異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

28話

 










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 アルデバラン。
 魔族皇国79元帥の一角であり、アウズフムラという魔族の亜種でもある、魔族皇国に襲来したガヴタタリ討伐戦にも参加した勇将である。
 一騎討ちと強者との闘争をこよなく愛することから、統率者というよりも個の武人の面が強いという認識が、アルデバランに対する周囲の魔族の印象だった。
 実際、アルデバランにとって一騎討ちは誇りある戦いであるという認識があり、それを汚されることはたとえ仕えるべき相手である皇主でさえも、一騎討ちを汚すことは許せないというほどである。
 魔族においては皇主を自らの命やあり方よりも優先させるべきという常識がある中で、アルデバランのその考えは異端と言えた。
 しかし、アルデバランにとって皇主は仕えるべき相手である。その闘争にかける誇りを汚されることがなければ他の元帥と同様に極めて従順である。


 そんな、脳筋という言葉の似合うアルデバランは、現在魔族が一大拠点として支配している人族の国家、神聖ヒアント帝国の帝都であるリリクシーラにある円形闘技場の舞台に立っていた。
 ここは本来、六甲騎士団の模擬試合や腕自慢の猛者や囚人たちが見世物として闘いを行う舞台として活用されている。
 そして今、アルデバランもその闘技場に立つ1騎の武人としてリリクシーラにたどり着いたという1人の勇者の到来を待ち構えていた。


「…ふむ。エルナトも存外、気が利くではないか。このような催しには興味を示さなかった姿勢をしておきながら、ワシにはこれほどの舞台を用意するなど。カカカ、あとで褒美をとらせねばな」


 アルデバランはすこぶる上機嫌である。
 エルナトの策略に全くと言っていいほど気づいていないアルデバランには、神聖ヒアント帝国の現状も、湯垣を処刑するために策を弄したエルナトの暗躍も、人族と勇者の対立を煽り戦乱を巻き起こすデネブの計画も、些事どころか認識することも認識する気もなかった。
 アルデバランにとって重要視するのは、彼女が誇りを持ち神聖視している一騎討ちの晴れ舞台をふさわしい相手と繰り広げることができるという事象のみである。
 ツヴァイク島にて迎えたという湯垣はすでに神聖ヒアント帝国の帝都、ここリリクシーラに来ているといい、エルナトが湯垣をここまで連れてくるので待っていて欲しいということを聞いている。
 アルデバランは逸る気持ちを抑えきれず、今か今かと待ち構えていた。


 その様子はご飯を待ちきれない子供のようであり、アルデバランの力を知らない者には愛らしささえ覚える状態にも見える。
 とはいえ、やはり魔族の元帥の一角である。そのような愛嬌ある一面を見せながらも、闘争心に満ちた力強い緋色の瞳は見る者に一種の畏怖を抱かせる。


 魔族皇国元帥の中でも、筆頭であるアンタレスがネスティアント帝国への転移魔法による奇襲作戦を失敗してその地位を失うことになった現在、ガヴタタリ討伐戦にも参加してかの異世界の侵食者打倒に貢献したアルデバランは元帥筆頭の座に最も近い魔族の一角まで上り詰めていた。


 しかし、闘争をこよなく愛するアルデバランには、地位など些事にしか映らない。
 今の彼女にとって最も重い事柄である仮面の勇者との一騎討ちの時が、刻一刻と迫っていた。


「しかし、のう…」


 アルデバランはふと周囲を見渡す。
 デネブが用意した舞台ということもあり、皇帝シャルル6世主催のこの決闘には会場の観覧席を埋め尽くすほどの多数の人族と魔族が集まっていた。


「ワシの一騎討ちの舞台じゃ。盛況なのはむしろ歓迎せねばな!」


 デネブの思惑など知る由もなく、知る気も起きないアルデバランは、その多数の野次馬の存在を一騎討ちの花添え程度にしか考えなかった。




 そして、闘技場にエルナトが到着する。
 アルデバランは知覚強化に関する魔法を持ってはいないが、アウズフムラに多く見られる鋭敏な獣の感とでもいうべきものがある。
 匂いや音、そして第六感にて感知する気配といったものに非常に敏感だ。
 アウズフムラの亜種であるアルデバランは、むしろ通常種以上にこの感覚が鋭い。
 一度鉾を交え、なおかつ自身が気に入っている相手。そして異世界から来た勇者という、人族とも魔族とも天族とも違う特徴的な気配を持つその存在を、感じ違えることはない。


