異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

27話

 帝都リリクシーラに到着した自分ですが、神聖ヒアント帝国よりいきなりの盛大な歓迎を受けました。
 リリクシーラの城門前でいきなり出撃してきた騎士団の襲撃を受け、リリクシーラの前で乱戦をしながら彼らを気絶させ無力化し続け、現在に至ります。
 その現在ですが、自分は大剣を使う騎士と槍を使う騎士に対し、2対1で戦闘をしていました。
 おそらく神聖ヒアント帝国の精鋭である六甲騎士団だと思われますが、最後に残っているこの2人の団長の様子がおかしいのです。


「おっとと。技術があるわりに、随分と馬鹿正直な攻撃しかしてきませんね」


「ガアアアァァァ!」


「グルルルルルル!」


「どうもです」


「「ガアアアァァァ!」」


 こんな感じに、話も通じません。
 2人の団員たちもそうでしたが、今回の騎士団はバーサーカーの集まりなのでしょうか?


 片方が槍を突き出してきたので、それに対応するため人族としては速くとも勇者補正を得た自分には遅いその刺突を繰り出す槍を掴み取り、反撃にみぞおちを蹴り飛ばします。


「グア!?」


 人のというよりも獣のような悲鳴をあげて、槍の騎士団長は蹴り飛ばされました。
 そのまま大剣の騎士団長に突っ込みます。


「ガアアアァァァ!」


「って、なんですとー!?」


 すると、あろうことか大剣の騎士団長は味方であるはずの槍の騎士団長を切り捨てようとしました。
 慌ててドジョウ先生を投げて大剣を弾き飛ばします。
 腕の骨をへし折る事になりますが、槍の騎士団長を蹴り飛ばした際の以上な執念と言いますか、明らかに正常ではない状態だったので、こうでもしないと武器を弾くことができません。


「グルルルルルル!」


 しかし大剣の騎士団長は、武器を無くしながらも素手で飛びかかってきました。
 槍の騎士団長が突き飛ばされましたが、死ぬことはなかったようです。
 しかし、邪魔だからと味方を突き飛ばすどころか、隙ができるのも構わずに殺して押し通るなど、明らかに正気の沙汰とは思えません。
 戦士ならばともかく、騎士団長がこんな敵味方のまともな区別もつけられないバーサーカーとは思えません。
 試しに千里眼・医療を発動させます。
 すると、隷属魔法と洗脳魔法以外に、狂化魔法というのがかけられていました。
 また、特定の魔法に反応して自爆する罠まで仕掛けられています。
 これは何とも色々とぶち込んだ人間兵器です。…おっと、人族兵器と称するべきでした。
 どっちも大差ねえだろさっさと自爆に巻き込まれてお前は死ね、と? ヨホホホホ。それは出来ない相談ですね〜。自分は治癒師ですので、彼らを自爆で死なせるつもりなどありませんとも。何とか罠を解除させて見せます。
 自爆に関するキーまでは、自分の千里眼ではわからないので魔法をむやみに行使することはできませんが。
 予想はついています。恐らく、解呪魔法か浄化魔法でしょうね。今までの自分の行動を確認していけば、自然と洗脳を受けている方に必ず行使している魔法ですし。魔族の方にこの情報が割れていたとしても不思議ではありません。
 発勁は魔法ではないですし、攻撃魔法がない自分が必ず仕掛けるだろうという魔法はこれくらいしかないですから。ヨホホホホ。自分は小細工、下品な戦い、卑劣な罠も遠慮なく使うたちですのでこういうことは結構分かるのです。
 ほんとクソ野郎だな、と? ヨホホホホ。何を今更というべきですな〜。ヨホホホホ。
 うざいからその笑いもやめろ、と? では、ヨホホホホ。こちらは一旦やめてこうしましょう。


「デュルシシシシ…」


「グルアアァァァァァ!」


 槍が飛んできました。
 投げつけてきたようです。
 その槍を蹴り上げて速度を殺し、そして掴み取ると、石突を殴りかかろうとしてくる方の騎士団長の胴体に突き出しました。


