異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

25話

 










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 アウシュビッツ群島列国本島。
 総統府の聳え立つこの島は、本来ならばキング率いる本土防衛艦隊が常駐している。
 しかし、現在キング艦隊の姿はない。
 昼刻頃、総統府の意向に逆らうハルゼー率いる反乱軍である大艦隊が本島を目指して進行しているという情報が総統府に入った事で、キング艦隊はその迎撃に出払っているためである。
 現在、この本島に残るのは総統府の駐留部隊と魔族皇国大使館所属の魔族の軍、そして行方不明となっている魔族皇国の使節であったマイアに代わり入った魔族皇国の将軍、ケラエノのみである。
 ハルゼー艦隊はこの決戦に全戦力を投入したらしく、神聖ヒアント帝国側から寝返った六甲騎士団コロラドとノースカロライナ、ネスティアント帝国南部方面軍の艦隊の一部、ガヴリールの率いる神国軍、そしてネスティアント帝国の勇者が未確認の巨大戦艦とともに参陣しており、その艦隊の規模は二千隻を超える大艦隊に膨れ上がっていた。
 とはいえ、それでも魔族軍を加えたキング艦隊の方が数においては勝っている。
 神聖ヒアント帝国から後詰としてくる予定だった六甲騎士団アイオワとの連絡が途絶してしまっているが、彼らを抜きにしてもなおハルゼー艦隊を上回っている。
 海戦は陸戦と比べ、数がかなり重要な要素となる。
 そのため、スプルーアンスはハルゼーが挑んできたこの一大決戦に持てる戦力を総動員して迎え撃つことにした。
 総統府は手薄となってしまっているが、ハルゼー艦隊にこちらに回す戦力などなく、あったとしても残っているケラエノとすくない守備軍で十分迎撃可能だとスプルーアンスは踏んでいた。


 だが、日暮れの空が暗くなった刻限に、ハルゼー艦隊が囮であり、本命が既に本島の湾内に入っていた事を知る事になる。




 ハルゼー艦隊から入った連絡により、キング艦隊との決戦が始まった事を知った伊号四〇二では、本島の湾内への侵入に成功し、いよいよ攻撃を始めようとしていた。
 私たちにとっても想定外だったのは、ハルゼー艦隊にさらなる援軍が来た事だった。
 アイゼンハワーがネスティアント帝国にあらかじめこの情報を部下の傭兵を使い伝えており、ネスティアント帝国の南部方面軍が援軍をよこしてくれていた。
 そしてそこには勇者である私の存在をハルゼー艦隊にあると思わせるためにと、物部が村上が召喚したフォレスタル級空母フォレスタル号とともに来ているという。
 ネスティアント帝国はいつ来るかもしれない魔族の脅威に対抗するために召喚した最大戦力である勇者までこちらの戦いに送ってくれた。
 私達は多くの人に支えられて、この決戦に臨む事になる。


「絶対に、負けられないね…」


 伊号四〇二に残っている最後の晴嵐に乗った私は、挑む決戦に向けつぶやく。
 ここまでしてもらった以上は絶対に失敗できない。それは大きなプレッシャーだけど、同時に支えられている、1人で戦っているわけじゃないんだという実感が湧いてくる、決して重たく押しつぶされそうになるだけじゃない、むしろ心地よささえもある不思議な感覚だった。


「落ち着けよ嬢ちゃん。俺がついてるって」


「…そうだね、みんなが付いている」


 後ろから聞こえてきたラインハルトの言葉に頷く。
 もちろん彼のいつものナンパからくる言葉だからこそ、わざと「貴方が付いている」ではなく「みんなが付いている」にしたわけだけど。


「つれないねえ」


 ラインハルトは相変わらずだけど、少し緊張がほぐれてきた。
 ありがたく、そして頼もしく思える。


「…よし、行こう!」


 時はきた。
 この一戦で、今度こそアウシュビッツ群島列国を解放する。


「浮上後、即座に攻撃に移ります。…ご武運を」


「うん、任せて」


 グスタフからの通信に答え、晴嵐の操縦桿を握る。
 振り回さなくても魔力を通してどう動いてくれればいいか念じればそれだけでいいのだが、こういうのはやはり格好から入るのがよりイメージしやすくなる。
 伊号四〇二が一気に浮上する。


