異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

10話

 グノウというリュドミラさんが所属し、そしてヨブトリカに攻撃を受けているというその都市に到着すると、そこにはすでに先行したという神国軍が到着しており、グノウは激戦の勃発している戦場となっていました。
 戦況は、ほぼ互角といったところでしょうか。数としては援軍に来た神国軍が圧倒しているようですが、連邦側はヨブトリカ軍を押しきれておらず、一進一退となっています。
 理由は、ヨブトリカ軍の航空戦艦の的確な地上軍を支援する攻撃とその地上軍が連携して対空砲火を強くし連邦軍と連携など一切取らずに攻めかかる神国軍を跳ね返している状況です。グノウの連邦軍の銃撃による支援を試みようとしていますが、波状攻撃など名ばかりの連携もクソも無い我先に突っ込むだけの無理矢理な突撃を繰り返し続ける神国軍に射線を邪魔されているらしく、ほとんど援護射撃ができていない様子です。
 なるほど、人族が神国軍に味方されるのを嫌うわけですなこれは。
 とはいえ、圧倒的に数で勝る神国軍がハチャメチャな攻撃をしてくれるおかげで、グノウ外のヨブトリカ軍も守りに徹さざる負えない様子で、グノウの陥落が防げたのもまた事実でしょう。
 ここから見えるだけで、グノウの守備隊はほとんどが戦っていい状態とは思えない負傷兵ばかりとなっています。


「何とか間に合ったようだな」


 セルゲイ氏はグノウの戦場を見てつぶやきます。
 こちらは自分の治癒魔法と回復魔法により全力で戦える将兵がおよそ130名。それに加えて勇者たる雪城さんがついています。
 グノウの援軍に来ている神国軍は、空を飛び攻撃をしかけ続けているものたちだけでも一万はいるでしょう。グノウ内部でも爆音や剣戟、叫び声が飛び交っているのであの内部でも戦闘が起こっているものと思われます。
 対して、ヨブトリカ軍は見たところ3000〜4000ほどのようです。グノウの外だけでこれですから、空を飛び交い神国軍を苦しめている航空戦艦15隻やグノウ内部の将兵も合わせればもっと多いかもしれません。


「グノウ内部でも戦闘が起きているか…」


 グノウの様子を見たセルゲイ氏が、冷静に戦況を見定めて指示を飛ばしました。
 ここで敵陣に攻撃を仕掛ければ大将首に届くかもしれません。戦艦からの航空支援を受けながらも、やはり数で圧倒的に勝る神国軍にヨブトリカ軍は防戦一方です。全力で戦える130名の軍勢にここで横腹を突かれれば、その陣形は大いに乱れて立て直しが効かなくなる可能性は高いです。
 しかし、ここに来た最優先の目的はグノウの救援です。グノウの中でも戦闘が行われている以上、まずはその脅威を排除する必要があるでしょう。
 それに、あの天族たちの攻勢を見る限り、ここで突撃しても知ったことかと巻き添えをくって攻撃される可能性が高そうです。
 セルゲイ氏もそう考えたと思います。


「まずはグノウの安全を確保する! 南方よりグノウに入り、内部の敵を掃討するぞ!」


 返答に、兵士たちが銃を構え魔導車両に乗り込みます。


「第一、第二中隊を先発とし、第六中隊に殿を命じる。行け!」


 セルゲイ氏の指揮のもと、先発隊を乗せた魔導車両が発進していきます。
 神国軍との戦闘に集中しながらも、突然現れた増援にヨブトリカ軍はすぐに反応してきました。
 これ以上戦況を傾かせたくないのでしょう。航空戦艦一隻がこちらに向かってきます。
 その砲塔に魔力が集積し、次々に砲撃が降り注いできました。


「どすこい、防護魔法!」


 多少の被害が出ようとも構わず進もうとした連邦軍の頭上に、雪城さんが巨大な防護魔法を展開します。
 黄金色に輝く幾何学的な紋様をいくつも組み合わせて作られたそれは、降り注ぐ航空戦艦からの砲撃を容易く防いで見せました。
 そういえば、雪城さんの職種を自分はまだ知らなかったです。おそらく防護魔法が使える点から見るに、前衛向きの職種だと思うのですが。
 ちなみに自分は防護魔法を使えますが、攻撃手段がよそから集めなければならないため、職種的には前衛というより支援向きとなっています。勇者補正のおかげで将軍級の魔族か座天使以上の天族でもなければ大体の敵とは殴り合いもできますが、純粋な戦闘仕様の職種の勇者と比べるとやはり劣りますね。