「ガッ…!」


「ヨホホホホ。隙だらけですよ〜」


 たたらを踏む大剣使いだった騎士団長を足払いをかけて転ばせてから、頭を蹴って意識を飛ばします。


「あが…」


 さて、まずは1人制圧です。
 腕を骨折、くるぶしを骨折、肋骨を破壊、頭蓋骨にもおそらく損傷という重傷ですけど、命あるだけ儲けものとしてもらうしかないでしょう。
 後で治癒を施しますから、それでちゃらということにしてください。ヨホホホホ。
 多分、理解してないと思いますけど。ヨホホホホ。


「ガアアアァァァ!」


 さて、槍を使っていた方の騎士団長さんは、腰にあった剣を抜いて飛びかかってきました。
 それに対し、自分は盗んだ槍を構えます。
 槍を盗むな!と? では、お返ししましょう。


「はい、どうぞ」


「ガゥッ!?」


 ハサミと同じように持ち手を相手に向けてお返しします。
 すると剣を持って飛びかかってきた槍の持ち主である騎士団長は、自らその槍の石突きに突っ込んで噎せてずっこけました。
 ヨホホホホ。大丈夫ですかね?


「グルアアァァァァァ!」


 あ、大丈夫そうですね。
 槍を横に殴り飛ばして飛びかかってきた、槍を自分に盗まれているために腰の剣を使っている騎士団長に対し、自分は殴られた槍をその力に逆らわずにグルンとその場で1回転して、騎士団長の顳顬こめかみを槍で殴りつけました。


「グヴッ!?」


「おっと、失礼しました」


 勢い余って地面に叩きつけられた槍を盗まれている騎士団長です。
 いや、言い訳させてください。さっきのは攻撃というよりも、単に払われた槍に加わった力に従い回ったらこうなっただけですので、これはもう自業自得ということにしてください。
 ダメ? やっぱりダメですか?
 卑怯な戦いするな、と? 卑怯、搦め手、嫌がらせは自分の十八番ですよ。やめろと言われて止められるものではありませんね〜。ヨホホホホ。
 何しろ自分、煽り魔ですから。
 ふざけて相手を煽る戦いをしてしまうのは、性質というものなのです。ヨホホホホ。
 今回の敵は煽りも受けつけないバーサーカーですので、あんまり意味なかったですけど。ヨホホホホ。


「ガアアアァァァ!」


 それでも諦めの悪いバーサーカーさんは、再度立ち上がって殴りかかってきました。
 ヨホホホホ。しつこいのは嫌いではありません。どんどん来ていただいて構いませんよ。ヨホホホホ。


 その拳を片手で受け止めて、槍を盗まれた騎士団長さんの腹を殴りあげます。
 発勁は今回使いません。バーサーカーの限界を見極めているわけではないので、要領を違えてしまえば死人を出すことになりかけませんから。慎重にいきます。


「ガハッ!?」


 つばと空気を吐き出して、ようやく槍の騎士団長さんも気を失いました。
 ポロリと剣がこぼれ落ちます。
 …槍は、自分がまだ盗んだままでしたね。返したのに受け取り拒否されたので、まだ自分の手元に残っております。
 わざとやってるよな!と? そりゃ、もちろん。わざとやっていますとも。ヨホホホホ。


