団と第三師団の残党、それに新兵を加えてかき集めた寄せ集めの急造師団である。士気は低い。
 今の残存戦力のおよそ半数はポートランドの指揮した元第三師団の兵が占めている。第二師団の残党は前回のグノウにおける攻防戦で撤退の捨て駒に使い、残っていない。
 残る半数はまともに使えない新兵。
 戦況は不利に尽きるが、それでもポートランドは非凡である己の将の才覚を使い、絶対に生き残ってやると誓った。
 まずは神国軍を撃退する。その次は、連邦軍の本隊。
 グリヤートに詰めている無傷の軍勢は五千を超えるだろう。
 それさえ乗り切れば、北部の港に逃れ、そこから海路で中央大陸に逃亡する。
 そこで再起を図り、カンニガムを潰し、今度こそヨブトリカの実権を我がものとする。
 ポートランドは己の生存を賭けた最後の戦に挑んだ。










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 神国軍の将軍、力天使メルセフ。
 それが率いるプラフタ救援のために赴いた軍勢3万は、同じくプラフタ救援に来たスルーシ率いる軍勢3万にグノウへの援軍を任せ、プラフタの領都であるグリヤートに待機していた。
 スルーシの率いる軍勢がグノウに向かったのを見送ったメルセフは、しばらくグリヤートに止まり戦局の推移を見ていた。
 主であるウーリエ率いる神国軍の本隊は、ヨブトリカを圧倒し進撃をしており、スルーシ率いる神国軍の介入によりプラフタにおける戦況も連邦に傾いている。メルセフは今回の戦場で手柄を立てる機会は無いな、と思いながらグリヤートにて待機をしていた。
 そんな中、グノウにおける戦いの結果が届けられた。
 連邦軍が勝利し、ヨブトリカ軍は撤退。プラフタにある廃城、オブラニアクに後退してプラフタに残る全戦力を結集させているという。
 そして、グノウの戦闘においてスルーシが戦死。神国軍は2万を超える戦死者を出し、壊滅状態となった。残る神国軍も散り散りとなっており、道中でオブラニアクに集結しようとしたヨブトリカ軍との遭遇戦や、連邦領の村々に対する略奪を行うなど、好き勝手に動いては壊滅したり勝手に本国に逃げようとしたり、連邦の人族に対して蛮行を働いたりと、いずれにせよその統率は完全に消えているという。


「…スルーシが、討死ねえ」


 メルセフは別段、スルーシに対して仲間意識のようなものがあるわけではない。
 同じウーリエの配下の将として、手柄を争ういわばライバル関係にある相手であり、それが圧倒的に優勢な戦で勝手に、それも畜生に劣る人族相手に戦死したというならば、ライバル関係にあるやつが1人勝手にくたばって機会が巡ってきたな、程度の感想しか持たない。
 スルーシは所詮将軍として神国の軍勢を率いるに値しなかったというだけのこと。
 仲間意識のようなものなど欠片も持ち合わせていないメルセフは、むしろ所詮その程度ではあったものの一応は力天使の地位にあったスルーシが討死したという経緯と、畜生の格でありながら力天使を討ち取った人族に興味がわいた。


「昔から、人族というのは小賢しい策を弄するのだけは得意だからな…」


 孤立無援となっているヨブトリカ軍にも、それなりに面白いやつがいるということなのかもしれない。
 本来ウーリエの命令がなければ予備戦力を担っているメルセフの軍勢は動けないが、軽く当たって蹴ちらす程度であればヨブトリカ領を進撃しているウーリエにバレる前に方が付けられるだろうと、メルセフはスルーシを倒したというヨブトリカ軍の篭るオブラニアクに向け出陣命令を出した。


「まあ、退屈しのぎくらいにはなるだろう。スルーシは愚者だが雑魚ではない。奴を討ち取って見せたというその采配、拝見させて貰おうか」


 メフセフはスルーシを討ち取ったのがヨブトリカ軍であると誤解している。
 知らぬ間に、ポートランドはメルセフに対して警戒心を抱かせる相手という認識を与えてしまった。
 傲慢であるが故に、戦術を理解しない神国軍。
 ヨブトリカの隠れた名将であるポートランドの指揮ならば、たとえ寡兵であろうとも圧倒的に数で上回る神国軍を撃退することはできる。
 だが、その力量に警戒を抱かせて仕舞えば、その戦力差は大きく反映されてしまう。
 メルセフ率いる神国軍3万は、アレクセイ率いる連邦軍を追い抜き、先行してオブラニアク城に向けて進撃。グノウ攻防戦の終結の2日後に、メルセフ率いる軍勢はオブラニアク城を包囲した。










