異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

10話

 










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 パルミノ島に到着した私達だったが、そこにいたのはデーニッツの雇った傭兵海軍ではなく、謎の神聖ヒアント帝国とアウシュビッツ群島列国の海軍、そしてここにいるはずがない天族の神国軍だった。
 なぜ彼らがここにいるのか?
 なぜ彼らが争っていないのか?
 人族と天族の因縁は一朝一夕でどうにかなるほど浅いものではないと聞くが、その異様な状態に様子を見ていた伊号四〇二。
 しかし、私は彼らと接触することを決意した。
 幸い、伊号四〇二には要らないと思っていた晴嵐が3機も搭載されている。
 晴嵐を出すために島の影に潜むように回り込んで、伊号四〇二を一度浮上させる。
 そこから私は晴嵐を一機出して、彼らと接触を図るべく、搭乗した。
 交渉するために攻撃機で出るのは物騒な気もするけど、伊号四〇二には晴嵐しか搭載されていない。
 とりあえず爆弾をはじめとする武装だけ取り外して、ある程度軽くなった晴嵐で飛び立った。


 私ともう1人、ラインハルトが同乗している。
 本当はレーダーに乗って欲しかったけど、戦闘になった場合には彼を守りながらあの数と戦うことは危険だった。詳細も判明していない軍勢の中に行くことはできない。
 そこで自衛と権天使階級までなら足止め程度で戦えるラインハルトを連れて行くことになった。
 能力と忠誠心は高く顔も美形だけど気障きざ軟派なんぱな性格のラインハルトと2人きりのフライトというのは、目的もあるしロマンのかけらも感じない。
 日本にいた頃から男子より高いこともあるこの身長も相成り、そういうのには関わることもなかったので私はあまり気にしていないけど。


「何があっても嬢ちゃんは俺が守るから、安心して身も心も委ねてくれていいんだぜ」


「ゴメンなさい。愛人を18人も作る軽薄なイケメンよりは、一途な人の方が好きだから。あと、私より弱いと男はちょっと…」


「おいおい、それじゃ人族の男は完全に振り落とされちまうぜ」


 出発前だというのに、ラインハルトの軽薄で緊張感の会口調は相変わらずである。
 とは会え、彼の軽口は緊迫する場を和ませる効果もあるので、そのあたりは結構ありがたいとは思っている。
 湯垣もだいたいふざける事で周りを引き締めたり、逆に和ませたりする達人だった。


 ちなみに、ラインハルトは私に何回も告白をしてきている。
 いつも「身も心も俺に委ねていいんだぜ?」とか、「俺と添い遂げないか?」とか、「熱い夜を2人で過ごそうぜ」とか、すごく気障な台詞ばかりだけど。
 この辺は結構ウンザリきており、私より強ければいいという条件で一度勝負した。
 と言っても殴り合いは危険なので、100メートル走とか、腕相撲とか、平和的な手段での競争である。
 結果、勇者補正を得ている私に対して何1つラインハルトは勝てなかった。
 ラインハルトが弱いわけではない。私たち勇者の力が次元違いなのである。
 人族の能力はこの世界において魔族と天族に大きく劣る。
 その魔族や天族をあしらえるほどの強さを与えられている勇者に、ラインハルトが勝てないのも無理はないだろう。
 負ける度に慰めると、ラインハルトはまた口説き文句を言ってくるので、軟派男をあしらう台詞を多く会得してしまっている。
 これは不本意だった。勧誘を断るならば日本でも経験を散々にしてきたけど、ナンパされるようなことはほとんどなかったから。


「つれないね、子猫ちゃん」


「ラインハルトは猫派なんですね。私は犬派ですけど」


「よし、俺は今日から犬を愛でよう」


「では私は猫派になりましょう」


「本当につれない嬢ちゃんだね…」


 ラインハルトが引き下がった。
 出発準備が整ったらしい。


『いつでも出られます!』


 魔導念話を利用した晴嵐に搭載されている無線機から、デーニッツの声が聞こえる。
 艦橋の方を見ると、艦橋のすぐ前にてデーニッツが手を振っていた。
 私は退避した彼らに手を一度振り、魔力を流して晴嵐を発艦させた。




