異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

12話

 










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 ホルワド湾に到着した伊号四〇二は、急速浮上を行い、カルペア島に奇襲を加える形でその姿を現した。
 この世界の潜航戦艦は、伊号四〇二に比べその潜航深度は大きく劣る。
 海中深くを進む伊号四〇二を見つけられず、湾内への到達をみすみす許していた。
 突如として浮上してきた伊号四〇二の姿と、その巨大な艦体に、ホルワド湾の防衛艦隊は度肝を抜かれる。
 ホルワド湾の艦隊は数こそ多いものの、意表を突く形で姿を現した伊号四〇二に対応が完全に後手となってしまう。
 伊号四〇二の指揮を任されたデーニッツは、声だかに攻撃命令を出す。


「行くぞ! 魚雷1番から8番、並びに単装砲砲撃開始! ホルワド湾の防衛艦隊は旗艦を除いて無人艦だ、好きなだけ沈めてやれ!」


 伊号四〇二が魚雷を放ち、手近にいたホルワド湾の防衛艦隊所属の艦艇に次々と風穴を開けて撃沈させる。
 単装砲は威力不足だが、魚雷はホルワド湾の防衛艦隊所属の艦艇の艦底を直撃して、一発毎で一隻ずつを瞬く間に撃沈に追い込んだ。


「魚雷第2波、撃て!」


 デーニッツの指示により、さらに魚雷が発射される。
 伊号四〇二の魚雷搭載数は本来ならば20本だが、村上の召喚したこの伊号四〇二には魔力を錬成魔法により魚雷や砲弾にして、その場で弾薬の補填をする装置が備え付けられている為、動力源である魔力が底を尽きない限りはいくらでも攻撃が可能である。
 そして伊号四〇二に魔力を供給しているのは勇者補正を得ている鬼崎。無限同然の圧倒的な魔力量を誇る鬼崎には、伊号四〇二程度であれば余裕で無限に戦わせることが可能である。
 2波の魚雷攻撃により、ホルワド湾の防衛艦隊は旗艦を残してまともに動いていた艦艇はことごとく撃沈させられてしまった。


「敵は粗方片付いた。行ってくれ、勇者様!」


「…ありがとう、デーニッツ」


 露払いをしてくれたデーニッツのいる艦橋に敬礼をして、私が乗る、そしてラインハルトとガヴリールが乗る2機の晴嵐が、伊号四〇二から飛び立った。
 目指すはカルペア島に聳え立つ牢獄の塔である。
 ハルゼー救出に向けて晴嵐を飛ばす私たちの行手を遮るように、多数の飛行型の魔族たちが襲来する。


「道を開けなさい。さもないと、怪我するから!」


 晴嵐の操縦桿を握っている私は、いつもより気分が高鳴っていた。
 空を飛んでいることに興奮しているのかもしれない。
 もしくは、早い乗り物を運転していることで気分が高揚しているのかもしれない。
 どちらかわからないけど、とにかく昂ぶっている。


「退けよ!轢き殺すぞ!」


 私は晴嵐を飛ばし、立ちふさがる魔族の群れの中に突撃した。










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 湾内まであれほどの巨大な潜航戦艦を入れてしまうとは、失態である。
 反逆罪という名目でハルゼー上級大将が幽閉されているカルペア島の守備海軍、ホルワド湾防衛艦隊司令官を務めるティラーソンは、突如として現れた国籍不明の巨大な潜航戦艦の奇襲攻撃の惨状を見て、そう感じた。
 あれほどの巨大艦ともなれば見失うはずもないのだが、それは湾内に突然浮上してきたのである。それしか言いようが無い奇襲攻撃であり、結果としてその奇襲攻撃によりホルワド湾防衛艦隊は甚大な被害を受けていた。
 想定外の奇襲攻撃を受けたことに、ホルワド湾防衛艦隊だけでなく、カルペア島の守備軍も驚いたことにより、陸上戦力の対応も大きく遅れてしまう。


