異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
18話
敵を助けるなんて愚行以外の何物でもないというのは、戦場では常識かもしれません。
とはいえ、自分は紛争戦争とは無縁となって久しい平和な国に生まれ、その国で育ちました。
例え敵であろうとも、生きたいと願う方の手を跳ね除けることは出来ません。
魔族の常識はわかりませんが、命を落とせばその先はないのです。使い所というのはあるかもしれませんけど、少なくともアルキオネさんはフォーマルハウトさんの自害命令を無視しても生きたいと叫びました。
そんなアルキオネさんの手を取ることができるのが自分だけというならば、命をかけて守るまでです。こんな弱々しくなって怯えながらも生きたいと願う方も守れずに、自分に理想主義を掲げてこの女神様に授かりし治癒師の職種の恩恵たる救命の魔法を扱う資格などないですから。
「貴様ならば蘇生魔法を扱えたはずだキュイ。アルキオネが自害しようが、貴様に損はないはずだキュイ。なぜ助けるのだキュイ?」
フォーマルハウトさんは自分が蘇生魔法を扱えることを知っていたようです。
まあ、魔族たちとの戦闘でも散々使いましたからね。分かる方には分かるのでしょう。
この神聖ヒアント帝国にきた経緯だって、元をたどればカストル氏を通じて届けられたメッセージです。
そのカストル氏の主であるポルックス氏は、自分が蘇生魔法を薬に込めて扱うことができるのを知っているはずですから。カストル氏を通じて情報を得られたとしても何ら不思議ではありません。
自害云々に関しては、自分がどう出るのか確かめたいとかいう一面もあったということでしょうか? 否定はできませんが、可能性は低いと思います。
そうなると、フォーマルハウトさんにはアルデバラン様の部下であるアルキオネさんを殺す理由がある、ということになりますけど。
まあ、魔族の思惑はともかくとして、自分はアルキオネさんの命を守るまでです。
ドジョウ先生を構えて、フォーマルハウトさんの言葉に返答します。
「簡単なことですよ、フォーマルハウトさん。自分は戦うためではなく、助け守るために召喚された勇者だからです。生きたいと願う方の手を掴むことに、理由なんてあまり考えないたちですから。ヨホホホホ。それに–––––」
「それに? 何だキュイ?」
「自分は治し、守ることしかできませんので。職種の都合上。ヨホホホホ」
自分は自分を万能とは評価しておりません。事実ろくに何もできない、何をさせても人並みどまりの器用貧乏でしかありません。
与えられた役目をこなすことしかできないのですから、それだけに邁進する。それが自分という半端な勇者です。ヨホホホホ。
自分の返答をどう受け取ったのか。それによりどんなことを思い出して感じたのかはわかりませんが、フォーマルハウトさんは歯ぎしりをしました。
圧倒的に優位にありながら、余裕のない苛立ちを見せたフォーマルハウトさんは、敵意をみなぎらせて魔法を放ってきました。
「偽善も大概にするキュイ! 業火よ!」
フォーマルハウトさんが向けた手から、青白い炎が吹き出してきました。
それを回避して、自分はドジョウ先生を構え直します。
「偽善で結構ですとも。自分とて所詮口先だけですから。ヨホホホホ」
異世界でクラスメイトがすでに死んでいると聞きますし。大見得切って、全員生還が早速果たせなくなっております。自分が何を言おうとも、偽善でしかないでしょう。
だからと言って、目の前で殺されそうになっていた方を見捨てていい言い訳にするなど、言語道断ですけど。ヨホホホホ。
防護魔法に直撃した魔法は霧散しました。
それを見て、フォーマルハウトさんが舌打ちをします。
幼女の姿でその不良みたいな仕草はないと思いますけど…おっと失礼しました。ヨホホホホ。
「その体で何ができるキュイ? 貴様が死ねばアルキオネも死ぬキュイ」
「ヨホホホホ。では自分が死ななければそれで結構ということでしょう」
「軽口を叩くなキュイ! 蒼き焔よ!」
フォーマルハウトさんが魔法により生み出した蒼炎を両腕にまといます。
フォーマルハウトさんの指摘はご尤もですね。自分が死ねば、もう繋げられていますからアルキオネさんも死んでしまいます。
…魔法使うたびに吐血して倒れては勝負になませんし、今回はまともに攻撃を受けるゾンビ戦法は無しの方向でいこうと思います。
結局は利己帰結じゃねえかよ、と? それはいつものことではありませんか。ヨホホホホ。
「飲み込め、地殻魔法!」
そのまま殴りかかってくるかと思いきや、フォーマルハウトさんは別の魔法を使用してきました。
突然足元の地面が揺れて、バランスを思わず崩します。
「おやおや…これは何ともまずい状況ですね」
何が起こったと足元を見ると、足首までが地面に飲み込まれるように埋まって動けなくなってしまっていました。