 島にたどり着くなり、私たちは結構な出迎えを受けた。
 まず、空を飛んでいたら天族の精鋭達に囲まれた。
 ラインハルトによれば、彼らは力天使階級だという。
 晴嵐よりは圧倒的に遅いが、念話の聖術を飛ばしてきて、私たちを誘導した。
 そして海岸に着水して降りたところを、多数の人族と天族の兵士に取り囲まれたというわけである。
 危害こそ加えられなかったものの、多数の兵士に常に銃口を向けられながら取り囲まれつつ歩かされる様子から、歓迎されてはいないようだと感じた。
 この世界で空を飛ぶのは、鳥か天族か虫か魔族か人族の航空戦艦くらいであり、少なくとも飛行機という存在はない。警戒されるのも無理はないだろう。
 そして、連れて行かれた先で私を出迎えたのは、光る輪を頭に浮かべ、白い翼を背に生やす、貴公子のような外見をした天使だった。
 軽装の鎧姿は、騎士というよりも近衛という感じがする。


「手荒な歓迎で申し訳ない。我が名はガヴリール。座天使だ」


 出迎えた天族は、自らをそう名乗った。










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 神聖ヒアント帝国北部。
 南方大陸の玄関口ともいえるこの場所に、魔族と盟を結んでいる現体制に反抗している反乱軍のアジトがある。
 貧民街スラムの一角にある外見はただのボロ小屋だが、その地下には巨大な空間が広がっており、大規模な武器倉庫となっていた。
 そこに神聖ヒアント帝国が誇る6つの精鋭騎士団で構成されている、別名『六甲騎士団』の1つ、『ノースカロライナ』の団長が訪れた。
 六甲騎士団『ノースカロライナ』団長、セシリア。
 彼女は、この反乱軍の現指導者であり、元『ノースカロライナ』団長であるロンメルの娘でもある。
 血が繋がっているわけではない。セシリアはもともと捨て子であり、戦火で焼かれた教会の前に捨てられていたのである。
 そこに偶然居合わせたロンメルが彼女を拾い、名前もわからない赤子に『セシリア』と名付けて育ててきた。
 親娘の仲はとても良好なものだったが、ロンメルがノースカロライナの団長を引退してセシリアにゆずり隠居生活に入った後、魔族と盟を結んだ現体制に反抗して反乱軍を結成してからは、事実上絶縁状態にあった。
 完全な絶縁となったわけではない。セシリアはロンメルが反乱軍を率いていると知ると、何度も父親を説得しようと試みたし、二重スパイ同然となって両勢力に情報を流して大規模な激突となるのを避けてきた。
 そんな彼女が、突然反乱軍のアジトに直接訪れた。
 当然、反乱軍は警戒する。
 だが、配下の1人も連れずにきたセシリアは、自ら権を反乱軍に差し出すと、父に合わせて欲しいと申し出てきた。
 その様子は、父親の説得などではなく、何か重いものを背負っているようだった。
 彼女の様子に、反乱軍は権を取り上げ両手を拘束することを条件として、危害を加えないことを約束しアジトの中に案内した。
 そして、反乱軍が形成されてから–––––いや、セシリアが団長になってから会ったことがなかった親娘が、対面した。


「何の用だ?」


 娘に向けるものではない、冷たい口調で尋ねるロンメル。
 セシリアは優しかった父にそんな声を向けられることに挫けそうになりながらも、気を強く持って彼に言った。


「父さん…いえ、ロンメル元ノースカロライナ団長。あなたに聞いて欲しいことがあります」


「話す事など–––––」


「いえ、聞いて下さい! これはクロノス神の背に広がるこの世界そのものの存亡に関わる重要なことです!」


 ロンメルは強制的に話を打ち切ろうとしたが、セシリアは大声をあげてそれを遮った。
 娘の普通じゃない口調に困惑したロンメルは、その場に座り直る。


「…どういう事だ?」


 クロノス神の背に広がる世界そのものの存亡に関わる事。
 話が飛びすぎている気もするが、セシリアの瞳は真剣だった。
 何らかののっぴきならない事情があると、ロンメルは察した。