「くっ…これは!」


 その上、奇襲を仕掛けて現れた敵艦は、化け物のように強い。
 魚雷の破壊力が桁違いであり、こちらの艦艇の装甲は1発さえ耐えられず、当たれば撃沈していくというザマである。


「怯むな! 目標、敵潜航戦艦! 主砲、撃て!」


 国籍は不明だが、攻撃してきたならば敵である。
 ティラーソンは国籍を確認することなく、即座に現状戦力に命令を出して攻撃を指示する。
 とはいえ、敵艦の魚雷攻撃により現状の稼働できていた艦艇戦力は大きく削られており、高い火力を誇る正体不明の敵艦の方が圧倒的に有利な戦況となっていた。
 主砲が光を放つ。
 貫通術式の主砲であったが、それは敵艦に届く前に阻まれてしまった。
 いつのまにか、敵艦には巨大な防護魔法が展開されていた。


「何、だと…!?」


 上位階級の天族が持つアイリスの加護という特殊な聖術による天族屈指の頑強さを誇るかの盾さえも貫くことができる貫通術式を用いた艦砲射撃が、防護魔法に阻まれた。
 鉾の力が桁違いにのびた人族の技術でそれはできない。
 そうなると、可能性は1つである。


「…まさか」


 少し前の出来事である。
 アウシュビッツ群島列国の総統であるスプルーアンスは、神聖ヒアント帝国からの使者を迎え入れた。
 だが、その正体は魔族であり、神聖ヒアント帝国は実質的に人族から魔族側に寝返った国になっていた。
 しかし、スプルーアンスは秘密裏に魔族と同盟を締結。神聖ヒアント帝国の旗を掲げる艦を攻撃することは、相手が魔族であっても禁止されることとなった。
 スプルーアンスは用心深い男である。魔族に騙されたとは考えにくい。
 その為、多くの者がこのスプルーアンスの決定に疑問や否定の意見を抱いた。
 ティラーソンもまた、疑問を抱いた1人である。
 そんな国民たちに、スプルーアンスは魔族との同盟の経緯を説明した。
 そして、それはティラーソンたちの想定をはるかに上回るものであった。
 曰く、スプルーアンスが魔族と同盟の締結を決意した理由は、異世界の侵食者に対抗する為だという。
 異世界の侵食者とは、伝説に語り継がれる異なる世界からくる、クロノス神の背に広がるこの世界そのものに害をなす存在であるという。現れれば災厄を撒き散らし、クロノス神の庇護を受けるすべての生命を殺戮する存在。迷宮の主ユェクピモ。魂狩りの悪霊フレイズグァ。その伝承は多くに残り、エルフにはその侵食者の存在を見たという生き証人もいる。
 彼らは伝説ではなく、実在する化け物ばかりである。
 人族の多くの英雄譚においては、異世界の侵食者が来る時、クロノス神が異界の彼方より英雄をこの世界に呼び寄せて、英雄と侵食者が戦ったという記録が残る。
 その英雄を人族にて召喚しようとしたのが、ネスティアント帝国・ザブール王朝・ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の3国が行った勇者召喚の儀式であった。
 詳しい話を聞くと、異世界の侵食者ガヴタタリが魔族皇国を襲撃したのがことの発端とのこと。
 異世界の侵食者の存在を魔族は危惧し、人族の多くの伝承に関する情報まで有する事から異世界の侵食者に対して知識を持ち脅威を認識している神聖ヒアント帝国に接触してきた。
 異世界の侵食者の存在を知った神聖ヒアント帝国は魔族と同盟を結び、人族国家の混乱と戦争による異世界の侵食者の台頭を避ける為にこの事実を隠し、あえて裏切り者として隠れることにしていたという。


 異世界の侵食者に対抗する為に、人族と魔族が手を組む。
 それが、今度はスプルーアンスの元に来て、スプルーアンスが承諾した。
 それが、ティラーソンが聞いた話である。


