異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

15話

 迷槍ドジョウ先生を構え、2人と対峙します。
 親娘のようですが、外見はほとんど似ていません。
 女性騎士の方は、母親似に育ったというという感じでしょうか。
 2人の親娘に何があって絶縁状態だったのかとか、彼らの事情はわかりません。部外者である自分が口を挟むような案件ではありませんから。ヨホホホホ。
 お互いに名乗りをあげることもなく、いきなり戦闘となりました。
 ドジョウ先生を構えた自分に対して、先に動いたのは女性騎士です。
 銃を構えて、正確に自分の脳天を狙って撃ってきました。
 ドジョウ先生を使いその銃弾を叩き落しますが、それに合わせるように剣を振りかざした強面の男性が迫ってきました。


「…ふん!」


 その剣戟をドジョウ先生を用いて防ぎます。
 重い剣戟ですが、人族ではやはり魔族に比べて力が大きく劣ります。
 ドジョウ先生で剣を持ち手ごと飛ばそうとしましたが、それをさせるかと言わんばかりに女性騎士が銃を撃ってきました。
 親がつばぜり合いしている中でも敵である自分を正確に、そして冷静に撃ち抜いてくる技術は凄まじいですね。
 肘を撃ち抜かれ、自分はドジョウ先生に込める力が緩んでしまいます。


「今!」


「フン!」


 そしてざっくりと。
 いや〜、見事に切られましたね。
 振り下ろした隙に男性を蹴り飛ばして追撃は免れましたが、休む暇もなく自分の脳天を狙った銃撃が襲いかかります。
 頭部に強化魔法を集中させて銃弾を阻みますが、その隙に立て直した男性の方が自分に再度切り掛かってきました。


「そこだ!」


「ッ!」


 ドジョウ先生を使い防ぎますが、2人の連携は自分に対して攻勢を許しません。
 寄生魔法が自分にあるとはいえ、2人の連携は自分を確実に押しています。
 腹を切られましたが、治癒魔法で修復して立て直します。
 しかし、女性騎士の銃撃が自分の寄生魔法がある脇腹を貫いてきました。
 おかげで追撃して意識をかりとろうとしたのが防がれてしまいました。
 ヨホホホホ。親娘ですね〜。


「父さん!」


「任せろ! ふん!」


 一撃をまともに受けました。
 片腕を切り飛ばされました。いつかの海での戦いを思い出します。あれは確かアルデバラン様との戦闘で、切られた腕は食われましたね。ヨホホホホ。
 ヨホホホホ。これほど押されるのはまずいですな。
 防護魔法を展開して振り下ろされる剣を防ぎます。


「くっ!」


 片腕で防がれるとは思っていなかったのでしょう。
 男性が激しく動揺するのが見えます。
 今度こそ隙ができたと思いましたが、片腕がなかったので発勁が放てませんでした。
 ヨホホホホ。その上、女性騎士が銃撃をしてきました。


「させるか!」


「ッ!」


 側頭部に直撃を受け、自分は耐えきれずに飛ばされました。
 マズイですね。魔力消費を抑える為に強化魔法がほとんど扱えないのが効いています。
 地面を転がりながら治癒魔法を発動させて、腕を修復します。
 立ち上がった自分は、ドジョウ先生を拾い上げて、親娘で肩を並べるお二人と再度対峙します。


「…ヨホホホホ。これは、中々にマズイですね」


 ドジョウ先生を構え直しながら、対峙する相手を見ます。
 2人は手を取り合い、息を合わせて自分に立ち向かっています。
 対して自分は1人です。ヨホホホホ。いつものことですけど。


「動きが想像より鈍いな」


「連戦が重なり、疲労が蓄積しているから。ルメイ…」


 知り合いに何かあったようです。
 女性騎士が自分に向ける憎悪の目線は、隣の父親以上ですね。
 対して男性の方はさほどのものは向けていない様子ですが。自分のことを神聖ヒアント帝国から聞いていないのでしょうか。


