異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

29話

 










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 湯垣の横薙ぎ攻撃を、姿勢を低くすることで回避したアルデバランは、そのまま一回転して再度薙ぎ払いをより低くして攻撃してこようとした湯垣に対して、一気に懐まで飛び込み槍を止め、その喉元に食らいつき噛みちぎった。


「…ッ!?」


 片腕を肘からちぎられた際に止血だけしか施さなかったことから、彼の魔力が底をつきかけていることはアルデバランも感じ取っていた。
 そして、予想通り、湯垣は治癒魔法を駆使したものの、それは微々たるもので喉を完全に再生させるまでには至らず、ついに力尽きてその場に倒れこんだ。


「…お、見事…」


 絞り出された、湯垣からの言葉は、賛辞だった。
 それを見下ろすアルデバランは、あれほど望んでいた湯垣との一騎討ちに、その決着がつきながら何故かモヤモヤとした感情が心の中に溜まっていた。
 期待していたのと、違う。
 そんな感覚である。
 そのため表情は優れたものではない。


 決して、物足りないということはない。
 だが、アルデバランが思い描いていた湯垣との戦いは、もっとしぶとく、そして搦め手でくる彼をすべて力で粉砕していき、時に罠にはまり挫けながらも、最後まで激闘を続ける、そういうものだったはずだ。
 それがやりあってみれば、彼は最後まで一撃としてアルデバランに届かせることができず、自慢の治癒魔法も魔力枯渇でほとんど使用できず、何より全く害意のない攻撃ばかりだった。
 わざとあたろうとも、あの攻撃では致命傷などつけられようはずもない。


 それはまるで、芝居のようにも思える戦いだった。
 周囲の観衆たちは、決着に大いに熱狂しているように見える。
 勇者が負け、魔族が勝ったというのに、人族は何を考えているのか…。
 防護魔法で何も聞こえないが、観衆たちもまた、湯垣の敗北を望んでいたようにさえ見える。
 いくらデネブとフォーマルハウトが支配をした人族の国とはいえ、これには違和感を覚えずにはいられなかった。


 ふと、アルデバランにこの一騎討ちを提示してきたエルナトの方に目を向ける。
 エルナトは即座に目を背けて無表情に戻った。


「…ッ!」


 だが、一瞬でしかなかったが、その時の顔は確かにアルデバランも見た。
 そしてその顔を見た瞬間に、アルデバランは理解をした。
 観衆に目を向けると、彼らの口の動きから、何を叫んでいるのかを拾うことができる。
 声は聞こえないが、その内容を把握することはできる。
 そして、それはアルデバランの想像を確信にする材料となった。


 デネブの隣に立つ神聖ヒアント帝国の皇帝シャルル6世に目を向ける。
 国主としては明らかに不釣り合いな、湯垣よりもさらに若い少年の皇帝は、アルデバランに向けて拍手をしている。
 そして、隣に立つデネブは、嗤っていた。


 口々に人族の勇者である湯垣を差して観衆は『異世界よりの侵食者』と恐怖と憎悪の目を向け、本来は人族と敵対関係にある魔族皇国の元帥の一角であるアルデバランに対しては彼の侵略を食い止めクロノス神の背に広がるこの世界を守り抜いた英雄と称え、たちを救った救世主と言っている。


 それが、デネブとエルナトが湯垣を確実に始末するために悪として仕立て上げて、この舞台を利用した事実をアルデバランに悟らせた。


 巨悪を打ち破る英雄に魔族を仕立て上げる。
 確実に片方が倒される舞台。それは一騎討ちなどではない、単なる処刑だ。
 思い返せば、湯垣は全くと言っていいほどに反撃らしい反撃を一度たりともしてこなかった。発勁も威力は乏しく、蘇生魔法まで扱えていたはずの魔力も枯渇していた。
 反撃できる余力も、反撃できる条件も、すでに彼からは剥奪されていた。
 そして、一騎討ちの名の下に一方的にアルデバランは湯垣を倒した。
 デネブと、エルナトの思惑通りに。