足止めして一撃を確実に当ててこようというのでしょう。
いえ、冗談抜きにまずいです。
自分はとっさにドジョウ先生を投げました。
「そんなものが何の役に立つキュイ!」
飛んできたドジョウ先生を、フォーマルハウトさんは自分の狙い通りに避けもせず炎を纏った腕で叩き落としました。
「貴様のあがきは何の意味もなさないキュイ。アルキオネは貴様と一緒に死ぬキュイ!」
そしてその青白い炎を纏った腕を振り上げて殴りかかってきました。
それに対して、武器を失った自分は余裕の表情を見せながら…って、能面被っているので見えませんけど。
何はともあれ、慌てることなくフォーマルハウトさんの攻撃に対して、徒手空拳で迎え撃ちます。
「–––––キュイ!?」
勇者補正ありきでも骨どころか首が折れるかもしれない一撃を自分の顔面に叩き込もうとしてきたフォーマルハウトさんですが、その一撃は当たりません。
ヨホホホホ。真正面から力に任せて打つ技のない攻撃など、威力がどれほどあろうと素人のものです。
殴りかかってきたフォーマルハウトさんの手首を掴んでその拳を横に逸らしながら、肘の内側に空いている方の手で手刀を叩き込みました。
それで威力が簡単に殺されてしまったフォーマルハウトさんに、すかさず追撃をかけます。
本来なら足を払ってから手首を極めにかかるところですが、ここは足が埋まっていますのでこのまま肩を極めにかかることにします。
手首を掴んだ方の腕を捻じ上げます。
「このっ! 壊れろ、粉砕魔法!」
しかし、魔族は人とは違うということを忘れていました。
フォーマルハウトさんは、自分が腕をひねりあげてくるのに抵抗して、魔法を発動させてきました。
「ブエッ!?」
いきなり足を埋めている地面を壊したのです。
足は抜けましたが、めちゃくちゃ痛かったです。
思わず手を離してしまいました。
そこに、フォーマルハウトさんが嚙みつき攻撃をしてきました。
とっさに防御に使った左手のうち、人差し指から小指の4本と、手も中ほどまで噛みちぎられました。
口から肉片と血を垂らしながら襲いかかってくる幼女というのは…ホラー要素ですね。ヨホホホホ。
休む暇もなく、さらにフォーマルハウトさんの攻撃が続きます。
足が自由になったことで動けるように放ったものの、突然のことに対応できず足元がぐらついた自分の隙をつき、フォーマルハウトさんが炎を纏った手で自分の顎を殴り飛ばした。
いわゆるアッパーですね。
「〜〜〜っ!」
「キュイッ!」
顎を抑えながら後退する自分に、フォーマルハウトさんがハイキックを飛ばしてきました。
「ごえっ!?」
間抜けな声を出しながら、吹き飛びます。
そこに追撃を仕掛けようとしたフォーマルハウトさんですが、そこで自分がドジョウ先生に仕込んでおいた罠が発動しました。
「っ!? な、何だキュイ!?」
ドジョウ先生に仕込んでいた時間差発動の製薬魔法により、催涙ガスがフォーマルハウトさんの腕から噴出しました。
催涙攻撃に耐性がないらしいフォーマルハウトさんは、そのガスを目に受けて混乱します。
な、何とか追撃の嵐から逃れることができました。立ち上がって立て直しを図ります。
フォーマルハウトさんはといえば、腕にまとっていた魔法も霧散してしまい、幼女の姿で止まらなくなってしまっている涙に困惑しながら、目元を拭っています。
「…ッ、これ何キュイ?」
幼女を泣かしているようにしか見えませんね。
ヨホホホホ。自分はゲスですね。
卑怯だろ、と? ヨホホホホ。相手が圧倒的に強いのであれば、とりあえず勝てばいいんですよという気概で挑まなければ失礼というものです。
黙れ犯罪者!と? …ヨホホホホ。外見だけとはいえ幼女を泣かしている自分は確かにクソ野郎ですね。ヨホホホホ。
「ドジョウ先生きてください」
ドジョウ先生がひとりでに自分の手元まで戻ってきました。
フォーマルハウトさんはまだ涙が止まらない様子ですが、それをこらえて魔法を発動させてきます。
「バカにして…大地を焦がす噴煙よ!」
「あちちちちちちち!?」
いきなり自分の足元とその周辺の地面から、無数の火柱が立ち上がって自分を焼きました。
正確に敵1人を攻撃するタイプではなく、面制圧の魔法ですね。
バカにしたつもりなどありませんが、自分の言動そのものが既にフォーマルハウトさんをバカにしているのでしょう。
噴火する攻撃は、フォーマルハウトさんの苛立ちを表しているようでした。
噴火魔法で焼かれたて傷口が焦がされた、フォーマルハウトさんに噛まれて指をなくしていた手に治癒魔法をかけ、修復します。
防護魔法で足場を作り、噴火魔法の届かない上空に一度逃れます。
「目が、見えないキュイ…!」
催涙ガスにやられたフォーマルハウトさんは、涙目になりながら自分を探すことではなく、手当たり次第に噴火魔法を使用しています。
とはいえ、上に逃れるとは気付けなかったのでしょうか?