「…ッ。参ります」


 寄生魔法は待った無しですので、自分の方も急ぐとしましょう。
 ドジョウ先生を手に、間合いを詰めるべく飛び出します。


「させるか!」


 すかさず男性の方が前に飛び出してきました。
 同時に女性騎士の方も銃を構えます。
 それに対して、自分は男性を女性騎士の銃撃の盾とするように移動しつつ、間合いを詰めて刺突を放ちます。
 これで狙撃は防げるかと思いましたが、息の合う親娘には無駄でした。


「父さん!」


 女性騎士の声に応じて男性が自分の刺突を屈んで交わします。
 その直後、銃弾が飛んできて自分の喉元に直撃しました。
 父親が影となったおかげで女性騎士の銃撃が見えませんでした。
 一歩間違えれば味方の頭を撃ち抜くことになりかねない博打のような攻撃ですが、それをできるだけの高度な連携が親娘にはあります。
 おかげで自分は見事に撃たれて、ふらついて隙ができます。
 ヨホホホホ。人族といえど、戦い方1つで勇者補正を受けた異世界人の自分にも勝るとは、すごいですね。
 そして、自分にできた隙を父親の方は見逃しませんでした。


「これで決まりだ!」


「ッ!?」


 大剣が、自分の腹を貫きました。
 面の下で血の塊を吹きます。
 ヨホホホホ。まともに食らったようです。


 ズブリと、大剣が引き抜かれました。
 一歩、二歩と、あとずさる自分に追い打ちと言わんばかりに女性騎士がもう1発、眉間に銃撃を当ててきました。
 一度開いた面の穴に弾を通すという離れ業により、自分は撃ち抜かれて後ろに飛びます。
 背中から地面に叩きつけられて、動けなくなりました。
 強化魔法が間に合ったおかげで脳を撃ち抜かれることはなかったですが、腹に食らった一撃は致命的です。
 寄生魔法が凄まじい速度で侵食してくる中、自分の手からドジョウ先生がこぼれました。
 ヨホホホホ。これは、参りました。完敗です。


「ハア…ハア…やった、のか…?」


 女性騎士が銃を降ろしました。
 男性の方は膝をついたまま動きません。


「うっ…」


 苦しげに呻いたように見えましたが、すぐに表情を引き締めて振り返ります。
 …何でしょうか? 面で素顔が見えないのをいいことに、外からは見られない目線を向けて千里眼・医療で男性に診断をかけます。
 すると、胃に癌がありました。
 かなり成長しており、余命もいくばくもないような状態です。
 よくそれで戦えたなと言いたくなるような状態ですが、彼の表情は一仕事を乗り切ったと言わんばかりの晴れた表情でした。


「父さん!」


 女性騎士が駆け寄ってきました。


「セシリア…よくやった」


 それを笑顔で迎え入れる父親です。
 娘さんはセシリアというようですね。
 天才というしかない腕前の狙撃手でした。
 国を守るために訳あり親娘が手を携え、その血が繋がっているからこそなせる完璧な連携で自分を討ち果たすことに成功しました。
 ヨホホホホ。負けましたが、美談ですので良きとしましょう。
 後で父親のガンを治癒しておくとしましょうか。
 そう思った時でした。


「–––––跡形もなく、消し飛ばせよ」


 突然現れた魔族から、勝利した親娘も、周囲で眠る戦士たちも、彼らの命など眼中にないと言わんばかりの広範囲を破壊する魔法の講師を感知しました。


「セシリア!」


 それは自分より一瞬遅れて気づいた父親が出した声です。
 慌てて立ち上がり、娘をかばおうとします。
 娘さんは混乱して何もできていない中で、その魔族は容赦なく巨大な炎の矢の雨を大量に降り注がせてきました。
 自分を狙ってきたのはわかりますが、そのために利用してきた神聖ヒアント帝国の方々さえもまとめて消し去ろうなど、文句を言えない敗者といえどさすがに看過できませんね。
 この際、寄生魔法の拡大には目をつむります。
 急いで自分はその一瞬の中で展開できるだけの強力で広い防護魔法の盾を展開して、魔族の広範囲攻撃魔法を防ぎます。
 まるで爆撃の様な炎の矢の攻勢が降り注ぎ、自分の展開した防護魔法と激突します。