「来たか!」


 短気ながらも待ちぼうけに耐えていたアルデバランの表情が、一気に晴れたものに打って変わる。
 見ると、闘技場のアルデバランが入ってきた主賓側の入場口とは逆の入り口から、黒い甲冑に身を包んだエルナトと、格好は違えど忘れようはずもない仮面にて素顔を隠した勇者が赤い槍を片手に携えながら歩いて来た。
 仮面の勇者は面を変えようとも、その身が纏う気配は全く変わっていない。
 その面が妙にボロボロに見えるが、その足取りは決して重くなどなく、かつて対峙した際にも感じた剽軽な気の漂う歩き方をしている。
 格好は神聖ヒアント帝国の騎士が巡回などに利用する制服姿である。海を渡ってきて服が使えなくなったのだからこちらに替えたのだろう。
 湯垣が手に持つ槍には見覚えがないが、前回対峙した際にも槍を携えていたので彼の愛用する武器はやはり槍なのだろう。
 なんだかんだ言って、やはり彼には槍が似合っているとアルデバラン思っていたため、その槍がかつての大身槍と変わろうとも、そこまで違和感は感じなかった。


 そんなことよりも、アルデバランはようやく対峙したことにいよいよ始まるであろう湯垣との一騎討ちに対する気分の高揚が抑えられなかった。


 隣に立つエルナトに下がるよう命じる。


「エルナト、ここまでで良い。大儀であった。後ほど、主には褒美を取らす」


「承知いたしました。では、私はここで」


 エルナトが下がり、アルデバランは改めて湯垣と対峙した。


 エルナトが下がって改めて対峙することになった湯垣は、まずは挨拶にとその場で以前も見たことのある大仰な仕草の礼をとった。


「お久し振りです、アルデバラン様。以前名乗ったので、自己紹介は省かせて頂きましょう。ヨホホホホ。お変わりないようで何よりです」


「フハハ! お主も相変わらずじゃのう! 仮面が壊れているようだが、それで良いのか?」


「ヨホホホホ。お見苦しくて申しわけございません。現在、他の能面の持ち合わせがないものでして」


「そこまで言うならば、顔をさらして対峙すればよかろう。もしくは、見世物になどできぬほどに醜い顔であるのか?」


「ヨホホホホ。ご想像におまかせいたしますが、自分の場合は外見など比類にならないほどに中身が醜いのです」


「フハハ! やはり相変わらずよな!」


 久しぶり。
 その言葉が似合う仮面の勇者との再会に、単なる雑談でしかないものの、アルデバランの機嫌はすっかり良くなった。
 それだけ湯垣との一騎討ちを楽しみにしていたという事。
 アルデバランが湯垣という仮面をつけはたから見ればふざけているようにしか見えないだろう飄々とした態度を崩さないこの不気味な要素を多く持つ勇者を気に入った理由は、彼が人族のように弱くなどなく、アルデバランを楽しませるに値する実力を持つこと。他の魔族と違い闘争を楽しむという面も持つこと。アルデバランの舌にとても合う味の肉を持っていること。そしてアルデバラン自身は明確に意識しているわけではないが、物理で戦う猪突猛進の為に今まで他の魔族にさえ言われたことがなかった美しいという褒め言葉をもらったことである。
 これらの要素が重なり、アルデバランはすっかり湯垣のことを気に入ってしまっていた。
 能面など気にならないほどに。煽り魔の癖など気にならないほどに、である。
 湯垣の命の削りあいさえ面白みの一つとするという感性が、アルデバランには特に相性がいいと言えるだろう。