ともかく、隙だらけとなっているならば、どうにかして倒すだけです。
ドジョウ先生をフォーマルハウトさんに向けて投擲しようとします。
しかし、狙いを定めた気配を察したフォーマルハウトさんが、すかさず自分に攻撃してきました。
「感じたキュイ! 爆ぜろ、発破魔法!」
「ゴワッ!?」
自分の肩の上でフォーマルハウトさんがとっさに使用した発破魔法が爆発を起こして、自分の肩を壊してドジョウ先生の投擲を阻止しました。
離してしまったドジョウ先生が落ちて行きます。
「あちちち…」
壊された肩に治癒魔法をかけて修復します。
フォーマルハウトさんは構わず追撃を仕掛けてきています。
「爆ぜろ、発破魔法!」
「おっとっと」
さすがにとどまっていては危ないので、その場を降りて防護魔法で足場を形成しながら逃げ回ります。
催涙ガスによって目をやられているフォーマルハウトさんはあてずっぽうに魔法を放ってくるので、躱すのは難しくはありません。
フォーマルハウトさんの背後に降り立ちます。
ヨホホホホ。これで決定打といたしましょう。
「ッ!?」
フォーマルハウトさんが気づきましたが、遅いです。
発勁を打ち込む体勢に、既に入っています。
これで発勁が打たれれば、超巨大アノマロカリスではないフォーマルハウトさんには、さすがに効果があるはずでしょう。
そう、勝利を確信した時でした。
「ッ!?」
まるで狙いすましたように寄生魔法が雷撃を穿ち、血の塊が喉にせり上がってきました。
それにより発勁が全力のものではないものとなってしまいました。
「グアッ!?」
打ち込むことには成功したものの、威力が足りずに意識を刈り取るどころか立ち上がることくらいはできるくらいで終わってしまいます。
人族相手ならば殺しかねない一撃でも、魔族の、ましてや元帥相手には明らかに弱い一撃でした。
フォーマルハウトさんは転がりながらも、手をついて何とかすぐに立ち上がってきました。
「うぐっ…負け、られないキュイ…!」
フォーマルハウトさんはまだ動ける上に戦えるようです。
足元はおぼつかないようですが、少なくとも自分よりはマシでしょう。
「…ゴフッ!?」
対して、自分といえば窮地ですね。
血の塊を表の下で吐き出し、立ち上がるフォーマルハウトさんと対照的に膝をつきました。
催涙ガスに目がやられているフォーマルハウトさんには、そんな自分の様は見えていないようです。
発勁も初めて受けたので、今のがまるで威力が足りないものだというのは分からなかったのでしょう。
フォーマルハウトさんは、涙を流す目で自分を睨みつけると、その体に魔力を大きく膨らませ始めました。
「確実に貴様を殺すキュイ。この国も所詮は使い捨て、遅かれ早かれの差でしかないキュイ」
…ヨホホホホ。ここで、その手に出ますか?