 そして、海中から姿を現した巨大潜水艦は、浮上と同時に総統府に対して攻撃を開始した。










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 それは、まさに奇襲だった。
 キング艦隊が出払っている隙をついた完全な奇襲。
 単艦でありながら、その潜航戦艦は見た事もない形状をしており、鳥を模したような謎の物体を搭載した、巨大な艦。
 いつのまにか湾内に侵入しており、そしていきなり総統府の前にある海岸に浮上してきたその艦は、浮上と同時に備え付けられている砲塔を魔族皇国の大使館めがけて砲撃してきた。


「て、敵襲!」


 想定外の夜襲に、総統府は大混乱に陥った。
 守備隊が応戦しようとする中、敵の潜航戦艦から鳥を模したような物体が飛び立ってくる。
 それが総統府めがけて飛んでくるのを、スプルーアンスは総統府の彼が座るアウシュビッツ群島列国最高指導者の席から眺めていた。


「ハルゼーめ、諮ったか」


 ハルゼー艦隊が総力を集めて挑んできた決戦と思っていたが、ハルゼー艦隊はむしろ囮であり本命の攻撃はこちらだったという事になる。
 あれほどの巨体を持ち、あの形状をとる潜航戦艦はこの世界には存在しない。
 それは何度か接敵してホルワド湾の防衛艦隊でも多数目撃情報があった、ネスティアント帝国の勇者の使う潜航戦艦と一致するものだった。
 勇者が見た事もない巨大戦艦とともにハルゼー艦隊に加わっているという情報もあったのでその決戦に勇者入ると踏んでいたが、どうやらまんまとしてやられたらしい。
 少ない奇襲ならばともかく、勇者が相手となると今の戦力では心許ない。


「やはり貴殿に頼るしかないようだ」


 スプルーアンスは隣に立つ魔族の将軍に声をかける。


「頼めますか、ケラエノ殿?」


「承知しております。そのためにここに残っておりましたので」


 およそ魔族の豪奢な甲冑が目立つ将軍らしからぬ、腕と脛と胸当てのみの飾りも装飾もない簡素な軽装の鎧と人族では数代前の歩兵が身につけていそうな地味な服に砂漠を渡るのに使う砂色のマントという出で立ちの、黒髪黒目に小麦色の肌を持つ人族の姿をしている魔族の将軍ケラエノが答える。


「では、吉報をお待ち下さい」


 そう言うと、ケラエノは部屋を後にした。
 おそらく、あの飛行する物体に乗っているであろう勇者を迎撃するつもりなのだろう。
 ケラエノが部屋を後にした数秒後、総統府に大きな衝撃が走った。
 勇者が飛行物体を総統府に直接突っ込ませて乗り込んできたらしい。


「さて…」


 スプルーアンスは逃げる事も隠れる事もせず、ただ総統府から外の戦場を眺めていた。










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「相変わらず無茶するぜ、嬢ちゃんは!」


 ラインハルトが晴嵐から降りながら、そんな事を叫んでくる。
 確かに、我ながらかなり強引な乗り込み方だったと思う。
 晴嵐を総統府の将門に突っ込ませて、殴り込み。野蛮と言われても文句は言えない。


 しかし、これで総統府の入り口を潰した事で逃げ道を1つ潰せた。
 あとはこのまま登って行き、逃げられる前にスプルーアンスを確保する。
 外からは続々と総統府に向かってアウシュビッツ群島列国の兵士たちが向かってきている。
 脱出のためには晴嵐も守り通す必要がある。
 一瞬迷う私に、ラインハルトは銃を手に背を向けて叫んだ。


「行け、嬢ちゃん! ここは俺に任せとけ! 伊達に南部方面軍の司令官してるわけじゃねえ、魔族ならともかく同じ人族の歩兵なら束になっても俺の方が強いからよ!」


「ラインハルト…わかった、死なないで!」


 ラインハルトの言葉で迷いは吹き飛んだ。
 彼に晴嵐と背中を任せて、私はとにかく上に向かって走る。
 しかし、それを遮るように続々と総統府の守備隊と思われる人族の兵士が銃を携えて立ち塞がってきた。


