異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

17話

 アルキオネさんに勝利し、なんとかセシリアさんたち神聖ヒアント帝国の皆さんを守ることができました。代償として道を盛大に壊しましたが、命に比べれば安いものだと割り切ってもらうしかないでしょう。ヨホホホホ。
 勇者のくせに何物的被害出してんだよ、と?
 いや…これは、勇者補正の有り余る力の反動といいますか…すみませんでした。
 鬼崎さんに見つかったら説教ものですよね。ヨホホホホ。


 さて、発勁のダメージでただでさえ立つのがやっとだったのが、ドジョウ先生を膝に受けてしまい倒れこんで起き上がれなくなったアルキオネさんは、うつむいています。
 戦闘中の激昂したセリフなどを聞く限り、この方は主であるアルデバラン様を心の底から敬愛し忠誠を誓う忠義の将軍のようです。このような方は敵とはいえ貴重ですし、ここで彼女を殺してしまってはアルデバラン様との一騎討ちに無粋な憎しみの感情を叩きつけ合うことになりかねませんので、アルキオネさんの命までは取るつもりはないです。
 もう、戦闘はできないでしょうから。自分はこのままリリクシーラを目指そうと思います。


 というわけで、ドジョウ先生を引き抜いて帝都を目指し歩きを再開しようとします。
 セシリアさんたちについては、自分の展開した防護魔法の先にいる限りは大丈夫だと思います。いずれ来る救援の方に拾っていただくとしましょう。
 ドジョウ先生を掴む手に力を込めて引き抜こうとしました。


 しかし、引き抜こうと力を込めたところ、いきなりアルキオネさんがドジョウ先生の引っ張りあげられる力に乗って、自分めがけて飛び込んできました。
 そしてそのまま、自分にしがみついてきます。
 いえ、この場合は好意など欠片もないものの行動的には抱きつくという表現があっていますね。
 って、そんなことはどうでもいいでしょう。


「!?」


 首に回されたアルキオネさんの腕は、岩石質の鎧が解けており、直に触れるその肌は中身が沸騰しているのではと思うほどに熱いです。ヨホホホホ。火傷します。
 いきなりの事態に混乱する自分に対し、アルキオネさんはさらに強くしがみついてきます。


「こうなったら…刺し違えでも!」


 おっと、アルキオネさんは自爆でもするつもりでしょうか?
 その忠誠立派としか言いようがないですが、そうはさせません。
 アルデバラン様の考えなど自分にはわかりませんが、彼女ほどの忠義の将軍を失えば魔族といえど悲壮と激情に身を焦がすことになるでしょう。
 それは、挑む自分としてもあまり良いものではありません。
 それに、自分はアルキオネさんにこれといった個人的な恨みはありませんし。ここで死なれては困ることこそあれど、戦闘不能となった彼女をこれ以上害することによるメリットは自分には無いです。
 なので、アルキオネさんには悪いですが、名誉の戦死はさせられません。
 蘇生魔法を仕込んでしまいます。
 ヨホホホホ。生き返ったときのリアクションが楽しみですね。


「道連れにして–––––ッ!?」


 自分はその表情を高みの見物と洒落込みたいところでがね。
 そんなことを夢想していた瞬間、アルキオネさんの言葉は中断されました。
 同時に、アルキオネさんの背中から、アルキオネさんも巻き込んで何かが自分の体を貫きました。
 焼けるような痛みが、貫かれた脇腹から膨れ上がります。


「ッ!?」


「あ、が…ッ!?」


 その突然の事態に困惑したのは、自分だけではありません。
 自分にしがみついていたアルキオネさんも同じでした。


 貫かれた箇所を起点に、何かの魔法が発動します。
 魔法陣らしき紋様が展開し、瓜二つの魔法陣が浮かんだアルキオネさんのそれと重なります。
 一体何が起きているのでしょうか?
 その2つの魔方陣は完全に重なると、そのまま虚空に消えてしまいました。
 それとともに、自分とアルキオネさんに走っていた激痛も収まります。


「うっ…」


 痛みから解放されたことで気が抜けたらしく、発勁のダメージも残るアルキオネさんの自分にしがみついてくる力が緩み、預けてくる体重が増しました。
 一方で、自分はその魔法が撃ち込まれてから現れた気配に意識が向いています。
 アルキオネさんを支えながら、その魔法を打ち込んできた主である魔族を見上げました。
 姿形が変わろうとも、その背筋が凍りそうになった強大な気配は忘れられるはずもありません。