フォーマルハウトさんは魔力だけでなくその体も大きく変形させました。
そして、本来の姿に戻ります。
クタクタの自分の前には、島サイズの超巨大アノマロカリスさんが立ちふさがりました。
とはいえ、自分は紛争戦争とは無縁となって久しい平和な国に生まれ、その国で育ちました。
例え敵であろうとも、生きたいと願う方の手を跳ね除けることは出来ません。
魔族の常識はわかりませんが、命を落とせばその先はないのです。使い所というのはあるかもしれませんけど、少なくともアルキオネさんはフォーマルハウトさんの自害命令を無視しても生きたいと叫びました。
そんなアルキオネさんの手を取ることができるのが自分だけというならば、命をかけて守るまでです。こんな弱々しくなって怯えながらも生きたいと願う方も守れずに、自分に理想主義を掲げてこの女神様に授かりし治癒師の職種の恩恵たる救命の魔法を扱う資格などないですから。
「貴様ならば蘇生魔法を扱えたはずだキュイ。アルキオネが自害しようが、貴様に損はないはずだキュイ。なぜ助けるのだキュイ?」
フォーマルハウトさんは自分が蘇生魔法を扱えることを知っていたようです。
まあ、魔族たちとの戦闘でも散々使いましたからね。分かる方には分かるのでしょう。
この神聖ヒアント帝国にきた経緯だって、元をたどればカストル氏を通じて届けられたメッセージです。
そのカストル氏の主であるポルックス氏は、自分が蘇生魔法を薬に込めて扱うことができるのを知っているはずですから。カストル氏を通じて情報を得られたとしても何ら不思議ではありません。
自害云々に関しては、自分がどう出るのか確かめたいとかいう一面もあったということでしょうか? 否定はできませんが、可能性は低いと思います。
そうなると、フォーマルハウトさんにはアルデバラン様の部下であるアルキオネさんを殺す理由がある、ということになりますけど。
まあ、魔族の思惑はともかくとして、自分はアルキオネさんの命を守るまでです。
ドジョウ先生を構えて、フォーマルハウトさんの言葉に返答します。
「簡単なことですよ、フォーマルハウトさん。自分は戦うためではなく、助け守るために召喚された勇者だからです。生きたいと願う方の手を掴むことに、理由なんてあまり考えないたちですから。ヨホホホホ。それに–––––」
「それに? 何だキュイ?」
「自分は治し、守ることしかできませんので。職種の都合上。ヨホホホホ」
自分は自分を万能とは評価しておりません。事実ろくに何もできない、何をさせても人並みどまりの器用貧乏でしかありません。
与えられた役目をこなすことしかできないのですから、それだけに邁進する。それが自分という半端な勇者です。ヨホホホホ。
自分の返答をどう受け取ったのか。それによりどんなことを思い出して感じたのかはわかりませんが、フォーマルハウトさんは歯ぎしりをしました。
圧倒的に優位にありながら、余裕のない苛立ちを見せたフォーマルハウトさんは、敵意をみなぎらせて魔法を放ってきました。
「偽善も大概にするキュイ! 業火よ!」
フォーマルハウトさんが向けた手から、青白い炎が吹き出してきました。
それを回避して、自分はドジョウ先生を構え直します。
「偽善で結構ですとも。自分とて所詮口先だけですから。ヨホホホホ」
異世界でクラスメイトがすでに死んでいると聞きますし。大見得切って、全員生還が早速果たせなくなっております。自分が何を言おうとも、偽善でしかないでしょう。
だからと言って、目の前で殺されそうになっていた方を見捨てていい言い訳にするなど、言語道断ですけど。ヨホホホホ。
防護魔法に直撃した魔法は霧散しました。
それを見て、フォーマルハウトさんが舌打ちをします。
幼女の姿でその不良みたいな仕草はないと思いますけど…おっと失礼しました。ヨホホホホ。
「その体で何ができるキュイ? 貴様が死ねばアルキオネも死ぬキュイ」
「ヨホホホホ。では自分が死ななければそれで結構ということでしょう」
「軽口を叩くなキュイ! 蒼き焔よ!」
フォーマルハウトさんが魔法により生み出した蒼炎を両腕にまといます。
フォーマルハウトさんの指摘はご尤もですね。自分が死ねば、もう繋げられていますからアルキオネさんも死んでしまいます。
…魔法使うたびに吐血して倒れては勝負になませんし、今回はまともに攻撃を受けるゾンビ戦法は無しの方向でいこうと思います。
結局は利己帰結じゃねえかよ、と? それはいつものことではありませんか。ヨホホホホ。
「飲み込め、地殻魔法!」
そのまま殴りかかってくるかと思いきや、フォーマルハウトさんは別の魔法を使用してきました。
突然足元の地面が揺れて、バランスを思わず崩します。
「おやおや…これは何ともまずい状況ですね」
何が起こったと足元を見ると、足首までが地面に飲み込まれるように埋まって動けなくなってしまっていました。