「侵入者を迎え撃て!」


 銃声が鳴り響く。
 見た目はマスケット銃だけど、彼らの持つ歩兵銃は魔力を銃弾にして撃ち出したり、魔力を込めた特殊な弾を撃つ一種の機構であり、放つ銃撃に応じて連発から単発、散弾、光線と多彩な銃撃を可能とする武器である。
 油断はできない。


 次々に放たれてくる銃弾を、私は躱して一気に間合いを詰め、次々に蹴りを彼らに叩き込んだ。


「ぐぁ!?」


「がはっ!?」


「ぎゃあ!?」


 勝負は一瞬でついた。
 人族相手だと殺さないように加減して蹴りを打ち込む必要があるけど、勇者補正の身体能力は銃弾を見て回避する事ができるほどの人間離れしたものであり、おかげで落ち着いて対処ができた。
 多数転がる人族の兵士は、誰1人として殺してはいない。


「…よし!」


 制圧を完了した私は、すぐに上に向かって階段を駆け上がっていった。


 そして出てくる守備隊を倒しながら駆け上ること、6階。
 相当の部屋まであと1階というところで、その敵は立ちふさがった。


「そこまでにしていただきたいのですが、異世界よりの勇者」


「っ!」


 私がその敵に突如として足を止めたのは、言うまでもなく目の前に立ちふさがった敵が魔族だったからである。
 黒髪黒目に日焼けした肌。特にこの世界では変哲のなさそうな服の上に簡素な鎧とマントをかぶり、その手には二又の銛を持っている。
 ネスティアント帝国では見かけなかったが、どう見ても普通の人族にしか見えないこの敵だったが、その身が纏う強力な魔力と気配がマイアと同じ魔族であることを示していた。
 …おそらく、マイアと同格。その魔族には、私も心当たりがある。


「ケラエノ、というのはあなたの事ですか?」


 私の質問に、魔族は特に驚いた様子もなく淡々と答えた。


「肯定します。マイアからですか? では、自己紹介は省きます」


 無表情で淡々と紡がれる言葉は、まるで感情がないかのような印象を与える。
 人族での姿であれば、どこか非現実的な感じがするほどの妖艶な美しさを醸し出していたマイアと違い、姿形は美人ではあるものの背中に翼もないし、目も普通だし、はるかに人族に近い。
 だが、感情面ではむしろ人族というよりも生物からかけ離れているように感じる。
 ただ、淡々とやるべきことを飲ますだけの存在。
  ター◯ネーターのようだなと感じるのは、私たちだけだろう。あの映画の存在を知らないこちらの世界の人は恐らく別の印象を抱く。
 しかし、きっと共通しているのはとても冷たいと感じることだと思う。


 ケラエノは通すつもりなどないと、姿勢を一切変えずに仁王立ちしたまま私を見下ろしている。
 キングの艦隊にも将軍級の魔族が付いている可能性もあるけど、やはり1番の戦力は警戒してこちらに残したようだ。
 魔族軍を加えたキング艦隊の方が、多くの援軍を得たハルゼー艦隊よりなお数においては上をいくというから、ケラエノは何らかのさらなる介入を警戒してこちらに残したというところだろう。
 それが今回、相手にとっては大きく有利に働いた。
 伊号四〇二の奇襲を見破られた可能性はこの少ない軍しか残していないことから低いとは思うけど、それでもケラエノが残っていたのは大きい。
 マイアと互角とすれば、戦えるのは勇者である私1人しかいないだろう。


 なんとかダメ元で訊いてみる。
 到底受け付けるとは思われないけど、それでも何も言わずに即戦端を開くというのにはやはり抵抗があった。
 降伏勧告ではなく、暗にそこを通してくれという意思を込めて。


「一つ尋ねたいのだけど、私はその上にいるスプルーアンス総統に用があります。降伏してくれとは言いません。彼を連れ出すことを許してもらえませんか?」


「拒否します。スプルーアンスに会わせるつもりも、勇者を生かして返すつもりもありません」


 取り付く島もない、完全な拒絶の返答が迷いもなく返ってきた。
 向こうはどうやら私を生かして返してくれるつもりもないようだ。ここは力ずくで突破するしかないらしい。


「なら–––––」


 私は刀を抜くと、一気に上に立っているケラエノめがけて階段を跳躍てショートカットして切り込んでいった。


「力ずくで通してもらうだけ!」


 ガキン!
 大きな金属音が響き、そしてそれに遅れてケラエノの足元の床石に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 私の先制攻撃を難なく受け止めたケラエノは、崩れかけた足場から脱出するため銛を器用に回して私の刀をいなした。
 2人が飛び退くと同時に、亀裂の走った床が抜け落ちる。