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「君が異世界の勇者という事か…。なるほど、冷静になってみれば、かの女神の祝福を授かっている。思えば彼もそうだった。ユェクピモを打ち倒した英雄の仲間に、クロノス神が認めた勇者に、私は嘘に踊らされて刃を向けていたということか。随分と滑稽な話だ」


 私とラインハルトが名乗り、勧められた椅子に座った時である。
 ガヴリールは私たちの予想に反して、警戒していた取り囲んでいる兵隊を散らせると、水まで出して予想に反し丁寧に出迎えてくれた。
 そんななか、私の事をまじまじと眺めていた天族、ガヴリールはそんな事を言ってきた。
 彼の言葉は、まるで他の勇者にあった事があると言っているかのようである。


「他の勇者に会った事があるのですか?」


 そう尋ねる私に、ガヴリールは頷いた。


「ああ。君とはかなり印象が違う者だった。君の事を見る限り、彼が周囲に比べて浮いていたのだろう」


「浮いていた? …まさかね」


 何となく、それだけで思い浮かんだ名前があったけど、彼は今北郷とともにソラメク王国にいるはずである。
 ここに来る事はないはず。
 思違いだと思うけど…。


「君は何の目的でここに?」


 ガヴリールがこちらの目的について尋ねてくる。
 それに対して、私はまず確かめておきたかった事を訊く。


「その前に、1つ答えてください。ここにアウシュビッツ群島列国の、今いる傭兵とは別の傭兵海軍の艦隊は来ませんでしたか?」


 デーニッツの雇った傭兵海軍の安否を尋ねる。
 それに対して、ガヴリールはすまなそうな表情となった。


「彼らは…申し訳ない。我々の方で追い払ってしまった。西の方の海に向かったようだが…」


 ガヴリールによると、デーニッツの雇った傭兵海軍はガヴリールたちによって追い払われてしまったようである。
 被害こそ出ていないというが、この海域から西の方に向かっていったとの事だ。
 ガヴリールに話を聞いてみると、アイゼンハワーの艦隊をアウシュビッツ群島列国の雇った海軍と誤解したらしく、戦闘になる前に追い払ったという。
 天族にとって人族は敵、もしくはそれ以下としか見なさない存在なのかもしれない。
 しかし、ガヴリールの様子を見ると、何らかの事情があるようだった。
 ガヴリールの様子を見ると、彼はアウシュビッツ群島列国の総統府が率いる正規軍、またはそれに属する存在に対して敵対行為を取っているように感じる。
 私の目的地はアウシュビッツ群島列国の総統府なので、アウシュビッツ群島列国に何かが起きているとすれば私も他人事では済まされない。
 ガヴリールは何らかの事情を知っているようである。


「ガヴリールさん。アウシュビッツ群島列国に何か起きているのですか?」
  
 私が尋ねると、ガヴリールは表情を曇らせて頷く。
 やはり。ガヴリールがアウシュビッツ群島列国の現状に関する重要な情報を持っている確信した私は、ガヴリールに私自身の目的を話す事にした。


「ガヴリールさん。アウシュビッツ群島列国にて何が起きているのか、教えてもらえませんか? 私はアウシュビッツ群島列国の総統府に向かう理由があります。この国で何かが起きているなら、私はこの国を助けたい」


 私の言葉に、ガヴリールは頷く。


「わかった。この国で何が起きているのか、私が知るべき事を可能な限り話そう。あらかじめ言っておくが、私は全てを知っているわけではない。何が起きているのか、それをより詳しく知る人族がいる。詳しい事は彼に聞いたほうが早い」


 ガヴリールはそう前置きをして、私にアウシュビッツ群島列国の現状、神聖ヒアント帝国の現状、そしてガヴリールのいうより詳しく知る彼という存在がどうなっているのかについて話してくれた。


 それは、驚きの内容だった。
 アルデバランという魔族が神聖ヒアント帝国を占領して、工程を言葉巧みに騙し実験を裏から掌握していた事。
 それを今度は配下の魔族をアウシュビッツ群島列国に送り込み、同じように占領を進めている事。
 アウシュビッツ群島列国の総統は完全に騙されており、人族と勇者の対立構造を作ろうと画策している事。
 そして、魔族は己の正体を知らせていながら、アウシュビッツ群島列国を騙している事。
 その根幹にある、この世界の伝承に残されている異世界の侵食者の存在。


