異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

21話

 










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 突然現れたその女性が人族ではないことは、その手に握る生首を見れば明らかであった。
 2人の飛ばされてきた兵士のうち、見るからに事切れているピクリとも動かなくなった1人は、首から上がなく、その断面から血を流していた。
 そしてその奪われた頭は、魔族の手の中に人がしていい表情ではなくなっている死体としてぶら下げられていた。


「–––––ッ!?」


 西方国境騒動の際には、魔族の死体ばかりで人族の死体は何故か欠片もなかった。
 当然、日本にいた頃に見た死体といえば母方の祖父の綺麗な死装束に包まれたもの、交通事故にあって車にひかれた見知らぬ他人のもの。鬼崎が人の死体を見た機会は、この2回だけ。生首と頭の失くした体などという死体を見たことがなかった鬼崎は、その血まみれの光景と、その中で平然としていられる犯人である魔族に対して、心の底から恐怖が湧き上がった。
 いくら肉体面において勇者補正の恩恵などによる強化がなされようとも、その力を振るう精神面は何も変わっていない。
 日本という平和な国に育った学生でしかない。
 鬼崎はそのことをむしろ良いことだと認識していたが、ここにきて戦場の空気、仲間が殺されている事態というのに直面して、混乱してしまった。


 膝から力が抜けそうになるけど、何とか耐える。
 吐きそうだ。目を逸らしたい。
 けど、逸らしてはいかないという思いに押され、顔を青ざめながらもなんとかその場に踏みとどまった。


「魔族だと…!? 何故、ここに…!?」 


 鬼崎を庇うように立ち塞がり剣を構えたデーニッツが、困惑する。
 デーニッツの言葉に、私は目の前の惨劇から少しだけ思考が動くことができた。
 そういえば、何故この魔族がここにいるのだろうか?
 みたところ兵隊階級とは思えない。将軍格の魔族には人族に擬態できるものが多くいると聞いたので、おそらくこの魔族もそうなのだろう。
 そんな魔族がこの伊号四〇二にいきなり現れた。
 それが明らかに不自然だった。


「何らかのカラクリがあるのでしょうか…?」


 グスタフが私をさりげなく支えながらデーニッツの背に隠れるようにして、私に耳打ちしてきた。
 しかし、私にも何が起きているのかわからない。
 首を横に振る。


「多分…でも、すみません。想像がつかないです」


 魔族は手に持つ首を通路に投げ捨てると、腕を押さえてうめき声をあげている人族の兵士に目を向ける。


「がっ!?」


 直後、魔族と目が合ったその人族の兵士が、突然動かなくなり、その表面がまるで映画のワンシーンのように瞬く間に石に変わった。


「何!?」


 その一部始終を目撃した私たちは、一様に驚いた。
 特にデーニッツが目を見開く。
 石化の魔眼は赤いペガサスが扱う特別な魔法のはずである。
 ラインハルトが被害にあった事実がある以上、石化の魔眼を外にいる奇襲してきた魔族が扱えることは判明している。
 まさか、2体いたのだろうか?


 そんな想像したくもない想定が私の脳内をよぎる中、魔族がこちらを見据えてくる。


「しまっ–––––」


「デーニッツ!」


 その際、魔族の魔眼にさらにデーニッツがやられてしまった。
 私たちの前に立つ大柄な背中が、石の像に変化してしまう。


「…ッ!」


 正直に言えば、目の前で首を引き裂かれた死体を見せつけられたり、人が石に変えられる様を見せつけられたりしたのだから、相手の魔族はとても怖い。
 それでも、ここで何もできなければ他のみんなが危険だった。
 ここで戦えなければ、勇者としてこの世界に来た意味がない。
 命懸けで勇者の務めを果たそうとしている北郷や湯垣たちに、偉そうに説教などできるはずもない。
 何より、私たちを召喚してすがってきたネスティアント帝国と、共にこの世界に召喚されたクラスメイトの仲間たちが同じ目にあうかもしれない。
 自分自身が傷つくのももちろん怖いけど、置いていかれるのが、誰も守れないのがもっと私は怖かった。


 その強い感情が、縮こまっていた私の体を奮い立たせて、動かした。


「邪魔かしら」


「させない!」


 石に変えられたデーニッツを壊そうとした魔族に対して、私はデーニッツを追い越して抜いた剣を振りその腕の動きを阻害した。


「来たわね、勇者さん」


「グスタフ! ハルゼーを安全なところに逃がして!」


 一度剣を抜けば、もう迷いが嘘のように晴れる。
 刃を合わせた私は、余裕の笑みを浮かべる魔族に休ませずに剣戟を次々を叩き込みながら、グスタフに向けて叫んだ。
 ここでハルゼーを失うわけにはいかない。
 この魔族はとても強い。相手ができるのは、おそらく私だけだ。
 アウシュビッツ群島列国を取り戻す戦いには、アウシュビッツ群島列国の旗頭が必要不可欠であり、そのためにハルゼーは決して殺される事があってはならない存在である。
 魔族の目的が勇者である私だとしても、私が挑むしかない。
 グスタフにハルゼーを任せた私は、グスタフの返事を聞く前に多数の剣戟を叩き込みながら魔眼を扱う魔族を押し続けて艦橋から力ずくで追い出した。