 そして、スプルーアンスが同盟に際して魔族から新たに知らされたことが、もう1つ。
 ネスティアント帝国の勇者に、異世界の侵食者が紛れ込んでおり、その侵食者が勇者と人族の国を影から騙し、操り、征服して行っているというものであった。
 皇主の命令を無視して人族との戦端を開こうとした魔族を利用して、ネスティアント帝国とソラメク王国に借りを作り英雄として祭り上げられる。これにより、かの2国は異世界の侵食者に心酔し知らぬ間に操られ征服されてしまったという。


 異世界の侵食者に騙されるものか。スプルーアンスの話を聞いて、多くの者がそう感じた。ティラーソンもその1人であった。
 しかし、その矢先に魔族から神聖ヒアント帝国が掴んだというその侵食者に接触したアウシュビッツ群島列国の上級大将、ハルゼーが帰還した。
 彼は心酔しきった様子で、情報にある勇者に紛れ込んだ異世界の侵食者を英雄として語っていたという。顔を隠しているという不気味な外見でありながら、英雄譚を語る様にハルゼーはその侵食者を信奉していたらしい。
 目の前で侵食者の影響を受けた親友を見たスプルーアンスは、異世界の侵食者に対抗することを決意した。
 アウシュビッツ群島列国の名将帥であるハルゼーは、異世界の侵食者に心を食われた哀れな被害者として、治療の名目のもとこの島に隔離されていた。


 ハルゼーはアウシュビッツ群島列国において大きな影響力を持つ、高い人気を誇る提督である。
 自分たちを大きく超える存在、勇者。
 ティラーソンは、突如として現れたその潜航戦艦の姿を、そしてその戦闘力を目の当たりにして、仮説がたった。
 勇者もまた、侵食者に騙されて操られてしまっているという。
 ならば、この勇者が召喚したと思われる巨大な潜航戦艦が来たのは、アウシュビッツ群島列国の征服を行う為に使える駒として、スプルーアンスの政権を倒し傀儡国家にする為の旗頭としてハルゼーを奪いにきたのでは無いか。


 そう考えたティラーソンは、歯ぎしりをした。


「おのれ、異世界の侵食者め…どこまでも卑劣な輩が! 許さん!」


 指揮をとる腕に力が入る。
 ここは逆に勇者を取り返してみせる。
 そう息巻いたティラーソンの目の前で、謎の潜航戦艦から突如として何か大きな影が飛び出したのが見えた。


「うわっ!?」


 砲撃と勘違いをし、思わず腕で目の前を覆う。
 実際には砲撃などではなく晴嵐が発艦しただけなのだが、飛行機の存在しないこの世界では何が起きたかなどわかるわけもなかったのだろう。
 死んだと思ったが生きていたことに困惑しつつ目を開けたティラーソン。
 だが、その直後にティラーソンの乗る旗艦に対して、敵の潜航戦艦からの魚雷が1発直撃した。


「うおっ!? な、何という揺れ…」


 大きな衝撃に、立っていられず思わず倒れる。
 艦首艦底部に被弾したようすである。警鐘が鳴り響き、乗組員たちが焦った様子で駆け回るが、経験からティラーソンはこの艦がすでに沈むしか運命が残されていないことに気づく。


「一撃で、か…」


 勇者の力は恐ろしい。
 人族の為に召喚した者が、この世界の敵として人族に牙を向けている。
 そう思うと、ティラーソンは悔しい気持ちで胸がいっぱいになった。


「クソ…何で、こんなことに…!」


 ハルゼーが奪われてしまえば、確実にアウシュビッツ群島列国は内戦の道に引きずり込まれるだろう。
 勇者に紛れて召喚された異世界の侵食者は、とてつもない脅威に感じた。


「総員、離艦せよ」


 ホルワド湾の防衛艦隊司令として、最後の命令を出したのち、ティラーソンは沈みゆく旗艦と運命を共にするべく、目を静かに閉じた。
 とはいえ、ここでティラーソンを失うわけにはいかなかった彼の部下の手により、ティラーソンは艦と運命を共にせず生還することになる。