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 オブラニアクを包囲する神国軍を見下ろし、ヨブトリカ陸戦軍第六師団長であるポートランドは戦術を頭の中で幾千通りも組み立てている。
 将として非凡な才覚を持つポートランドは、戦局の推移を聞き、目にするだけで数ある采配の内から最適解を直感1つで瞬く間に導き出すことができる。
 まさに天才と呼ぶに相応しい才覚である。
 ポートランドの導いた直感は、必ずと言っていいほどに彼に生還の道を記してきた。
 今回もその直感を駆使して戦うまで。
 ポートランドの視線の先に広がる戦場。
 オブラニアクとその周囲には、多くの罠が仕掛けられている。
 伏兵や狙撃も多様に配し、廃城となったこの地の防御力を最高に生かす布陣をすでに整えていた。
 問題は、兵の半数が新兵であること。不測の事態にまともに指揮を受け付けるのか、それが大きな不安要素となっている。
 もっとも、新兵の多い部隊はとっさに囮にしたり、すぐに見捨てられるような場所に配置しているため、使える部隊が巻き添えを食らうということはない。
 勝利のためなら味方も平然と切り捨て捨て駒に用いる。それが、ポートランドの戦い方であり、将として類い稀なる才覚の1つと言えた。


 包囲する神国軍は3万。
 そのうちの、およそ6千ほどの先陣がオブラニアクめがけて進撃を開始した。


「ふん、まずは様子見か…」


 本格的な進軍というよりも、小手調として先陣を繰り出してくる。
 それはヨブトリカ隠れた名将たるポートランドの目には一目で判別がついた。
 しかし、神国軍の多くはこのような小手調などせず、正面から数に任せた侵攻をしてくるのが特徴のはずで、人族の軍勢相手に駆け引きなどするはずがない。
 何か不自然さを感じながらも、ポートランドは通信魔法の魔導機械を利用した情報伝達機能を利用し、前線に指示を送った。


「先鋒は複合術式で神国軍の先頭を散らし、頭を引っ張りこめ。森に誘い込み、狙撃部隊で将を討ち取り、伏兵で包囲殲滅しろ」


 神国軍はまともな陣形を持たない。我先に進軍してくることにより、味方同士で足を引っ張り合うため、その存在しない隊列を崩すよりも森などに誘い込んで視覚から攻撃する方がはるかに殲滅しやすい。
 これは魔族相手にも同様に使える、人族の基本的な用兵の1つである。
 ポートランドは誘い込みのこの戦術よりも、どちらかというと捨て駒を用いて敵を集約し殲滅する手法の方が得意だが、今回のオブラニアクの地形は基本的なこの手法で迎撃する方がやりやすい、つまり幾度も使えるため、先鋒の迎撃に用いることとした。
 川岸にて待機する先頭の部隊が銃撃を行い、進撃してくる神国軍の先頭に打撃を与える。
 それにより天族たちの目を引きつけ、そのまま森に後退する。
 当然、神国軍はそれを追撃し森の中に進軍してくる。
 神国軍にわかりやすく標的を見せることで、指示を飛ばしている天族、つまり部隊長各の天族を見つけ出し、森に待機する狙撃部隊にその将を優先的に狙撃させ、神国軍の命令系統を壊す。
 あとはまんまと森に誘い込まれた神国軍を、伏兵を持って包囲殲滅するのみ。


「この私を相手に小手調など、片腹痛い!」


 神国軍の先鋒は、ポートランドの巧みな指揮と戦術により一方的に森の中で悲鳴をこだまさせて殲滅された。
 人族の正規軍が相手ならば、森に突撃するなどという愚行は犯さない。
 しかし、やはりというべきか、人族を侮りすぎている天族では空を飛べるのにわざわざ森の中に降りてくる。
 確かに天族の個の力では人族のそれを上回るが、戦は兵の質と数だけで趨勢が決するものではない。
 すかさずポートランドは次の指示を出した。