 再度間合いを取って対峙する。
 これで階段での上を取られる不利な攻防になることは防げた。
 あとは、この立ちふさがる敵を倒すのみだ。


 総統府の守備軍だが、既に総統府の屋内に駐屯していた兵は全て鬼崎によって倒されている。
 いわば、スプルーアンスの元にたどり着く道程で残されている最後の障害が、このケラエノであった。


 鬼崎はまだ中に人族の兵隊やもしかしたら魔族の軍が残っているかもしれないという可能性も考慮していたが、才能なのか直感でこのケラエノさえ倒せればそれで障害が全てなくなるという予感がしていた。
 もしかしたら、ラスボスは強いやつでなければならず、ラスボスさえ倒せば終了!などという根拠もない観念からくるものなのかもしれないが。


 相変わらず無表情なケラエノに対し、刀の間合いに入るために魔法を使用する。


「迸る稲妻よ!」


 幾条もの雷撃が空中を走り、ケラエノの手にある銛めがけて駆け抜ける。
 その稲妻に乗じて、刀の間合いを詰めるべく飛び込む。
 避けるにしろ対応するにしろ、その隙をつく。


 しかし、ケラエノは避けることも対応することもしなかった。


「–––––悔いよ、反転魔法」


 防御系でもない魔法を1つ発動させ、その無数の雷撃を平然と受けた。
 想定外だけど、好機は逃さない。
 私は刀の間合いまで詰めたケラエノに、雷撃に続いてその身体を袈裟状に切りつける。
 だが、ケラエノはそれにさえ反応することなく、平然と正面から受けた。


 なぜ避けない?
 なぜ受ける?
 なぜ何も抵抗しない?


 何やら魔法を発動したようだけど、反撃も何もこない。
 困惑した私は追撃をそこで止める。
 もちろん、反撃があればすぐに対応してさらに反撃できるようにしてである。


 だが、ケラエノは何もしていなかったはずなのに、手応えもあったのにその身体が全く傷ついていない事に気付く。
 先ほどの魔法の影響か?
 そう思った直後だった。


 –––––突如として、私の身体を無数の電撃が貫いた。


「–––––ッ!?」


 あまりにも突然の、なんの前触れもなかった攻撃に、それによる激痛と痺れに私は訳がわからなくなった。
 一体、何をされたのか?
 そう思った時、突然の雷撃に続くように、いきなり私の体が袈裟状に肩から腰に向けて切りつけられた。


「–––––ッ!?」


 ケラエノは何もしていない。全く動いていない。
 周りに敵もなく、魔法の罠が仕掛けられたりもしていない。
 なのに、前触れもなく、それこそいきなり私は攻撃をされた。


「…ッ!」


 急いで距離をとろうとする。
 何をされたのか分からないけど、攻撃をされている以上距離を取らなければ何もできずに一方的にやられてしまうと感じた。
 だが、それをケラエノは許さない。
 それまでそれもしていなかったケラエノは、距離をとろうとした私を追いかけて銛を突き出してきた。


「くっ…!」


 とっさに刀で銛を受け止める。
 だが、負傷した体では踏ん張りもままならず、一方的に押し込まれてしまう。
 結果、刀は押し退けられて銛は私の肩に突き刺さった。


「痛っ…!」


 激痛が走る。
 特にまともに食らってしまった最初の軌道さえ見えなかった斬撃などは、傷がすごい熱を持っている。血が止まらない。


「爆ぜろ、発破魔法!」


 しかしケラエノの追撃は容赦がない。
 押し込まれて背中がついた壁に対して、ケラエノは発破魔法を発動させて壁を爆発させ、私の背中に爆発の攻撃を加えてきた。


「あぐっ…!」


 破片が背中に、脚に突き刺さる。
 おまけに爆発を受けた背中は焼けただれた箇所ができてしまったらしい。
 これ以上押し込まれるわけにはいかない!