「手荒な歓迎だわ」


 背中に生やした翼で悠々と私の剣戟をいなし続けた魔族は、甲板に立つと、晴嵐を背に立つ私と対峙する。
 そして放った第一声は、相変わらず余裕を崩さない。


 対して、私は混乱していた。


「な…何で…?」


 私が混乱したのは、その魔族が勇者補正を得た私の剣戟を余裕でいなして見せたことではない。
 それもあるけど、それ以上に驚くことが外で発生していたために、そこまで気が回らなかった。


 何故なら、この外でガヴリールと戦闘をしていたはずの赤いペガサスの姿がなく、ガヴリールも姿が見えなくなっていたからである。


「まさか…」


 私が何も無くなっていた空から視線を翼を背に生やす女性型の魔族に戻す。
 魔眼の持ち主といい、空に赤いペガサスがいないとなれば、その所在は1つしかない。
 この目の前にいる魔族が、襲撃してきた赤いペガサスということだろう。


 瞬間移動。魔法のある世界だ、そういうものがあったとしてもおかしくはない。
 どのような手を使ったのかはわからないが、同一ということはラインハルトとデーニッツが石にされてしまっている今、この魔族だけは打ち倒す必要がある。


 私は召喚魔法を使って剣を刀と替え、正眼に構えた。


「貴女を倒して、ラインハルトとデーニッツを元に戻す。…覚悟して!」










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 神聖ヒアント帝国帝都、リリクシーラ。
 帝都中心にある皇帝の居城にて、魔族皇国大使であるデネブの元にアルキオネによる攻撃が失敗したことをエルナトが報告に来ていた。
 エルナト自身、寄生魔法が解かれていない状態の勇者にあれほどの戦力があるとは想定外だった。
 会ったとこもない人質があの勇者に効果があり寄生魔法が解かれなかったということも驚きであったが、それ以上に神聖ヒアント帝国の六甲騎士団ノースカロライナと、敵であるはずのアルキオネさえも助け、天族やコロラドの際にもそうだったが1人の死者も出さずにここまで戦ってきているのそ技量に、脅威を感じている。
 本来ならば神聖ヒアント帝国の勇者に対する敵愾心を煽り異世界の侵食者のイメージを根付かせるための材料とするはずだった存在が生きているとなると、死体を使えないため効果がどうにも今ひとつだった。
 何より、アルキオネとフォーマルハウトが離脱したことが非常に大きい。
 もしもの際にはアルキオネを捨ててでも勇者を殺せるようにと、フォーマルハウトにもことを伝えていたのだが、2人揃って矛を収めてしまったのである。


「…おのれ!」


 苛立ちを床にぶつける。
 強く踏みつけた床にはヒビが走り、大理石が壊れてしまった。


 ぶつけた戦力がそのまま懐柔されて向こうについてしまう。
 湯垣という勇者はあまりにも危険な存在だ。
 その上、マイアからの報告でアウシュビッツ群島列国にも勇者が襲来しており、ハルゼーという人族が奪還されてしまい、その旗頭の元に既にアウシュビッツ群島列国にて総統府の奪還の軍勢を集め準備に向こうが入っているとの知らせがあった。
 そこにはガヴリール率いる神国軍や、ルメイの率いるコロラド騎士団もいるという。
 さらにはネスティアント帝国からさらなる増援が向かっているという情報も神聖ヒアント帝国の諜報機関から来ていた。


「どうして…!」


 少し前まではこちらの思惑通りに事が運んでいたはずなのに。
 勇者たちが来てから、次々に状況がひっくり返されてきている。


「なりふり構ってなどいられない、ということか」


 エルナトは、当初の目的を遂行することに注力することとした。
 もはやなりふりなど構っていられない。
 アルキオネが突破された今、リリクシーラに仮面の勇者が来るまで時間がない。
 やつを異世界の侵食者として仕立て上げているものの、リリクシーラに到達されてその誤解を解かれるようなことがあれば、神聖ヒアント帝国という重要な拠点を無為に失うことになる。


「…アウシュビッツ群島列国にいるマイアの方にも、時間を稼いでもらわなければ」


 エルナトはマイアの方に援軍を割くことにして、仮面の勇者である湯垣の方は罠と策略を持ってその首を取りに行くことにした。


「アイオワにするか」


 エルナトは近場にいた神聖ヒアント帝国の騎士に、ミシシッピ団長であり六甲騎士団の代表でもあるシーボルトに取り次いでもらうように連絡をする。
 今ここにいる六甲騎士団は、4軍。ミシシッピは帝都の守備があり離れられないし、サウスダコタとペンシルベニアはデネブが何かに使うというから動かせない。
 残る騎士団は、アイオワのみである。
 アルデバラン麾下の将軍の1人であるケラエノに関してはマイアの方から援軍要請が出されており、既に出発している。


 マイアは赤いペガサスの魔族である。
 いわゆる亜種であり、石化の魔眼を持つ。
 相手が勇者とはいえ、援軍が来るまでならば持ちこたえてくれると、エルナトは期待をしていた。


「さて…」


 こちらはこちらで、仮面の勇者を迎え撃つ準備が必要である。
 人質を取るか、国を取るか、自己を取るか。
 その選択を迫り、脅迫してアルデバランに勇者を殺させる。
 バレれば一騎討ちを汚したとしてエルナトの首がアルデバランに飛ばされかねない。
 だが、たとえ卑怯の誹りを受けようとも、エルナトにはその誇りなどがあまり理解できないため、湯垣を策謀で殺す企みに何ら躊躇の類を感じてはいなかった。

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