「こ、これは…防護魔法か!? 個人でこれだけの規模を出せるなど…まさか!?」


 セルゲイ氏が連邦軍を守る防護魔法を展開させている雪城さんを見て、何かに気づいた様子です。
 雪城さんはそれを明言したことはないですが、名前などからおよその察しはいずれつくであろうとは思っていました。


 連邦軍もヨブトリカ軍も驚いている中で、雪城さんは変わらず自らのペースを貫き続けます。


「ハハハ! よく見るがいい、近藤! これが、私の防護魔法というやつだ!」


「だから近藤って誰ですか!? 私はリュドミラです!」


 雪城さんが魔法を展開します。
 戦場の中でもリュドミラさんのツッコミはよく響きますね。
 そんなことよりも、雪城さんが魔法を行使した瞬間、防護魔法の自分なりの常識がぶっ壊れました。
 ぶっ壊れたというよりは、ぶっ壊されたというのが正しいかもしれません。


「たけのこポンポン、防護魔法!」


 雪城さんの謎の呪文に反応し、防護魔法が地面から突き出ます。
 それはさながら杭のような形…と思いきや、地面から生える巨人の腕の形をしていました。
 透明な防護魔法に形が見えるのか、と?
 それがどっこい、見えるのです。
 なぜなら、あの防護魔法は土を防護魔法に上がったもので、その中には無数の石くれや土くれが詰め込まれていました。
 確かに防護魔法ですが、あれは防御のために使うものではないです。


「ん〜…ハッピーバースデー!」


 あの腕を見せびらかしている巨人のことでしょうか?
 雪城さんの叫び声にそんな疑問が浮かぶ中、その雪城さんの声に従うように、巨人の腕が航空戦艦の一隻を掴みます。
 すると、雪城さんは航空戦艦の表面や中に大量の土を投入していきました。
 うわ、えげつないですね。中に人がいたら生き埋め、いなくても重量過多で飛行不能に一瞬で追い込む攻撃手段ですか。
 しかも握りつぶした場合の破壊の破片が周囲に飛び散らないようにしている上に、利用はできずとも材料にはなるだろう拿捕が可能となる、まさに捕獲です。
 雪城さんの防護魔法を応用したことで作り出された巨人の腕の餌食となった航空戦艦は、巨人に捕まえられながらその場に降ろされました。
 もう、機能が停止したところを見ると、いるかもしれない乗組員は全滅しているでしょう。


「な、何者なんですか…?」


 リュドミラさんはすっかり混乱して雪城さんのほうを向きます。
 他の連邦軍兵士たちも、疑惑、混乱、恐怖、様々な感情のこもる目を一堂にリュドミラさんに向けます。
 それに対して、雪城さんは聞き手にとってはとても軽く感じる声色で答えました。


「どや、皆の衆。これぞ、勇者とかいうカマちゃんの力なのだ」


「いや、カマちゃんって誰ですか!?」


 多くの者が唖然とする中、条件反射とかしたリュドミラさんのツッコミが響きました。
 その中で、セルゲイ氏は雪城さんのことを見ながらつぶやきます。


「黒髪黒目と独特の名前からもしやとは思っていたが、やはり…」


 案外、セルゲイ氏は雪城さんの正体に勘付いていたみたいです。
 そういえば、ここまで雪城さんは己を勇者と称したことはなかったですね。リュドミラさんはその正体に気づいていなかった様子です。
 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦にも勇者が召喚されているので、その知名度はあるのでしょう。すかさず、セルゲイ氏が味方を鼓舞します。


「我らには勇者が付いている! ならば勝利は確約されたようなものだ! ヨブトリカ如き叩き潰し、奴らに我らが祖国の土を踏んだことを後悔させてやれ!」


「「「「オオオオオォォォォォ!!!」」」」


 勇者の名は、やはり人族にとって大きな意味を持つようですね。
 混乱していた連邦軍ですが、雪城さんの魔法とその力を間近に味方としてみて、かつ司令官であるセルゲイ氏の飛ばした鼓舞の効果が重なり、俄然やる気となって士気が大いに上がりました。
 航空戦艦からの攻撃を心配しなくていいというだけで、彼らにとっては大きな後押しとなるのでしょう。
 先発の部隊がヨブトリカの陸軍と接敵しました。