「先鋒を蹴散らした今が好機だ! 攻勢に出ろ! 自律魔導装甲機を先頭に立て、西と北の神国軍に対して攻撃せよ!」


 防護魔法を起動させる自律魔導兵器を先頭とした部隊を、数の少ない西と北を包囲する神国軍に向けて出陣させる。
 先鋒の悲鳴の後に、森から続々と出てきたヨブトリカ軍の姿を見て、神国軍が激しく動揺を見せる。
 だが、後退や合流を行うこともなく、あろうことか神国軍は出陣してきたヨブトリカ軍に対して前進するものとその場にとどまるものの2つに分かれた。


「ふん、遊兵を作るなど…人族では凡愚もそのような用兵は用いないというのに」


 西と北の戦場は、魔導兵器を含めれば数において互角であれど、身勝手に動く神国軍に遊兵ができたことにより実質的な戦力となる数ではむしろヨブトリカ軍が上回った。
 数が多いというのは、それだけで相手には威圧を与え、味方には鼓舞を与える。
 その上動揺している神国軍に対し、ヨブトリカ軍は勝ち戦の勢いをそのままに進撃している。
 前進してきた神国軍は銃撃に多くが倒れ、そのただ密集して並んでいるだけの陣形とは言えない集団を大きく切り崩し、ヨブトリカ軍が圧倒していく。


 西と北の戦場はこのまま方が付くだろう。
 そう考えたポートランドは、戦況を優勢に進める方角から、神国軍の主力が見える東側の戦場に目を向けた。
 すると、そこでは多数の神国軍が森を飛び越える形で空を進撃してきた。
 進撃してくる神国軍のその狙いがすぐにこの本陣、すなわち総司令官である己にあることを、ポートランドはすぐに見抜いた。


「西と北の戦場を見て、こちらに隙ができたと見るや、本陣を狙うか…ふん、私が何の備えもしていないと思ったか!」


 森の伏兵を空を使って迂回するその戦術は、まともな戦術のない天族にしては少しはできるようだが、それでもポートランドには遠く及ばない。
 当然、逆に出撃して外の敵を駆逐していく際にここの兵力が割かれることなど、ポートランドは百も承知している。
 その備えを怠ることなどない。


「撃て!」


 城の庭に隠してあった航空戦艦の主砲が、空を飛ぶ神国軍にその猛威を放った。
 進撃していた神国軍は、突如として下側から放たれた砲撃に、避けることもできずに次々と粉砕されていく。
 完全な死角からの高火力の攻撃に、神国軍は多くがどこから攻撃されたかもわからないままに灰燼となって消え去っていく。
 主力である東の神国軍も被害を受けた隙を見逃さず、ポートランドはさらに畳み掛ける。


「航空戦艦を起動しろ! 敵主力である東の神国軍を蹴散らし、戦の趨勢を決めろ!」


 東の主力の神国軍を蹴散らすべく、航空戦艦を出陣させる。
 6隻の航空戦艦は、その砲火を神国軍に容赦なく振るう。
 慌てた東の戦場の神国軍は、森に突撃する軍勢とにげまどう軍勢と航空戦艦に立ち向かう軍勢と、身勝手に行動を始めた。


「ふん、またか。やはり神国軍相手に、私の戦術はもったいないな」


 分断された神国軍を各個撃破していく姿を見て、ポートランドは稚拙な戦運びにため息をこぼす。
 東にまだまとまった神国軍が残っているが、あれに対する備えもある。動かなければ迂回させた北のヨブトリカ軍と連携させ、包囲殲滅すれば片がつく。
 その戦の趨勢は決したも同然。
 しかし、これはあくまでも序章に過ぎない。
 この後に来るだろう連邦の正規軍との戦こそ、本命。
 それを打ち破り、北の港に後退し、そこから中央大陸に亡命する。
 ホラントス帝国で再起を図り、カンニガムか神国か、ヨブトリカを占領している敵を排除する。
 そうすれば、ヨブトリカは誰でもない、ポートランドのものとなる。


「ハハハ! 運命など、私は認めない! 必ず生き残り、この野望を遂げてみせる!」


 拳を振り上げ、見据える未来にポートランドは叫ぶ。
 死ぬ運命など認めない。生き残り、その運命に抗い、好みに与えられた天才たる才覚を振るいヨブトリカを我が物にしてみせる。
 その野心を露わにした。