「…彼奴あやつら…!」


 だからデネブもエルナトも分かっていた。
 分かっていたから、勇者が矜持を持って挑む一騎討ちを、アルデバランにとって何ものにも変えがたい誇りある戦いの舞台を、利用して汚した。


 それを知ったアルデバランは、激怒した。
 握り拳に力がこもる。
 防護魔法で声が聞こえない内にアルデバランを迎えるべく闘技場に降りてきたエルナトが近づく。
 まだ、アルデバランが激怒していることに気づいていない様子である。
 無表情のまま近づいてきて、手を差し出した。


「お見事でした、強壮なる我らが元帥、アルデバラン様。デネブ公にも御身の力を見せつける良き舞台となったことでしょう。アルデバラン様の麾下に加えて頂いた我らも見惚れる一騎討ちでした」


 笑みを浮かべながら近づいてきたエルナト。
 アルデバランにとってエルナトは頼れる参謀のような存在である。猪突猛進の元帥であるアルデバランの代わりとして戦略を立ててくれる配下の1人。普段は彼女の考えなど深く知ろうとすることもせず、ただこの武力で圧倒する元帥たる自らを効率的に動かす存在として信頼している。もとより深い思慮を持たないアルデバランは、エルナトの考えが見えない。


 だが、今のエルナトの考えていることはアルデバランには分かった。
 防護魔法が展開しているうちにアルデバランを闘技場から離して、その隙に湯垣を処刑された悪として祭り上げる準備を整えるつもりなのだろう。


 確かに、彼は敵だ。それも魔族にとって目下のところ最大の脅威であり、人族大陸の征服の最大の障害ともいえる存在の、回復と支援を担う非常に重要な存在である。本気で人族大陸の征服を成すためならば、是が非にでも排除しなければならない相手だ。


 だが、それでもアルデバランは皇主の命令以上に重きをおく一騎討ちにて対峙した彼の命だけでなく、死してなお名誉も信頼も何もかもを踏みにじられてけなされる結末だけは、絶対に受け入れられなかった。
 そして、それを主導したのが自らの部下であり、それに対して罪悪感など欠片も持っていない。
 その事実が、アルデバランの怒りを爆発させた。


「…エルナト」


 静かに、その名を呼ぶ。
 エルナトは差し出した手を引っ込めて、その場にて膝をつき首を垂れた。


「はっ」


 それは、魔族における臣下が主君にの忠誠を示す姿勢だ。
 顔を伏せるエルナトは、アルデバランの視界からはずれたところで、口元に笑みをかすかに浮かべる。
 アルデバランからは何も見えていない。そう、エルナトは考えたから、こらえきれなかった笑いをかすかに漏らしたのである。


 だが、たとえ死角となろうともアルデバランには確かにエルナトの笑う顔が見えた。


「何がそんなにおかしい? ワシが一騎討ちを望んだ勇者との戦いは、其方にとっては嘲笑うものなのか?」


「…は?」


 笑う姿が見えたから、アルデバランはエルナトにそう問いかけた。
 エルナトにとっては想定外の質問だったのだろう。思わず一瞬言葉を失ったエルナトは、驚愕と困惑、そしてかすかに焦りの混じる顔でアルデバランを見上げる。
 それを見下ろすアルデバランと目が合った瞬間、エルナトの背中に悪寒が走り抜けた。


「!?」


 思わず息を飲み込む。
 アルデバランのエルナトに対して向ける目は、明らかに敵に向ける目をしていた。
 力において、どれほどの格差があるのか。それを部下であるエルナトは承知している。
 そんな相手に突然敵意を向けられれば、頭の中が白くなり背中に冷や汗が湧き出てくるのも当然だろう。
 結果、混乱してしまったエルナトは、思わず口を滑らせてしまった。


「な、何故それを…ッ!?」


 思わず滑らせてしまった言葉に気づくが、それはアルデバランの耳に届いてしまっていた。
 それが、最後の引き金となる。


「い、いえ、これは–––––ブッ!?」


 エルナトはとっさに取り繕おうとするが、言い訳は途中で強制的に途切れさせられ、アルデバランの怒りの鉄拳を食らったエルナトは闘技場の端まで殴り飛ばされた。
 盛大な音を立てて、防護魔法を突破し、直撃した闘技場の壁を崩してしまう。
 その背中が闘技場を守る防護魔法の装置を破壊してしまい、闘技場の観客席を守る防護魔法は解除されてしまった。