「まともに合わせるな! 突破が目的だ! 三人突き飛ばせばそれで良い!」


 セルゲイ氏の指示が通ります。
 ヨブトリカの陸軍は多くが新兵らしく、統率にかけており、略奪や侵略といった行為は得意ながらも仲間を轢き殺されることには慣れていないらしく、セルゲイ氏の言葉通りに三人轢いて仕舞えば面白いように陣形を崩して道を開けてくれました。


「やはりな。ヨブトリカの精鋭の大半はホラメットの前線に投入されている上に、同盟各国との仲も冷え切っているらしい。プラフタに回されるのは二戦級の連中ということだ!」


 セルゲイ氏の話によると、このプラフタの前線に投入されているヨブトリカ軍は大半が新兵や壊滅した師団の生き残りを寄せ集めて作った急造の師団とのことです。
 人材不足はヨブトリカも同じということなのでしょう。
 連邦が浅利さんの復讐に利用され占領されてしまい、まだその混乱も収まっていないはずですが、ヨブトリカと同盟の方もあちらの方でそれなりの問題を抱えているみたいです。
 まさに、泥沼の戦ということですな。ヨホホホホ。


 グノウの外のヨブトリカ軍の強行突破は、難しくありませんでした。
 何しろ結束と統率に欠ける軍です。兵が竦めばそれは伝染し、陣形は乱れていき、突破を図る我々の足を止めたり囲い込んだりする壁の形成ができなくなります。
 この広い戦場において、数の上ではこの援軍の連邦軍は微々たるものですが、勢いのある上に勇者を旗頭として士気高揚なため、統率に劣る軍勢に突破を仕掛けるのは決して無謀なことではなかったです。
 結果、ほとんどというか一兵の損失もないままにグノウまで進むことができました。


 しかし、この統率のなさを考えると外で神国軍を迎え撃っているヨブトリカ軍はかなりの手練れか、相当に有能な指揮官が指揮をとっているものと推測できます。
 いやまあ、確かに神国軍の攻めがずさんということもあるかもしれませんけど。
 それでも航空戦艦を一隻沈められたというのに、そのほころびを巧みな防御で穴埋めして動揺からくる弱体化の隙を見せようとしていません。
 あの敵将は放っておくと、連邦軍にも甚大な被害をもたらすかもしれませんね。
 ひとまず、グノウに入ることができたので、怪我人の治療を済ませた後にヨブトリカ軍の指揮官をちょっぴり暗殺してくるとしましょう。ヨホホホホ。


 グノウに入ることはできましたが、都市の内部も戦場でした。
 各地で銃撃や剣戟、魔法の攻撃が飛び交い、敵味方の位置もろくにわからないような乱戦となっています。
 数はさほど多くない建物も多くが破壊され、壊された建物でふさがり通行できない道も多数あるようです。


「とにかく味方と合流し、一人でも多くの連邦軍を救援するのだ! 小隊を編成し、直ちにグノウ各地に展開せよ!」


 グノウの内部も激戦となっていますが、セルゲイ氏は冷静に味方に指示を出し、小隊を編成して見つけた味方を救援し、各地で散る部隊をまとめられるように指示を飛ばします。
 確かに、グノウの内部には多数の神国軍もいるため、局地戦は数に勝る彼らに任せて疲労困憊のグノウの連邦軍を一度1箇所に合流させたほうが良いかもしれません。
 小隊は直ちに編成され、自分はセルゲイ氏、リュドミラさんとともにグノウ守備隊の司令部に直接向かう小隊として参加することになりました。
 自分の治癒魔法の腕を買っているとのことでしょう。本営にはおそらくかなり多数の負傷した兵士がいるはずです。
 リュドミラさんの任務はセルゲイ氏たち援軍を呼びに行くことでしたし、セルゲイ氏はこの部隊の代表なので本営にまっすぐ向かうのは当たり前と言えます。
 では散開、と行こうとしたところで、突然待ったが入りました。