 まあ、自分にはドジョウ先生がおりますので、この槍は騎士団長の方にお返しするとしましょう。
 というわけで、槍を気絶している騎士団長の隣に置きます。
 さて、治癒を施すとしましょう。
 取り敢えず、重傷となっている大剣使いの騎士団長の方から治療に取り掛かります。
 怪我させたのお前だろうが、と? ヨホホホホ。そうですね〜。自分が怪我させて自分が治療して恩を売りつける、すなわち恩義の押し売りです。ヨホホホホ。
 性根が腐りきっている、と? ヨホホホホ。自分に腐ることのできる性根などもとより存在しません。根っこは腐るどころか張る前に朽ちてしまいました。
 もうお前帰れ!と? ヨホホホホ。仲間を置いて自分だけ帰ることなどできませんよ〜。帰り方も知りませんし。
 仲間を置いて帰っては、カクさんのズブズブハーレム模様を楽しんだり、副委員長との喧嘩を扇動したり、ケイさんと海藤氏の一方通行が巻き起こす恋が変な方向に曲がって生じる被害を楽しんだりできないではありませんか。
 煽り魔の自分にとって、それは数多の娯楽の一つなのです。これをなくしては、自分の煽り魔としてのあり方が崩れかねません。
 崩れた方が平和だろうが!と? ヨホホホホ。全くもってその通りです。ヨホホホホ。
 しかし、辞める気はやはりありません。もはや本能に近いものですので、自分の煽りは。ヨホホホホ。


 …せめて、雪城さんの安否を確認して東田様たちに報告するまでは帰られません。
 報告しても、自分はパーティーの生命線としての義務を全うする必要がありますので、帰るつもりはやはり毛頭ありませんけど。ヨホホホホ。
 ひょっとしたら、神聖ヒアント帝国の諜報網に引っかかっている可能性もありますので。
 ヨホホホホ。リリクシーラに突入する理由がまた一つ、できました。


 さて、さっさと治癒魔法を施すとしましょう。
 正直、ふざけた戦いをしていた自分に言い訳の資格はないのですが、エルナト氏に受けた寄生魔法の侵食が相当に進んでいます。
 しんどいです。先ほどはふざけたような戦い、というか完全におふざけと同義の戦いをしていましたけど、人族相手でも結構苦戦してました。ヨホホホホ。
 自分もそろそろ年貢の納め時といいますか、今までの煽り魔としての悪行を悔いなければならない時が来たようにも感じてしまいます。
 まあ、それだけの自覚があるわけです。ヨホホホホ。


「ゴホッ! ガフッ! ヨホホホホ…。これはシンドイですね」


 すでに15%以上の構成物を食われてしまっています。
 寄生魔法の侵食は想像よりも早いですね。
 吐血の頻度もかなり多くなってきています。
 意識も抜けそうな時が時折ありますし。回復魔法にも限界があるということなのかもしれません。


「とにかく、早く治療を…ガハッ!?」


 体を雷撃が突き抜け、血の塊が喉にせり上がってきます。
 寄生魔法を受けてから吐いたことのない量の血を吐いてしまい、思わず膝をついてかがみこんでしまいます。
 面の下が真っ赤になってしまいました。
 血が滴り落ちています。
 …能面被って、その下から血を流しているとか、自分がホラーですね。ヨホホホホ。


 大剣使いの騎士団長の下に近づき、治癒魔法を施そうとします。
 取り敢えず、解呪魔法は使わず、回復魔法も使わず、怪我のみを治す方向でいきましょう。自爆のキーが解呪魔法と思われるので、それを使うことはできません。しかし意識が戻れば狂戦士のままですし、ここは回復魔法も使えません。
 よって治癒魔法で怪我のみを治すこととします。


 というわけで、治癒魔法を発動させます。


 –––––その瞬間でした。


 リリクシーラの門前にて、大規模な爆発が発生しました。












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 その爆発の様子を遠見の魔法で観察していたデネブは、してやったりという笑みを浮かべた。


「フフフ…本当に愚かな勇者ですね。捨ておけば自爆魔法の発動も無かったろうに。そのくだらぬ正義感が自らを、そして救おうとする者さえも殺す。偽善をかざす者にとってはふさわしい最後といえるでしょう」


 黒煙が舞い上がる爆発現場は、まだ視界が確保できない。
 だが、騒ぎを聞きつけた多くの神聖ヒアント帝国の人族たちが様子を見ようとしている。
 かなり注目も集まってきた。
 総仕上げまで、あと少しである。