「な、何!?」


 混乱するセシリアさんですが、今は父親に庇われていてください。
 ヨホホホホ。ようやく魔族の相手がきましたね。
 困惑する2人を尻目に、さっき負けたのに自分は飄々と立ち上がると、2人を通り過ぎて炎の矢を降り注ぐ魔族を見上げます。


「チッ…仕留め損なっていたのか。役に立たないな、人族というのは」


 攻防が終わり、魔族は矢が尽き自分は防護魔法の展開を解除した時でした。
 忌々しいと言わんばかりの目を無事だった自分に向けながら、金属というよりも岩石質のような鎧を覆われた飴色の瞳を持つ魔族が降りてきました。


「魔族、だと…!?」


 親娘と人族たちをかばうように降り立った魔族と対峙した自分の後ろで、自分たちの無事を確認して父親から解放されたセシリアさんが、突然攻撃してきたものの正体を見て唖然とします。
 そういえば、神聖ヒアント帝国においては魔族が人族の味方ということになっていましたね。
 味方に攻撃されれば、それは誰しも混乱するでしょう。
 なんでお前は混乱しないんだ、と?
 いや、そもそも味方に攻撃などされておりませんから。
 神聖ヒアント帝国のみなさんはネスティアント帝国と違い味方でも何でもありませんから、現状は。それ以前に、人族は勇者にとって庇護する対象であれ、肩を並べて戦う相手ではありません。
 ですから、別に味方に攻撃されたとかいうわけではないので、混乱するような要素はないのです。


 さて、お二人から離れて、突如として登場した魔族と対峙した自分です。
 向けられる困惑の視線は無視して、先ずはこの魔族の方から事情を聞くとしましょう。


「ヨホホホホ。横槍とは味な真似ですね。勝者となった親娘も、人族の兵士たちも巻き込んで、それだけの価値が自分の首にあるとは思えませんが?」


 自分に対して、魔族はフンと鼻を鳴らします。
 明らかに困惑している人族の親娘に嘲るような目を向けてから、周囲に一人として死者なく横たわっている神聖ヒアント帝国軍を見渡します。


「偽善どころか侮蔑だな。勇者であるならば敵として立つこいつらなど容赦なく殺せばいいものを…1人も殺さずに戦う真似などするから貴様は自ら寿命を削ることになる」


「ヨホホホホ。否定はしません」


 たとえ魔族の傀儡であろうとも、彼らも軍人です。きっと、覚悟を持ってこの戦場に降り立ち自分と対峙してきたのでしょう。
 それを敵としてすらみなさずに意識を刈り取って済ませてきた自分の戦い方は、彼らの死を厭わない覚悟を踏み躙ると言われようとも間違えではありません。
 確かに、侮蔑ですね。ヨホホホホ。
 自分が誰かを侮蔑するなど煽り魔なので日常茶飯事みたいなことですけど。ヨホホホホ。


 魔族は自分の腹部を侵食している寄生魔法を見て、呆れたようにため息をつきます。


「よくもまあ、そのようなざまで我らが崇める元帥、アルデバラン様に挑もうという気になったものだな。エルナトの寄生魔法が与える苦痛は、いずれ貴様の偽善など破壊するだろう」


「確かに役不足–––––ゴフッ!」


 面の下で、血が口からまた吹き出します。
 ヨホホホホ。ま、まずいですね。これこそ本格的に。
 その自分の無様な姿を見て、魔族は苛立ちを露わにしました。


「ふざけるな! アルデバラン様は一騎討ちに誇りを持つ御方だ。まともに戦えもしない状態で挑むなど、我が主人の尊厳に貴様は泥を塗るつもりか!」


「…ッ! ヨ、ヨホホホホ…おっしゃる通り、ですね…」


 うーむ、反論のしようがありません。
 確かに一騎討ちに病気持ちでくるような真似、アルデバラン様が侮辱を受けたと感じたとしても仕方ないでしょう。
 自分に対して、魔族は激昂した様子で腰に下げた斧を抜きました。