「待ったぁ!」


 待ったをかけたのは、雪城さんです。
 最激戦区と思われるグノウ北部に向かう部隊に入れられそうになったところで、自分たちの方に来ました。
 そして、真っ先に定位置だと言わんばかりに自分の背中に飛びついてきました。


「私はドクターと一緒が良いぞ! 断るなら、防護魔法を解除する!」


 もはや脅しですね。
 ヨホホホホ。寂しいということか、それともよほどマウントバッテンになついているということなのでしょう。
 マウントバッテンを演じている身としましては、雪城さんにこうも懐いてもらえるのは嬉しい限りです。中身が自分と知れば、絶対に弾き飛ばされますけどね。ヨホホホホ。


「わ、分かりました。では、勇者殿もこちらで」


 さすがに航空戦艦からの猛威を防いでくれている雪城さんにそう脅されてしまっては、セルゲイ氏としても反論などできそうになかったようです。
 結局、自分の乗せてもらっている車にはこの度の奇妙な友達であるリュドミラさんと雪城さんが同乗することとなりました。
 ちなみに、雪城さんはマウントバッテンの背中がよほどお気に入りなのか、嬉しそうな表情で抱きついています。とても航空戦艦を魔法1つで沈めた方とは思えませんね。
 ヨホホホホ。毒気が抜かれたのか、セルゲイ氏も苦笑いを浮かべました。


「まあ…仕方ないですよね」


「大佐、行きましょう」


 一刻も仲間の安否を知りたいリュドミラさんに促され、セルゲイ氏も頷きます。
 小隊の編成は完了しているので、出発はいつでもできますね。


「総員、行動開始!」


 セルゲイ氏の号令のもと、モスカル要塞の元守備隊はグノウ各地に散会していきました。
 自分たちの目指す先は、グノウ守備隊の本部です。










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 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の領邦国家の1つである、プラフタ。
 西の隣国ヨブトリカとの国境を接するこの地は、南に同じく領邦国家のダンペレク、ホラメット、そして東にはハプストリアが存在している。
 カブランカ大河により交通の要衝として栄えているホラメットや、南の大国ネスティアント帝国と国境を接するハプストリア、南方大陸との海路を結ぶソラメク王国との窓口となっているダンペレクと違い、プラフタの基盤は農耕が中心となっている。
 その中において、ここグノウという地は、巨大な食料庫として存在しており、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦とヨブトリカ軍国の両国にとって、非常に重要な都市であった。
 そのため、この地の攻略にヨブトリカ軍は第六師団の主力を投入している。
 援軍を断つように周辺の要塞などを攻撃したのち、グノウを包囲。食料の供給を停滞させ、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に訪れる冬を逆に利用しようと目論んでいた。
 だが、グノウの抵抗は想像以上に激しく、攻めあぐねていたうちに神国軍が参戦し、グノウの戦場を乱入してきたことで混戦となってしまった。
 第一次カブランカ大河攻防戦にて甚大な被害を受けた第3師団の元副官であるポートランドは、新設された第6師団を率いてグノウの攻防戦の指揮をとるものの、ついぞグノウを陥落させることができなかった。
 だが、冬季大攻勢に乗り遅れてしまった自分が失敗をすれば、陸軍内の築いてきたこの地位を全て失うこととなる。


「おのれ…!」


 歯嚙みをしながら、ポートランドは神国軍の猛攻を防いでいる。
 これ以上戦っても、無駄に犠牲を増やすばかりでグノウが落とせないのは確実である。
 ポートランドは伊達に第一次カブランカ大河攻防戦を生き残ったわけではない。その将としての才覚は逸したものを持っている。その証拠に、今なお数で圧倒的に勝る神国軍の攻撃を弱兵と寄せ集めの第6師団で防ぎ続けている。
 そんな戦術眼は聡明なポートランドには、すでにグノウが落とせないことはわかっていた。
 だが、それでも保身の欲求が彼を戦場に止めさせる。