「さて、この程度で死ぬほど安い存在ではないことはわかっています。…フフフ、人族を思い、その身命を捧げて守る者たちから石を投げられる感覚を味わい、なおもその偽善を保つことができるなど…できるはずがありません」


 自爆という強力な魔法を仕込んだとはいえ、所詮は人族でしかない。
 その威力はたかが知れており、フォーマルハウトと戦いながらも生還どころか撃退を成し遂げるあの勇者にまともに通るとは思っていない。
 デネブの目的は、治癒魔法を施そうとした瞬間、即ち湯垣が魔法を行使した瞬間に騎士団長フィヨルドとミューゼルが爆死した記録を得て、そして湯垣だけが生き延びる。それを異世界の侵食者の存在とその外道な行いの裏付けとすることで神聖ヒアント帝国の湯垣に対する敵愾心を煽ることにある。
 命がけで守ろうとしていた者たちが、敵を庇い自身に石を投げつけてくる。その現実に打ちひしがれた湯垣はその偽善者の仮面をはぎ、神聖ヒアント帝国への復讐に駆られる。勇者は湯垣を庇い人族の戦争が巻き上がる。
 復讐機に付き従い続けられる者などいない。それは泥沼の戦争と化し、人族は勇者たちによって大きく疲弊していく。
 あとは、人族の大陸を魔族が征服して神国打倒への足がかりとする。


「フフフ…さあ、見せなさい。貴方の偽善が剥がれる姿を!」


 視界が晴れていく。
 それは神聖ヒアント帝国の臣民たちの目にも映るだろう。
 嬉々とした、しかし邪悪な笑みを浮かべ、デネブはその煙が晴れる様を見る。


 しかし、そこに映っていたのはデネブの望む景色とは全く違うものだった。


「…は?」


 呆然とするしか無かった。
 デネブの期待した光景は、そこには映っていない。
 煙が晴れた先にいたのは、仮面にヒビの生えただけで目立つような外傷がほとんど見られない勇者と、そして同様に無傷のまま静かに眠っている六甲騎士団サウスダコタ団長のミューゼルの姿だった。


「なんで…!?」


 誰1人死んでいないんだ!
 そう叫ぶ声が詰まる。
 ギリリと歯を噛み締めたデネブは、すかさずフィヨルドの方の自爆魔法も強制的に発動させた。


 だが、それに気づいたように仮面の勇者は動いた。
 そして、その際に仮面の勇者が何をしたのか、その全貌をデネブの目は爆発の瞬間に見た。
 あろうことか自らに治癒魔法を重ねがけしてから、自爆魔法が発動する寸前に2人の団長に防護魔法を展開し、転嫁魔法で自爆魔法と治癒魔法の発動している対象を入れ替えたのである。
 そして、自爆魔法が湯垣に発動した。


「なっ!?」


 自爆魔法が発動するかすかな間に起きた出来事であり、デネブでもなければ何が起きたのかもわからないほどである。
 命が惜しくないのか!?
 自分の身を犠牲にして、話さえ通じない敵を助けるなどという行為、聞いたことも見たこともない。
 あまりにも理解できないその姿に、デネブは混乱した。


 理解できない…。
 なんなんだあの勇者は!?
 あんなもの、偽善でも自己犠牲でもない!
 なんでそこまで命を救える!? なんでそこまで立ち向える!? なんでそこまで、冷静に、曲げることなく対応できる!?
 なんなんだ、仮面の勇者こいつは…!?