「異世界の侵食者?」


 初めて聞く言葉に、私は思わずガヴリールの話を遮ってしまう。
 ガヴリールは話を遮られたにもかかわらず、見た目は人族でしかない私に嫌な顔1つせずにその説明もしてくれた。


「異世界の侵食者というのは、簡単に言えば君たち勇者と同じく他の世界からこの世界に来た者の事を言う。君たちとの大きな違いは、クロノス神に認められた存在であるか否かというものだ。分かりやすく言うと、入国許可を得ているか、不法入国であるかという違いだな。君たちのような勇者は許可を得ている者に該当する。異世界の侵食者は様々だが、奴らに共通しているのはこの世界に害をなすということだ」


「なるほど…」


 ガヴリールの例えば私にもかなり理解しやすい。
 そして、異世界の侵食者がどれほど危険な存在かというものもわかりやすい。
 世界の格というものを女神に聞いたという湯垣から聞いていた私は、勇者補正が居るべき世界が違う事からくるものであり女神に与えられたものというわけではないという事は聞いている。
 つまり、異世界の侵食者という存在は、勇者補正を得た存在という事だ。この世界のものたちをはるかに上回る存在というのもうなずける。
 その異世界の侵食者がこの現状の根幹にあるということに対する私の疑問にも、ガヴリールは答えてくれた。


「そこに出るのが魔族の嘘だ。アウシュビッツ群島列国の総統は、魔族の言葉に騙され、君たち勇者の1人が異世界の侵食者であるという言葉を信じ込み、彼を排斥し君たちを救うという幻想にとらわれて彼に対する敵対行為に及んだ。それを否定して幽閉されている人物がいる」


「…それが」


「ああ。それが私のいう詳しく事情を知る人物、ハルゼーだ」


 ガヴリールの話は続く。
 神聖ヒアント帝国から異世界の侵食者を駆逐しようと言われ、アウシュビッツ群島列国の総統も協力を表明。ソラメク王国の方に向かい、北郷たちに保護されている同族でガヴリールの恋人でもあるという天族を助けようと人族の世界に来たガヴリールは、接触してきた魔族に騙され、やってきた勇者を恋人を拉致した異世界の侵食者と誤解してしまい、彼に対して敵対行為に及んだと。
 話を聞くと、私の前にここに来た異世界の勇者がいたようだ。


 北郷と湯垣はソラメク王国にいるし、ネスティアント帝国の勇者は全員帝都にいるはずである。それだと、その勇者というのは誰だろう?


 ガヴリールによればその勇者に止められ、恋人が囚われているわけではない事を教えてもらった。
 しかし、その勇者はガヴリールを助ける代償に襲来した魔族に寄生魔法という特殊な魔法を受けてしまう。
 彼はその魔族と決着をつけるために神聖ヒアント帝国に向かっているという。


 異世界の侵食者と言われ、敵にされて、救おうとしている人族からまで攻撃を受ける。
 その心境はわからない。
 それでも、と。ガヴリールは彼に受けた恩を返したいと考えているという。


 ガヴリールの話を聞き終えた私は、不思議とそれをさも当たり前のように飄々とした態度でこなせそうな同級生に心当たりがあった。
 だが、それはないだろう。彼は今、ソラメク王国にいる。


 アウシュビッツ群島列国の現状は理解できた。
 なら、私はできる事をする。


「わかりました」


「総統府に向かうのか?」


 ガヴリールの問いに、私は首を横に振る。


「いいえ。ハルゼー提督を助けに向かいます」


 話を聞くと、洗脳されているという。
 人質にされる前に、ハルゼーを助ける必要がある。
 私の答えに、ガヴリールは立ち上がった。


「ガヴリールさん?」


 何をするのか、という私の声にしなかった質問にガヴリールはこういった。


「私も手を貸そう。ハルゼーの行方はこちらで把握している」


 …こうして、私は考えていたよりもはるかに簡単に天族の協力者を得る事ができた。

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