「ッ! 閃光魔法!」


 咄嗟に目くらましを発動させる。
 だが、目を閉じたはずの私の瞼の下で強烈な光が私の視界を覆い尽くした。


「うっ!? な、何で…?」


 視界が失われてしまった。
 いったい何が起きているのか混乱する。
 そんな私に、まるで目くらましなど聞いていなかったかのようなケラエノの容赦ない追撃が続く。


 引いた銛を私の首めがけて突き出してきた。
 …やられる!
 見えない視界でも、命を刈り取られる瞬間だからか、ケラエノがどこにどんな攻撃をしようとしてきたのかは感じ取れた。
 だが、私にできたのは感じ取ることだけ。
 一方的な攻防は、それで幕をひくはずだった。


 –––––銛が私の喉に届こうとしたその瞬間、突如として総統府に爆発が巻き起こった。


「チェストオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!」


 そんな叫び声と爆音とともに、ケラエノが突然現れた乱入者に殴り飛ばされる。


「ッ!?」
  
 ケラエノはその攻撃をかわすこともできず、気づいた時には殴り飛ばされた後であり、そこでようやくいきなり現れた乱入者に妨害されたことに気づいたほどに混乱していた。
 そして乱入者はケラエノを殴り飛ばしてから、すぐに瀕死の私に振り向いてかざしたてから治癒魔法を発動させた。


「治癒魔法…おい、大丈夫!?」


 彼は私の手を握り、倒れた私の身体が揺さぶってくる。
 治癒魔法のおかげで私の怪我は瞬く間に修復された。
 心配性な大声を上げるその声の主を、私は知っている。


 ネスティアント帝国に召喚されたもう1つのグループ。
 村上が率いる、ネスティアント帝国の要請に応え守ることを決意した勇者達の1人。
 そして、私と同じ中学出身の情緒不安定な男子生徒。


「高橋、君…」


 高橋たかはし 祥平しょうへい
 若干大げさなところもあるけど、面白くもあるクラスメイトの1人だ。


 物部だけでなく、彼もわざわざ来てくれたらしい。
 そして彼がここにいるということは、少なくともハルゼー艦隊がキング艦隊を押しているということなのだろう。
 それだけで私の心は立ち直ることができた。


「…ごめん、心配かけた」


「えっ? も、もう立てるの? 怪我痛まない?」


「大丈夫だよ」


 心配性な高橋の隣に立ち、刀を構え直す。
 高橋がどうやって駆けつけてきてくれたのか、どうして一度でわかったのかは不明だけど、立ち直ることはできた。


「…増援ですか」


 ケラエノは高橋を警戒しているらしく、動く様子がない。
 あのわけのわからない攻撃もからくりがわかっていないけど、高橋が来てくれたなら何とかなる気がしてきた。


「てめえが、遥をやったのか…!」


 高橋は心配性の顔を脱ぎ捨て、普段とは違う怒りの形相を浮かべてケラエノを睨みつける。
 そんな高橋に睨みつけられても、ケラエノは表情をやはり微塵も変える様子がない。
 物理的に能面を被っている湯垣と違い、見えない能面を顔にまとわせているようだなと感じる。


「ぶっ殺してや–––––グエッ!?」


「待って、無策で突っ込むのは危険!」


 まだケラエノの攻撃の状態を見極めていない。
 私は突撃しようとした高橋の襟を掴んで力ずくで止めた。


「こ…これはキツい。死ぬかと思った…」


 隣で高橋が襟を直しながら呼吸を整えている。
 その間、やはりケラエノは動く気配がなかった。
 警戒しているというよりも、自分からは攻撃しない主義なのだろうか?
 もしくは、あのわけのわからない攻撃やあの時唱えた効果のわからない魔法のために必要なことなのかもしれない。
 そう思ったところで、ふと先ほどまでの思い出す。


 銛の攻撃は目に見えていた。
 見えなかった攻撃は雷撃と、身体の前を切られた斬撃である。
 そして、ケラエノには一切攻撃が通用していない。


「…っ!」


 そこまで思い返して、ふと気づいたことがある。
 何の前触れもなくきた攻撃は、私がケラエノにぶつけて確かに当たったはずなのに効果がなかった攻撃ばかりである。
 つまり、まるで当てたはずの攻撃が自分自身にそのまま返ってきたかのようだった。