「ええい…冬季大攻勢が失敗したとでもなければ、この敗北を巻き返すことなど到底かなわん…」


 せめてヨブトリカの冬季大攻勢が大敗でもしてくれれば、すぐにでもポートランドは撤退しただろう。
 だが、ここにもたらさせれている最新の情報では、ヨブトリカ軍の冬季大攻勢軍はハプストリアまで占領しており、すでにザンドベルクは目前という破竹の進撃であった。
 この冬季大攻勢、本当はすでに歴史的にも稀に見る大敗を喫しているのだが、この大敗にヨブトリカの本営も大混乱に陥っており、ここまで情報が伝わっていないのである。
 苛立ちながらもポートランドは指揮をとり、神国軍の被害を増やしていく。
 神国軍は連携がなっていないので、空と地上からの攻撃で跳ね返すことはそう難しくはない。
 だが、あまりにも数が多すぎる。数万はいるだろう。


「くそ…せめてあと一手あれば…」


 爪を噛みながら苛立ちを紛らわそうとするポートランドだったが、そこに新しい報告がもたらされた。
 モスカル要塞の攻防戦においてヨブトリカ軍が敗北し、その軍勢が丸ごとこちらに援軍として向かっているというのである。


「なんだと!?」


 思わず驚きの声を上げるポートランド。
 神国軍は良い。あれは所詮数だけの軍勢である。
 だが、連邦の正規兵は違う。航空戦艦用の対空兵装も持っているし、魔導車両や自律兵器もあるはずである。
 兵数は150程度とはいえ、その援軍の存在は確実に大きな楔となるだろうと、ポートランドは確信していた。


「これではまずい…」


 歯噛みをするポートランドは、ここに来て本気で撤退の選択をしようとした。
 今から思えば、ここで撤退しておけばあのような結末にはならなかったとポートランドは死ぬ寸前に深く後悔することになる。
 だが、やはりグノウの陥落を目指すというのはポートランドにとって大きな目標であり、保身と出世欲の塊である彼にとっては諦めきれないものがあった。
 撤退を決断しようとしたポートランドに、まるで悪魔が囁きかけるようにその報告はもたらされた。


「ポートランド中将!」


 新たな伝令の到来に、ポートランドは撤退命令を下そうとした口をつぐむ。
 なにかがあったのか、前線が騒がしいことをポートランドの目は確認した。
 それは何かが起こったことを示すことであり、戦局が動くことを示すものである。
 それは戦場ではよくあることだが、将としての才覚を持つポートランドには戦場を左右する大きなものに感じた。


「何事だ?」


 そう尋ねたポートランドに、伝令は一時の朗報となるそれを言ってきた。


「神国軍が突然連邦軍を襲撃し、戦場が混乱しました! その隙をつき、我が軍の先鋒を含める大部隊がグノウへの侵入を果たしました!」


「…!」


 それは、まるでポートランドも予期しなかった報告である。
 なぜ天族がそのような凶行に走ったのか? その意図が何にあるかポートランドはわからない。
 だが、数ばかりで連邦軍の支援がなければ反撃を許してしまいかねないような攻防をしている神国軍が突如としてそのような凶行に走ったのであれば、連邦軍の戦線は瓦解を起こしグノウ攻略の糸口が見える。
 この機会を逃す手はない。ポートランドの将としての勘がそう叫んでおり、ポートランドもその悪魔の囁きに応じてしまった。


「全軍、この機を見逃すな! グノウに攻め込めぇ!」


 ヨブトリカ陸戦軍第6師団の総攻撃が始まった。
 この時、ポートランドが撤退を選択していれば、冬季大攻勢の大勝に乗ってヨブトリカ軍国に侵攻した神国軍の手によりプラフタのヨブトリカ軍が逆に完全包囲をされる前に逃れられたかもしれなかった。
 だが、ポートランドはグノウに総攻撃をかける選択をしてしまう。
 それが己の結末を決める結果になるとは、この時のポートランドは思っていなかった。










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 プラフタの救援に赴いた神国軍別働隊の指揮官は、智天使ウーリエの配下の一人である力天使、スルーシである。
 本隊はグノウの救援に赴き、陥落間近であったその都市の戦場に乱入した。


「総員、下等生物どもを駆逐しろ!」


 空をかける神国軍は、グノウにて攻防を続ける人族に爆撃のような聖術攻撃を開始する。
 そこにはほとんど敵味方の別などなく、ヨブトリカ軍と連邦軍に次々に被害を与えた。
 だが、それを見ているヨブトリカ軍ではない。
 航空戦艦を持ち出して、神国軍に攻撃を仕掛けてきたのである。