「ありえない…!」


 認めたくない。
 そこまで命を助け続けることを曲げようとしないこの勇者を認めたくない。
 デネブは、仮面の勇者に対し、理解できない苛立ちと恐怖を同時に感じた。


「こうなったら…!」


 なんとしてでもあの勇者を異世界の侵食者に仕立て上げる。
 シャルル6世を隷属魔法で強制的に従えて、この神聖ヒアント帝国に皇帝の命令として仮面の勇者を異世界の侵食者と決定させる。
 納得しない者がいようと、専制国家の体制を利用してそれらの声をねじ伏せて、力ずくで人族大陸の戦争を誘発させる。


 ここで六甲騎士団の団長たちの命を救ったことがなんの意味も無かったことだと、結末は何一つ変わらないということを知らしめてから、アルデバランに殺させる。
 デネブの理想からは離れた荒いやり方だが、怒りと恐怖で我を忘れかけてしまっているデネブには関係無かった。


「勇者、あなたの徒労が水泡に帰す瞬間を思い知るがいいです。その2人の人族の騎士にもすぐにあとを追わせてやります。今度こそ…今度こそその偽善の面を剝ぐがいい!」


 デネブが神聖ヒアント帝国皇帝であるシャルル6世の下に向かおうとする。
 その遠見の魔法を解除して、謁見の間に向かおうとした時だった。
 なにやら遠見の魔法の先が騒がしい。
 振り向くと、そこに繰り広げられていた光景は、再びデネブの期待を裏切るものだった。


「…なんですか、これは?」


 そう呟いたデネブの視線の先には、仮面の勇者を引き上げて何かを言っているエルナトと、エルナトに捕まり治癒魔法を封じられ寄生魔法が肥大化していく死にかけとなっている仮面の勇者、そしてそれに大きな喝采を飛ばしている神聖ヒアント帝国の民衆だった。


「面白い…」


 デネブはその光景を見て、邪悪な微笑みを浮かべる。
 そこに映っていたのは、デネブが手を煩わせるまでもなく自分たちの盾となる騎士団長を命がけでたすけたはずが、その民衆に石を投げつけられている仮面の勇者の姿だった。










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 転嫁魔法で自爆魔法を移し替えて、自分に自爆魔法を発動させることでなんとか2人の団長の命は間に合いました。
 ヨホホホホ。まさか治癒魔法で発動するとは、完全に自分の想定を上回った魔族側の大勝利といえるでしょう。
 ヨホホホホ。おかげでどえらい一撃を2度も受けてしまいました。
 寄生魔法も大きく侵食し、全身を激痛が駆け巡っています。


 さて、そんな自分ですが。
 今現在の状況を説明しますと、エルナト氏に捕まって連行されているところです。
 無力になったところを突かれ、見事に捕縛されました。情けないことです。ヨホホホホ。
 自分は現在、リリクシーラを凱旋…ではなくひき回しされております。
 罪状は、自分が異世界の侵食者であるということと、神聖ヒアント帝国だけでなく人族国家の全てを崩壊に導こうとしている極悪党であるということ、そして神聖ヒアント帝国を守ろうとして迎撃してきた六甲騎士団長の2人をぶちのめしてしまった事、とのことです。
 エルナト氏が高々と宣言して、神聖ヒアント帝国の皆さんが完全にそれを信じ込んだ結果、こうなりました。ヨホホホホ。
 物理的に石は投げられる、罵声は飛び交う、自分の悪役ぶりはすごいことになっているようです。
 ヨホホホホ。エルナト氏が魔族の姿をさらしても神聖ヒアント帝国の皆さんの意識は傾かなかったことや、国民の皆さんが洗脳でもなんでもなく自らの意思で自分に敵意をぶつけていることから察するに、魔族はここで魔族として出てきているということでしょうか?
 よく信頼勝ち取れましたね、と感心してしまいます。
 エルナト氏、すごい方のようですな。ヨホホホホ。


「グッ…!」


 血の塊がせり上がってきます。
 さっきからこればかりですので、言葉もまともに発することができません。
 もちろん、エルナト氏のズルズル運ぶ手は情けなどかけませんが。
 …やっぱり、自分の煽り魔の行いがこんな結末を用意してくれたのでしょうか?
 少しは懲りただろ、と? …ヨホホホホ。このような困難で懲りるほどならば、自分は煽り魔になどなっていません。全く後悔していませんとも。ヨホホホホ。