足止めして一撃を確実に当ててこようというのでしょう。
いえ、冗談抜きにまずいです。
自分はとっさにドジョウ先生を投げました。
「そんなものが何の役に立つキュイ!」
飛んできたドジョウ先生を、フォーマルハウトさんは自分の狙い通りに避けもせず炎を纏った腕で叩き落としました。
「貴様のあがきは何の意味もなさないキュイ。アルキオネは貴様と一緒に死ぬキュイ!」
そしてその青白い炎を纏った腕を振り上げて殴りかかってきました。
それに対して、武器を失った自分は余裕の表情を見せながら…って、能面被っているので見えませんけど。
何はともあれ、慌てることなくフォーマルハウトさんの攻撃に対して、徒手空拳で迎え撃ちます。
「–––––キュイ!?」
勇者補正ありきでも骨どころか首が折れるかもしれない一撃を自分の顔面に叩き込もうとしてきたフォーマルハウトさんですが、その一撃は当たりません。
ヨホホホホ。真正面から力に任せて打つ技のない攻撃など、威力がどれほどあろうと素人のものです。
殴りかかってきたフォーマルハウトさんの手首を掴んでその拳を横に逸らしながら、肘の内側に空いている方の手で手刀を叩き込みました。
それで威力が簡単に殺されてしまったフォーマルハウトさんに、すかさず追撃をかけます。
本来なら足を払ってから手首を極めにかかるところですが、ここは足が埋まっていますのでこのまま肩を極めにかかることにします。
手首を掴んだ方の腕を捻じ上げます。
「このっ! 壊れろ、粉砕魔法!」
しかし、魔族は人とは違うということを忘れていました。
フォーマルハウトさんは、自分が腕をひねりあげてくるのに抵抗して、魔法を発動させてきました。
「ブエッ!?」
いきなり足を埋めている地面を壊したのです。
足は抜けましたが、めちゃくちゃ痛かったです。
思わず手を離してしまいました。
そこに、フォーマルハウトさんが嚙みつき攻撃をしてきました。
とっさに防御に使った左手のうち、人差し指から小指の4本と、手も中ほどまで噛みちぎられました。
口から肉片と血を垂らしながら襲いかかってくる幼女というのは…ホラー要素ですね。ヨホホホホ。
休む暇もなく、さらにフォーマルハウトさんの攻撃が続きます。
足が自由になったことで動けるように放ったものの、突然のことに対応できず足元がぐらついた自分の隙をつき、フォーマルハウトさんが炎を纏った手で自分の顎を殴り飛ばした。
いわゆるアッパーですね。
「〜〜〜っ!」
「キュイッ!」
顎を抑えながら後退する自分に、フォーマルハウトさんがハイキックを飛ばしてきました。
「ごえっ!?」
間抜けな声を出しながら、吹き飛びます。
そこに追撃を仕掛けようとしたフォーマルハウトさんですが、そこで自分がドジョウ先生に仕込んでおいた罠が発動しました。
「っ!? な、何だキュイ!?」
ドジョウ先生に仕込んでいた時間差発動の製薬魔法により、催涙ガスがフォーマルハウトさんの腕から噴出しました。
催涙攻撃に耐性がないらしいフォーマルハウトさんは、そのガスを目に受けて混乱します。
な、何とか追撃の嵐から逃れることができました。立ち上がって立て直しを図ります。
フォーマルハウトさんはといえば、腕にまとっていた魔法も霧散してしまい、幼女の姿で止まらなくなってしまっている涙に困惑しながら、目元を拭っています。
「…ッ、これ何キュイ?」
幼女を泣かしているようにしか見えませんね。
ヨホホホホ。自分はゲスですね。
卑怯だろ、と? ヨホホホホ。相手が圧倒的に強いのであれば、とりあえず勝てばいいんですよという気概で挑まなければ失礼というものです。
黙れ犯罪者!と? …ヨホホホホ。外見だけとはいえ幼女を泣かしている自分は確かにクソ野郎ですね。ヨホホホホ。
「ドジョウ先生きてください」
ドジョウ先生がひとりでに自分の手元まで戻ってきました。
フォーマルハウトさんはまだ涙が止まらない様子ですが、それをこらえて魔法を発動させてきます。
「バカにして…大地を焦がす噴煙よ!」
「あちちちちちちち!?」
いきなり自分の足元とその周辺の地面から、無数の火柱が立ち上がって自分を焼きました。
正確に敵1人を攻撃するタイプではなく、面制圧の魔法ですね。
バカにしたつもりなどありませんが、自分の言動そのものが既にフォーマルハウトさんをバカにしているのでしょう。
噴火する攻撃は、フォーマルハウトさんの苛立ちを表しているようでした。
噴火魔法で焼かれたて傷口が焦がされた、フォーマルハウトさんに噛まれて指をなくしていた手に治癒魔法をかけ、修復します。
防護魔法で足場を作り、噴火魔法の届かない上空に一度逃れます。
「目が、見えないキュイ…!」
催涙ガスにやられたフォーマルハウトさんは、涙目になりながら自分を探すことではなく、手当たり次第に噴火魔法を使用しています。
とはいえ、上に逃れるとは気付けなかったのでしょうか?