「人族どもめ…下等生命の分際で、神聖なる空の領域を汚すな! 撃ち落せ!」


 天族にとって、空は神国の領域である。
 つまり、本来地を這う生き物である人族の航空戦艦は、神聖なる天族に許された領域を汚す行いであり、魔族が空を侵犯する以上に天族にとっては許せない存在であった。
 当然、スルーシの激怒した号令に従い、大量の天族の軍勢が攻撃を開始する。


 だが、天族と魔族の大軍との戦闘を想定している人族の航空戦艦の迎撃能力は、神国軍の突撃を物ともせず、逆に突撃を仕掛けた天族に大きな被害を与えた。


「人族の分際で…! 偉大なるクロノス神の領域を汚す汚濁共相手に何をしておるか!」


 スルーシが喚くが、神国軍を航空戦艦は圧倒する。
 激怒したスルーシは、神国軍にヨブトリカ軍の本陣を攻撃するように命じた。


「奴らの本陣を攻めろ! 下等種族共め、皆殺しだ!」


 スルーシは神国軍にしては軍勢を指揮できるだけマシな方である。
 だが、天族は基本的に戦というものを人族のように突き詰めて研究することをしない。
 そのため、陣形という概念もまともにない神国軍は、自ずと身勝手な各々の突撃となってしまう。
 波状攻撃と言えば聞こえは良いが、そんな巧妙なものではない。ただ、身勝手に突っ込み身勝手に攻撃を仕掛けるだけだ。
 数だけは多いから人族でも寄せ集めの軍勢では迎撃し続けるのは難しいかもしれない。
 だが、今回のヨブトリカ軍を指揮するのは凡俗ではない。軍の統率に関しては高い能力を持つヨブトリカの隠れた名将ポートランドである。
 神国軍のデタラメな突撃では、何度も跳ね返され被害を増やす一方であった。


「何故だぁ! 何故あのような下等種族如きに苦戦するのだぁ!」


 スルーシが苛立ち喚くが、戦況は好転しない。
 それに対して、スルーシはこの指示を下す。


「…こうなったら、天族の恐ろしさを下等種族共に知らしめるだけだ。全天使に命じる!」


 スルーシの号令が響く。
 それは、この戦場に集う幾らかのものたちの命運を左右することになる、決定的なものであった。
 そして、それに自分が含まれることになることを、スルーシは考えてなどいなかった。
 彼にとって、連邦軍は味方ではない。家畜である。
 そして、天族は人族を生贄にすることでより強力な力を得られる聖術がある。


「力天使スルーシが許す。を贄とせよ!」


 その瞬間、天族たちはあろうことか味方である連邦軍、さらにはグノウに立てこもる民間人にその刃を向け始めた。
 大混乱に陥る戦局の中、強化された天使たちは…しかしヨブトリカ軍に押し込まれる。
 歩兵でさえ天族に対抗できる武器が行き渡っている人族に、そんなまやかしが通用する道理はない。
 人族の技術の力は傲慢なるものたちにその撃鉄を容赦なく落とす存在まで昇華している。
 それに、連邦軍の援護射撃があってこそ戦っていた面も大きかった神国軍は、ここに来て押し込まれグノウへの侵入を許した。


「おのれ…おのれおのれおのれおのれ! 何故こうもうまくいかんのだ!」


 押し込まれたことで人族狩りなどしている場合ではなくなり、天族による連邦軍への攻撃は短時間で途切れることとなったが、その押し込まれた戦況は覆しが効かない。
 スルーシは苛立ちから喚き、グノウに向かう。


「役立たずめ…!」


 彼の中において、この敗戦の責任はグノウの司令官にあるとなっている。
 そんな彼の目には、援軍として駆けつけた連邦軍と勇者が見えていなかった。
 この時、その存在に気付きグノウ司令官を殺すべく司令部に攻撃を仕掛けようとしなければ、彼の運命は変わっていたのかもしれない。
 だが、スルーシは愚かな選択へと身を投じてしまうこととなる。




 グノウの混沌となった戦場に、その混沌を吹き飛ばすようにモスカル要塞からきた援軍が突入していった。

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