「これで済むと思うでないぞ、エルナト…ッ!」


 気を失ったエルナトには聞こえるはずもなかったが、アルデバランは知るかと言わんばかりにそう言い残し、デネブを睨み上げる。


 観客たちはといえば、魔族も人族も突然のアルデバランの行動に言葉を失い唖然としていた。
 その中で、シャルル6世も言葉を失う横で、アルデバランに睨み上げられた相手であるデネブだけは、薄ら笑う表情を一切崩していなかった。


 そのデネブを睨みあげたアルデバランは、怒りを露わにした形相でデネブめがけて殴りかかってきた。
 跳躍一つで皇帝の座る階層まで跳んできたアルデバランに対して、デネブは白炎を纏う翼を広げてシャルル6世らを守る。
 アルデバランが狙ったのはデネブのみであったが、その威力は周囲にも十二分な余波を生むものであり、デネブに操られていようが湯垣を侮辱したことに変わりのない彼らが巻き添えを食らうことにアルデバランは躊躇いなどなかった。


「陛下を守れ!」


 アルデバランの攻撃を防いだデネブが周囲の配下の魔族に命令する。
 それを皮切りに、闘技場内は大混乱に陥り、観衆たちが我先にと逃げ出し始めた。
 デネブ配下の魔族が急いでシャルル6世を保護する。


「大使殿!」


 魔族に守られ避難させられるシャルル6世が、デネブに手を伸ばす。
 それにデネブは一度だけ振り返り、微笑みを向けた。


「私は大丈夫です、陛下。どうか、信じてくださいませ」


「大使殿…」


 シャルル6世は、どこか悲しげな、寂しそうな表情を向ける。
 アルデバランに向き直ったデネブは、デネブと改めて対峙する。


「待たせて申し訳ありません」


「抜かしよって…火達磨風情が!」


 シャルル6世に向けたのとは打って変わり挑発するような笑みを浮かべたデネブに、アルデバランは激昂して拳を力ずくで押し込んで、デネブの白炎を突破してきた。


「なっ–––––!?」


 デネブ自身、純粋な戦闘能力においてはアルデバランに劣る自覚はある。
 だが単純な強化魔法と付与魔法しか扱えないアルデバランに、転生魔法にも利用されるフェニックスの亜種たる自身の白炎を纏わせた翼が力ずくで突破されるとは、デネブは思っていなかった。
 力で劣っても、魔法をまじえれば互角以上に渡り合えるはず。
 アルデバランは、そんなデネブの思惑ごと、力任せに拳で粉砕して、デネブを殴り飛ばした。
  
「ガハッ!?」


 観客席の床を突き抜けて闘技場の一階まで叩き落とされたデネブに、アルデバランが追撃に踵落としを仕掛けてくる。


「敵意ごと焼く業火よ!」


 咄嗟に炎の防護魔法を展開するが、アルデバランはそれさえも力ずくで強行突破してデネブに踵落としを食らわせた。


「効くか!」


「猪–––––ガッ!?」


 圧倒的な力に押しつぶされ、デネブの肉体がへし折れる。
 壊れた肉体を焼付くさんと、デネブの転生魔法である白い炎が彼女の体を包み込み、とどめに加えてさらに一撃を地着込もうとしていたアルデバランを吹き飛ばした。


「燃える雪だるまめ…主の白い花火なんぞ見たくもないわ!」


 転生魔法の白い炎を纏うデネブめがけて、アルデバランが再度殴りかかる。
 本来この白炎は将軍級の魔族さえも近づくことさえできないほどの高熱である。
 実際、デネブの周囲の闘技場の構成物は、燃える前に消えるように蒸発していっている。