ともかく、隙だらけとなっているならば、どうにかして倒すだけです。
ドジョウ先生をフォーマルハウトさんに向けて投擲しようとします。
しかし、狙いを定めた気配を察したフォーマルハウトさんが、すかさず自分に攻撃してきました。
「感じたキュイ! 爆ぜろ、発破魔法!」
「ゴワッ!?」
自分の肩の上でフォーマルハウトさんがとっさに使用した発破魔法が爆発を起こして、自分の肩を壊してドジョウ先生の投擲を阻止しました。
離してしまったドジョウ先生が落ちて行きます。
「あちちち…」
壊された肩に治癒魔法をかけて修復します。
フォーマルハウトさんは構わず追撃を仕掛けてきています。
「爆ぜろ、発破魔法!」
「おっとっと」
さすがにとどまっていては危ないので、その場を降りて防護魔法で足場を形成しながら逃げ回ります。
催涙ガスによって目をやられているフォーマルハウトさんはあてずっぽうに魔法を放ってくるので、躱すのは難しくはありません。
フォーマルハウトさんの背後に降り立ちます。
ヨホホホホ。これで決定打といたしましょう。
「ッ!?」
フォーマルハウトさんが気づきましたが、遅いです。
発勁を打ち込む体勢に、既に入っています。
これで発勁が打たれれば、超巨大アノマロカリスではないフォーマルハウトさんには、さすがに効果があるはずでしょう。
そう、勝利を確信した時でした。
「ッ!?」
まるで狙いすましたように寄生魔法が雷撃を穿ち、血の塊が喉にせり上がってきました。
それにより発勁が全力のものではないものとなってしまいました。
「グアッ!?」
打ち込むことには成功したものの、威力が足りずに意識を刈り取るどころか立ち上がることくらいはできるくらいで終わってしまいます。
人族相手ならば殺しかねない一撃でも、魔族の、ましてや元帥相手には明らかに弱い一撃でした。
フォーマルハウトさんは転がりながらも、手をついて何とかすぐに立ち上がってきました。
「うぐっ…負け、られないキュイ…!」
フォーマルハウトさんはまだ動ける上に戦えるようです。
足元はおぼつかないようですが、少なくとも自分よりはマシでしょう。
「…ゴフッ!?」
対して、自分といえば窮地ですね。
血の塊を表の下で吐き出し、立ち上がるフォーマルハウトさんと対照的に膝をつきました。
催涙ガスに目がやられているフォーマルハウトさんには、そんな自分の様は見えていないようです。
発勁も初めて受けたので、今のがまるで威力が足りないものだというのは分からなかったのでしょう。
フォーマルハウトさんは、涙を流す目で自分を睨みつけると、その体に魔力を大きく膨らませ始めました。
「確実に貴様を殺すキュイ。この国も所詮は使い捨て、遅かれ早かれの差でしかないキュイ」
…ヨホホホホ。ここで、その手に出ますか?
フォーマルハウトさんは魔力だけでなくその体も大きく変形させました。
そして、本来の姿に戻ります。
クタクタの自分の前には、島サイズの超巨大アノマロカリスさんが立ちふさがりました。
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