異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

26話

 










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 形態を変える魔族にとって、ダンタリアンでもなければ人族に近い姿も、まったく違い今のケラエノのような形状も、どちらも本物であるという。
 しかし、その戦闘力は雲泥の差があるだろう。
 巨大というのは、それだけで1つの強さとなる。


 巨大な首長竜の姿に変わったケラエノは、早速攻撃を仕掛けてきた。
 私たちのいる総統府の内部めがけて、大きく開いた口から巨大な火炎を放射してきた。


「阻め! 水圧魔法!」


 即座に私は水の魔法を展開する。
 イメージはドレンチャー。
 巨大な水の膜で壁を作り、建物を防護する防火設備からの応用である。
 海から登ってきた大量の水が水の壁を形成して、ケラエノの火炎攻撃を防いだ。
 対価として総統府近くの道や建物などがそれに飲み込まれたりして大きな被害を受けたけど、物的被害のみなのでそこは許して欲しいと願う。


 総統府を焼かれて崩されては、スプルーアンスの確保ができなくなる。
 アウシュビッツ群島列国の解放に必要な総統は守り抜く必要がある。
 総統府から秘密の通路で脱出した可能性も高いけど、それならケラエノが立ちふさがる必要はなく、総統府に入っていった私たちごと外から総統府を今の火炎で焼けばよかったはずだ。
 それでも立ちふさがったということは、ここにスプルーアンスがまだ残っていた可能性が高い。
 そして、ケラエノは私たちに反転魔法では勝てないと見て、スプルーアンスを確保される前に丸ごと焼き払おうと考えたのだろう。


 そんなことはさせない。
 ここまでつないでくれた人たちに応えるために、アウシュビッツ群島列国は必ず取り戻す。


「天上より来る轟雷よ!」


 魔法を発動させて、もう一度火炎を放とうとしていたケラエノに向けて、魔法による落雷を落とす。


「–––––––––––––––ッ!!!!!」


 私の発動させた落雷以上の巨大な咆哮が鳴り響く。
 一帯に大きな衝撃波のようなものが走り抜け、総統府の窓が残らず砕けた。
 ガラスの散る音は、ケラエノの巨大な咆哮に掻き消される。 
 その巨体が成すことは咆哮1つですら大きな被害をもたらす。
 だが、私にはそれが好機を捉えることができた。


「効いている…! 倒せない相手じゃない!」


 攻撃を受けて咆えたということは、攻撃が効いたということである。
 斬撃があの巨体に何ら被害を与えないと切りつけるまでもなく察することができる以上、頼みの綱は魔法の攻撃だった。
 そして、私の魔法は確実にケラエノに効いていた。
 その証拠に、落雷を受けた箇所がただれて焦げてしまっている。


「炎と同じ火傷だと思ったら、大間違えだから!」


 あれほど巨大な火炎を放射するくらいだから、熱には強いというのは察しがつく。
 だが、電撃は同じ火傷でも炎とはまるで違う。
 炎が発する熱で表面からヤゲドを負わせるのに対して、電撃による火傷の場合は人体という導体を通る電流が組織を破壊することによって生じる。
 耐熱性に優れた表皮であろうと、火と電気によって起こる火傷はまるで違うため、多くの生物は電撃火傷に対する耐性が足りない。
 ヒグマが火を恐れなくても雷を恐れるのは、拳銃の銃弾さえも阻む鎧のような皮下脂肪が電撃には何の役にも立たないからだろう。
 それだけ、電撃による火傷は大きく炎による火傷と原理が異なる。
 そして、勇者補正の莫大な魔力に任せて起こした雷攻撃とはいえ、電撃が向こうではないということはわかった。それだけで、こちらの攻撃が通用するという証明にもなる。


「あの巨体に惑わされないで! 攻撃は通じるから! 高橋、援護!」


「サー、イエッサー!」


 気を抜けない戦闘で興奮してしまっているのか、無意識に声を大きくしてしまう。
 口調も荒くなってしまっているかもしれないけど、それなりに付き合いの長い高橋は私の意図を汲んでくれれらしく、すぐにケラエノに対する攻撃態勢に移ってくれた。