 だが、それは一歩目で躓き、ポートランドという天才を日の当たる場所に出すことなく、隠れた名将の地位のまま終わらせることとなった。


「ガッ!?」


 野心を露わにして雄叫びをあげた直後だった。
 突然、強烈な痛みを受けたポートランド。
 全く飲み込めないその状況に、反射的に見下ろした己の胸を見て、ポートランドは言葉を失った。


「は…!?」


 そこに見たのは、1つの剣が己の体を貫いている様だった。
 頭の中が真っ白となる中、喉元に上がった血を吐く。


「ブハッ!?」


 腕が下がる。
 急速に体が重くなっていき、痛みが少なくなっていく。
 それは、自身が死という生物全てが避けて通れない終焉に向けて急速に転がり落ちている証拠である。
 そのことを理解した時、ポートランドは痛みや苦痛よりも、この剣を刺した相手よりも、運命からまふでそれがお前の運命だと言うかのように見据えた未来に届くことなく終わりを突きつけられたことに対する悔しさから、喉が張りさけるほどの叫び声をあげた。


「あ…あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 何故だ?
 何故私ばかり?
 天が天才たるこの才覚を与えたというならば、何故それを燻らせ私にこのような運命を押し付けるというのだ!?


 叫べど叫べど、溢れる血は止まらない。
 ヨブトリカの隠れた名将たるポートランドは、その突如として背中を刺された剣によって生贄とされ、己の運命を呪いながらその日陰に追いやられ続けた生涯に幕を閉じた。










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 ヨブトリカの司令官の体から、剣を引き抜く。
 天族に与えられた力である生贄の聖術により、ポートランドの命は剣に捧げられ、それはメルセフを主天使に昇格させた。
 将として天才たるポートランドは、メルセフの予想を上回る上等な生贄となったようである。


「主天使、ねえ…まさか昇格まで行くとは」


 予想外の収穫に、喜びというよりも若干の困惑をメルセフは感じている。
 とはいえ、用兵と戦術で大きく遅れる天族なりに人族の土俵に立って戦ってみたのだが、こうして敵の総司令官を殺すことはできたものの戦果は圧倒的に神国軍の被害が大きくなった様を見せつけられ、メルセフは溜息を零した。


「戦術1つでここまで戦いが変わるとは…魔族も天族も人族を滅ぼし尽くせないわけだ」


 この敵司令官は、神国軍相手に己の戦術が勿体無い、などと口にしていた。これにとって、神国との戦は遊びのような感覚程度だったらしい。
 なるほど、児戯に等しいなどと言われればスルーシが討ち取られてもおかしくはないわけである。
 どうやらこの男がスルーシを討ち取った将と見て間違えないだろう。
 ポートランドの遺体から剣を抜いたメルセフは、単騎で壊滅させたヨブトリカ軍の死体の広がるオブラニアク城と、ヨブトリカの司令官が討たれたことなど露知らずに城の外に広がる戦場で殺し合いを続ける両軍を見下ろす。
 神国軍はこれまでの攻防で3万の軍勢のうちおよそ半数が壊滅。対してヨブトリカ軍の被害は600ほどというところだろうか。
 スルーシの率いた軍勢も、ほとんどが戦死している。
 受け入れられるかどうかは疑問だが、さすがに天族としても戦の形態をみなおし、人族に戦術というものを習うべきなのではないか?
 メルセフは、ウーリエに一応進言をしてみることにする。
 跳ね除けられる可能性が高いだろうが。


 しかし、今は魔族も天族と同様に戦術や用兵に無頓着だが、彼らが先にそれを習得することがあれば、神国は一気に窮地に立つことになる。
 何しろ畜生風情の人族でさえ、これほどの戦果をあげられるのである。付け焼き刃の奇襲など、一蹴されるほどに差がある。
 それを魔族が備えることがあれば、天族は…。


 大戦期において戦死した先代の魔族皇主は、傲慢という表現の合う存在だったと聞いている。
 ゆえに、人族の培ったものには見向きもしなかった。
 それが最終的に一時魔族皇国の滅亡という事態を招いている。
 今代の皇主はその娘。皇太子であった兄や、皇主だった父の死に、人族に対して特別な感情を抱いているとすれば、勝つために何でもするという考えの持ち主であるならば、人族の用いる戦の形態を取り入れるようなことがあるかもしれない。
 先手を取られた方が負ける。
 人族の培ってきたその真の価値に、メルセフは気付きつつあった。