 顔は見えないが、湯垣の方も声の調子から見て、アルデバランとの一騎討ちに対して愉悦の感情があるようにも思える。


 アルデバランは満足げな笑みを浮かべると、その表情を闘争が待ち遠しいという一応は隠していた元の戦闘狂のものに変えた。
 観衆が煽っているが、闘技場には防壁として防護魔法が展開されている。そのため見ることはできても中に声を届けることはできない。
 そのため、異世界の侵食者と、彼を処刑するため立ち向かう魔族の元帥という外の観衆から見える構図は2人にわかることはなかった。
 …いや、正確にはアルデバランのみだろう。湯垣の方はこの状況を理解できていたため、外の観衆がどういう目で自分たちを見ているのかを承知している。
 承知した上で、アルデバランに何も言わないのは、彼女の神聖視する一騎討ちを汚さずに行うためである。
 それに、湯垣は今ならば自分1人死ねば他の勇者に人族の憎悪が向くことはない。
 転生魔法を授かっている湯垣としては、この場で処刑されようともエドワードが助かり、人族と勇者の争いを阻止できるというならば、自己の死を受け入れることはできている。ここで死んだとしても、転生魔法を使えば全く別の生命としてよみがえることが可能であり、肉体の死を迎えることになろうともまたやり直せる。
 エルナトの目論見が湯垣の殺害であることに対して、デネブの目論見は人族国家と勇者との戦争にある。
 だが、エルナトが湯垣を追い詰めることに執心するあまり、人族の勇者たちは湯垣1人に操られていることになっている。
 人族に死者が出ていない以上、この国の魔族によって作られた憎悪は湯垣が消えればそれ以上人族の勇者に向くことはない。
 湯垣がこの国の憎悪を受けて死ねば、デネブの目的を崩すことができる。
 だからこそ、湯垣は勝てないことを承知の上でアルデバランとの一騎討ちに応じることにした。


 現状、丸く収まり犠牲の極力抑えられる方策。
 アルデバランには可能な限り一騎討ちを楽しんでもらいたい。


 湯垣の思惑を知る由もなく、アルデバランは槍を構えた湯垣に対して拳を握る。
 アルデバランには、もはや我慢の限界。むき出しの闘争心とともに、彼女は大声をあげる。
 観衆の大歓声も聞こえない今、見えてはいない。


「無粋な会話の此れ迄。ワシは待ちわびたぞ、暮直!」


 対して、対峙する仮面の勇者も手に持つ槍を構え、迎え撃つ体制をとった。


「ヨホホホホ。ご満悦いただければ幸いです。強化魔法、参ります!」


 強化魔法を発動した湯垣が、アルデバランの最初の攻撃を槍で防ぐ。
 先制攻撃をアルデバランが仕掛けたことで、観衆から盛大な声援が巻き起こった。
 だが、当人たちにその声が届くことはない。
 2人はすでに、対峙するお互いのことしか見えなくなっていた。


 初撃が槍で防がれたアルデバランは、そのまま引くことなく、再度湯垣めがけて殴りかかっていく。
 しかし、それを湯垣はまるで予知していたかのように槍を動かしてその攻撃も防いで見せた。


「どうした、打ってくるがよい!」


 アルデバランが湯垣を挑発する。
 それに対して、湯垣は「では」と槍でアルデバランの拳を弾きあげると、その胴体に穂先を突き出してきた。
 それはあくまで様子見のようで、強化魔法をかけている割にはそこまで鋭いものではない。
 アルデバランはそれを掴み取る。
 だが、湯垣はそれを狙っていたかのように、槍から手を即座に放してアルデバランとの距離を一気に詰めると、流れるように発勁を放ってきた。


「うおっ!?」


 アルデバランはその発勁をまともに受けてしまう。
 ギリギリで湯垣を蹴り飛ばそうとした膝は間に合わず、その一撃はアルデバランに通り、2度目に経験する腹の中身を掻き回されるような感覚に陥った。


 吹き飛ばされて転がるアルデバラン。
 それに対して、アルデバランの反撃を受けた湯垣もまた吹き飛ばされる。
 両者は互いの攻撃を受けて大きな距離を取ってしまった。


「…うむ。2度目に受けるがやはり慣れぬな」


 最初に受けた海での戦いの際に比べ、その威力はやけに小さいものの、それでもこの未知の攻撃はアルデバランを飛ばすには十分だった。
 なんとかアルデバランの反撃も湯垣に叩き込めたものの、治癒魔法を扱えるのである。それで倒れるようなやつではあるまい。
 そう思い、湯垣の方を見るアルデバラン。


 だが…その視線の先には、平気などとは程遠い状態となり、なんとか槍を杖代わりにして立ち上がろうとしている湯垣の姿があった。


「…む?」


 その光景に、不信を抱くアルデバラン。
 だが、湯垣はまるでそれが幻であったかのように姿勢を正すと、槍を構え直した。


 気のせいだろうか?
 アルデバランは楽しみとしていた湯垣との一騎討ちに、何か不純なものが混じっているように感じた。

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