 しかし、今回は本格的にまずいですね。
 エルナト氏が連れて行く先は、おそらくアルデバラン様の控える場所です。
 何がまずいのかというと、エドワード氏を助けられないことです。
 まいりました。ハルゼー提督になんてお詫びすればいいのでしょうか。
 雪城さんの行方もわかっていません。
 このまま処刑されては、残す仕事を周りに押し付けた挙句、生命線なしで皆さんを戦場に送ることになってしまいます。
 それだけはできませんね。ヨホホホホ。


 まあ、抵抗したところで四面楚歌の中満身創痍で引きずられているので何もできませんが。ヨホホホホ。


「浄化魔法で寄生を解除しろ」


 すると、突然エルナト氏からそんな言葉が届きました。
 …何のつもりでしょうか?
 エドワード氏を見捨てろと? できませんね〜。ヨホホホホ。


 すると、エルナト氏は周りの民衆には聞こえないように自分に再度声をかけます。


「貴様がおとなしく処刑されるならば、人質には手を出さない。安心するがいい」


「ヨホホホホ。…ガホッ!? グッ…し、信用できませんね…」


「…この!」


  剣で殴られました。
 無様に転げおちると、周囲の観衆から歓声が上がりました。
 ヨホホホホ。見事なクリーンヒットですね。拍手喝采にはふさわしいでしょう。
 ろくに起き上がれない自分に対し、エルナト氏は自分の腹を踏みつけます。


「いいから早くしろ! 寄生魔法がある中で貴様をアルデバラン様との一対一に立てるわけがない。貴様はあくまでも正々堂々と挑んだアルデバラン様に小賢しい罠を壊されて倒れる悪だ。決闘中くらいは五体満足でいろ」


 …まあ、そういう事情ならば致し方ないですね。
 浄化魔法で自分に仕掛けられた寄生魔法を根治します。
 これで魔力を食われることも無くなりそうですが、それ以前にヘトヘトです。


「捕えよ、束縛魔法」


 しかも、即座にとっ捕まりました。
 ヨホホホホ。これで魔法が封印されてしまいました。
 アルデバラン様との一騎討ちの舞台に連れて行くようですが、こんな状態の自分だと明らかに満足していただける一騎討ちなどできませんよ。
 ヨホホホホ。まあ、エルナト氏はどうやら自分が死ねば他はどうなろうといいみたいな感じにも見えますが。
 他人の考え詮索している暇があったらさっさとなんとかしろ、と?
 なんとかとは、どうすればいいのでしょうか。
 世のため魔族の為に死ね、と? …まあ、そうなりますよね〜。ヨホホホホ。


 引きずられて、自分は決闘場の舞台の入り口に立たされました。
 そこで束縛魔法を解除したエルナトが、剣を突きつけてきます。


「無様な一騎討ちであったり、アルデバラン様に危害を加えるようなら、人質の命はないと思え」


 ヨホホホホ。しっかりと脅しもつけられてしまいました。
 アルデバラン様にはエルナト氏の寄生魔法を知覚することができるようなので、こうして解除したのでしょう。ズタボロですけど、自分の腹の中にそれがあった痕跡、電撃火傷の跡などがあります。
 しかしまあ、自分みたいな煽り魔がアルデバラン様によって殺されるというならば、それはそれで結末といいますか、贅沢な幕引きかもしれません。
 魔族の思惑が自分を凌駕した、ということなのでしょう。まさかここまでの歓待とは思っていませんませんので。
 最後にエドワード氏を助けられるならば、それはそれで良い結末というものです。
 自分の身が異世界の侵食者として祭り上げられ、人族の憎悪が他の勇者たちに及ばないことを願いましょう。


「ヨホホホホ…」


 鬼崎さん。ケイさん。海藤氏。カクさん。副委員長。
 …どうやら、自分はここまでのようです。
 やり残したことが多くありますので一応あがいてはみますが、それはそれということにしていただきたいものです。
 こうして自分は、一騎討ちという名の処刑の舞台に上げられました。

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