「畜生と見下すのも、そろそろ止めるべき…提案が蹴られるようなことがあれば、こちらから独自に交渉するしかないか」


 ひとまず足元に転がるヨブトリカの将の首を手土産として、個人的にではあるが人族から戦術というものを学んでみるのも一興かと、メルセフは思案した。


 ヨブトリカ陸軍第六師団に置いて、ポートランドの存在は大きい。
 総司令官の討死は、それまでの巧みな戦術を大きく崩すこととなり、それまで一方的に神国軍を圧倒していたはずのヨブトリカ軍を総崩れに追い込んだ。
 空を見上げると、ちょうどヨブトリカ軍の航空戦艦の一隻が撃沈され墜落していく様が見えていた。










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 ヨブトリカ軍は総崩れとなり、航空戦艦も2隻目が破壊され墜落していく。
 それはオブラニアクの北にて交戦していた神国軍とヨブトリカ軍の頭上に降り注ぎ、多くの兵を巻き添えにして大爆発を起こした。
 オブラニアク城の西の戦場で、ヨブトリカ軍に混じって神国軍を払いのけていた魔族皇国元帥の一角であるプロキオンは、ヨブトリカ軍の敗北を悟っていた。


「これは、完全に負けだね」


 オブラニアク城にてポートランドがメルセフに殺されたことで指揮系統を失ったヨブトリカ軍は、もはや烏合の衆と化している。
 それまでの戦況は一転し、神国軍の蹂躙にヨブトリカ軍が晒された。
 串刺しにされたり、火あぶりにされたり、雁字搦めにされて地面に生き埋めにされたりと、玩具のように無力となった人族たちが弄ばれて殺されていく。
 神国軍には捕虜を取るつもりなどないらしく、降伏しようが逃げようと試みようが、片っ端からあの手この手で天族たちに殺されていた。
 この戦場では、混乱したヨブトリカ軍の兵士に味方を3人殺して首を持って来れば命は助けてやるとこの辺りの隊長らしい権天使が叫んでおり、それに乗ってヨブトリカ軍が同士討ちを始めている。
 そして首を持って来れば天族に連行されて、見えないところでミンチにされて殺される。


「相変わらず悪趣味な奴らだね」


 虫けら同然の人族に同情なんてかけらもないが、プロキオンの目から見てその敵を侮辱して殺すようなやりかたはかなり趣味が悪いと感じていた。
 少なくとも、プロキオン自身は、己には理解できそうにないと感じている。カノープスあたりは喜んで同意しそうな趣味だが。
 異世界の侵食者、死神アンテョラミィ。
 別世界から来た存在という意味では、あれも勇者と同じようなものかもしれないが、それはこの世界のものの主観でしかない。
 実際、侵食者に対峙した存在は、どの伝説においても異世界よりきた英雄たちであった。
 この世界のものから見れば同じ異世界の者たちであるが、それはあくまでも内と外の考え方であり、彼らにしてみれば全く異なる世界の住人という認識となる。
 さすがに人族が勇者として召喚したのであれば、異世界の侵食者と手を組むなどという真似をする者はいないはず。
 連邦領に長居しても手掛かりがつかめない。
 ここに来るだろう異世界の勇者2人は始末するとして、そのタイミングは当初の戦闘の混乱に乗じてでは難しくなっている。ヨブトリカ軍はもう立て直しが効かない。6千の兵力はこのまま神国軍にすり潰されて消えるだろう。
 ならば、連邦軍が勝利に沸く中で、やってくると思う勇者をその騒ぎに乗じて暗殺する。この手段で行くことにした。
 問題は勇者がこの戦場に来なかった場合だが、その際は連邦軍の将を人質とすればくる可能性はある。
 何にせよ、連邦軍が到着するまでは身を潜めていた方がいい。
 そう判断したプロキオンは、とりあえず気に入らないことを叫んでいた権天使をすれ違いざまに周囲を固めていた神国軍の兵士もろとも肉塊に変えてから、オブラニアクの城を囲む森の中に身を潜めた。

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