「こっちでネッシーの意識をそらして隙を作るから、急所に特大の魔法を打ち込んでくれ! 掲げろ軍旗、召喚魔法! 行くぞ、オラ!」


 召喚魔法で軍旗を模した槍を召喚し、それを手に飛び出す。
 高橋の職種は確か、『突撃兵』だった。
 打たれ強い前衛向けの重武装の戦い方を得意とする職種であり、私と同じアタッカーとしての役割皮強い職種である。
 旗であることに何の意味があるのかわからないけど、高橋は見るからに重そうな武器を手に飛び出していった。


「空を駆けん、飛翔魔法!」


 高橋は自身の足に空を飛ぶ魔法を増やし、それで空にある見えない階段を駆け上がるように飛び上がって、ケラエノに立ち向かう。
 そのまま軍旗をケラエノの頭部めがけて振り下ろした。


「オラァァァァアアア!!」


 ガアアアァァァン!
 そんな鈍くてよく響き渡る音がなり、ケラエノの頭部が殴り飛ばされ、大きく傾く。
 しかしあまり効いていないのか、その首は即座に回ると高橋に噛みつこうとしてきた。


「来いや、ボケェ!」


 それを高橋は正面から受けようとする。
 思わず何しているの!と叫びそうになりながらも、ケラエノの頭めがけて目くらましの魔法を放つ。


「飲み込め、暗転魔法!」


 直後、ケラエノの目を突如として暗い闇が覆う。
 それによりケラエノの噛みつきがずれ、高橋には当たらずに済んだ。
 それに対し高橋は、調子に乗って攻撃する。


「どこ狙ってやがんだ、ウスノロが!」


 大きくその場を跳躍してケラエノの真上に飛び上がると、そこから回転しながら落下していった。


「名付けて、墜落風車ついらくかざぐるま旗バージョンだ! チェストオオオオオォォォォ!」


 ネーミングセンスはともかく、綺麗に決まったその一撃はケラエノの背中を大きく凹ませた。
 骨に甚大な被害を与えたらしい。ケラエノが大きな咆哮をあげる。
 高橋がいまだと、私に向かって叫んでいる。
 私は刀に魔力を込め、それを一気に振り下ろした。


「天雷よ!」


 直後、巨大な雷の斬撃が、ケラエノの体に直撃する。
 ケラエノの咆哮さえ掻き消す巨大な電撃の音と、光を失うほどの強烈な閃光が放たれ、特大の威力を込めた雷撃は高橋を巻き込み、総統府を巻き込み、本島を巻き込み、建造物という建造物を雷撃で次々に破壊して、超巨大なキノコ雲を一瞬太陽が降ってきたかのような閃光を放った島の夜空に巻き上げた。










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「そこだ! 魚雷撃ちこめえ!」


 ハルゼーの指揮に、旗艦から無数の魚雷が放たれる。
 その上を多数の戦闘機が飛んでいき、次々に空対空ミサイルや機銃攻撃を行い、航空戦艦や飛び交う魔族軍を打ち落としていく。


「相変わらず、勇者の召喚するものは凄まじいな…」


 思わずそう呟くハルゼーの言葉通り、フォレスタル号から出撃するF-84ジェット戦闘機を主力とする戦隊は、次々にキング艦隊に攻撃を加えて撃破していく。
 その働きと戦力は、まさに獅子奮迅だった。
 それら全ての機体を空母より操る勇者に、ハルゼーは改めて彼らの力を目の当たりにした気分となる。
 騎乗兵の職種を持つ物部もののべ 可夢偉かむいは、あらゆる乗り物を操作する力を持つ。
 そしてそれは一つの昇華を遂げ、このように空母の付属品として扱うことで戦闘機の編隊さえも自在に操るようになった。
 まさにその戦力は、一つの軍隊を率いる将にまでなっていた。


「フッ…我輩にはまだ秘められし大いなる力がある。せいぜい期待するがいい」


 初対面で伊達眼帯をつけて無駄に格好つけている、ちょっと大丈夫かと疑いたくなるような印象を抱いていた彼だったが、いざ戦いとなればその力はまさに戦場を支配する存在となった。
 夢物語に感じる宣告を恥ずかしげもなく堂々と言い放つその自信は実力あってのことだと知れば、その姿はとても格好良く感じる。
 疑ってしまったことを謝らなければならないと、また一つ生き残る理由ができたハルゼーは、戦場の指揮に意識を戻す。
 勇者の存在が完全に数で劣る戦局を翻していた。
 今やキング艦隊は虫の息であり、ハルゼー艦隊が圧倒している。