 思えばあの魔族も南からやってきていました。
 あの海から南といえば、あるのは神聖ヒアント帝国です。
 いたとしてもおかしくはないでしょう。
 ただ、できれば寄生魔法がなくもう少し体調が良好な状態の時に対峙したかったものですが。ヨホホホホ。何しろ、今度こそ絶対に勝てる相手じゃないですから。


 魔法が放たれてきた元である自分が見上げた先には、自分の知るその姿とは明らかにかけ離れた副委員長よりも小柄で小学生と言われても納得できる幼女–––––ではなく、魔族が1人立っていました。
 赤身のかかった肩甲骨まで伸びている茶髪に、うっとりとした目尻の下がったつぶらな瞳…って、幼女にこんな目を向けていたら単なる犯罪者ですね、自分。
 外見そのものが犯罪者だろ、と? ヨホホホホ。全くもってその通りです。


 まあ、一言で言い表しますと、そこには可愛らしい幼女が立っていたのです。
 とはいえ、そんな評価をしていい相手ではないことは、その気配が表しています。
 その外見は想定外でしたが、魔族には形態変化する方も多いですし、別段不自然ではないのでしょう。
 重要なのは、彼女の纏うその気配が、かつてアウシュビッツ群島列国の艦隊司令殿らとともに対峙したあの超巨大アノマロカリスの魔族と全く同じである、というか本人であるということです。


 ヨホホホホ。ここに来てあの元帥は不可能ですよ。自分に一体何ができるというのでしょう?


「フォーマルハウト、様…何故、ここに…?」


 アルキオネさんもアノマロカリスさんの気配を察したようです。
 超巨大アノマロカリスさんの名前は、フォーマルハウトと言うらしいですね。
 秋の空に1つ輝くあの一等星ですか。ヨホホホホ。


 アルキオネさんの途切れ途切れながらも紡いだ言葉に、フォーマルハウトさんは幼げで可愛らしい外見とは隔絶された冷たい目を向けます。


「…ッ!?」


 背中を向けながらも、元帥の一角であるフォーマルハウトさんのそのような視線を受ければ、アルキオネさんも恐怖してしまうのでしょう。
 自分にしがみつく腕に、また力がこもります。
 それは先ほどの逃がさないというよりは、恐怖で誰かにつかまっていないと落ち着くこともできないというような感じの力の込め方ですが。


 敵である存在にすがってくるのはもちろん、よりにもよって自分にすがるなど自身の尊厳を自らの手で地の底に追い落とすような行為だとは思いますけど、精神論は少し置いておきましょう。
 アルキオネさんの戦士としての誇りを傷つけることにもなりかねませんが、さすがにすがってきた相手を蹴り落としては日本人…いえ、道徳を習った人としてどうかと思いますので。魔族の事情はともかくとして、口を出させていただきましょう。
 アルキオネさんをなだめるように背中を軽く叩いてから、降りてきたフォーマルハウトさんに向けて自分は言葉をかけました。


「ヨホホホホ。姿形は変わろうとも、その気配は感じ違えようがありません。いつかのアノマロカリスさんではありませんか」


「…無様な状況だキュイ。お前の浄化魔法があれば、そんな寄生魔法などすぐに解除できるはずキュイ」


 …キュイ?
 語尾に何かあるようですが、ここはあえてスルーしましょう。


 確かに、無様という評価はこの上なく現状の自分に似合うと思います。
 現状どころかいつもだろうが、と? ヨホホホホ。確かにそうですね〜。


 挨拶は済んだとばかりに、フォーマルハウトさんはアルキオネさんの背中に目を向けます。
 小柄な体躯ですが、その身が放つ威圧感は巨人のように見えますね。
 巨人というか、そもそも島サイズのアノマロカリスさんでした。


 アルキオネさんが怯えるのが、しがみついてくる熱すぎる手を通じて自分にも伝わります。
 自分はフォーマルハウトさんに言葉をかけました。


「ヨホホホホ。フォーマルハウトさん。横槍を敵である自分に向けるのならば文句はないどころか大歓迎ですとも。自分も卑怯・搦め手・せこい戦いはむしろやりまくるたちですから」


「案ずるなキュイ。横槍は一度だけであり、もう済んだキュイ。そこの人族共に手を加えるつもりもないから安心するがいいキュイ」


 しかしフォーマルハウトさんは自分に視線を向けず、言葉だけで返してきました。
 とは言っても、人族の皆さんの無事が保証されるならばひとまず安心です。口約束ですけどね。ヨホホホホ。