「あの時、確か…」


 ケラエノは反転魔法と唱えていた。
 反転魔法というものがどういうものかわからないけど、名前から察するに攻撃をそのまま相手に返す魔法かもしれない。
 そして、ケラエノは奇襲とはいえ高橋の攻撃には一切対応できなかったし、しっかりとケラエノ自身に効いていた。
 何となくだけど、からくりが見えてきた気がする。


「!」


「こいつ!」


 その瞬間、私の表情の変化に私が何を考えているのかを察したらしいケラエノが、それまで一切手を出していなかったのにいきなり攻撃してきた。
 咄嗟に間に入った高橋が防ぐ。


「くらえ!」


 そのまま、高橋はケラエノの銛を弾いて反撃にけりかかろうとする。
 それをケラエノは躱そうとしない。
 ケラエノが突然焦って攻撃してきたこと、それなのに落ち着いていること。
 それらからからどういうカラクリだったのかに察しをつけた私は、賭けに出た。


「高橋君、ゴメン!」


 刀を構えて、反撃しようとした高橋の影から彼を突き飛ばして飛び出し、ケラエノに切りかかった。


「ッ!?」


「はあ!」


 無表情だったケラエノの表情が一変する。
 刀はケラエノの腕をとらえ、それを切り飛ばした。


「くっ…!」


 ケラエノの腕は、確かに切られた。
 切られた腕の断面から血が吹き出る。
 そのまま追撃に斬りつけようとする。


「!」


 ケラエノは避けようとしない。
 それで私はこのカラクリを察した。


「高橋君、お願い!」


「チェストオオオオオォォォォ!」


 突然味方である私に突き飛ばされながらも、高橋は文句も言わずに私に合わせてくれた。
 ケラエノに高橋の強烈なラリアットが決まる。
 私は刀を振り下ろしておらず、ケラエノは無表情を驚愕の表情に変えて吹き飛ばされた。
 壁を突き破って、ケラエノが叩きつけられた部屋から煙が舞う。


「やっぱり…」


「おっし、決まった!」


 ケラエノの使った魔法のカラクリが、わかった。
 おそらく、指定した相手に対して受けた攻撃をそっくりそのまま返すというもの。
 一対一においては無敵、一方的な攻撃ができる。これが反転魔法の効果なのだろう。
 ケラエノが立ちふさがったのは、私が魔族の将軍の出る可能性も考慮して人族の味方を連れずに単騎で突撃してきたからだろう。
 確かに、この魔法一対一においては無敵を誇る。
 だけど、この魔法には弱点も同時にあった。
 それを確かめるために乱入してきた高橋と協力した賭けに出たのである。
 高橋は事情を知らないだろうけど、私の推測は当たっていた。
 目標を入れ替えることはできても、この反転魔法は複数を同時に目標にすることはできない。
 つまり、同時攻撃に弱いということにある。
 連携さえなれば、難敵ではなかった。


「気付かれましたか…」


 ケラエノが部屋から出てくる。
 腕の出血は止まっているようだが、腕をなくした以上、銛を持つことはできないらしい。
 武器が持てない相手を痛めつけるつもりはない。私は降伏勧告をしてみる。


「…降伏するつもりは?」


「拒否します」


 だが、一言で拒絶された。
 武器を持つことができなくなったとしても、ケラエノの戦意はいささかも衰えていない。
 反転魔法を打ち破ることはできたが、まだ奥の手があるということかもしれない。


「元から俺は許すつもりなんかねえっての!」


「ちょっ–––––なっ!?」


 高橋が独断専行で突撃しようとする。
 それを止めようとした時だった。
 ケラエノから膨大な魔力の増幅を感じ取る。
 それに気づいたらしい高橋も足を止める。


 そして、私たちの視線の先で、ケラエノはその姿を大きく変えた。
 人族に近い姿から、全く別の姿へと。


 総統府に収まりきらないその巨体は、壁と天井と床を突き破り、空中にその姿を晒す。
 その姿は、ファンタジーの溢れるこの世界でも見ることはなく、そして私たちのいた世界においても映像を通してさえ実物は決して見ることがなかった、しかし実在した生物。
 もしかしたらいるかもしれないと、世界中の湖に実在を噂され伝説を残す未確認生命体でもある存在。


「ネッシー…? いや、それにしてはデカすぎだろ…」


 高橋のつぶやきに、私も思わず頷いてしまう。
 そこに浮かんでいたのは、巨大な首長竜の姿となったケラエノだった。

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