「貴様に主へ挑む資格など無い。ここにて我が刃を持って、始末してくれる!」


 ヨホホホホ。アルデバラン様を尊敬しているアルデバラン様の配下の将軍が立ちふさがってきました。
 主を慮るその心意気、応じないわけには行きますまいて。


「ヨホホホホ。相手をして–––––グッ!? あ、相手を務めさせていただきます」


 自分もドジョウ先生を構えて、突撃してくる魔族を迎撃するべく立ち塞がりました。
 さて…負ける気しかしませんね、現状。ヨホホホホ。










 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 父と私は、混乱していた。
 部下を、仲間を、多くのものを殺してきた勇者にまぎれてきた仮面の異世界の侵食者。
 連戦が重なっていたためだろう。想定より弱かったものの、ようやくその悪しき異世界の侵食者を、反乱軍を率いてから断絶状態だ となっていた父と肩を並べて戦い、打ち倒したと思った時だった。
 突然、魔族が現れて私達もろとも決着がついたはずの異世界の侵食者を葬ろうと、巨大な魔法攻撃が降り注いできた。
 私はとっさに動いた父に守られたが、それでは何もできずに2人とも殺されてしまうはずだった。
 それでもこの異世界の侵食者を道連れに、父と一緒に死ぬことができるならば、六甲騎士団のノースカロライナ団長として、そしてロンメルの娘としてこの上無い幸せな最期だったと諦めることができたはずだった。
 なのに、死ぬ寸前だった私たちは、突然展開された巨大な防護魔法に守られた。
 あの規模の魔法を防げる人族の防護魔法など大規模な装置でも使わなければ無理なはずである。
 目を開けた私は、確かに父と共に見た。
 父に腹を貫かれ、私に額を撃ち抜かれたはずの異世界の侵食者が、まるで私たちをかばうように立ち防護魔法を展開していた。


 訳がわからなかった。
 魔族は味方じゃなかったのか? 一騎討ちとはなんだ?
 彼らの会話についていけない。
 だが、混乱して、冷静になって見てわかったことがある。
 そういえば、戦闘中、あの異世界の侵食者は全く殺気を向けてこなかった。
 自分たちを嘲っていたようにも見えたが、そもそも殺す意思が無いかもしれなかった。
 周りに倒れている兵士たちは、死んでなどいなかった。寝ているだけである。


 そして、魔族は確かに、勇者であるならば敵として立つ者など殺せば良いと。
 あの魔族は、奴のことを『侵食者』ではなく、確かに『勇者』と称した。


 もしも、彼は本当に勇者であり、私たちの勘違いで魔族に騙されていたとすれば?
 そうすれば、彼が殺気など向けなかったこと、私たちを守ったこと、魔族と対峙していること、全てに合点が行く。
 私はルメイが殺されたとシーボルトに言われていただけで、遺骨も遺品も回収されたという話は一切聞いていない。


 もしも…もしも彼が勇者であるならば。
 魔族が神聖ヒアント帝国を騙していたとすれば。
 我々は、奴らの掌で踊らされて、私たちを救うために来た相手に敵意を持って、刃を向けて対峙したことになる。
 この仮説が正しいとするならば、私達の方が人族の敵、正真正銘の裏切り者だ。


 私たちをかばうようにして立つ勇者は、満身創痍である。
 自分が死にかけているというのに、彼は私たちを守ってくれた。


「…そんな」


 そんなことが、あったとしたら…私は…。


 銃を握りしめて、彼女は魔族に向けて叫んだ。


「騙していたのか、魔族!」


 勇者とつばぜり合いになった魔族は、セシリアをひと睨みして短剣を投げつけてくる。
 それを足を犠牲にして、異世界の侵食者が受け止める。


「ヨホホホホ。彼女は関係無いですが?」


「耳障りだ! 自分達が騙されていることに気づかず、一時の夢を見せていたままに死ねばよかったものを!」


 魔族の声が響く。
 それは、確かにセシリアの耳にも届いた。
 私たちは、騙されていた。
 その事実を突きつけられ、セシリアは膝から力が抜ける。


「そん、な…」


 崩れ落ちる。
 あの勇者に与えてしまった傷は深い。
 私たちのせいで、人族の希望である勇者が殺されてしまう。
 深い後悔と、突きつけられた事実に、セシリアは言葉を失った。

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