 しかし、横槍は済んだというのはどういうことでしょうか?
 確かに先ほど放たれた謎の魔法は自分に激痛を走らせましたが、それでもすでに痛みは引いております。
 フォーマルハウトさんの横槍にしては、さすがにそれだけというのはあまりにもお粗末と言いますか、小さいものにかんじますね。


 と、まあ。自分にそんな楽観しているときがありました。今ですね。ヨホホホホ。


 フォーマルハウトさんがすでに横槍は済んだと言った時、アルキオネさんの怯えがさらに大きくなったように感じます。
 アルキオネさんは先ほど打たれた魔法について何かを知っているということなのでしょうか?
 確かめようにも、しがみつかれている今は首を回そうとも横顔さえ見えません。ヨホホホホ。人間の首の稼働率は勇者補正を受けながらもあまり上がっていないようです。


 フォーマルハウトさんは今度こそ自分を完全に蚊帳の外として、アルキオネさんに声をかけました。


「無様というなら…そのような勇者に対してその体たらくはなんだキュイ? アルキオネ…皇主より将軍の地位を与えられた貴様は、皇国の栄光に泥を塗ったキュイ。その責任を果たす手段が何であるか、わかっているキュイ?」


「ひっ…!」


 幼女の外見に加えて『キュイ』という謎の語尾が相成っているにもかかわらず、フォーマルハウトさんの言葉は冷たく響いています。
 アルキオネさんが怯える様子がしがみついてくる腕を通して、自分にも伝わってきます。
 何とかフォーマルハウトさんの意識を自分に向けようと言葉を発しようとしたところ、フォーマルハウトさんはそれに先んじて言いました。
 先手取られた…って、自分の巧遅はいつもの事ですな。
 お前の場合は巧遅ではなく拙遅だろ、と? 拙く雑でトロいということですね。ヨホホホホ。


 フォーマルハウトさんの言葉が、冷たく響きます。
 その言葉は向けられたアルキオネさんはもちろん、自分にも届きました。


「貴様の命をそこの勇者と転嫁魔法で繋げたキュイ」


 転嫁魔法で繋げた、というのは今の魔法のことでしょうか?
 それに何の意味があるのかと問いたくなった自分を無視して、フォーマルハウトさんは続けます。
 しかし、その宣告はとても無情なものでした。


「皇国の名誉を汚す真似を将軍に許すつもりはないキュイ。アルキオネ、そこの勇者を道連れとして、自害しろ」


 自害とは、穏やかではありませんね〜。
 先のフォーマルハウトさんの命令で、何となくですが状況が分かりました。
 転嫁魔法は、繋げた相手の魔力や怪我を引き受けたり、押し付けたりする、要するに受け渡しや共有するために使われる魔法です。
 そして、2人の命をその転嫁魔法でつなげれば、片方が死ねばもう片方も死ぬ運命共同体とすることもできます。
 先ほどのフォーマルハウトさんの横槍は、その転嫁魔法を自分とアルキオネさんで繋げたということなのでしょう。
 あとは、アルキオネさんが自害をすれば自分も巻き添えとなって死ぬということになります。
 アルキオネさんの場合、このザマの勇者に負けたというので魔族の法にのっとると死罪が適用されるという感じかもしれません。
 処刑と勇者の始末、2つ同時にこなしてしまうという判断なのでしょう。
 失敗で叱責こそあれど、それで死刑というのは日本人であった自分の感性にはそぐわないです。
 しかし郷に入れば郷に従えと言いますし、魔族には魔族なりの法があるのでしょうから、自分が口出しできるものではないですね。ヨホホホホ。


 それでもフォーマルハウトさんの言葉と決定にまだ疑問はありますが。
 それを言おうとした自分ですが、その前に死刑宣告を受けたアルキオネさんが自分にしがみつく力をさらに込めました。
 あちちちち…熱いですよ、アルキオネさん。物理的に。ヨホホホホ。


「い…」


 何かを言おうとしますが、アルキオネさんは声が震えて言葉が紡げません。
 それに対して、フォーマルハウトさんは幼女なのに、可愛らしいトーンなのに、冷たすぎる声でもう一度言います。


「己の犯した罪とも向き合うこともできないのかキュイ? もう一度命じるキュイ。自害しろ、アルキオネ」


「ゃ…」


 フォーマルハウトさんの命令に、震えながらアルキオネさんが小さな声を出しました。
 それはフォーマルハウトさんには聞こえなかったことでしょう。
 しかし、しがみつかれている自分には聞こえました。
 アルキオネさんは、小さい声ですが確かに「嫌だ」と言ったのです。
 死ねと言われて嫌だという方がいます。その方がどれほどの大罪を犯そうとも、生にしがみつく生物として持って当たり前の願いを口にしました。
 それを聞いてしまったならば、自分の取る選択は1つですよね。