 奇襲はうまくいっているだろうか?
 鬼崎は総統府の奪還に成功したのだろうか?
 スプルーアンスは無事だろうか?
 戦況が有利になると、ついつい向こうの戦場のことが気になってくる。
 そんな中、彼の指揮する旗艦の艦隊指揮所の扉が開かれた。


「ハルゼー提督!」


 そこに、伝令が駆けつけた。
 何事かあったらしいが、その表情は慌てながらも決して悲壮や焦燥に駆られているものではない。
 そこに、ハルゼーはまさかという期待を持つ。
 そして、それは大当たりだった。


「伊号四〇二より! スプルーアンス総統、並びにマハン大臣の確保に成功! 魔族皇国将軍ケラエノを撃破し、無事総統府の奪還に成功したとのことです!」


「やってくれたのか!?」


「はい、やりました! 我らの勝利です、提督!」


 聞き返すと、伝令も大声で、そして笑顔で答える。
 ハルゼーは腹の底から歓喜の声を上げた。


「オッシャアアアアアアアアァァァァァ!!」


 ついに、アウシュビッツ群島列国の解放までたどり着いた。
 ハルゼーの頭には、祖国を取り戻すことに協力してくれた勇者たちの顔が、集ってくれた仲間たちの顔が思い浮かぶ。


「ついに、やった…!」


 ハルゼーは歓喜の涙を流した。


 そして、キング艦隊もやがて撃破され、キング司令も捕縛。
 ここに、アウシュビッツ群島列国は魔族皇国の侵略からついに解放されたのである。
 総統府と本島が奪還どころか破壊されてしまったものの、解放されたアウシュビッツ群島列国はこの先三日三晩、盛大な祭り騒ぎとなったという。
 その祭り主役であり、この解放戦争の勝利の最大の立役者であるネスティアント帝国に召喚された偉大な英雄『鬼崎』の名は、この国において千年先まで語り継がれることになるが、それはまた別のお話。










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 アウシュビッツ群島列国領に浮かぶ島の一つ、エルペリカ島。
 本島が大きな被害を受けてしまったことで、一時的に首都はこの島に移された。
 そして、そこで鬼崎たち解放戦争の英雄たちはアウシュビッツ群島列国を取り戻したことを祝うこの祭りの主役として過ごしていた。


「英雄ってのも、悪くねえかもな」


 隣に立つ高橋が、私に向かって話しかけてくる。
 どんちゃん騒ぎを目の前に、私も同じような気持ちだった。


「日本にいた頃は、こんなことになるなんて想像できませんでした…」


「あそこには家族もいるし、何より尊い平和があった。英雄になるなんて日本じゃできねえけど、同時にそれがとても素晴らしいものだったてことを思い返す」


 高橋の言葉には、郷愁の念が込められている。
 その気持ちは私にもわかる。
 この世界でネスティアント帝国を救いたいとは思っているけど、やっぱり平和なあの国に帰りたいと願ってしまう。
 家族がいるというのも、向こうに置いてきたものがあるということもあるけど、やっぱり日本には何にも代えがたい平和があったからだろう。


「帰れることなら、帰りたいです。でも…」


 少し、気分が沈む。
 でも、これは私が選んだ選択だ。
 平和の美しさを、ネスティアント帝国の人にも知ってほしい。
 脅威のない世界。それがどれだけ安心できることか。
 平和を知らない世界で生きる国があるならば、そこに私たちと大差ない子どもがおり戦場に立つことも厭わない世界があるならば、そしてそれを変えられる力が私たちにあるならば…。


「決めたよ」


 私は、一つの決意を口にする。


「私も、ネスティアント帝国を守りたい。リズ皇女の願いを、受けようと思います」


「…そうか」


 高橋は、短くそう答えた。
 彼はすでにネスティアント帝国を守る道を決意している。
 あとは、私たちの班のみんながどう答えるかだろう。
 私が決めた以上、湯垣は確実に一緒に参加してくれると思う。
 でも、他のみんなはわからない。
 国一つの命運を背負うことになるのだ。失敗した時、ネスティアント帝国は滅ぼされてしまう。
 簡単に決められる選択ではないだろう。
 私は、受けるも断るもその人の次第で、たとえ断ることになってもそれを受け入れるつもりでいる。


 私たちの目の前に広がる騒ぎの中心では、物部が厨二を全開に暴れている。
 それを見て、私と高橋は思わず笑みをこぼした。

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