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 思ったよりも、順調に牢獄の塔にたどり着いた。
 地上部隊まで伊号四〇二の巨体と奇襲に驚かされたらしく、地上戦力からの攻撃がなかったのが非常に大きい。
 この世界にも対空兵器はあるけど、私が氷魔法を駆使して展開した盾のおかげで晴嵐には傷1つつくことなく、牢獄の塔の頂上に着地することができた。
 滑走路は錬成魔法を駆使して牢獄の上に直接生成したものである。
 晴嵐から降りた私は、下の入り口に殺到していた敵兵が慌てた様子で建物内に戻る中で、上の方から牢獄の中に潜入した。


 召喚魔法で召喚した剣を鞘から抜き、いつでも戦闘できるようにしながら、牢獄の中へと進んでいく。
 この剣は私の魔法をまとうことができる特別な剣で、魔導剣士の職種の恩恵からか真っ先に召喚できた代物である。
 峰のついた片刃の直剣で、剣と刀を組み合わせたようなデザインをしている。
 峰が付いているのは、当然だが私に敵兵といえど人を殺す意思はないから。
 私は召喚される前は日本において普通の学生だった。この世界でそれが適用されないのは知っているが、いかなる理由があれど犯罪、まして殺人に手を染めたくはなかった。


 牢獄の中を走る。
 勇者補正のおかげで足の速さは次元違いのものとなっている。自動車並みに速く走ることが可能な上に、走っても走ってもほとんど疲労を感じない。
 身体機能も大幅に上昇していた。
 おかげで人族の正規兵さえも軽く凌駕する力があるので、見つかって囲まれてもそこまで困ることはない。
 その為、とにかく声を出しながら駆け回って、ハルゼーを探した。


「ハルゼー提督! ハルゼー提督! いたら返事をして下さい!」


 声が響くが、返事は聞こえない。
 そして、かすかに階段を駆け上がる音が聞こえる。
 先頭の兵士がかなり近くまでやってきているようだった。
 駆け回るよりも聞き出した方が早いかもしれない。
 そう判断した私は、足音の方向へ向かおうとする。


 その時、奥の方から声が聞こえた。
 それは小さい声だったが、確かな返事をしていた。勇者補正により大幅に性能が上がった私の耳はその声のぬしがどこにいるのかを瞬時に聞き分けた。
 私は、その声のする方に方向転換して、走り出す。
 声のぬしの元には、数秒で到着した。


「ここだ…勇者殿」


 そこはひときわ頑丈そうな鉄格子で閉ざされた薄暗い牢屋であり、その中には先ほどの返事をしたぬしである目の下に隈のある1人の男性が座っていた。
 その身体がスス汚れており、頭髪と無精髭は荒れて伸びており、疲れ果てた様子をしている。
 その手と足には枷がかけられており、若干頰がこけているようだった。


 だが、彼とは初対面だが、勇者殿という呼称といい、私はそれらから確信を抱いて男性に尋ねる。


「ハルゼー提督、ですか?」


 男性は、頷いた。
 喉が枯れているらしく、声は掠れている。
 だが、そこにいたのはまぎれもないアウシュビッツ群島列国の提督であるハルゼーだった。


 私はすぐに剣を振り、牢の鉄格子を叩き切る。
 そして乱暴に開けた牢屋の中に入り、ハルゼー提督の枷を外した。


「大丈夫ですか?」


「ああ。助かったぜ、勇者殿。この数日、何も食っていなかったからな」


 ハルゼーに肩を貸しながら、彼を立たせる。
 栄養失調を起こしているようだが、命に別条はないようで、私は安堵する。
 彼が救出できたのなら、ここに用はない。


「詳しい話は後で。まずは脱出しましょう」


「…悪いな」


 掠れた声で謝るハルゼーを抱え、私は晴嵐へと急いだ。


 こうして、奇襲作戦により私たちは無事、ハルゼー提督の救出に成功したのであった。

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