 自分んにしがみつくばかりで自害をしないアルキオネさんに苛立ったのか、フォーマルハウトさんが若干口調を強くして3度目の命令を出しました。


「もう一度言うキュイ。自害しろ、アルキオネ! 拒むのならば、隷属魔法で貴様を縛り上げて処刑するキュイ。主君であるアルデバランの名誉にも傷をつける死を選ぶつもりかキュイ?」


「ッ!?」


 それを聞いたアルキオネさんが、体を震わせます。
 忠義の将軍ならではの苦悩といいますか、主君たるアルデバラン様の名誉と言われては、自分の命を天秤にかけてしまうのでしょう。
 迷いが見受けられました。


 ですが、それはさすがに迷ってはいけないと思います。
 アルデバラン様の性格はわかりませんが、こんな忠臣を失って喜べるとは思えません。
 人材とは、いえ、命とは宝だと、自分は思いますよ。
 何事も、助かってからというものです。生きてないといけないでしょう。
 自分はフォーマルハウトさんの宣告に怯えながらも迷うアルキオネさんの背中をさすり、小さくなるべく穏やかな声で問います。


「アルキオネさん、正直に答えてください。死んでアルデバラン様の名誉を守りたいですか? それとも…生きてアルデバラン様に仕え続けたいですか?」


「––––––!」


 アルキオネさんの腕にこもる力が変わります。
 その腕を通して、彼女の迷いが大きく動いたのが感じ取れました。


「いき…たい…」


 アルキオネさんが怯えながらも小さな声を出します。
 それにフォーマルハウトさんが微かに聞き取ったのか、発動させようとしていた魔法を一旦中断しました。


「…何だキュイ?」


 眉をひそめるフォーマルハウトさんを無視して、アルキオネさんは今度ははっきりと大きな声で叫びました。


「生きたい!」


 その言葉は、今度ははっきりとフォーマルハウトさんにも届きました。
 そして、死刑宣告に逆らったアルキオネさんに、フォーマルハウトさんは怒りをあらわにしました。可愛らしかった顔が歪みます。


「ッ! アルキオネ、貴様…」


 中断していた魔法をフォーマルハウトさんが、隷属魔法を再度発動させます。


「ならば、死ね。従え、隷属魔法!」


「…ッ!?」


 アルキオネさんの足元から無数の鎖が立ち上がり、アルキオネさんを束縛しようとします。
 それを見てみるからに怯えるアルキオネさん。
 そんな中で、自分は防護魔法を展開してフォーマルハウトさんの隷属魔法を散らしました。


「…やはり命は惜しいということかキュイ?」


 自分が妨害するのは想定内だったのか、フォーマルハウトさんは妨害されたことには特に困惑していません。
 まあ、彼女が死ねば自分も死ぬことになりますからね。
 自分もアルキオネさんが殺されるのは看過できないということなのでしょう。


「何で…?」


 そんな中で、自分に対してアルキオネさんは困惑した声をかけます。
 力が緩んだアルキオネさんを優しく離すと、その頭を安心させるように撫でます。
 我ながら気障な行動ですが、まあ安心させるための行動ということで容認していただきましょう。
 ヨホホホホ。烏天狗の面越しにアルキオネさんと目を合わせます。


「困っている人がいたら、助けるのは当たり前! ヨホホホホ。生きたいと願う方の手を取るのに、何のためらいがありましょう? お任せください」


「えっ…?」


 困惑するアルキオネさんから離れて、自分はドジョウ先生を手に前に出て、アルキオネさんを守るように防護魔法を展開します。
 そして、フォーマルハウトさんと対峙します。


「…偽善も大概にしろキュイ」


 アルキオネさんを助けられたことが気に入らないのか、それとも自分の気障な台詞が気に入らないのか、フォーマルハウトさんが苛立ちを交えた声を向けます。
 それに対して、自分はドジョウ先生を構えます。


「ヨホホホホ。偽善と理想を振りかざすのが、命を救うことしか能がない戦闘に関しては雑魚である自分の使命と考えますれば。敵であるからというだけで、生きたいと願う方の手を見捨てることはいたしません。無論、自分がくたばりたくないという利己帰結ですけど」


「では、貴様を殺してアルキオネの死刑を執行するだけだキュイ」


 フォーマルハウトさんも横槍は一度などというつまらないことは撤回してくださるようです。
 目に敵意をみなぎらせて、自分と対峙しました。

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