 だが、強化魔法を施したアルデバランにとって、そんなものは障害にすらならなかった。
 デネブの炎さえ力だけで強行突破して、デネブに肉薄する。


「デネブウウゥッ!」


「引くということ知らないのですか、この猪は!?」


 強化魔法を施してあるとはいえ、身一つでこの炎を突破してくるものなど今までいなかった。
 デネブがここまで怒り狂ったアルデバランと本気で戦うのはこれが初のことだが、想定を逸脱するあまりにもデタラメな力押しを為すアルデバランに、デネブは対応し切れなかった。
 思考の内部を驚愕が圧倒的に上回った結果、身動きもろくにできず、アルデバランの拳が再度デネブに突き刺さった。


「グアッ!?」


 普段は決して漏らすことのないみっともない声をあげて、デネブは飛ばされる。


〔これはいくらなんでもデタラメすぎます…! 膂力において最強を誇る元帥とは聞いていましたが、いくらなんでも強すぎます…!〕


 殴り飛ばされ、視界が点滅する中、こちらの手段を何もかも力押しで踏み潰して進んでくるアルデバランに、デネブは内心で悪態つく程度しかできなかった。
 力という面において他の魔族の追随を許さない存在という話は聞いていた。ただでさえ怪力自慢のアウズフムラの亜種、それも魔族の象徴とも言える力である魔法よりもさらに膂力に偏った能力を持つ魔族の元帥アルデバラン。
 だが、力にものを言わせても魔法の前には無意味だと、デネブはアルデバランの桁外れの力を認識しようとしていなかった。
 単なる脳筋ならば、たとえ亜種であろうとも将格になどなれるはずがない。
 だが、アルデバランという魔族は、元帥の地位を得られるほどの次元違いの脳筋の持ち主なのである。
 その魔法をねじ伏せる絶対的なパワーを見誤ったデネブが無様を晒すのは、当然のことだとさえ言えるだろう。


「立て、デネブ! ワシの怒りはこんなものでは済まさぬぞ!」


「うっ…!」


 拳を握り、睨みつけてくるアルデバランに、デネブは怒らせてはいけない相手の怒りを買ってしまったことを思い知った。
 デネブは転生魔法がある。死ぬことはない。
 だが、こんな化け物に何度も殴られていては、正気など保てるはずもない。


〔止む終えませんね…〕


 アルデバランには勝てると踏んでいたために、本当にもしもの時の為の保険として残していた、デネブ自身使いたくはなかった手を使うことを決意する。
 むしろ、そうでもしなければこの猪魔族は止められない。


 一歩ずつ近づいてくるアルデバランに感づかれないように念話の魔法を使用して、もしもの時のために待機してもらっていたとある魔族に連絡を取る。


〔リゲル公、この借りは必ずお返しします! ご助力頂けませんか!?〕


 神聖ヒアント帝国のとある騎士に偽装させて潜入してもらっていたデネブの最後の手札である、もう一角の魔族元帥であるリゲルに助力を要請する。
 リゲルは魔族皇国に襲来したガヴタタリ討伐戦にも参加して手柄を上げた元帥である。元帥筆頭であったアンタレスの後釜の座を狙っており、今回のデネブとエルナトの作戦にもアルデバランやフォーマルハウトには隠れて参加していた。
 これでアルデバランを下すことができれば、リゲルはさらにその座に一歩近づくことになる。
 強欲なリゲルならばこの機会を逃すことはしないという目論見もあり、頼りたくはなかったもののデネブはリゲルに助勢を求めた。


〔そうか、某が必要か。この借り、高くつくぞ〕


 リゲルからの応答はあった。
 デネブはそれで一転、焦りが多く顔から勝ったという余裕のある笑みに表情が切り替わる。
 それを見たアルデバランは、さすがにおかしいそのデネブの変わった顔に––––––


「主の企みなど知ったことかぁ!」


「ゴホォ!?」


 罠だろうが力で押し通すことから難しいことを警戒するような性格ではないので、遠慮なしに殴り飛ばした。
 驚愕の表情のまま、殴り飛ばされるデネブ。
 寧ろここまで力任せを押し通せるアルデバランを、こともあろうか回復役の身で撃退して見せたという仮面の勇者の方に恐怖心を抱いてしまう。


「そこまでにしてもらおうか」


 そしてアルデバランに殴り飛ばされたデネブを、その弱まったとはいえ白炎を纏っている体をこともなく受け止めた乱入者の声が、闘技場に響いた。


 姿はま紛う事なき人族のもの。
 だが、隠してはいるものの甲冑に包まれたその身に宿す莫大な魔力が、それが偽りの姿であることを示している。


「なんで主が出しゃばるのじゃ、リゲル!」


 その顔を見たアルデバランが、激怒した声を上げる。


 デネブを受け止めた、リゲルと呼ばれた魔族。
 そこに立っていたのは、リリクシーラ防衛の要たる最強の六甲騎士団『ミシシッピ』を率いている団長、シーボルトが立っていた。










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「なんで主が出しゃばるのじゃ、リゲル!」


 突然の乱入者に、アルデバランが怒りに満ちた声を上げる。
 単純な性格であるアルデバランは、その乱入により怒りの矛先をデネブから即座にリゲルにまで広げる。
 だが、デネブとの戦いを見ていたはずのリゲルは、余裕の表情でその怒りの目を受け流す。
 それはアルデバランの噴火をしている感情にさらなる可燃物を注ぐものとなった。


「主も殴り飛ばすぞ、リゲル!」


 激昂するアルデバランとは対照的に、デネブの方は援軍の登場に余裕を取り戻していた。


「一つ借りとなりますわね、リゲル。感謝いたします」


「結構。これに関しては、すぐに清算できるとも」
  
 リゲルは、対峙するアンルデバランから一時的に視線を外すと、デネブの方を向く。
 リゲルの特徴である3つめの目が額に浮かび上がる。
 それを見ながら、デネブはやや表情を曇らせた。


「…どういうことでしょう?」


 援軍要請に応じてくれたことには感謝しているものの、アルデバランを撃退できていない状況で借りを返せと言われても納得できるものなどない。
 だが、リゲルはそんなの関係ないと言わんばかりに、デネブの体に手を伸ばす。


「結構。貸し借りなどというものは無しということだ」


「…貴方、何者?」


 会話が成立していない。
 明らかにリゲルの様子がおかしい。
 3つめの目に違和感を覚えたデネブは、リゲルにそう尋ねた。


「結構。“You do not need to know”」


 リゲルの答えは、彼が話すはずもない言語だった。


「な–––––」


 何を言っているのか?
 そう尋ねようとした時だった。
 リゲルの手がデネブの体に突き刺さり、一瞬にして彼女を白炎もろともその肉体に飲み込んでしまった。


「ッ!?」


 いきなりの突然のことに、デネブは大混乱に陥る。
 飲み込まれ、強制的に別の何かに溶け込まれていく感覚。
 生きたまま、噛みつかれずに溶かされながら食われているという表現の合うそれは、デネブの本能に恐怖心をそこから湧き上がらせた。
 まるで自分が自分でなくなっていくような感覚。
 必死に自我を保とうとするが、それさえも切り崩され溶かされていく。


「な、何これ…!? リゲル! 止めて! 止めてください!」


 デネブが叫ぶが、リゲルには全く届くことはない。
 そして、とうとうリゲルはデネブを完全に飲み込んでしまった。
 デネブの白炎が、リゲルを覆う。
 だが、その中から姿を現したのは、リゲルなどではなかった。


「なん、じゃと…!?」


 デネブが飲み込まれた時間は、ほんの十数秒。
 その短い間に何が起きたのかまるでわからず、怒り狂っていた感情もある程度冷めてしまった。
 だが、白炎から姿を現したリゲルだった者を見た瞬間に、アルデバランはその正体を即座に理解できた。
 …いや、正確には理解したくはなかったが、その事実を突きつけられたという表現が合うだろか。


「何故、主がここにいる…!? 何故、主が生きておるのじゃ!?」


 白炎を纏った形容しがたい異形の悪鬼。
 そこに立っていたのは、見間違えることが決してない、魔族の元帥でさえ皇主に加え8人がかりでようやくまともに渡り合えた、魔族皇国を襲来した異世界よりの侵食者。


 –––––ガヴタタリが、立っていた。

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